杏子の映画生活

新作映画からTV放送まで、記憶の引き出しへようこそ☆ネタバレ注意。趣旨に合ったTB可、コメント不可。

イリュージョン

2022年10月29日 | 映画(DVD・ビデオ・TV)
2020年製作 ロシア 108分 

長男デニス( アンドレイ・ブルコフスキー)、次男ヴィクトル(ダニラ・ヤクシェフ)、三男イリヤ(パヴェル・チナリョフ)のロマノフ3兄弟は、驚異のイリュージョニストで国内で大注目を浴びていた。半面、トリックの種明かしを暴露するなど同業者から反感も買っていた。
ある日、世界進出を賭けた大舞台で、デニスの助手を務める婚約者のカーチャ(アグラヤ・タラーソヴァ)がショーの最中に消えてしまう。すると、彼等の無線に“ショーを続けろ。中止すれば、カーチャは死ぬ"と脅迫メッセージが届く。そして、彼等の命を狙った不可解な仕掛けがショーの最中に次々と襲い掛かる。犯人は誰だ! ?劇場内の観客、スタッフ、そして、仲間内のキャストまで全員が容疑者に。追い詰められたデニスは、愛するカーチャの救出を賭けて究極のイリュージョンを打って出る―。 (Amazonストーリー紹介より)


アメリカ資本で世界進出を狙う3兄弟は、反対する長年彼らを支えてきたマネージャーをクビにしています。今夜のショーは彼らの未来をかけた絶対に失敗できないものでした。

デニスは、彼と婚約したばかりの助手のカーチャと水中脱出マジックを披露しますが、出てきたのは別の女性。観客は成功と思っていますが、消えたカーチャを探す彼らに聞こえてきたのは「アシスタントを助けたければショーを続けろ、だがショーの最後には兄弟の誰か一人が死ぬ」という脅迫メッセージ。

兄弟はショーを続けることを選びます。カーチャを助けたいデニスはもちろん、他の二人も成功を目前にして諦めることができなかったから。
それぞれが命を懸けた脱出マジックを披露しますが、様々な妨害工作が入りあわやの連続。スタッフのイーゴリ( セミョン・トレスクノフ)やロベルト(セバスティアン・シサク)も怪しい動きを見せる中、殺人事件まで起きて、犯人が誰か、その目的が何かもわからないままショーは進んでいきます。

大掛かりな脱出マジックに仕掛けられた絶体絶命な罠をかいくぐり見事成功に導く兄弟たちにハラハラドキドキさせられるのですが、兄弟が犯人探しをしている間、舞台を繋ぐ美女たちのダンスとか、脱出マジックの前に軽い感じで行われる衣装の瞬間チェンジや人が消えるマジックの方が驚かされるし観ていて楽しかったかも。

ちなみに、彼らは本当の兄弟じゃないらしい😅 

アメリカ人の興行主がはなから彼らを騙すつもりだったとか、解雇されたマネージャーの息子とか色々出てきて犯人候補者は二転三転。でも真犯人は意外な人物でした。愛より組織??そもそもその組織って実在するのかって話ですが😩 

華やかなショーの裏で繰り広げられる人間劇と犯人探し。ストーリーもマジック自体の出来も良くてロシア映画、侮れません。😁 


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犯罪者 上下巻

2022年10月28日 | 
太田愛(著) 角川文庫

(上巻)
白昼の駅前広場で4人が刺殺される通り魔事件が発生。犯人は逮捕されたが、ただひとり助かった青年・修司は搬送先の病院で奇妙な男から「逃げろ。あと10日生き延びれば助かる」と警告される。その直後、謎の暗殺者に襲撃される修司。なぜ自分は10日以内に殺されなければならないのか。はみだし刑事・相馬によって命を救われた修司は、相馬の友人で博覧強記の男・鑓水と3人で、暗殺者に追われながら事件の真相を追う。

(下巻)
修司と相馬、鑓水の3人は通り魔事件の裏に、巨大企業・タイタスと与党の重鎮政治家の存在を掴む。そこに浮かび上がる乳幼児の奇病。暗殺者の手が迫る中、3人は幾重にも絡んだ謎を解き、ついに事件の核心を握る人物「佐々木邦夫」にたどり着く。乳幼児たちの人生を破壊し、通り魔事件を起こした真の犯罪者は誰なのか。佐々木邦夫が企てた周到な犯罪と、その驚くべき目的を知った時、3人は一発逆転の賭けに打って出る。
(「BOOK」データベースより)

文庫本の表紙が上下巻で完成する構図になっています。
テレビドラマ『相棒』の脚本を担当する作者の小説デヴュー作ということですが、最初に「幻夏」そして「天上の葦」を読んで本作が最後になってしまいましたが相馬・鑓水・修司シリーズの最初のお話で、朴訥でクソ真面目な相馬と軽薄なようで実は繊細な鑓水のコンビに冷静に突っ込む修司が出会うきっかけとなった事件です。

繁藤修司がクラブで声をかけられた亜蓮と深大寺駅前広場で待ち合わせをする場面から始まる物語は、フルフェイスのヘルメットを被った黒ずくめの男の突然の凶行で一気に事件の幕開けとなります。その場にいた4人が死亡し、続いて襲い掛かられた修司はからくも命拾いをします。

通り魔事件の犯人が確保されますが、既にドラッグが原因で発見時には既に死亡していました。警察はこの男が犯人だと決めつけますが、所轄の刑事・相馬亮介は事件に不可解な点を感じ取りますが、組織から爪弾きにされている彼の意見に耳を貸す者はなく、捜査から外されてしまいます。

唯一の生き残りの修司に事情を聞いた相馬は、修司から犯人はクスリをやってなどいなかったと聞きます。病院を出ようとする修司にフレームレスの眼鏡をかけた男が現れ、「十日、生き延びれば助かる。生き延びてくれ。君が最後の一人なんだ」と謎の言葉を残して消えます。何故自分の顔を知っているのか訝しく思いながら自宅に戻った修司は、またしても襲われ殺されそうになったところを、相馬が間一髪駆け付けて助かります。通り魔事件の犯人は別にいて、殺しのプロだと気付き、相馬は修司を古い友人の鑓水の家に連れて行き匿ってもらうことにします。 3人の初顔合わせがここで済んだわけね。

修司は亜蓮を探し出し、呼び出したのは彼女ではなく、事件には無関係だと知ります。この事件が通り魔ではなく計画された犯行だと考えた3人は、被害者の共通点を探し、5人が真崎工業という産廃業者がマンション建設現場に不法投棄しているところを偶然目撃していたことを突き止めます。また、修司に生き延びるよう声を掛けてきた男性がタイタスフーズの人間であることを知った3人は、タイタスフーズの廃棄物を目撃した5人を口封じのため通り魔を装って殺害しようとしたと考えます。

 この廃棄物はタイタスフーズがサンプルとして配ったベビーフードで、その中に混入していたバチルスf15菌によりメルトフェイス症候群という恐ろしい病気が引き起こされました。タイタスフーズの富山は政治家の磯辺とずぶずぶの関係にあり、食品の認可が異例のスピードで下りていました。

病気の原因がこのサンプルにあると気付いた営業課長の中迫は、取締役の森村と宮島に公表を進言しますが逆にサンプルの廃棄を命じられていました。危機感を募らせた森村たちは磯辺に連絡し、私設秘書の服部と滝川という男がやってきます。この滝川が殺し屋なんですね。

サンプルの廃棄業者が、同じ病の子を持つ真崎だったことが事件の発端となります。真崎はある目的をもって中迫に協力を持ち掛け計画を実行しようとするのですが、滝川によって無残な死を迎えることになります。

通り魔事件の裏にあるタイタスフードの隠滅工作を暴き、被害患児たちを救おうと相馬たちは巨大企業と政治家を相手に闘いを挑んでいきます。

二転三転するスピード感溢れる展開に引き込まれていく怒涛の展開です。
主役?の3人だけでなく、登場人物それぞれの人間性が伝わるエピソードもしっかり作り込まれているのが凄い!4人の被害者それぞれの家族にまでしっかり目が届いていました。
メディア側の良心ともいえる鳥ちゃんこと鳥山カメラマンの人間性にも打たれました。逆に小田嶋ディレクターのような功名心と虚栄心の塊のようなキャラもいかにもという感じです。

特に強い印象を残したのは山科早季子という患児の母です。あえて実名でドキュメンタリーに協力し、世間の心無いバッシングに転居を余儀なくされるなどの苦労を重ねても決してくじけず前を向く強さに圧倒されます。彼女が先頭に立つことで多くの病児とその家族が結束し国と企業を相手に裁判を起こすまでに至るのですが、その過程にも壮絶な覚悟があったことでしょう。

磯辺については、「天上の葦」でも感じましたが、彼なりの正義というか政治家としての信念が窺えます。事件が明るみに出た時の身の処し方も潔いというか機に応じたというか・・さすが老練政治家の面目躍如です。とはいえ時代劇のように勧善懲悪とはいかないのが消化不良ではありますが。
服部については全く共感できる部分が無いのだけれど、滝川の揺らぎを感じると彼も人なんだと妙に安心したというか。

事件の真相を世間に訴えるためにメディアを使う手法はいかにも現代的ですが、その結果は必ずしも全てうまくいったわけではありません。局を辞めた鳥山が撮ったドキュメンタリー『新盆』の中で語る殺された4人の被害者の遺族の思いも様々です。3人がフーズからもぎとった5億の金は無事山科の手に渡りますが、それすら世間はバッシングの対象にしてしまいます。彼女は会見を開いてその使途と目的を正しく伝えようとします。(拾得物扱いの金は税金を差し引かれ124人で分配したら300万にしかならないこと。患児は一生にわたり治療が必要なこと。そのためには裁判に勝って国の保障を得ることが何より必要なことなど・・・。)
患児とその家族に好奇の目を向け、疎外・差別し、彼らにお金が入ることを単純に嫉妬する世間の狭小さ、醜さを小説はまざまざと思い起こさせてくれます。それでも世間の認知を受けることでっていくっていくことを彼女は選んだのですね。出番は少ないのですが何だか4人目の主人公の感がしてきました。

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ヒットマンズ・ワイフズ・ボディガード

2022年10月27日 | 映画(DVD・ビデオ・TV)
2022年4月8日公開 アメリカ 116分 G

超一流のボディガード、マイケル・ブライス(ライアン・レイノルズ)も今や落ち目。宿敵の殺し屋ダリウス(サミュエル・L・ジャクソン)に保護対象者を殺害されたトラウマで神経症に陥り、ライセンスをはく奪され、休暇で訪れたバカンス先にも災難は待ち受けていた。
ダリウスの妻で詐欺師のソニア(サルマ・ハエック)に拉致されたマイケルは、マフィアに捕まったダリウスを救出するというミッションを強いられる。クレージーな彼女に振り回されながらも、救出に成功するが、殺したマフィアの中にインターポールへの情報提供者も混じっていたことで、かわりに捜査に協力するハメになる。最先鋭装置を使ってEUへのサイバーテロを企てるギリシャの大富豪アリストテレス(アントニオ・バンデラス)から、装置の奪取に成功するマイケルたちだったが、敵の包囲網は彼らを苦しめていく。新婚旅行気分のダリウスとソニアに対して、マイケルは心も体もボロボロになり、伝説のボディガードである父(モーガン・フリーマン)を頼る。しかし、魔の手はすぐそこに迫っていた。3人は世界を救うことができるのか?そして、ひたすら打ちのめされ、神経をすり減らすマイケルの運命は⁉︎(公式HPより)


前作の『ヒットマンズ・ボディガード』 は観てませんがその続編のようです。
ひょんなことから殺し屋を護衛する羽目になったブライスでしたが、一流への復帰の約束を反故にされ、警護資格の剥奪を審議される状況でカウンセリングに通っていました。カウンセラーから仕事を忘れて休暇を取ることを勧められ(体のいい厄介払いです)、イタリアのカプリ島にやってきたブライスでしたが、突然ダリウスの妻のソニアが現れ、地元マフィの銃撃戦に巻き込まれます。(原因はソニアの尻を触ったマフィアを彼女が殺したから)
新婚旅行初日に消えたダリウスの救出を依頼してきたソニアは、半ば無理矢理ブライスを連れ出して、拉致されていたダリウスを助け出します。ところが彼を拉致していたカルロは、インターポールのボビーの情報屋だったため、ボビーから死亡したカルロの代わりに3人に情報を集めるよう命じられます。
実は、EUによる長期経済制裁で疲弊しているギリシャを憂う愛国者のアリストテレスが、EU理事のフィッシャーを殺害し、EUのインフラ網を破壊しようとして、手始めにクロアチアの町で送電線の電力異常を起こしていました。ボニーは、落雷が原因ではなくサージ攻撃だと考え、カルロから情報を得ようとしていたのです。

ダリウスとソニアは自分たちの罪の放免を、ブライスは仕事の復帰を条件に、カルロの振りをしてEUの電力網の中継地点の情報の受け渡し役になりすましますが、ボビーが上層部に彼らを使うことを隠していたため、現場で捜査員たちと遭遇した挙句、国際指名手配犯となってしまいます。

テロを防いで汚名を払拭するため、3人はフィレンツェで情報の受け渡し相手に会いますが、ボディガードのマグヌソン(ブライスより格上)や、殺し屋ゼント(日本人でダリウスより若い)と情報の入ったカバンを巡ってバトルになります。
何とか追跡を振り切った3人は、ブライスの義父のもとへ身を寄せます。(ブライスには伝説のボディガードと謳われる養父に対するコンプレックスと憧れがあるようです。)
養父は、ブライスの母の死因がブライスの優柔不断によるものだと話し、母を目の前で失った過去を持つソニアはそれを聞いてブライスを案じました。
隠れ家に案内された3人でしたが、そこで睡眠薬入りの矢を射られてしまいます。

拉致され目を覚ました3人の前にアリストテレスが現れると、ソニアは彼の恋人だった過去を思い出します。(事故で記憶喪失になっていたらしい・・嘘くさいけど)
拷問部屋に連れて行かれたダリウスとブライスは拷問者が二人の掛け合いに気を取られた隙をついて逃げ出します。しかし、子供を欲しがっていたソニアに睾丸を撃たれて種無しになったことを黙っていたダリウスは、それを知った彼女に捨てられてしまいます。

館を脱出したものの生きる気力を失たダリウスと、養父がアリストテレスのボディガードで、彼から「お前は私の恥だ」と切り捨てられたブライスは、バーで飲んだくれます。そこにソニアから電話がかかってきて、記憶喪失や別れ話は二人を逃がす口実だったと知ったダリウスは、ソニア救出を決意しブライスに発破をかけてアリストテレスのクルーザーに乗り込みます。

海底の送電網を使いサージ攻撃を仕掛けようとするアリストテレスを阻止しようと、二人はマグヌソンとゼントを倒し、駆けつけたソニアと3人でアリストテレスと養父も倒します。銃を持たないブライスを嘲笑った養父が、ペンナイフで倒される展開でした。サージ攻撃を手動で止めたブライスは爆発するクルーザーからダリウスとソニアを連れて海へ飛び込みます。

テロを防いだ功績で栄転を約束されたボビーは、3人の指名手配を解除することを約束し、ダリウスとソニアには新婚旅行の続きとしてクルーザーをプレゼントします。渡された紙が警護資格復活の書類だと思い込み喜んでサインしたブライスは、それがソニアとダリウスの養子になる養子縁組届と知って驚愕します。そういえば、彼らが仲直りした時に「実子が出来なくても養子を貰えばいい」と話していたっけ😜 

数日後・・全国指名手配が解かれるまでクルーザーに留まることを指示され、ソニアとダリウスは昼間から新婚気分全快です。彼らを唖然と見つめていたブライスはクルーザーから海中へ飛び降りましたとさ。😁 

ソニアの破天荒ぶりがとにかくぶっ飛んでます。振り回される男二人が可愛く見えてきますが、ブライスは今回(も)気の毒な役回りみたい。養子になったということは続編ができても3人ということですね。彼の災難はまだ続きそう。
それにしてもアントニオ・バンデラスは年齢を重ねて悪役が増えているような。

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線は、僕を描く

2022年10月24日 | 映画(劇場鑑賞・新作、試写会)
2022年10月21日公開 106分 G

大学生の青山霜介(横浜流星)はアルバイト先の絵画展設営現場で運命の出会いを果たす。白と黒だけで表現された【水墨画】が霜介の前に色鮮やかに拡がる。深い悲しみに包まれていた霜介の世界が、変わる。
巨匠・篠田湖山(三浦友和)に声をかけられ【水墨画】を学び始める霜介。
【水墨画】は筆先から生み出す「線」のみで描かれる芸術。描くのは「命」。
霜介は初めての【水墨画】に戸惑いながらもその世界に魅了されていく――
水墨画との出会いで、止まっていた時間が動き出す。これは、喪失と再生の物語。(公式HPより)


水墨画の世界を題材にした砥上裕將の小説「線は、僕を描く」の映画化。

神社で行われる水墨画の展示会の搬入と設営のバイトに来てい大学1年生の青山霜介は「椿」が描かれた水墨画を見て涙を流します。その様子を見ていた(と後に明かされる)文化勲章を受賞するほどの水墨画絵師 の篠田湖山から弟子にならないかと誘われたことがきっかけで、霜介は生徒になって水墨画を学ぶことになります。

霜介の前で「春蘭」を描いてみせた湖山は、その絵を手本に霜介に描かせ、出来上がった絵を見て「思った通りだ」と呟き、絵に文字を書き込みました。
湖山の孫娘の千瑛(清原果耶)・・「椿」の作者です・・は、指導を懇願しても何も教えて貰えないことに不満を感じていて、湖山が突然霜介を迎え入れたことが気に入りません。

親友の古前(細田佳央太)や川岸(河合優実)から頼まれて、霜介は若手水墨画絵師として有名な千瑛に大学のサークルでの講師をお願いします。依頼を引き受けて水墨画の入門講座を行った千瑛は、霜介の描く独特で繊細な感情を持った線に引き込まれます。打ち上げで間違って千瑛のウーロンハイを飲んで泥酔した下戸の霜介を古前たちと家に連れて行った千瑛は、部屋に散乱する大量の絵の中に滅多に書き込むことのない湖山の「画賛」(余白に絵に対する感想を書き込んだもの)を見つけショックを受けます。古前は霜介が家族を亡くしていることを伝え、彼がやっと何かのめり込むものを見つけたと話し、千瑛に霜介のことを託します。

湖山は霜介の描く線が自分や千瑛の模写だと指摘し、次の課題に「菊」を指定し手本は与えないから自由に描くようにと言います。
一方、千瑛は前年の「四季賞」を逃してからスランプに陥っていました。
展示会で、霜介は門下生として「菊」を展示します。その絵を見た「四季賞」審査員の翠山は、技術の低さを指摘し絵に「命」がないと批判しますが、線の優しさと憂いは評価してくれました。
メインイベントである描画の開始時間になっても湖山が現れず、窮余の策でず千瑛に代役をさせようとする関係者でしたが、翠山(富田靖子)は千瑛の絵には「命」が無いと止めます。その時、西濱(江口洋介)が現れ、描画を始めます。彼は「湖峰」と呼ばれる湖山の一番弟子で、力強い「命」ある絵は会場を圧倒します。イベントが成功に終わった後、西濱は霜介と千瑛に湖山が倒れたことを告げ、2人を病院に向かわせます。

手術の結果を待つ間、千瑛に家族のことを聞かれた霜介は、大学に入って一人暮らしをするために家を出た朝に家族と大喧嘩したのが家族との最後になったことを話しました。病室で湖山は、霜介に「もっと本質を見ろ」、千瑛には「ここにいるべきでは無い」と言います。それを聞いた千瑛は怒って病室を飛び出し家に帰りませんでした。

退院の祝いの食卓で、霜介は湖山が利き腕の右腕が不自由になっていることを知ります。湖山は描画に霜介の協力を求め、水墨画は自然と共にあり、移り変わる自然に身を任せて線を描けばよいと左腕で絵を描き始めます。なぜ自分を弟子に?と問う霜介に、湖山は「椿」の絵を見て泣いていた霜月に「真っ白な紙」を感じそこに絵を描きたかったからだと話しました。

湖山の言葉に自分が何をすべきかを悟ったものの、一歩を踏み出せずにいる霜介を見兼ねて、古前は過去にけじめをつけて前に進めと背中を押します。
その夜、家の前に座り込んでいた千瑛を見つけた霜介は、彼女の「椿」の絵を見て家族の思い出が蘇ったことを話し、あの絵には「命」があったと言います。千瑛は「椿」が楽しいと思って描いた最後の絵だと打ち明け、あの頃の気持ちを取り戻したいと言います。そのためには自分に向き合わなければならないと気付いて実家に向かうことにした霜介に、千瑛もついていきました。

3年前、霜介の実家は大雨で氾濫した川に流されました。妹からの助けを求める電話を無視したことを悔やむ霜介は、あれ以来実家の跡地を訪れることが出来ずにいたのです。実家の跡地を訪れた二人。千瑛はまだ綺麗なまま落ちていた一輪の椿の花を見つけて霜介に手渡しました。

家に戻ってきた千瑛を湖山は「おかえり」と迎えます。正式に弟子となった霜介も水墨画に打ち込みます。
四季賞の授賞式当日。受賞した千瑛は感謝のスピーチを述べます。同じ頃、新人賞を受賞した霜介は、水墨画サークルの文化祭のイベントとして描画に挑んでいました。

深い喪失を背負った主人公が、水墨画の世界を知って前を向いて一歩を踏み出すお話です。とにかくその絵の水準の高さに目を奪われてしまいます。筆の使い方で全く変わる墨の色や線の形にその奥深さを感じました。描画という大きな紙を前に絵師の個性が生き生きと現れるその「画」の迫力・力強さがスクリーンを通して伝わってきて見惚れてしまいました。
穏やかで優しい、でも内に凛とした芯の強さを感じさせる湖山は三浦友和の人柄そのもののよう。飄々としながらも、その絵は力強く生命力に満ちている「湖峰」役の江口洋介もはまっていました。

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しずかな日々

2022年10月23日 | 
椰月 美智子(著) 講談社(刊)

おじいさんの家で過ごした日々。それは、ぼくにとって唯一無二の帰る場所だ。ぼくは時おり、あの頃のことを丁寧に思い出す。ぼくはいつだって戻ることができる。あの、はじまりの夏に―。おとなになってゆく少年の姿をやさしくすこやかに描きあげ、野間児童文芸賞、坪田譲治文学賞をダブル受賞した感動作。(「BOOK」データベースより)


枝田光輝は、お母さんと二人暮らしでした。父親はおらず、極度の人見知りのため友達もいません。学校から帰ると掃除や洗濯、風呂の支度をして夕食を作りお母さんの帰りを待っていました。彼にとってそれが当たり前の生活でした。ところがそんな彼の生活は5年生になった春、一変します。クラス替えの始業式の日、後ろの席の押野が声をかけてきて草野球に誘ってくれたのです。それまで空気みたいな存在だった光輝は、明るくてお調子者で屈託のない 押野といることで世界が広がっていき、他の子とも徐々に話せるようになっていきます。もう、友達がいなかった頃の自分がどんな風だったか思い出せないくらいです。

学校や学年の違う友だちと野球をしたり、あだ名を付けられたり、飼育委員に立候補したり、どんどん楽しくなっていく毎日でしたが、お母さんの仕事の都合で突然引っ越しが決まってしまいます。せっかくできた友だちと別れるのが嫌でふさぎ込んでしまった光輝を心配した担任の先生がお母さんと話し合い、同じ学区に住むお母さんのお父さん=おじいちゃんと一緒に暮らすことになります。彼の母親は彼女を「先生」と呼ぶみどりさんと何やら怪し気な商売(占い)を始めるのですが、光輝はみどりさんを初めて見た日から漠然とした不安を持ちました。母親を取られるという不安もあるけれど、母が変わっていくことへの恐怖の方が大きかったように思えました。彼が4年前に一度会っただけの祖父との暮らしを選んだ理由は、学校のことだけではなかったようです。

おじいちゃんは、一見ぶっきらぼうに見えますが、本当は優しい人でした。押野がおじいちゃんと知り合いだったことを知って光輝はとても嬉しく思います。夏休みに入ると、押野や、空き地の遊び仲間で6年生のじゃらしとヤマもおじいちゃんの家に遊びにくるようになります。おじいちゃんの作る漬物はみんなの大好物になりました。おじいちゃんの家の庭や縁側や広い畳の部屋を想像すると何だかとても懐かしい気持ちにさせられます。

押野と誕生祝にお母さんから貰った自転車で出かけた「工場」は、二人が思い描いていたようなロボットのおもちゃ工場とは全く違ったスクラップ工場でした。怖い男の人に怒られて身がすくんで動けなかった光輝は、押野に申し訳なく思います。押野も夢が壊れてショックを受け、帰りの雨に濡れて数日寝込んでしまいますが、彼はその経験を自由研究の「お話」を作ることで昇華させます。こどもの「回復力」って凄いなぁ。

ヤマの水泳大会の応援に行き大きな声で声援を送ったり、3人が泊まりにきて賑やかに過ごしたり、プールやラジオ体操や縁側の拭き掃除や、グッピーの世話をした5年生の夏休みを大人になった光輝は思い返します。

劇的な何かが起きるわけでもない、一人のこどもの日常が淡々と綴られていくのですが、だからこそ、この「しずかな日々」が大人になった時にかけがえのない幸せな時間だったことに思い至るのです。

結局、光輝は母親とは暮らさず祖父の家で育ち、社会人となり、人の親となっていきました。母親は占い師から宗教家になったようで、時々世間を騒がせているようですが、光輝はそんな母とは距離を置いていますが、母の生き方を否定も肯定もせず、そこに至った事情や心情を慮ってもいます。

『いろんなことがあって、これからもあるだろうけれど、どんなことも静かに受け入れていくのがぼくの人生で日常だ。人生は劇的ではない。ぼくはこれからも生きていく。』
う~~ん、深いぞ!!

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真夜中乙女戦争

2022年10月22日 | 映画(DVD・ビデオ・TV)
2022年1月21日公開 113分 G

上京して1人暮らしを始めた大学生の“私”(永瀬廉)は、友達も恋人もできず鬱屈とした日々を送っていた。そんな中、「かくれんぼ同好会」で出会った冷酷で聡明な“先輩”(池田エライザ)に惹かれていく。さらに、圧倒的カリスマ性で他人の心を一瞬で掌握してしまう謎の男“黒服”(柄本佑)との出会いにより、退屈だった私の日常は一変。始めは他愛のないイタズラを繰り返す彼らだったが、ささやかだった反逆は次第に過激さを増し、「真夜中乙女戦争」という名の東京破壊計画へと発展していく。(映画.comより)


 若者を中心に圧倒的支持を集める作家Fの小説「真夜中乙女戦争」の実写映画化ということで・・・若者じゃないので正直全く感情移入できずに終わりました。

大学生活のスタートに淡い期待を抱いていた「私」は、早々にその期待を裏切られます。友人は出来ず、講義はつまらない・・・(でもそれって彼自身の内面に問題があるわけで結局は他人に責任を転嫁しているようにしか見えないんだけど。教授に抗議というと聞こえは良いが、ただ自分の鬱憤をぶつけているだけだから珈琲ぶっかけられるのも当然だよなぁ。)

奨学金とバイトで乗り切らなければならない経済状況なのに、家庭教師のバイトは早々にクビになった「私」は深夜の肉体労働のバイトをしてますます精神状態が追い詰められていきます。
高校で同級だった佐藤は、既に大勢友だちができていて、「私」のことを要領が悪いと憐み、学内で起きている放火事件を話題に「見つかったら人生終わる」と言いました。

状況が変わればと刺激を求めた「私」は、「かくれんぼ同好会」というサークルの面接を受けます。面接での「先輩」とのやりとりが既に普通じゃないのよね~。まさに彼自身のフラストレーションが駄々洩れです。

奨学金の試験会場で列に並んでいた「私」は、「黒服」が油のようなものを灰皿に注いでいるのを目撃します。喫煙者がその灰皿にタバコを放った瞬間爆発が起き、警備員が「黒服」に話しかけようとしたのを見て、咄嗟に履歴書を落として警備員を転ばせ「黒服」と逃走します。(履歴書落としてるんだから後で事情聴取くらいされるんじゃないかしらん?と思ってしまったけどそこはスルーなのね)

東京駅構内でのかくれんぼで、駅構内のゴミ箱の中に隠れたところを鉄道警察官に見つかり事務所に連れて行かれようとした「私」を「先輩」が助けてくれてラインの交換をします。(ラインの連絡先登録は彼女が初めてという状況が彼の孤独を浮き彫りにしていますね。)
彼女に密かな好意を抱いた「私」でしたが、彼女は自分にだけ優しいわけじゃないと気付いてまたまた孤独の沼に足を突っ込んでいきます。

そんな「私」の前に再び「黒服」が現れ自分のアジトへ連れていきます。廃墟のビルの中にはシアター設備やテーブルが置かれ猫も住み着いていました。古い映画を鑑賞し、他愛のない悪戯を重ねていく二人は、やがて同じように鬱憤を抱えた「常連」を増やしていき、次第にその悪戯もエスカレートしていきます。猫が「常連」のトレードマークになりました。
家賃を滞納してアパートを追い出された「私」に「黒服」は資金を提供しますが、それは「私」に限らずに行われていました。

黒服は『真夜中乙女戦争』(クリスマスの夜に東京を破壊して昔の星空を取り戻し石器時代に戻す。ただし東京タワーは遺跡として残す)を宣言します。
事態が拡大していることを危惧した「私」は「先輩」を巻き込むまいとしますが、「黒服」はそんな「私」の行動を見透かし、監視していました。
「先輩」を連れて逃げ出しホテルに行った「私」は、翌日東京が爆破されることを伝えます。「先輩」は、何もかも諦めたようで本当は何も諦めていない自分と似た「私」と出会えて楽しかったと言います。結局二人の間にはそれ以上のことは起こらず・・・このホテルでの問答はまるで禅問答だね。

クリスマスの夜、「私」は「黒服」の元へ行き彼にキスした後刺します。でもそんな「私」の行動すら「黒服」の計画の一部であり、0時『真夜中乙女戦争』は実行されます。次々爆発が起こる中、東京タワーにいる「先輩」から着信が。東京が壊滅することを告げた「私」は「先輩」の本命が自分でなかったことを許せないと言い、彼女も「私」を絶対に許せないと答えます。「先輩」は「ほんと最低だよね君は。でも生きているなら今はそれで良しとしてあげるよ」と言いました。

って・・・意味わからん!と思う事自体がもうこの世界観からはじき出されているってことなんだろうなぁ。でも東京爆破の映像はやたら綺麗でした。

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百花

2022年10月20日 | 
川村元気(著) 文藝春秋(刊)

大晦日、実家に帰ると母がいなかった。息子の泉は、夜の公園でブランコに乗った母・百合子を見つける。それは母が息子を忘れていく、始まりの日だった。認知症と診断され、徐々に息子を忘れていく母を介護しながら、泉は母との思い出を蘇らせていく。ふたりで生きてきた親子には、どうしても消し去ることができない“事件”があった。母の記憶が失われていくなかで、泉は思い出す。あのとき「一度、母を失った」ことを。泉は封印されていた過去に、手をのばすー。現代において、失われていくもの、残り続けるものとは何か。すべてを忘れていく母が、思い出させてくれたこととは何か。(「BOOK」データベースより)


映画が公開され高評価を受けているようです。鑑賞予定ではなかったので原作の方を読んでみることにしましたが、頭の中で菅田将暉と原田美枝子 を登場人物に重ねてしまいました。特に百合子は原田さんの上品な佇まいに重なってすんなりはまって読めました。

母親の認知症という事実が重くのしかかります。
母子家庭で育った泉の中で、母の百合子は美人でピアノが上手な自慢の母親でした。家を出て結婚し、もうすぐ子供が生まれる泉が実家を訪れる頻度は多くは無かったけれど、久しぶりに帰った実家は雑然としていて、どこか様子が異なる母に微かな不安を感じながらも、いつもと変わらない笑顔と美味しい料理に泉はその不安を押しやります。

ところがある日警察からの電話で百合子が万引きで捕まったことを告げられ様子がおかしいから病院へ連れて行くよう言われます。そして認知症が発覚するんですね。でも百合子はその一年も前に自身の変化に戸惑い受診していました。本人が一番ショックで苦しいのです。百合子は忘れていく様々な事をメモすることでつなぎとめようとします。

母を心配しながらも仕事や家庭に時間をとられ後回しにしてしまう泉。子にとって親はいつまでも守ってくれる存在であり、その前提が崩れることは認めたくないのですよね。加えて母子の過去も関係しているようです。百合子は泉が中学2年の時に一年間失踪していた時期がありました。
徐々に記憶が失われていくスピードは加速していき、泉の妻・香織の名前も分からなくなる百合子。若年性は進行も早い!泉は母とのこれまでの親子の時間を思い出しながら支えようとしますが、遂に限界を超え、百合子は施設に入ることになります。泉が選んだのは家庭的で安らげる場所でした。(現実にこんな所があったらぜひにも入所したいと思わせてくれるアットホームな施設として描かれています。)

実家の片づけを始めた泉は、押入れの奥から2冊の日記帳を見つけます。それは百合子が失踪した1994年と1995年のもので、失踪事件の真相が綴られていました。百合子は妻子ある男性の元へ息子を捨てて走ったのね。日記にはその男性との女としての赤裸々な生活が描かれ、その中に泉の名は出てきません。それは敢えて意図して息子の存在を消し去ろうとしていたかのようです。しかし百合子の中でこの生活がやがて終わりを迎えることも予期していたように読み取れます。実際、神戸の大震災でその生活が喪われたことが示唆されます。泉がこれを読んでどう思いどう感じたかも書かれてはいないけれど、ただ一人の頼れる存在だった母に捨てられた彼は、母が戻ってからもまた捨てられるかもという恐怖を手放せず、どこか距離を置いて接していたようです。そして今また、母が自分を忘れて手の届かぬところに行ってしまう恐怖が彼を苦しめます。

百合子の「半分の花火が見たい」という願いを叶えようと、泉は妻が調べてくれた諏訪湖の花火大会に連れていくのですが、母はここじゃないと言います。
幼女に戻ったかのような母の行動は彼を苛立たせ、ふいと姿を消す母を必死に探す泉は、幼い頃に母に探してもらいたくてとった自分を思い起こさせます。

一年が経ちました。子どもが生まれ、百合子が逝き・・・夏の夜、実家の整理をする泉は花火の音に顔を上げます。庭から建物に隠れた「半分の花火」が見え、彼はこの家に越してきた時の事を思い出すのです。
一度は子供を捨てた百合子でしたが、彼女に残った最後の思い出が泉と再出発を始めたその夜の花火だったのだと気付いた時、泉の中にあったわだかまりが解け心から母を悼む気持ちで涙が溢れたのかなと感じました。

正直、不倫に走った百合子の行動には共感はできませんが、女手一つで必死に子供を育ててきた女性の「性」「生」を否定もできません。でももしあの地震がなかったら彼女は戻ってきたのだろうか?そう思う時、あの日記に記されていた僅かな不協和音を思い出し、やはり彼女は息子の元に戻ったのではないかと考えました。

認知症が進んでいって息子の名前も顔も忘れてしまっても、過去の思い出の断片は残っていたことに救われたような思いにもなりました。また、百合子がピアノの演奏を最後まで忘れなかったことも印象的です。人を忘れ物事を忘れ幼児返りしても、自分が身に着けた技術は覚えているものなのだと考えると、自分だったら何かな~と考えてしまいました。


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ゴヤの名画と優しい泥棒

2022年10月14日 | 映画(DVD・ビデオ・TV)
2022年2月25日公開 イギリス 95分 G

世界中から年間600万人以上が来訪・2300点以上の貴重なコレクションを揃えるロンドン・ナショナル・ギャラリー。1961年、“世界屈指の美の殿堂”から、ゴヤの名画「ウェリントン公爵」が盗まれた。この前代未聞の大事件の犯人は、60歳のタクシー運転手ケンプトン・バントン(ジム・ブロードベント)。孤独な高齢者が、TVに社会との繋がりを求めていた時代。彼らの生活を少しでも楽にしようと、盗んだ絵画の身代金で公共放送(BBC)の受信料を肩代わりしようと企てたのだ。しかし、事件にはもう一つの隠された真相が・・・。当時、イギリス中の人々を感動の渦に巻き込んだケンプトン・バントンの“優しい嘘”とは−!?(公式HPより)


1961年に実際に起こったゴヤの名画盗難事件の知られざる真相を描いたドラマで、名画で世界を救おうとした男が、人々に優しく寄り添う姿が描かれます。監督は2021年9月に亡くなったロジャー・ミッシェルでこれが長編映画の遺作となりました。

ケンプトンは長年連れ添った妻ドロシー(ヘレン・ミレン)とやさしい息子ジャッキー(フィオン・ホワイトヘッド)と小さなアパートで年金暮らしをする老人です。戯曲を書くのが趣味のケンプトンは原稿をBBCに送付します。帰宅すると公共放送(BBC)の役人が受信料徴収にやってきます。当時、受信料を払わなければBBCを見られませんでした。(それってどこぞの国の現状と似ているような)彼はTVのコイルを抜いてBBCを見られないようにしているからと支払いを拒否して、刑務所に入れられます。お金も仕事もない高齢者にとって唯一の慰めであるテレビを受信料を払わなければ見られないことに憤る彼の信条からの抗議行動でした。

議員宅で家政婦として働いて家計を支える妻のドロシーは、そんな夫の行動が理解できません。義務は果たすべきという考えの所謂真っ当な市民なんですね。息子のジャッキーは父親の考え方に賛同を示し、両親の仲立ちをしていました。

出所したケンプトンは13年前に18歳で事故死したマリアンの墓を訪れます。彼が買い与えた自転車での事故で、ドロシーは悲しみのあまり墓参もせず、娘の死から目をそらしていて、夫婦の間でマリアンの話は避けられていました。娘の死の原因を作ったと自分を責めるケンプトンは悲劇の戯曲ばかり書いていました。

当時世間で話題になっていたのは政府とロンドン・ナショナル・ギャラリーが14万ポンドで落札したゴヤの名画『ウェリントン公爵』の肖像画です。ケンプトンは絵に税金を使うくらいなら年金老人や社会弱者の公共放送代金を無料にすべきだと怒り、息子も賛同します。

ケンプトンはタクシー運転手の仕事を得ますが、お喋りが過ぎる彼は乗客のクレームでクビになります。街頭で「テレビ受信料無料化」の嘆願書 を募ったことを知ったドロシーは怒ります。ケンプトンは「これが最後で二度と受信料の件で騒ぎを起こさない 」と頼み込んでロンドンに出かけます。戯曲の感想を聞こうとBBCを訪れますが門前払いされ、議会場で受信料無料化を訴えても取り合ってもらえず放り出されます。近くにはロンドン・ナショナル・ギャラリーがあり、ゴヤの名画の展示案内がありました。
夜、ギャラリーに梯子をかけて侵入する者の姿が・・翌日、『ウェリントン公爵』の肖像画が盗まれたと発表され、プロの仕業と分析され騒がれます。

ケンプトンとジャッキーは部屋で『ウェリントン公爵』の名画を見ています。二人はドロシーに見つからないよう絵をクローゼットの奥に隠し、絵と引き換えに年金生活者や高齢者の公共放送を無料にする要求を手紙に書いて送ります。
ケンプトンは、パン工場で働き始めます。売り物にならなくなったパンを持ち帰ってドロシーを喜ばせますが、工場長の移民の青年への差別に抗議してクビになります。妻には言えず、買ったパンに傷をつけてもらって持ち帰るケンプトンでした。
BBCからは「悲劇を題材にしたドラマは視聴者が限られる」 と戯曲を断られますが、ドロシーはそれで良かったのよと言います。

ケンプトンが送った手紙は多数のイタズラの手紙に紛れて注目されずにいました。そこで彼は絵画の裏に貼られていた輸送タグを同封してデイリー・ミラー紙(労働者の味方の新聞)に送りつけやっと捜査当局も乗り出します。

家を出てパメラ(シャーロット・スペンサー )という人妻と同棲している長男のケニー(ジャック・バンデイラ )がやってきて、ドロシーは二人をケンプトンの部屋に泊めます。偶然絵を見つけたパメラは絵を売って金を山分けしようと持ち掛けます。困ったケンプトンは絵を返せば罪が軽くなると考えますが、絵を包んでいるところをドロシーに見つかってしまいます。激怒するドロシーに追い出されたケンプトンはギャラリーに絵を持って行って逮捕されました。

彼の弁護を引き受けたジェレミー・ハッチンソン弁護士(マシュー・グッド )は、ケンプトンが私益ではなく貧しい人のために行動を起こしたと知って驚きます。裁判は世間から注目され大勢の傍聴者が集まります。12人の陪審員が選ばれ、裁判長から「ロンドン・ナショナル・ギャラリーから80ポンドの額縁を盗んだか」「14万ドルの『ウェリントン公爵』の絵画を盗んだか」「『ウェリントン公爵』を見に来るギャラリーたちからその権利を奪ったか」との問いかけにいずれも無罪を主張します。

ここからネタバレ



夫への怒りのあまり、裁判を傍聴しようとしない母に、ジャッキーは「実は僕が盗んだんだ」と告白します。うんうん、そうだよね~~ハシゴをかけて侵入するなんて老人にはちょっと難易度高いものな~~。ジャッキーが恋人のアイリーン(エイミー・ケリー)と一緒に造船所?に潜り込むシーンも伏線になっていたのね。
父の考えに傾倒していたジャッキーは、ロンドンに出かけた際、行動を起こして、下宿で額縁から絵を外して持ち帰ったわけです。その際額縁をベッドの下に置き忘れてしまったので絵には額縁がなかったという。ケンプトンは息子を庇っていたのですね。
ジャッキーは母にマリアンの死から目を背けることを止めて父と向き合うよう訴えます。真実を知ったドロシーは、マリアンの墓参りをしてから夫の裁判の傍聴をします。

この裁判では、ケンプトンの飄々として人を食った受け答えにより毎回笑いが起こります。ケンプトンの目的が自分の利益のためではなかったことに驚き裁判の行方を見守る傍聴者の前で、検察側はなぜそんなことをしたのかと問い詰めます。するとケンプトンは14歳の時に海で流された話を引用して「私は1個のレンガであまり役に立たないが、多く集まれば世界が変わる」と言いました。ハッチンソン弁護士は芝刈り機に例えて「ケンプトンは絵を借りるつもりだったから盗人ではない」と主張します。

12人の陪審員は「額縁窃盗」については「有罪」、それ以外は全て無罪の評決を下します。3カ月の服役の後出所した彼をドロシーが迎えにきます。(額縁は結局発見されなかったそうです)

本作は軽妙な夫婦の会話劇も見所で、例えば「絵の代金を払ったのは我々納税者だ」という夫に「いつ納税者になったの?」と突っ込んだり、服役中に時間を無駄にせずに戯曲を2つ書いたと報告する夫に「シェイクスピアもたじたじね」と答えたり。

4年後、良心の呵責に耐えかねたジャッキーがアイリーンに付き添われて自首をしますが、当局は「起訴するためには当初の被告人ケンプトンをまた証言台に呼ばなねばならず、そうすると父上は世間をまたまた騒がせることになり、公共の利益に反する」と言って、二人に口止めをしたうえでお咎め無しとします。これ以上面子を潰されたくないと言うわけね。

テレビで放送された映画『007/ドクター・ノオ』にあの名画が登場しているのを見て、ドロシーと大いに盛り上がるケンプトン。そしてエンドロール・・

2000年にイギリスBBC放送では75歳以上の高齢者の受信料は無料になったとのクレジットと共にケンプトンの戯曲は1作品も上演されていないと。これもオチではありますね。

ケンプトンはやや独りよがりの気はあるけれど、確かに優しさと正義感を持った人物であり、そのお喋りは機知とウィットに富んでいます。初めはうざいほどだったけれど、裁判での彼の話術はとても魅力的でした。

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スペンサー ダイアナの決意

2022年10月14日 | 映画(劇場鑑賞・新作、試写会)
2022年10月14日公開 ドイツ=イギリス 117分 G

 1991年、クリスマス。英国ロイヤルファミリーの人々は、いつものようにエリザベス女王の私邸サンドリンガム・ハウスに集まったが、例年とは全く違う空気が流れていた。ダイアナ妃(クリステン・スチュワート)とチャールズ皇太子(ジャック・ファーシング)の仲が冷え切り、不倫や離婚の噂が飛び交う中、世界中がプリンセスの動向に注目していたのだ。ダイアナにとって、二人の息子たちと過ごすひと時だけが、本来の自分らしくいられる時間だった。息がつまるような王室のしきたりと、スキャンダルを避けるための厳しい監視体制の中、身も心も追い詰められてゆくダイアナは、幸せな子供時代を過ごした故郷でもあるこの地で、人生を劇的に変える一大決心をする     。(公式HPより)

ダイアナがその後の人生を変える決断をしたといわれる、1991年のクリスマス休暇を描いた作品です。・・・ってちゃんと内容を知っていたら鑑賞予定から外していたかも😥 下世話な好奇心と王族の衣装や屋敷の調度目当てで選んだのが失敗の元でした。

ダイアナ元妃は、1961年に名門貴族スペンサー家の令嬢として誕生しました。20歳でチャールズ皇太子と結婚、二人の王子を産み、世界は〈ダイアナ・フィーバー〉に沸きますが、夫の裏切りに傷つき、また執拗なパパラッチや慣れない王室の作法から来るストレスに苦しみ摂食障害を患います。映画はダイアナ妃が最も悩んでいた時期の彼女の内面を描いています。

冒頭、道路に横たわる鳥は「飛べない鳥=王室という鳥かごの中で自由を奪われたダイアナ」を示唆しているようです。
サンドリンガム邸への道に迷った彼女はダイナーで道を尋ね、店にいた人たちを驚かせます。それでも迷っているところをロイヤルヘッドシェフのダレン(ショーン・ハリス)が通りかかり、やっとそこが実家の近くだと気付いた彼女は、風景の中に佇むカカシを見つけて駆け寄り、そのカカシが着ていた父ジョン・スペンサーの服を剝ぎ取って持ち去ります。邸に着くとグレゴリー少佐(ティモシー・スポール)が既に皆が揃って待っていることを告げます。

息子を抱きしめ、衣装係の気心の知れたマギー(サリー・ホーキンス)に励まされるダイアナですが、王室メンバーが一堂に会したディナーは彼女にとって針の筵で、精神的苦痛から中座してトイレで吐いてしまいます。愛人の存在は見て見ぬふりがマナーとされている王室の感覚は、ダイアナにとって受け入れ難いものでした。
夜、食糧庫でケーキを貪るように口に入れているところをグレゴリーに見つかったダイアナは平静を装いやり過ごします。
隣接する実家に行こうとしたダイアナでしたが、警備兵に見つかり断念。部屋に戻った彼女は息子たちを起こしてゲームをします。3人だけの楽しい時間は束の間のオアシスです。

不安定な精神状態を表すかのように、夫から贈られた大きな真珠のネックレス(愛人のカミラに贈ったものと同じ品)を引きちぎり、スープに入ったそれを貪るように噛み砕き呑み込むシーンや、腕をペンチで傷つけたり、階段から転落するシーンなど、彼女の想像の中、頭の中の出来事が挿入されていました。

部屋に置かれていたアン・ブーリンの本(監視役のグレゴリーがわざと置いたものでした)を読んだダイアナは、王が愛人を后にしたくて無実の罪で処刑された悲劇の王妃に自分を重ねていきます。アン・ブーリンについては『ブーリン家の姉妹』という映画も作られていましたね。

ダイアナは、父のジャケットを部屋に持ち込み語り掛けます。それは自由に生きられた少女時代の思い出の象徴でもあり、気持ちを吐露するアイテムにもなっていました。王室の伝統行事のキジ撃ちの最中、彼女はそのジャケットを羽織って息子たちを「連れ戻し」ます。それはまさに彼女が意志を貫いた瞬間でもあります。

彼女に影響を与えた人物としてマギーの存在がありました。マギーは「ダイアナを愛する人たち」全てを代表する架空の存在として登場しています。ダイアナはマギーに自分の苦悩を打ち明け、マギーから自分への好意を打ち明けられます。ビーチではしゃぐダイアナに笑顔が戻っているのが次のシーン(猟場)での彼女の決意に繋がっていました。

息子たちを連れてロンドンに戻ったダイアナは、川べりのベンチに座ってケンタッキーフライドチキンを一緒に食べます。窮屈な王室と決別し、自由を手にする決意をしたことを示すラストシーンでした。

離婚後、ダイアナは再び輝きを取り戻して慈善活動に身を捧げますが、1997年、当時の恋人と共に悲劇的な事故に遭い亡くなりました。享年36歳でした。

王室メンバーもダイアナを敵視していたわけではなく、彼らなりに気を遣い案じているように描かれていました。(グレゴリーでさえ、ダイアナを案じている様子が窺えます。)でもその感覚はあまりにも昔風で、現代女性が受け入れられるものではなかったのだと思います。ダイアナは貴族の出ですが、感覚は庶民と近かったのも悲劇の要因だったのかも。

映画では、CHANELが衣装を制作しています。劇中、黒のドレスをマギーに止められますが、夫が嫌いな黒を着ることは彼へのあてつけでもありました。(ダイアナの好きな色でもあるようで、そもそも好みからして合わない夫婦だったということでしょうか)
劇中奏でられる不協和音の混じったクラッシック音楽も、 彼女の精神的な不安定さを効果的に伝えることに一役買っていました。

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僕はイエス様が嫌い

2022年10月12日 | 映画(DVD・ビデオ・TV)
2019年5月31日公開 78分 G

祖母と一緒に暮らすため、東京から雪深い地方の小学校へ転校してきたユラは、同級生たちとおこなう礼拝に戸惑いを感じていた。礼拝の習慣や友だちとも慣れていったある日、お祈りをするユラの目の前にとても小さなイエス様が現れる。ユラは願いを必ずかなえてくれるイエス様が持つ不思議な力を次第に信じるようになっていく。(映画.comより)


22歳の若手監督・奥山大史が、脚本、撮影、編集を手がけた、初の長編作品。

星野由来(佐藤結良)は、祖父(二瓶鮫一)が亡くなって独りになった祖母(ただのあっ子)と同居を決めた両親(秋山健一、木引優子)と東京から雪国の町に引っ越してきます・・・ってそうなんだ(^^;

由良が通うことになったのは近所にあるクリスチャンの学校でした。いやいや、どう見ても私立ですね。普通公立じゃ??と思ったらこの話は成立しないわけで・・。
学校には礼拝堂があり、皆自分の聖書を持っています。その独特な雰囲気に気押されるばかりの由良は、晩御飯の時に家族に「友だちできた?」と聞かれつい「うん」と嘘を付いてしまいます。小さなプライドですね😊 

翌日、礼拝堂で「友だちができますように。アーメン」とお祈りした由良の前に小さなイエス様(チャド・マレーン)が現れます。礼拝堂を出ると目の前に一羽のニワトリがいて、それを探しにきたクラスメイトの大隈和馬(大熊理樹)と出会い友達になります。

晩御飯の食卓で友だちの名前を聞かれた由良は「和馬!」と答えます。すると嬉しそうに「今度家に連れていらっしゃい」と言われます。
お風呂に現れたイエス様に「お金を下さい」とお願いしてみると、おばあちゃんが「おじいちゃんのへそくり見つけたから」と千円札をくれました。

翌日学校でクラスメイトたちが話していた流星群を和馬と二人で見る約束をして、夜の教室に出かけますが、ちっとも見えません。そこで由良はこっそりイエス様にお祈りをすると急に沢山の流れ星が見えて大喜びします。

家に遊びに来た和馬と人生ゲームで遊んでいるうちに、和馬の家に別荘があると知った由良は行きたいとせがみます。クリスマスイブの日、和馬のお母さん(佐伯 日菜子)に別荘に連れて行ってもらって、二人で沢山遊びます。敬虔なクリスチャンの和馬のお母さんは優しくていつも笑顔です。

ある日、由良と和馬は登校前に近くの神社に行きます。和馬はサッカーでたくさん点がとれるようにお祈りしたと言いましたが、由良は「願い事は人に話すと叶わないんだよ」と教えません。もしかしたら由良も同じことを願ったのかな。サッカーの試合で和馬は活躍しますが、由良は上手く出来ず面白くなくて帰ってしまいます。和馬は由良を気にしながら一人で下校の途中、坂道で転がったサッカーボールを追いかけて車に撥ねられてしまいます。

翌日。教室で先生(大迫 一平)は「お祈りしましょう」と言い、皆で和馬の回復を祈りました。お見舞いに行ける状態ではないと先生が言っていたけれど、居ても立ってもいられず病院に向かった由良は、管に繋がれ意識のない和馬に話しかけ手を取ろうとしますが、誰かの声が聞こえて病室を出ます。廊下で電話していたのはすぐに駆けつけて来ないお父さんに怒る和馬のお母さんでした。
家に帰った由良は初めて本気で祈りますがイエス様は現れません。礼拝堂でも教室でも真剣に祈りましたがそれでもイエス様は出てきませんでした。

和馬は亡くなってしまいました。和馬の机には先生が飾った白い花が置かれていました。先生から和馬のお別れの会で弔事を読んで欲しいと言われ承諾した由良は「先生。お祈り意味なかったね」と呟きました。

由良はおばあちゃんから貰った千円で、和馬が一番好きだと言っていた「青い色」の花を買い、白い花の代わりに飾りました。

お別れの会で、由良は何度も消して書き直した原稿を淡々と読み上げます。そこに小さなイエス様が現れますが、最前列に座る憔悴しきった和馬のお母さんが目に入った由良は、思いっきりイエス様を叩きつぶしました。

早朝に目覚めてしまった由良はおばあちゃんと張り替えた障子に指で穴を開け、そこから外を眺めました。「サッカーすき?」という声が聞こえ、二人の子供(由良と和馬だね)が雪の校庭へ駆け出す姿が見ます・・・。

一人の少年が出会った友人との短い思い出を淡々と描いた作品ですが、そこに「神様」を介在させているのが異色です。この神様はイエス様でなくても仏様でも良いとは思いますが、困ったことやお願いごとがあると「神様にお願い」するのは誰しも経験があるのではないかしら?

由良は最初は遊び半分でお願いしますが、たまたまその願い事が叶うんですね。でも本気で友だちのことをお願いした時には叶わなかった。現実なんてそんなものですが、その理不尽さを彼はイエス様を「叩き潰す」ことで怒りをぶつけました。

それでも由良の「お別れの言葉」には「大人になっても友だちでいよう」と結ばれています。生身の身体は消えても心の中の存在は消えないことに彼は気付いたのでしょう。
ラストの「穴」から見えた光景はもしかしたら神様がくれたのかも😉 

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天上の葦

2022年10月10日 | 
太田愛(著)角川文庫

(上巻)
白昼、老人が渋谷のスクランブル交差点で何もない空を指さして絶命した。正光秀雄96歳。死の間際、正光はあの空に何を見ていたのか。それを突き止めれば一千万円の報酬を支払う。興信所を営む鑓水と修司のもとに不可解な依頼が舞い込む。そして老人が死んだ同じ日、ひとりの公安警察官が忽然と姿を消した。その捜索を極秘裏に命じられる停職中の刑事・相馬。廃屋に残された夥しい血痕、老人のポケットから見つかった大手テレビ局社長の名刺、遠い過去から届いた一枚の葉書、そして闇の中の孔雀……。二つの事件がひとつに結ばれた先には、社会を一変させる犯罪が仕組まれていた!? 鑓水、修司、相馬の三人が最大の謎に挑む。感動のクライムサスペンス巨編!

(下巻)
失踪した公安警察官を追って、鑓水、修司、相馬の三人が辿り着いたのは瀬戸内海の離島だった。山頂に高射砲台跡の残る因習の島。そこでは、渋谷で老人が絶命した瞬間から、誰もが思いもよらないかたちで大きな歯車が回り始めていた。誰が敵で誰が味方なのか。あの日、この島で何が起こったのか。穏やかな島の営みの裏に隠された巧妙なトリックを暴いた時、あまりに痛ましい真実の扉が開かれる。―君は君で、僕は僕で、最善を尽くさなければならない。
すべての思いを引き受け、鑓水たちは力を尽くして巨大な敵に立ち向かう


鑓水、相馬、修司シリーズの第三弾は、上下巻で千ページを超える長編小説ですが、読み始めたら止まらず一気に読ませてしまうスピード感がありました。読み進めるほどに今の社会に潜む得体のしれない不穏な空気を感じ不安感が増していき、息苦しくなりました。
今作では鑓水の過去についても明かされています。
 
タイトルの「天上の葦」は、上巻冒頭で引用されたウィリアム・ブレイクの『無垢の歌』の序文からとられているようです。
下巻の後の解説で町山智浩氏が書かれているように、ブレイクが子どもたちの代弁者として、どんな子どもたちも自由に楽しく笑えるようにとの願いを籠めた詩を引用することで作者自身の願いを重ねて表しているように思えました。

例によって鑓水・修司と相馬が別々の案件に巻き込まれ、やがて繋がった一つの事件として姿を現わしていきます。
別軸で登場する「男」の正体が公安の前島の部下のどちらなのかも初めは伏せられていますが、下巻に入るあたりから察せられます。

正光と山波の接点、二人が行動を起こした理由、白狐は誰なのか・・・次々と浮かぶ謎に翻弄される3人ですが、曳舟島が舞台となる下巻ではそこに戦時中に軍部が取った情報操作の生々しい描写が加わり、あたかも戦争中の言論統制の検証のような様相を呈してきます。

曳舟島では、元校長の喜重 ・寺の住職の松林・島の有力者である勝利の3人の老人が3人と深く関わってきて、白狐の正体と山波の消息を追う様子が描かれます。漁師の豊治や、広斗という青年や島の女たちとの会話から推理していく様も読みごたえがありました。山波と3人が島を脱出するエピソードもハラハラさせられます。老人たちに対する半田の態度に島の人たちが憤って鑓水たちの味方になり逃亡を手助けする様は痛快です。

詳細な資料に基づいた記述は、小説がフィクションであるとわかっていても真に迫っています。非戦闘員である民間人の命を守るために疎開が行われたと思っていたのが、全く別の目的を持った軍部の政策だったとか、軍需の手を休めないために働き手となる婦女子を都市に封じ込めていたとか、憲兵や言論の自由を奪う隣組制度(密告制度ですね)などなど・・・これらは決して過去の出来事ではなくて、現実に起こりつつある再びの危険な兆候をはらんでいるのではと思うと背筋が寒くなってきます。

登場する新興宗教団体『ネオ・コモンズ』の事件自体も許しがたい犯罪ですが、それを利用してメディアと大衆に影響力を持つ一人の男を破滅させようとする為政者の思惑に、怒りを通り越してただただ呆れ憐みを覚えます。そんな奴におもねり保身や出世を欲する輩も軽蔑しますが、恐ろしいのは自分の行為こそが正義であり国益になると信じて疑わない半田のような存在です。また、友人を見捨てることになるとわかっていて我が身可愛さ、保身のために観て見ぬ振りをしようとした兵藤のような男も、世の中には当たり前に存在しています。
ただし、兵藤は土壇場で鑓水たちに協力をしていて、事件が落ち着いた後もTV局に戻らず日本を離れたのは、彼なりのけじめだったのだろうと感じました。尤も、一度は裏切った「友」への罪悪感に耐えられなかったのかもとも思いましたが。

東京に戻った鑓水たちは、不当逮捕された立住を救い真実を世間に暴くためにネットを利用します。大手メディアは既に保身に走っていて使えないあたりがまさに現実の写し鏡のようで噓寒く感じます。公安が片っ端から証拠となる動画を削除して行ったり、立住本人だけでなく家族までバッシングを受ける様子も現実を捉えていると言えるのでは。それでも骨のあるフリーライターらの手を借りて彼らは徐々に態勢を整えていきます。

国内のメディアではなく、外国の記者たちの発信で事態が動き出すというのも皮肉な話ですが、その成功の裏で半田から執拗な暴力を受けてしまう鑓水。しかし転んでもただで起きないのが彼の凄いところで、公安に派閥争いすら利用して事を収めてしまうんですね。何とも食えない男です。

このシリーズは、かなりの頻度で危険な目に遭いながらも、どこか飄々としている鑓水と呆れながらも心配している修司に、真面目な相馬の心の突っ込みが時々入るので、緊張感の中に思わず笑ってしまうユーモアがあります。

筆者はメディアの情報が政治によって捻じ曲げられていく現状を憂い、今書かないと手遅れになるかもしれないと語っています。
戦中派はかなりの高齢になり、鬼籍に入っている人も大多数の今、戦争が市井の人々にもたらす恐怖について肌身で感じることはありません。
今春起こったロシアのウクライナ侵攻も日本人にとってはまだまだ対岸の火事であり、北朝鮮から飛んでくるミサイルすら「またか」という感覚になってきています。そういう「慣れ」が感覚を徐々に麻痺させているのかも。

正光が言い続けてきた「闘えるのは火が小さいなうちだけで、やがて点として置かれた火が繋がり、風が起こってさらに火を煽り、大火となればもはやなす術はない。もう誰にもどうすることもできないのです」は彼が戦争で体験したからこその悔恨であり、二度と繰り返してはならないという思いが彼を突き動かしました。そして彼の意を汲んだ山波や鑓水たちや曳舟島の長老たちはもちろんのこと、鑓水に今回の依頼をした黒幕である元与党の重鎮で因縁の相手の磯辺ですら、同じ思いを持って臨んだのではないかと思います。

正光が指さした渋谷の空の謎は解けます。敗戦後に東横百貨店の屋上にできた子供用の遊覧ロープウェイから聞こえてきた子どもたちの明るい声に、正光と白狐はその自由に話し笑う光景を二度と再び奪うことがあってはならないと思ったのです。そして死を前にした正光はその決意を白狐に託したのでした。

こんな話をフィクションとして楽しむだけの平和な日常がこれからも続いて欲しいと心から思います。

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アンチャーテッド

2022年10月08日 | 映画(DVD・ビデオ・TV)
2022年2月18日公開 アメリカ 116分 G

ネイサン・ドレイク(通称:ネイト)は海洋冒険家フランシス・ドレイクの末裔だが、幼い頃、唯一の肉親である兄のサムと生き別れ、今はNYでバーテンダーとして働いている。ボトルを扱うその器用な手さばき、そして類まれなるスリの能力を見込まれ、トレジャーハンターのビクター・サリバン(通称サリー)から50億ドルの財宝を一緒に探さないかとスカウトされる。信用の置けないサリーだが、消息を絶ったサムの事を知っていたことから、ネイト(トム・ホランド)はトレジャーハンターになることを決意する。早速、ネイトとサリー (マーク・ウォールバーグ)はオークションに出品されるゴールドの十字架を手に入れる為、会場に。この十字架は財宝に辿り着く為の重要な“鍵”で、モンカーダ(アントニオ・バンデラス)率いる組織も狙っていた。オークション会場での争奪戦の末、なんとか十字架を手に入れたネイトとサリーは、500年前に消えたとされる幻の海賊船に誰よりも早く辿り着く。しかしその海賊船ごと吊り上げられてしまうが――アメリカ、ヨーロッパ、アジア、世界中を駆け巡り、果たして二人は50億ドルの財宝を手に入れることができるのか?そしてネイトは兄サムと再会できるのか?トレジャーハンターとしての冒険が始まる。(公式HPより)


トレジャーハンターのネイサン・ドレイクが伝説の秘宝や古代都市の謎に挑むアクションアドベンチャーゲーム「アンチャーテッド」シリーズの実写映画化です。とはいえ、このゲーム知らないけど😅 監督は「ヴェノム」のルーベン・フライシャー。

冒頭、いきなり輸送機から落ちた貨物にぶら下がるネイトが映ります。
そこから舞台は15年前のボストンの博物館に飛んで・・。
兄のサムと少年ネイトはマゼランの航海地図を盗もうとして捕まります。鑑別所に送られそうになったサムはネイトに家宝の指輪を託して姿を消しました。

そして現在。
NYでバーテンとして働くネイトにサリーが接触してきます。兄を知りマゼランの地図を持つサリーに誘われて、ネイトは一緒に黄金探しをすることになります。鍵となる黄金の十字架を奪うため、オークション会場へと向かった二人は、会場に大富豪のモンカーダとサリーの元カノのジョー・ブラドック(タティ・ガブリエル)の姿が。トラブル(シャンデリアを使ったアクションは華やかさと適度なスリルがあります)はありましたが、何とか十字架を奪った二人は空路スペインへ。
二本目の十字架を持つクロエ(ソフィア・アリ)と合流して教会に向かった三人は、地下室と地上に分かれて鍵穴を探します。ネイトとクロエは地下を進み、サリーは地上から位置情報で追います。噴水の水が流れ込んできて溺れかける二人を、ジョーの部下の攻撃を交わしながらサリーが危機一髪助け、何とか塩の入った大きな壺の中から地図を見つけます。地図にはバルセロナから東インド諸島の航路とフィリピン付近に印がありました。

ところがクロエが裏切り地図と十字架を奪っていきます。クロエはモンカーダと組んでいました。二人はモンカーダの輸送機の貨物室に忍び込みます。そこへモンカーダを殺し実権を奪ったジョーから逃げ出したクロエを追ってジョー一味がやってきます。銃撃戦が始まり、貨物室のハッチが開いて荷物が次々落下する中、モンカーダの赤い車に乗り込んで逃げようとしたクロエがネイトを巻き込んで落下していき冒頭のシーンに繋がます。

貨物に付いたパラシュートでピンチを乗り切った二人は近くの島に上陸します。ホテルで休息を取りながら、兄の絵葉書をヒントに十字架がコンパスになる事を知ったネイトは、宝の隠し場所を割り出しその場所を記して眠っているクロエを置いて出て行きます。目覚めた彼女はその地図を見て一人で向かいますが、実はネイトは彼女の裏切りを予想して嘘の場所を記していました。まさにキツネとタヌキの化かし合いですね。

ネイトは洞窟の奥に隠されていた2隻の帆船を見つけます。そこにサリーが現れます。彼は以前ネイトが仕込んでいたスマホの位置情報を追ってきたわけね。
樽の中に隠されていた黄金を見つけた二人ですが、そこにジョーたちがやってきて、慌てて船底に隠れます。ヘリコプターで船が吊り上げられる中、二人は手下を倒してヘリコプターを乗っ取って逃げようとします。ここからはまるで海賊の襲撃のような展開で楽しめました。
ネイトの危機にサリーは黄金の詰まったバッグを投げて助けます。ジョーは冷酷な殺し屋として描かれているので、彼女が海に落ちて帆船に潰されるという悲惨な最期でも全然可哀相ではなかったな。

ヘリから落ちて海中に沈んでいく帆船(の中の黄金)を後で取りに来ようというネイトに海上警察の船が接近してくるのを見ながらサリーは国有財産になったから無理だと話します。収穫無しだと嘆くサリーに、ネイトはポケットから次々に黄金を出します。それだけでも十分に一財産ですね。

エンドロールの途中で、次作に繋がる予告のようなシーンが登場します。
おそらくは牢獄らしき場所にいるサムからネイトに宛てた「誰も信用するな」という手紙のようです。 一方、ナチスの地図と指輪を手に入れたネイトとサリーは何者かに銃を突きつけられています。そっか~!サムは生きていて今度はナチのお宝がターゲットなのね😀 

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リンドグレーン

2022年10月07日 | 映画(DVD・ビデオ・TV)
2019年12月7日公開 スウェーデン=デンマーク 123分 PG12

スウェーデンのスモーランド地方。兄弟姉妹と自然の中で伸び伸びと育った少女アストリッド(アルバ・アウグスト)は思春期を迎え、より広い世界や社会に目を向けるように。率直で自由奔放な彼女は、次第に教会の教えや倫理観、保守的な田舎のしきたりや男女の扱いの違いに息苦しさを覚え始める。そんな中、文才を見込まれて地方新聞社で働くことになった彼女は、そこで才能を開花させるが……。(映画.comより)


「長くつ下のピッピ」「ロッタちゃん」など数々の名作児童文学で知られるスウェーデンの作家アストリッド・リンドグレーンの知られざる若き日々を描いた伝記ドラマです。


世界中の子どもたちがアストリッド・リンドグレーン(マリア・ファール・ヴィキャンデル)に手紙を書き、それを読みながらスモーランド地方で過ごした青春時代を思い出す老いたアストリッドから物語は始まります。

兄妹たちとのびのびと育ったアストリッド。その強過ぎる個性が母(マリア・ボネビー)は心配でつい厳しい物言いになってしまいます。

16歳になったアストリッドは、父(マグヌス・クレッペル)の紹介で、彼女の文才を高く評価してくれた新聞社のレインホールド(ヘンリック・ラファルセン)の下で働くことになります。彼には先妻との間に7人の子供がいて、アストリッドの友人もその一人でした。さらに二番目の妻との離婚話も進んでいました。(いや、この時点でヤバい男の気がしますが・・・)

仕事を通していつしか二人は不倫関係となり、アストリッドは妊娠してしまいます。それを知った両親は世間体を気にします。(この時の父親の胸中を想像すると、相手に対する怒りと自分が紹介したことで過ちが起こったという後悔とがない交ぜになっていたのではないかしら)レインホールドの提案でストックホルムの秘書学校に通い、密かに出産することになったアストリッドは、デンマークで出産して里親に預け、レインホールドの離婚が成立したら迎えに行くという選択をします。

出産後、クリスマスに家に帰らないと周囲に不審に思われると後ろ髪を引かれながら実家に戻るアストリッド。当人はもちろんですが、きつく巻いた胸から溢れ出る母乳に涙する娘を見ている母の胸中も察するにあまりあります。

ところで、里親のマリー(トリーヌ・ディルホム)がとても良い人なのね💛
スウェーデンとデンマークを行き来する中でどんどん成長していく息子のラッセ。パスポートに押されるスタンプの数が流れる月日を物語っていました。
やっと裁判が終わって離婚が成立し、改めてアストリッドに結婚を申し込んだ
レインホールドでしたが、彼の心無い言葉に傷ついたアストリッドは、その申し出を断ってしまいます。

王立自動車クラブに職を得たアストリッドは、ラッセを引き取ろうとしますが、マリーを母親だと信じ懐いている息子を見て諦めます。とても辛い選択ですが、息子の幸せを一番に考えた決断でした。
ところが、マリーが病に倒れ、アストリッドの元にラッセが戻ります。ママのところに帰ると泣くラッセはアストリッドに懐かず、咳が続く息子の看病で疲れ果てたアストリッドは仕事中にぼんやりしてボスに呼び出されます。クビにされると怯える彼女に、ボスは子供の病気が治るまで出社しなくて良いと言い、医者まで手配してくれました。(働いていたけれど貧しかった彼女には医者に見せるお金もなかったのです。)
百日咳と診断されたラッセは徐々に回復していきます。ある夜、眠れない息子にせがまれて「お話」を語るアストリッド。作家としての彼女の原点ともいえるエピソードになっていました。
再び出社したアストリッドは、ボスに心からの感謝を述べます。彼こそが後に夫となるリンドグレーン(ビョルン・グスタフソン)です。

アストリッドはラッセを連れて故郷の駅に降り立ちます。迎えにきたのは父で、家では母や兄妹たちが待っていました。母は教会に行こうと誘います。不倫や未婚の母などタブーを破ったアストリッドに対する人々の視線を真っ向から受けて立つ覚悟を決めた両親の姿がそこに見えました。

再び画面は老作家の書斎に戻り、ジ・エンドです。

当時の世間の常識からは後ろ指を指される生き方ですが、その結果に逃げ出すことなく自ら道を切り拓いていったいわば時代の先達者だったアストリッドの半生が描かれていました。もちろんフィクションを織り交ぜてはいますが😊 

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幻夏

2022年10月05日 | 
太田愛(著) 角川文庫

毎日が黄金に輝いていた12歳の夏、少年は川辺の流木に奇妙な印を残して忽然と姿を消した。23年後、刑事となった相馬は、少女失踪事件の現場で同じ印を発見する。相馬の胸に消えた親友の言葉が蘇る。「俺の父親、ヒトゴロシなんだ」あの夏、本当は何が起こっていたのか。今、何が起ころうとしているのか。人が犯した罪は、正しく裁かれ、正しく償われるのか?([BOOKデータベースより)


著者がTVドラマ『相棒』の脚本家だということは解説を読んで知りました。また、本書がシリーズ第二弾で、第一弾は『犯罪者』、さらに第三弾として『天上の葦』があるんですね。
そのため主要登場人物である警官の相馬と興信所を営む鑓水とバイトの修司のやりとりは過去の事件や因縁が背景にあるので、次は『犯罪者』を読んでみたくなりました。

水沢香苗から23年前に失踪した息子・尚の捜索依頼を受けた鑓水は、差し出された封筒の札束に驚いているうちに香苗が姿を消してしまい、着手せざるを得なくなります。
修司と調査を始めたところ、尚の失踪に不審な点が多く見つかり、二人は尚が何らかの事件に巻き込まれていたのではと考えます。

前作の事件絡みで交通課に左遷された相馬は、少女失踪事件の捜査に駆り出されていました。少女・常盤理沙 は、元最高検察庁次長検事の常盤正信の孫であり、警察の捜査は岡村参事官を筆頭に迅速に進められます。理沙が消えた現場に残されていた謎のしるしを見つけた相馬は、それが23年前の夏に目撃したものと同じと知り驚愕します。二つの事件の関連を疑う相馬ですが、警察は彼に取り合わず、犯人は性的倒錯者と断定して捜査を進め、元東京高等裁判所部総括判事・寺石憲一郎の息子の寺石孝之を容疑者として取り調べ自白を強要します。

相馬は、12歳の夏に尚と弟の拓に出会い夏休みを一緒に過ごしました。尚は相馬に自分の父親・柴谷哲雄は「ヒトゴロシ」だと打ち明けますが、実は冤罪だったのです。このひと夏の思い出は相馬だけでなく尚にとってもかけがえのない宝物のような出来事であることが、大人になった今でも昨日のことのように蘇る記憶の描写に現れていました。

理沙の事件を追う中で、尚の消息を追う鑓水たちと取引をし、情報を共有した相馬は、二つの事件の裏に、柴谷哲雄の冤罪が絡んでいることに気付きます。

哲雄と香苗は取り調べの刑事がついた嘘で心を折られ、そのため哲雄は嘘の自白をさせられ無実の罪で服役し、離婚した香苗は実家に縁を切られて女手一つで水商売をしながら子供を育て、夫のことを周囲に知られると引っ越しを余儀なくされていました。

出所した哲雄は、冤罪が発表されたその日に妻子に会いに行き、謎の死を遂げていましたが、その死の真相はとても辛いものでした。尚はその真実を隠すために失踪するしかなかった。そしてその真実を知った時、「彼」は内側から壊れてしまった。あの //=I という印は尚が残したものだったのです。全ては冤罪が生んだ悲劇だったのです。

哲雄の死と尚の失踪、3つの拉致殺人事件、今回の誘拐事件の全てが繋がった時、犯人の正体と彼の目的が判明します。相馬たちは「彼」を止めようと必死に追います。

この小説の主題はまさに「冤罪」です。そして、冤罪被害者本人だけでなくその家族の人生までが狂わされてしまう悲劇を訴えています。その一方で自らを「正義」と信じ、「適正」に事にあたったと言って恥じない法曹界と警察の人間がいます。自分たちが作った筋書きに沿って自白を強要して立てた手柄で出世した岡村、それを鵜呑みにして都合の悪い部分は伏せて起訴した常盤、公判で無罪を主張する哲雄を反省の色がないと決めつけて判決を下した寺石。それぞれが自分の正義を押し出して冤罪を生み出したことに反省も後悔もない姿はいっそ傲慢に映ります。人を裁くという事への責任の重さが彼らが「正しく」理解しているとは思えません。

いっそ犯人の望み通りの結末になればいいとさえ思ってしまいましたが、理沙は無事で、常盤や岡村、寺石にも決定的なダメージを与えられない事件は解決します。それにしても自分本位で我儘な理沙には全く同情できなかったな。

撃たれた犯人の病室を訪れ語り掛ける相馬・・・感情を失くしたように見えていた彼が相馬が帰った後に見せた反応に、わずかな希望を感じました。

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神坐す山の物語

2022年10月03日 | 
浅田次郎(著) 双葉文庫

奥多摩の御嶽山にある神官屋敷で物語られる、怪談めいた夜語り。
著者が少年の頃、伯母から聞かされたのは、怖いけれど惹きこまれる話ばかりだった。切なさにほろりと涙が出る浅田版遠野物語ともいうべき御嶽山物語。

・神上がりましし伯父
普通の人には見えないものが見える霊力を持った著者が、自分を訪ねてきた伯父の姿を見てその死を悟ります。

・兵隊宿
祖母イツが語ってくれた、雪の降る夜に行方不明となった兵を探していた砲兵隊の話。実は砲兵隊は前線で全滅していて行方不明の兵だけが生き残っていたのでした。

・天狗の嫁
少女のように小柄なカムロ伯母(母のすぐ上の姉)が語る嵐(伊勢湾台風)の夜の思い出。幼い頃に天狗に攫われた伯母の数奇な運命も語られます。

・聖
母と親子ほども歳が離れていたちとせ伯母が子供たちを寝かしつける時に語ってくれた夏の新月の晩にやってきた喜善坊と名乗る修験者の話。
修行により得られる力と、元々備わっている能力は違うけれど、それを自覚して諦めることが出来なかった男の悲しい結末が語られます。

・見知らぬ少年
著者が出会った、かしこと名乗る同い年くらいの少年とのひと夏の物語。後に彼は母の幼くして亡くなった兄(伯父)と判明します。

・宵宮の客
ちとせ伯母の寝物語その2。一夜の宿を求めてやってきた一人の男には彼が殺した女の霊が憑いていました。女は男の心変わりを責めずに自分を殺してと哀願し男は実行したのです。著者の曽祖父は女を神上げてやります。

・天井裏の春子
ちとせ伯母の寝物語その3は、狐が憑いた春子(仮称)の物語。
住処を追われた古狐が生きるために美しい娘に取り付きます。今なら精神病と括られてしまいますが、何やら人知を超えた仕業に感じられました。

『遠野物語』のようと例えられますが、著者の母方の里は神官の家系で、八百万の神の存在を感じさせる不思議な物語も、人里離れた奥津城の描写と相まって何やら本当にそこに存在しているかのような感覚になりました。


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