気まぐれ徒然かすみ草

近藤かすみ 

京都に生きて 短歌と遊ぶ

箸先にひとつぶひとつぶ摘みたる煮豆それぞれ照る光もつ

広い世界と2や8や7 永井祐 左右社

2020-12-19 12:44:08 | つれづれ
よれよれにジャケットがなるジャケットでジャケットでしないことをするから

大きな猫をどかすみたいに持ち上げて書籍の山を椅子からどかす

待てばくる電車を並んで待っている かつおだしの匂いかぎながら

金色に砂が光っているようなボタンをしまう夏の夕方

袖口でスマホの画面ふいている 眠そうだけどいい顔してる

冬の街あるいてゆけば増強された筋肉みたいなダウンジャケット

真夜中はゆっくり歩く人たちの後ろから行く広い道の上

この道をいったりきたりするだけの人になりたい風がつめたい

朝がだんだん遠くのほうに引いていききれいなダンボールが残ります

とうめいな袋の中でポッキーがきれいに横に並んでいるよ

(永井祐 広い世界と2や8や7 左右社)

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どこに住んでいて、何歳で、どんな仕事か。そんなこと関係ない。その場の感覚だけが伝わる歌。ほのかに温かい。読んでいて安らぐ。

宵山の街 大野友子 不識書院

2020-12-17 00:19:23 | つれづれ
おほかたのみんみん蟬は五拍子で鳴くと気づけり米をとぎつつ

風邪をひき越路吹雪のそぶりして声など真似てすごす年の瀬

左腕にちらりと目を遣り走りゆく駅伝ランナー足音たしかに

粉雪の降りしきりゐて松の枝のつがひの鳩の微妙なる距離

一ダースの曾孫の名前を覚えむと四苦八苦せし母九十七歳

西日射すいろは紅葉の若葉ゆれレースのごとき影映る道

雷鳴のをさまりたればいざ行かむ祇園祭の宵山の街へ

家に入り細目格子より眺めみる表通りは手にとるごとし

滑らかに発音せむと新元号らりるれらりるれ「令和」ととなふ

船形の火影あかあかと揺ぎをり眼下を流るる賀茂川の面に

(大野友子 宵山の街 不識書院)

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谺短歌会同人の大野友子さんの第一歌集。京都にお住まいという縁で歌集を送っていただいた。横浜から京都に割と最近に、引っ越して来られたらしい。京都の人間が京都のことをよく知っているというのは当たらないだろう。奥が深すぎる。よそから来た人の方が良く知っているかもしれない。

撤退 小松昶 現代短歌社

2020-12-15 09:44:57 | つれづれ
コロナ禍に手術用マスクの不足して替へずに使ふ今日で三日め

パリパリと納体袋は音を立てコロナに逝きし人を呑み込む

人の目に触れしことなき胆嚢のラピス・ラズリのごとき光沢

軋みつつ電車がカーブ切るときに吊り輪の列の一斉になびく

六年半の単身赴任終へたるに妻ゐて娘ゐてつくづく孤独

カーテンの揺るる狭間ゆ枕辺の青き葡萄に淡き日の差す

爪厚く太き指もて先生は野蒜を摘みます名を教へつつ
(小谷稔先生)

幾万の手術の麻酔を担ひしが吾を覚ゆる幾たりありや

集中治療の要(かなめ)は麻酔科と執拗に撤退回避を院長迫る

茜色したたる桜のもみぢ葉の尖ことごとく大地を指せり

(小松昶 撤退 現代短歌社)

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麻酔科医として働いた著者の第三歌集。コロナ禍で毎日報道される「医療現場の逼迫」とはこのことかと思わせられる作品。巻頭の「新型コロナ・パンデミック」の一連は必読だ。
アララギの歌を再認識した。