気まぐれ徒然かすみ草

近藤かすみ 

京都に生きて 短歌と遊ぶ

箸先にひとつぶひとつぶ摘みたる煮豆それぞれ照る光もつ

夏時間の庭 木曽陽子 本阿弥書店

2020-09-21 11:47:31 | つれづれ
首すじの青きひかりを眼に追えば鳩は鳩らにまぎれて歩む

光りつつ<昭和>へ延びる廊下あり松の風吹く小学校に

乳母車白鳥(しらとり)神社の階段を落ちゆく刹那みどり児の笑む

四、五日を机の上にひろげおくプリンス・エドワード島の青空

プラタナスの樹下にたたずむ写真あり二十歳(はたち)の頃かそこからの風

父母(ちちはは)と住みいしころの夜のふかさ箪笥の中にこおろぎが鳴く

たいせつに使われながら減ってゆくしろい牛乳石鹸がんばれ

ほそく垂るる蛇口の水をひきよせて盥の桃はしずかにまわる

草ぶえを鳴らして少年すぎゆけりテオとゴッホのとおきゆうぐれ

千日紅ちいさく束ねて壜に挿すこの安らぎはいずくより来る

(木曽陽子 夏時間の庭 本阿弥書店)

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短歌人の先輩、木曽陽子さんの第二歌集。穏やかで垢ぬけている。ご両親との別れを思わせる歌も、ほのかに暗示するだけ。庭を愛し人を愛しながら、それは前面に出さない。抑制が効いている。

ちいさな襟 岡本幸緒 青磁社

2020-09-13 00:58:19 | つれづれ
明日送る予定の書類をつくりたり日付はすでに明日にかえて

秋の陽が床にひろがる古書店の西原理恵子は「な」の棚にいる

船待ちに君の忘れし夏帽子 旅の写真に残りていたり

疼痛の中に冬あり冬くれば冬の痛みがくるかもしれぬ

この部屋を一歩出たならあらわれるような気がする失くしたものは

曖昧にうなずきながら印鑑の溝に埋まる朱をとりのぞく

永遠はどこにもないということを教えるために輪ゴムは切れる

住みたるは五指に満たざりどの街も梅雨のさなかに夏至のある街

モノクロの洋画の中のタイピストちいさな襟のブラウスを着る

目覚ましの機能は壊れ明日からはただの時計をして生きてゆく

(岡本幸緒 ちいさな襟 青磁社)

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塔短歌会所属。第二歌集。事務職らしいが、仕事の丁寧さ、念の入れようが素晴らしく頼もしい。これが微笑ましくもある。目のつけどころが面白い。神経質なのに、いくらやってもまだ足りない気がして、見直してしまうところに大いに共感する。先取り不安があるのだろう。繊細なのにどこか抜けたところにユーモアが感じられる。失礼ながら他人とは思えないほど「脳」が近い気がした。