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GODZILLA

2014年08月04日 | 洋画(14年)
 『GODZILLA ゴジラ』をTOHOシネマズ渋谷で見ました(3D日本語吹替版)。

(1)怪獣映画ファンでもないのでパスしようと思っていたものの、余りにPRが凄いものですから(注1)、それならと映画館に出かけてみた次第です。

 本作のはじめの方では、1999年、研究機関モナーク(注2)に所属するヘリコプターが、フィリピンにあるユニヴァーサル・ウェスタン鉱山に到着し、中から芹沢猪四郎博士(渡辺謙)と助手のヴィヴィアン博士(サリー・ホーキンス)が出てきます。
 現地の所長は、「ひどい有様で、谷底がその下の洞窟まで抜け落ちた」などと説明します。
 芹沢博士らが現場の穴に降り立つと、巨大生物の骨があり、天井からは繭のようなものがぶら下がっています。



 そして、そこから何ものかが海の方へ向かったような跡も。

 場面は変わって同じ時期の日本。
 原子力発電所に勤務するジョーブライアン・クランストン)は、その日が誕生日で息子のフォードが何か準備をしているようなのですが、異常な振動をキャッチしたので、妻のサンドラジュリエット・ビノシュ)らを、原子炉の確認に向かわせます。
 そのとき突然激しい揺れがきて、原子炉が大層危険な状態に陥ります。
 サンドラがまだ調査から戻っていないにもかかわらず、そのままでは近辺の町全体が危なくなるとして、早く防護扉を閉めろとの指令が飛びます。
 中にいるサンドラからは、「扉を閉めて!フォードを頼んだわよ、父親として守って!」とジョーに連絡が。
 ジョーは、防護壁の窓越しにサンドラの顔を見るものの、断腸の思いで防護壁を閉めざるを得ませんでした。
 幼いフォードも、通っていた学校の窓から原子炉が崩壊する様を見ています。

 そして、15年後のサンフランシスコ。
 海軍将校のフォードアーロン・テイラー=ジョンソン)が、14ヶ月の勤務(注3)から家に戻ってくると、領事館から、フォードの父親のジョーが日本で逮捕されたとの連絡が。
 フォードは、「いつもの陰謀説を信じて、退避区域に入り込んでしまったのかも。ほんの2,3日のことだから待っていてくれ」と妻のエルエリザベス・オルセン)に言い残して東京に向かいます。



 ジョーは、妻が亡くなった原子力発電所には何か秘密が隠されていると長年探っています。
 今回も、息子のフォードが米国からやってきて釈放されると、あの時と同じ振動が再び起こっているとして、今度はフォードを連れて立入禁止区域に入り込みます。
 彼らはまた捕まってしまいますが、連れて行かれたのはモナークの研究施設。
 そして、そこで彼らが見たものは、………?

 予告編とかその役名(芹沢)からして、渡辺謙がかなり活躍するのかなと期待していましたが、実際には事態の推移を驚きの目を持って見守るにすぎず、主役の米国海軍将校が大した働きをするわけではないにもかかわらず出ずっぱりであり、またタイトルからゴジラだけが登場すると思い込んでいたところ、他の二体の怪獣が出てきてそちらの暴れ方がすごく、総じてなんとなく肩透かしを食らった感じです(注4)。

(2)渡辺謙が扮する芹沢猪四郎の名は、本作のオリジナル版である『ゴジラ』(1954年)に登場する芹沢大助と、同作を制作した本多猪四郎監督から来ているようですが、同作において芹沢大助は、自分が作ったオキシジェン・デストロイヤーによってゴジラを倒すという活躍をしているのですから、本作でも渡辺謙による何がしかの活躍が見られるものと思っていました。
 ですが、本作における芹沢博士の役割は、ゴジラやムートー(注5)の行動を見守ることだけ。



 これだと、むしろ『ゴジラ』(1954年)における古生物学者・山根恭平博士(志村喬)に該当するように思われます(注6)。

 元々本作には、『ゴジラ』(1954年)における芹沢大助のような英雄は誰も登場しません(注7)。
 芹沢博士のみならず、人間は結局、3体の怪獣に対してなすすべがないのです。

 それどころか、芹沢博士は、共同作戦司令部の指揮官であるウィリアム提督(デヴィッド・ストラザーン)らが、核爆弾を使って3体の怪獣を一挙に爆破しようとする作戦をたてると、「やめていただけないか。ゴジラが答えではないか。自然は調和を保とうとするのだ」としてその作戦に反対します。
 要するに、宇田川幸洋氏が言うように、本作でゴジラは、「悪の破壊獣ムートーに対し、生態系のバランスをまもろうとする、地球の守護神という位置づけ」にあるようです(注8)。
 それで、提督が、「あなたの信じるゴジラは、2体のムートーに勝てるんですか?」と尋ねると、芹沢博士は「信じるほかない」と答えます(まるで人類とゴジラとは運命共同体を形成しているかのようです)。

 でも、「第二次世界大戦を皮切りに世界各地で核開発・実験が相次ぐようになったために地表の放射能濃度が上昇」(注9)というアンバランスな事態を地球にもたらした張本人はまずもって人類であり、そのことによって3体の怪獣が地表面に現れたのではないでしょうか?
 「悪の破壊獣」とされるムートーは、人類からすれば「悪」にしても、1954年のゴジラと同様に、もしかしたら「生態系のバランス」を保つために地表に出現した怪獣であり、人類の持つ核施設や核兵器を破壊しようとしているとは考えられないでしょうか(注10)?
 なにしろ、ムートーは、「放射能をエネルギー源」とし「放射能を求める」怪獣なのですから!
 それに、宇田川氏が「地球の守護神」と言うゴジラ(注11)は、「体内に放射能を充満」させているために、確かにムートーと「戦いが宿命づけられていた」のかもしれません(注12)。とはいえ、本来的には、ムートーがゴジラを襲うにしても、ゴジラの方からムートーに対して戦いを挑むというようなものではないのではないでしょうか(注13)?

 いずれにしても、人類が無制約的に核開発を続けていけば、再度ムートー(それにゴジラも)が地表に出現することは十分に考えられるところです!

 と言っても、そんなくだくだしいことはどうでもいいのであって、ゴジラと2体のムートーとの戦いぶりや、サンフランシスコの壊滅的な状況などを映像で見て愉しめばいいのではないかと思います。

(3)渡まち子氏は、「オリジナルへの敬意も十分に感じられる作りの本作では、ギャレス・エドワーズ監督がこれほどきちんとした「21世紀版ゴジラ」を作ってくれたのが、最大の嬉しい驚きだった」として85点をつけています。
 前田有一氏は、「現実が54年版ゴジラの危惧そのものとなってしまった現在、過去と同レベルの主張しかできないところに本作最大のがっかり感がある」などとして55点をつけています。
 相木悟氏は、「まさに夏休みの娯楽!色々と口を挟みたいこともあるが、ひとまず最強に面白い怪獣映画であった」と述べています。



(注1)公共放送のNHKまでも一映画作品のPRに参加している感じです!
 とはいえ、その企画の中で『ゴジラ』(1954年)を見たのですが。

(注2)この情報によれば、モナーク(Monarch)は、まずはゴジラを研究するために1946年に設立された機関であり、その後、1999年に発見されたムートー(下記「注5」)の研究も行っています。

(注3)海軍では爆弾処理の仕事に就いています。

(注4)最近では、アーロン・テイラー=ジョンソンは『キック・アス』、渡辺謙は『許されざる者』、ジュリエット・ビノシュは『陰謀の代償』、サリー・ホーキンスは『ブルージャスミン』で、それぞれ見ています。

(注5)Massive Unidentified Terrestrial Organism(未確認巨大陸生生命体)。
 といって、UFOのようにその実態がなんだかわからないわけではないように思えるのですが。

(注6)何しろ、本作における芹沢博士と同じように、「東京へ戻った山根はその巨大生物を大戸島の伝説に従って「ゴジラ」と呼称」し、さらには、「政府は特別災害対策本部を設置し、山根にゴジラ抹殺の方法を尋ねるが、博士は古生物学者の立場から、水爆の洗礼を受けなおも生命を保つゴジラの抹殺は無理とし、その生命力の研究こそ急務と主張」するのですから(Wikipediaのこの項によります)。

(注7)『ゴジラ』(1954年)の主役は南海サルベージの尾形(宝田明)ですが、そして彼は芹沢大助を説得したり、一緒に海に潜ったりするものの、あくまで仲介役にすぎません。
 ですが芹沢大助は、オキシジェン・デストロイヤーを発明しただけでなく、海にそれを持って入り作動させてゴジラを倒し、さらにはオキシジェン・デストロイヤーの悪用を阻むべく自らの命を絶つのです。
 これに対して、本作の主役のフォードは様々の現場に立ち会っていますが、3体の怪獣の排除にあたっては、他の人間と同様に、積極的な役割を果たしていません(最後に、核爆弾がサンフランシスコの中心部で爆発するのを回避するには一定の役割を果たしたとはいえ)。

 なお、本作のラストで、“King of Monsters Saved the City!”とマスコミに持ち上げられるゴジラが英雄なのかもしれませんが、ゴジラとしては、単に「宿命」の相手を打ち破っただけのことではないでしょうか?

(注8)本エントリの(3)で触れる渡まち子氏も、「聖獣ゴジラが、原爆・水爆から原発事故まで、延々と罪深い過ちを繰り返す人類を、それでもなお救おうとする姿」と述べています。

(注9)劇場用パンフレットに掲載の「ストーリー」より。
 ただ、この場合の「放射能濃度」とは何を意味するのでしょうか(放射線量が高いことなのでしょうか)?

(注10)こういうことが、本エントリの(3)で触れる前田有一氏が「日本版一作目「ゴジラ」(54年)の「そのうち行き過ぎた科学技術によりしっぺ返しを食らうぞ」とのメッセージはまぎれもなく先見性があるものであったが、それをハリウッドが二度目の実写化でようやく言及」と述べていたり、読売新聞編集委員・福永聖二氏が「自然をコントロールできると錯覚していた人間の傲慢さに警鐘を鳴らすメッセージが底流に織り込まれ、第1作が持っていた社会派的側面も引き継いでいる」と言ったりしていることの背景をなすのではないでしょうか?

 なお、「8時15分」で止まった父の遺品の時計を見せる芹沢博士は、「ゴジラを信じる」と言うのであれば、あるいは同時にムートーも信じるべきなのかもしれません。なにしろ、ムートーは核弾頭を食べてしまうのですから。

(注11)本エントリの(3)で触れる相木悟氏は、「ゴジラを、バランスをもたらす神=救世主として勝手に解釈して敬う、新しいシチュエーション」と述べています。

(注12)ここらあたりの引用は、劇場用パンフレットに掲載の「ストーリー」より。
 ただ、そこで使われている「放射能」とは何を意味しているのでしょうか(「放射性物質」のことなのでしょうか)?

(注13)ムートーの方はゴジラの体内にある放射能を欲するにしても、ゴジラはそういう欲求を持っていないでしょうから。
 なお、ゴジラはムートーを倒す際に大量の青い炎を浴びせかけましたから、体内に蓄えていた放射能をかなり消費してしまったはずです。でも、次に出現するであろうムートーと対決するには、一体どのように準備したらいいのでしょうか(再び水爆実験を繰り返さなくてはならないのでしょうか)?



★★★☆☆☆



象のロケット:GODZILLA


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2 コメント

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Unknown (ふじき78)
2014-08-05 23:42:51
「救世主」というキーワードから、「ゴジラ」を「ケンシロウ」、「ムートー」を「ラオウ」、「放射能」を「北斗神拳」などに置き換えて読んでみたりするのも面白い遊びです。
Unknown (クマネズミ)
2014-08-06 07:13:44
「ふじき78」さん、TB&コメントをありがとうございます。
それにしても、「ふじき78」さんは、よくそんな連想を思いつくものですね!つくつく感心いたします。
特に、「北斗神拳」は技ですから、「放射線」でも「放射性物質」でもなく「放射能」に対応するものと思います。

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