気まぐれ徒然かすみ草

近藤かすみ 

京都に生きて 短歌と遊ぶ

箸先にひとつぶひとつぶ摘みたる煮豆それぞれ照る光もつ

しずくのこえ 東海林文子 六花書林

2022-10-31 10:54:19 | つれづれ
スーパーの袋一つの手応えを提げて帰り来冬枯れの道

「次に生かす気持ちがあれば何一つ無駄なことはない」子は卒業へ

一つの目の緩さに崩れしドイリーをほどく新たに編み出す一目

十字架の見えざる重さ最後まで我も歩いて行かねばならず

「ひとつぶのしずくがなければ海もない」一斉音読窓を震わす

土産店軒下に「津波ここまで」の変色したる張り紙残る

「困った子は困っている子」ぷくぷくのAのほっぺを今日もなでやる

脈拍も呼吸も零(ゼロ)になるからだを父はしずかに脱いでしまえり

教師としてのプール指導終え横たわる水やさしくて深き青空

朝夕に子が住めるあたりをながめては病棟の窓になごむひととき

(東海林文子 しずくのこえ 六花書林)

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短歌人同人の東海林文子の第二歌集。秋田県で小学校教師として勤め上げた日々をまとめた歌集で、自分史としての色が濃い。子供の自活、父親の看取り、自身の退職と病が淡々と描かれる。会話文をうまく取り入れることで歌がいきいきしてくる。人の中で役にたつ人生ということを考えさせられた。

夏の天球儀 中川佐和子 角川書店

2022-10-23 11:01:27 | つれづれ
長くながくかかりて選ぶ夏帽子卒寿の母に気力のわきて 

天球儀ながめておれば人間を小さく感ず夏の光に

デパートのうっすら寒き台の上(え)に袋詰めなる福らしきもの

咲くという大きな力 黄の色が喇叭水仙を浸(ひた)しはじめる

遠き葉は大きく揺れて近き葉が順のあるごと小さく揺れる

テーブルのうえの洋梨影の濃くひとつひとつが空間をうむ

こんなところに来てしまったと言う顔を海辺の猫にみておりわれは

死ののちに米のこされて食むことのあらざる母よ九十三歳

実印をシンガーミシンの抽斗に隠しし母に胸を突かれる

まやかしの言葉のようにひんやりと〈人道回廊〉ニュースに流る

(夏の天球儀 中川佐和子 角川書店)

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未来短歌会の中川佐和子の第七歌集。九十三歳で亡くなった母の思い出の歌が多い。シンガーミシンなどの銘柄が時代を反映していて懐かしい。「なぜ銃で兵士が人を撃つのかと子が問う何が起こるのか見よ」と詠った子供たちも成長しそれぞれの家庭を築く。家族の歌はもちろんのこと、デパートの福袋や植物を見て描写する確かな技術を感じる。天球儀の視線で人間を捉えるからだろう。

淡黄 山中律雄 現代短歌社

2022-10-18 17:13:11 | つれづれ
大きなる鯉のあふりにたゆたへる水の濁りはしばしにて澄む

震災の津波に逝きし人あはれ型ひとつなる位牌がならぶ

しろうをの透きとほる身をはかなめど口にはこべば口がよろこぶ

夜と朝の境にしるし打つごとくうす暗がりに野の鳥が鳴く

墨染めの僧衣まとひて乗るバスのわれの傍へに人は座らず

そのときの加減におなじ色のなき草木に染めし袈裟の淡黄(たんくわう)

おのずから窪みにみづは集まりて秋の干潟にひかりを返す

窓外にスコップ使ふ人のゐてすこやかげなる音は身に沁む

公園の空よりくだり来し鳩が木立の影にその影仕舞ふ

五年後の生存率の四割をよろこぶ勿れ六割は死ぬ

(山中律雄  淡黄  現代短歌社)
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山中律雄の第五歌集。お会いしたことはない。六十歳代の僧侶というので、生活感覚が遠いかもしれないと読み始めたが、とても良い歌集だった。一首一首に神経が行き届き、歌が粒ぞろいなのだ。一首目、鯉のことを詠みながら人生を思わせる。その程度のことで慌てるなと言われている気がする。僧衣の傍に人の座らぬことを寂しがるようで、実は人との距離を楽しんでいるようだ。後半、病を得た歌は切実だが、どこかで俯瞰している視点がある。家族のうたが多いが、それに閉口することはなかった。

はるかな日々 栗明純生 六花書林

2022-10-10 22:30:00 | つれづれ
夕さればあかねの影絵、大手町を眼下に眺(み)つつメール読み継ぐ

入りくるメール幾十標題を読みとばしさぐる緊急案件

半円のくぐり戸にかつてのポーズとる妻はほどよく肉づきしなり

壁面をほぼ本棚で埋めつくし終日ぼーっと過ごす贅沢

冠動脈に管通さるる不気味さの二時間あまり慣れることなく

M&A、スワップ、オプション、インデクス、アルゴリズムに追いまくられて

日々外に出でゆく妻よそんなにも俺が居るのがうっとうしいか

シンゾーがウラジミールと呼ばうたびぞっとする笑みプーチンは浮かべ

早朝の目覚めの憂鬱恐る恐るパソコン開き株価を覗く

公園の露店カフェーの木漏れ日をまだらに浴びてマスクを外す

(栗明純生 はるかな日々 六花書林)

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短歌人編集委員の栗明純生の第五歌集。証券業界で会社を転じつつ四十三年を働いてきて、退職ののちに纏めた一冊だ。庶民にはわからないような神経をすり減らす激務の日々だったのだろう。心臓の手術の歌もありながら、妻との暮らしがあり、スポーツや旅を楽しんでいる。短歌に関わる人には貧しさ、生活の不遇を嘆く人が多い中で珍しい存在だ。