気まぐれ徒然かすみ草

近藤かすみ 

京都に生きて 短歌と遊ぶ

箸先にひとつぶひとつぶ摘みたる煮豆それぞれ照る光もつ

椿は咲きて 筒井早苗 青磁社

2019-10-18 00:37:00 | つれづれ
傘寿とはめでたきことか運ばるる大鯛の目のすずしき睨み

魚(いを)の旬野菜の旬など思ひゐてやがてさびしも人間の旬

日光に月光菩薩を脇侍とし薬師如来に老いはきませず

ゆたかなる若葉青葉の透くひかり森の精気が臓腑を洗ふ

短歌なくて何が残らむ不器用で整理下手なるこのわたくしに

覚悟などあるもあらぬも天命の尽くる日は来む椿は咲きて

方言の生き生きとして若者は灯油タンクを満たしてをりぬ

踏ん張るもこのあたりまで流れきて風の随(まにま)にゆく小さき蝶

切れ切れの夢より醒めてまた眠る生とも死とも分かずおもしろ

もしもなど空しかりける言の葉を散らしつくして一木裸身

(筒井早苗 椿は咲きて 青磁社)

綯い交ぜのみどり 川野並子 青磁社

2019-10-17 11:54:09 | つれづれ
ひさかたの光を浴びて黒土の崩れにさみどり あ、蕗の薹

嬰児(みどりご)のすずしき眼の見つめいるちりめん細工の緋鯉に真鯉

畑道をメロディ流す路線バスに小さき媼はおじぎして乗る

仰け反りて渾身の力に鐘をうつ入相の音低く響かう

梔子の黄に染められたおみくじは蝶になるやも吉田の節分

濃き色の裂を散らせた色合わせ友が張り切るキルト張り切る

梔子の若葉を離れぬ青虫は剝がせばくるりと弾む柔肌

念仏を唱える空也の細き脚ぞうり踏みしむ足指力む

立ふたつ横にならびて並となる『字統』にて知るわが名の成り立ち

真如堂の急な坂路の石畳凹凸いつしか足裏(あうら)になじむ

(川野並子 綯い交ぜのみどり 青磁社)

花折断層 近藤かすみ 現代短歌社

2019-10-16 01:27:31 | お知らせ
第二歌集 『花折断層』を上梓しました。

 叡山の峰のみどりの濃きところふいに明るむ雲は動きて

 道端にみづは輝くむきだしのペットボトルの直立のなか

 川の面にうつる火影のさざめきて夜をながるる風の息みゆ

 秋晴に老い人あまたバスを待つ似てゐるやうで似てゐない杖

 杉綾のコート似合ひし壮年の父にしたがふ雪の降るまで

お問い合わせは、こちらにお願いします。


近藤かすみ casuminn@gaia.eonet.ne.jp

現代短歌社 TEL: 03-6903-1400
Mail: info@gendaitankasha.com


はるかカーテンコールまで 笠木拓 港の人

2019-10-13 00:18:33 | つれづれ
夕立は眼鏡を洗うためにある 楠の枝葉に無数のふるえ

ビニールの撥水加工うつくしと傘の内側より見ておりぬ

(永遠は無いよね)(無いね)吊革をはんぶんこする花火の帰り

水差しが日に透けていて白黒の写真の白いところは光

空港をくださいどうかてのひらにおさまるほどの夜の空港

捨てられた傘へと傘をさしかける最終バスを待つ束の間は

傘立てに誰かが濡れたまま挿した傘が隣の傘を濡らしぬ

たそがれは領域というより轍 京都御苑の砂利鳴らしつつ

過ぎ去れば映画みたいだ冷えた目にろうそくの火があんなにきれい

花瓶だけうんとあげたい絶え間なくあなたが花を受けとれるように

(笠木拓 はるかカーテンコールまで 港の人)

時時淡譚 小潟水脈 ながらみ書房

2019-10-09 22:48:37 | つれづれ
兎ひとつ座れる形にレジ袋ベンチにありて夕暮れてゆく

カレー食はせた知人の歌集の批評会意地でも短歌にしやうぢやないか

暗き窓にわが首ひとつ流れたり電車ゆるゆる車庫へと動く

かくしごとしてゐるのかと問はれしは「書く仕事」のことカウンターの席に

包丁持ちて湖岸に出れば気も晴れむ研ぎ屋は今日から三日来てゐる

飯はまだかと言ふおつさんを持たぬこと幸ひとする夕の図書館

「富田尚三」線対称の氏名ある抜けられなかつた小路の正面

詰められた棒の重さだ六角のおみくじの箱振る時あるのは

佐佐木幸綱かと再び見る運転手ぐるりと大きくハンドル切れり

ホール出口に向かふ横顔靴脱いで会ふことはなき人と思へり

(小潟水脈 時時淡譚 ながらみ書房)


ポストの影 小島熱子 砂子屋書房

2019-10-04 00:06:24 | つれづれ
ポストの影あはく伸びたるコンビニまへ春の愁ひが溜まりてゐたり

過ぎてゆく時間のなかの昼食に黄身もりあがる玉子かけごはん

泪夫藍色の雲浮くひぐれ冬大根ほのあかりしてキッチンの隅

オーデコロンの旧き香よどむごとくにて執念き暑さはてなく続く

ぽつんぽつん灯の点る廓しんとして過去世のやうに靴音ひびく

鶯のこゑのみきこゆる午の坂ありてあらざるわたくし歩む

内臓を消して風吹く街をゆくジャコメッティの針金の人

銀色のゼムクリップ古き椅子のうへこの世の大事の外の春昼

少女ふたり乗りきてはじける声に笑ふさながら杳きわれか 元気で

あるときは石は祈りてをるならむよわきひかりの差す道の端

(小島熱子 ポストの影 砂子屋書房)