杏子の映画生活

新作映画からTV放送まで、記憶の引き出しへようこそ☆ネタバレ注意。趣旨に合ったTB可、コメント不可。

ぎょらん

2023年09月23日 | 
町田そのこ(著) 新潮社

人が死ぬ瞬間に遺す、いくらのような赤い珠。口にしたものは、死者の最期の願いが見えるという―。十数年前の雑誌に一度だけ載った幻の漫画『ぎょらん』。作者の正体も不明ながら、ネット上では「ぎょらんは本当に存在する」という噂がまことしやかに囁かれていた。三十路のニート、御舟朱鷺は、大学一年のときに口した友人の「ぎょらん」に今も苦しんでいると語るが…。とある地方の葬儀会社で偶然に交錯する、「ぎょらん」を知る者たちの生。果たして「ぎょらん」とは一体何なのか。そして死者の願いは、遺された者に何をもたらすのか―。(「BOOK」データベースより)


・ぎょらん
華子が職場の上司の通夜から帰宅すると、大学の途中で引き籠りになり以来10年ニート生活の兄の朱鷺が暴れていました。夫を早くに亡くした母はその様子を泰然と見ているだけ・・・冒頭から引き込まれる展開ですが、朱鷺は家族に暴力を振るうことは絶対しない、実はとても心優しい人柄なんだということが徐々にわかってきます。
事故死した上司の美袋(なぎ)は社内でも評価が高い男でしたが、裏の顔は、華子の後輩のさゆみとも不倫していて、華子のグラビアアイドル並みの体目当てだったことがわかってきます。アブノーマルで過激な彼とのSEXを愛されているという幻想で包んできた華子は、通夜の席での妻とさゆみの修羅場で打ちのめされます。
兄妹が愛読していた雑誌に載っていた「人の最期の思い」が形になった「ぎょらん」を探しに出かけた二人が自転車の背中越しの会話で互いの本音が見えてくるのが良かったです。珊瑚を「ぎょらん」と言い張り無理やり噛み砕いて妹の欲しかった言葉を伝えてあげる朱鷺が凄く兄らしく見えました。
それにしても朱鷺は親友の「ぎょらん」に何を見たのでしょう。

・夜明けのはて
夫の喬史の病が見つかってから僅か二月で還らぬ人になります。特に恋愛感情もないままに共に生きてきたと思っていた喜代でしたが、喪ってやっと夫が大事な存在だったことに気付いていきます。

彼女は初めて受け持った保育園児を事故で亡くしたことで罪の意識を抱えて生きてきたのですが、喬史と出会い、張り詰めた力を抜いて息をつくことができました。彼もまた自分のせいで家族が亡くなったという罪の意識を抱えていました。
寝ずの番の夜、死んだ人間の最期の言葉を聞く方法があるという生前の夫との会話を思い出した喜代は、コンビニに買い物に出たところを、葬儀社の職員の御舟に声をかけられます。夜道が心配だと彼は一緒についてくるのですが、二人の会話を読み進めるうちに「あ!これは前話に登場した朱鷺だ!」と気付きました。そっか~彼はニートを脱出していたのかぁと何だか嬉しくなってしまったぞ。😁 

会話の流れの中で、御舟に自分の「罪」(亡くなった園児はとても手のかかる子で嫌っていたこと。彼の行動が予測できたのに止めなかったこと)を打ち明けた喜代に、彼も「僕の悪意で友人が死んだ」ことを告白します。御舟に過去の自分を重ねた喜代は喬史に言われた「力を抜いて息をつくことは逃げでもズルでもなく必要なこと」だと声をかけます。
御舟が泣きだすエピソードは、まさに「朱鷺らしい」設定だなぁ😊 

御舟から「ぎょらん」の内容を聞いた喜代は、棺に眠る夫に語り掛けます。
もし夫のぎょらんがあったのなら、彼の罪は赦されたのか、生き方は正解だったのか、そうだったら自分もまた赦されるのか・・・
でも喜代はもうその答えに気付いているのです。これからも頑張って人生を全うした時にこそ、その答えがわかるのだと。その時には夫と答え合わせをしようねと😌 

喜代も喬史も朱鷺も、自分の中にあった「悪意」が悲劇を生んだことにとても苦しんでいるのが伝わってきて切なくなりました。

・冬越しのさくら
前話で登場した葬儀社のベテランスタッフの相原千帆が主人公です。
母子家庭で育った母を中二の時に事故で亡くした千帆は、葬儀を担当した作本(サクさん)から渡されたカーネーションの花束に救われた過去があります。
就職してサクさんの指導を受け、仕事に生き甲斐を感じながら、先輩の瀬尾と恋人関係になります。しかし、子供のいる家庭を望む彼に、自分の不妊を告白できないまま、自ら身を引いた千帆は、より一層仕事に邁進するようになりました。それはいつしか自己満足な自信となり周囲から次第に浮く存在となっていきます。

サクさんの葬儀は自分が取り仕切ると宣言した千帆に、瀬尾は厳しく辛辣な言葉で諫めます。担当を外され、遺族側として参列した千帆は、自分を見つめ直す機会を与えられたのだと感じました。
別れの本当の理由を知らないと思っていた瀬尾が、サクさんから聞いて知っていた、その上で千帆に厳しい言葉を投げつけたのは、彼なりの思いやりでもあったのかな。

使えない新人と思っていた御舟が、いつのまにか成長していることにも気付かされます。千帆は知らないけど、喜代と話したことで朱鷺も息が楽になったのね😌 

サクさんが大切にしていた「みやげだま」の中身はかつて千帆が母の葬儀後にサクさんに渡した手紙でした。死ぬことを考えていた千帆はサクさんに渡されたカーネーションで「生きる」気持ちを取り戻していました。でも御舟は「本当のみやげだまは相原さんだったと思います」と言いました。子供のいなかったサクさん夫婦に娘のように可愛がられたことを千帆は思い出します。う~~ん良い話💛

「良い葬儀をして感謝されること」ではなく「遺族に寄り添う気持ち」こそがこの仕事をしたいと思った原点だったことを思い出した千帆。御舟も「人を生かす葬儀屋になりたい」と彼女に告げます。うん、朱鷺だったらできるよ😊 
 
・糸を渡す
夏休み。高校生の菅原美生は、出席日数を補うため、担任に半ば強制されてボランティア部の臨時部員として老人ホームでの5日間の実習に参加します。そこで出会ったおばあさん(茂子さん)はとても慎ましく謙虚な人でした。介護職員の七瀬さんやバイト先の朱鷺さんとの関わりを通して美生は家族の関係を再構築していきます。

美生の祖父母が会社を興した折の複雑な家庭事情から、美生の母の佐保子は3歳から二年ほど祖父の愛人に預けられて育ちますが、火傷をしたことで実母の元に戻ります。しかし育ての母を慕って泣き叫んでいた我が子に実母は芯からの愛情を注ぐことができず、母娘関係は修復されませんでした。佐保子は自分の家庭は完璧な愛情で包もうとしますが、それは夫や娘への支配という形になって現れます。友達を批判されたことで美生は初めて母に反抗し、父もまた自由を求めて家を出ていきます。伯母から母の過去を、父からは家を出た理由を聞かされ美生は動揺します。

実習の最終日に美生は茂子さんにネイルをした際、彼女の腕の火傷の痕に気付きます。茂子さんは軽い痴呆があり、美生を「さぁちゃん」と呼びました。
ここまで読んで、茂子さんはもしかして?との予感が当たります。

数日後、バイト先のコンビニの常連客の朱鷺さんから茂子さんが亡くなったことを聞かされ、彼女が直葬を望んだと聞いた美生は、せめてお別れをしたいと出かけます。七瀬さんから茂子さんの遺品を見せて貰った美生は、「さぁちゃん」が母の佐保子だと確信します。茂子さんの最期の願いを叶えてあげて欲しいと頼まれ「ビーズ」を渡された美生は迷いますが、朱鷺さんの言葉に背中を押されて母と向き合うのです。

このビーズは、茂子と暮らしていた幼い佐保子が彼女に作ってプレゼントしたネックレスでした。当時の記憶が蘇った佐保子は火傷の原因が自分にあったことを思い出します。翌朝、糸を通したビーズのネックレスを娘に渡した佐保子ですが、葬儀(見送り)には行かない、行けないと言います。出棺の時に離れたところから手を合わせている母を見た美生は母の苦しみを思い遣ります。
七瀬が語る「亡くなった人の最期の願いを叶えてあげたその一瞬、その人と繋がった気がする」という言葉は深く頷けます。

愛人という立場は許されるものではないけれど、茂子が佐保子を実の娘のように可愛がっていたのは確かで、一生残る火傷を負わせたことに苦しみ続け、熱いものを一切受け付けなくなった彼女の気持ちを思うと哀し過ぎます。「さぁちゃん」のネックレスをつけて旅立った茂子さんは最期に救われたのでしょうか。
一番悪いのは妻をないがしろにして愛人を作った祖父だものな~~😡 

・あおい落葉
行方不明だったタイムカプセルが見つかり、久しぶりに母校の中学校を訪ねた小紅は、親友の葉子の手紙も一緒に受け取ります。仕事を抜け出してきた御舟も現れ、同じく親友だった蘇芳のそれを受け取っていきます。
引っ込み思案の小紅の初めての友達だった葉子は次第に彼女に執着し束縛するようになり、あることをきっかけに限界を超えた小紅は葉子を拒絶しますが、手紙はその直後に書かれタイムカプセルに納められていました。そしてその数日後、葉子は実母に殺されました。朱鷺もまた大学の時に蘇芳の自殺の第一発見者となり、「ぎょらん」を口にしたことから引き籠りとなっていました。二人とも親友が自分を恨んで死んでいったのではと思い込んでいましたが、開封された手紙にはどちらも恨みの言葉などなかったのです。

葉子は母親にネグレクトを受けていたこと、母の交際相手と関係を持ったのもおそらくは本意ではなかったこと、何より小紅への行き過ぎた支配は裏を返せばそれだけ小紅が好きったことが伝わってきて、哀れを誘います。もし事件が起きなければ、小紅と葉子は互いに本心を伝えあって本当の親友になる未来もあった筈なのに。

それでも親友の気持ちを知って小紅はやっと前に進むことができたのだと思います。
一方の朱鷺は、自分が見たものは恨みや憎しみだったため、「ぎょらん」は死者ではなく遺されたものの感情が作り出したのではという説に頷くことができずにいます。

・珠の向こう側
再び華子の視点。母の病が全身に回り既に手遅れとなっていることを知った朱鷺は再び部屋に籠ってひたすら「ぎょらん」の正体について調べ始めます。華子にしてみればそんなものに拘るより母の傍にいろよ!って思いますよね。
隣の病室には七瀬の想い人である上司の那須がいて、七瀬と華子は次第に仲良くなっていきます。朱鷺が「ぎょらん」の正体を追い求めていると知った七瀬は、叔母で朱鷺が勤める天幸社の納棺部の石井春子に引き合わせます。実は「ぎょらん」の作者は春子の夫だったのです。そして石井夫妻が喪くした息子は真佑。ここで喜代とも繋がってくるのね😯 
春子から、「ぎょらん」の正体は遺された者の死者への思い(込み)だと聞かされ、激しく拒絶して飛び出した朱鷺。華子は憎しみや恨みではない「希望」を描いたケータイ小説「きみにたまごを」を書いたのは春子だと聞かされます。

死の間際、意識を取り戻した母に朱鷺は、「ぎょらん」の正体や自分の気持ちの整理ができたことを伝えます。朱鷺が引き籠りになって数年経った頃、母は彼に「気持ちの整理ができたら伝えて」と言い見守り続けていたのでした。そして「頑張ったね、これからも頑張って一生悩みなさい」と言います。母は夫が死んだ夜にぎょらんを握りしめて眠り、夢の中で子供を育て上げると夫に約束をしたのだと話します。

七瀬もまた、那須が離婚した妻子に会いたがっていることを知りながら連絡を取れずにいたのを朱鷺に「今連絡しなかったら一生後悔する」と諭されます。那須への想いと彼の最期の願いの板挟みになっていた彼女は結局願いを叶えてあげ、そのことで七瀬自身も救われます。

「ぎょらん」は死者の思いではなく遺された者がその人に持つ感情だと考えたら、死者に対する罪悪感は負の感情となり、愛されていたと言う思いは希望となって珠になるというのも頷けます。

登場人物たちが「ぎょらん」を通して繋がっていき、でもそれは負の連鎖ではなく前に進むための道標となっているのが良かったです。







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