杏子の映画生活

新作映画からTV放送まで、記憶の引き出しへようこそ☆ネタバレ注意。趣旨に合ったTB可、コメント不可。

ふるさと銀河線 軌道春秋 上下巻

2022年09月30日 | 
高田郁(著) 双葉文庫(底本)埼玉福祉会(発行)

ふるさとへの愛と、夢への思いの間で揺れ動く少女が主人公の表題作をはじめ、遠い遠い先にある幸福を信じ、苦難のなかで真の生き方を追い求める人びとの姿を、美しい列車の風景を織りこみながら描いた感動的な9編を収録。(本紹介より)

この作品を読むにあたって選択したのは「大活字本シリーズ」
最近文庫本の小さな文字が厳しくなってきています😢 
開いてみてその文字の大きさに「え?絵本サイズか!」と驚きましたが、なるほど目に優しい大きさで、まさに視力弱者向け。

・お弁当ふたつ
夫が二か月も前に会社をリストラされていたことを知った妻。いつもと変わりなく朝家を出て夜9時過ぎに帰宅していた夫は本当はどこで何をしていたのか?妻は夫の後を尾けます。すると夫は外房線と内房線を乗り継ぎ、妻の手作りのお弁当を車内で食べて一日を過ごしていました。昔家族で出かけた海水浴場のある駅も通過します。初めは夫に怒りを抱いていた妻でしたが、夫の苦しい胸の内を察して涙します。翌日、妻は自分の分のお弁当も作って夫の後を追い、お弁当を食べようとしていた夫に声をかけます。何も言わず向かい合わせで座りお弁当を食べる二人・・この夫婦は大丈夫と思わせてくれます。

・車窓家族
大阪と神戸を結ぶ私鉄電車から見えるカーテンのない文化住宅の一室に住む老夫婦。互いを労わり合いながら暮らす二人の姿を、停車中の車窓から眺めて気にかけている人々がいました。二日続けて姿を見かけなくなったことに気付いた彼らは思わず声を上げ、自分以外にも二人を気にかけている人がいたことを知ります。互いに全く無関係の5人が老夫婦を思う気持ちで一時繋がります。
他人だけど束の間老夫婦を気遣う疑似家族のような気持ちを共有した5人です。

・ムシヤシナイ
大阪環状線のT駅のホームの立ち食い蕎麦屋で働く初老の男の元に、5年ぶりに突然現れた孫。学のない両親を恥じていた息子は、自分の子供にも小さい頃から勉強を強いて、それを諫めた男と疎遠になっていました。自分の能力以上の努力を求められ逃げ出してきた孫を男は黙って受け入れます。このままでは父を殺してしまうかもと怯える孫に包丁を持たせネギを刻ませる祖父。まな板にリズミカルに包丁の音が響くようになったころ、祖父は「お前はもう大丈夫。包丁は人を刺すもんやない、お前の手が覚えよった」と言います。孫は父親に正面から気持ちを伝える勇気を祖父に貰ったのね。

・ふるさと銀河線
北海道のローカル線北海道ちほく高原鉄道は「ふるさと銀河線」の愛称で親しまれています。過疎化が進む町で、早くに両親を亡くし運転士の兄と暮らす中3の妹・星子は自分の演劇の才能に自信が持てず、生まれ育った故郷への愛着もあって進路に悩んでいました。兄や彼の友人が星子の背中をそっと押します。進路に悩む受験生・・・そんな時代もあったね~~

・返信
妻と幼子を遺して急逝した息子の面影を偲び、彼が15年前に旅した地を訪ねる老夫婦。映画「幸福の黄色いハンカチ」のロケ地「陸別」は当時の面影を残しておらずがっかりする二人でしたが、夜空に輝く満天の星に息子の魂の行き着いた先を感じます。息子の妻に遠慮して自分の悲しみを表に出せずにいた妻に気付き共に前を向いて生きようと決意した夫。この夫婦もきっと大丈夫!

・雨を聴く午後
郊外から新宿駅へ向かう私鉄電車の線路脇にある古いアパート「共栄荘」の一室に、学生時代住んでいた男。証券マンとなりバブル崩壊で辛い毎日を送る彼は、偶然そのアパートの前を通りかかります。合鍵の存在を思い出した彼は懐かしさに駆られてドアを開けて部屋に入りますが、その部屋に暮らす女の慎ましい生活ぶりを知り、彼女が夫に向けて書いたであろう手紙を盗み読みして衝撃を受け自分を見つめ直します。完全に不法侵入だし、犯罪だし・・よくばれずに済んだものだと思うけど、立ち直るきっかけになったのね。

・あなたへの伝言
「共栄荘」でセキセイインコと暮らす女。ベランダに毎日干す白いソックスは
車窓越しに妻を気遣う夫へ向けたメッセージでした。彼女はアルコール依存症を克服するため、共依存状態だった夫と別居していました。お弁当屋さんで働きながら「断酒会」で知り合った女性を目標に頑張っていましたが、その女性がふとしたきっかけでまた酒に溺れたことを知り、目標を失って絶望的な気持ちになります。その時インコが「ダイジョーブ」と語り掛け、その言葉で女は「明日は飲んでしまうかもしれないが今日は決して飲まない、そんな今日を積み重ねていつか(夫との)人生を取り戻したい」と強く思います。
依存症の怖さはほんの一瞬の気の緩みや甘えが更に深い闇を呼ぶことですが、それでも彼女にエールを送りたくなりました。

・晩夏光
痴呆になった姑を看取り、夫にも先立たれた女性の楽しみは庭いじり。訪ねてきた息子のことを翌日思い出せなかった彼女は、医師がアルツハイマーと診断したことを知ってしまいます。かつての姑の姿と記憶を失くしていく自身を重ね合わせた彼女は、夫が残したノートに日々の記録や願い(施設に入れて欲しい)を書き留めていきます。やがて年月が過ぎ、施設に入った母を見舞う息子を彼女はもう認識することができません。母の隣でノートを読み涙する息子に彼女は少し前まで何か忘れてしまったけれどとてもこわいものがあった。でも今は違ってこの陽射しのような柔らかでまろみのある気持ちだと話します。
これは切ない!でも親の子に対する愛情が痛いほどに伝わってきます。

・幸福が遠すぎたら
ある日届いたポストカプセル郵便に導かれ、学生時代の同級生3人が京都・京福電鉄の嵐山駅で再会します。実家の酒造を継いだものの経営が傾き不渡りを出した桜、震災で妻子を亡くした梅、肝臓癌とC型肝炎のキャリアがわかり妻に去られた桃。それぞれの明暗を噛みしめながらそれでも前を向いて歩こうと決意する姿が描かれます。人生色々あるけど、まだまだこれから、何度だって立ち上がることができるんだと思いたいですね。

井伏鱒二が「勧酒」という漢詩を訳した言葉「さよならだけが人生だ」と寺山修司の詩「サヨナラだけが人生ならば、また来る春は何だろう」が引用されています。
 


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ダウントン・アビー 新たなる時代へ

2022年09月30日 | 映画(劇場鑑賞・新作、試写会)
2022年9月30日公開 イギリス=アメリカ 125分 G

1928年、英国北東部ダウントン。広大な領地を治めるグランサム伯爵ロバート(ヒュー・ボネヴィル)らは喜びの日を迎えていた。亡き三女シビルの夫トム(アレン・リーチ)が、バイオレットの従姉妹モード・バグショー(イメルダ・スタウントン)の娘ルーシー(タペンス・ミドルトン).と結婚したのだ。華やかな宴とは裏腹に、屋敷は傷みが目立ち、長女メアリー(ミシェル・ドッカリー)が莫大な修繕費の工面に悩んでいたところへ、映画会社から新作を屋敷で撮影したいというオファーが。謝礼は高額だ。父の反対を押し切ってメアリーは撮影を許可し、使用人たちは胸をときめかせる。
 一方、ロバートは母バイオレット(マギー・スミス)が、モンミライユ侯爵から南仏にある別荘を贈られたという知らせに驚く。その寛大すぎる申し出に疑問を持ち、妻コーラ(エリザベス・マクガヴァン)、次女イーディス(ローラ・カーマイケル)、ヘクサム卿(ハリー・ハッデン=パトン)夫妻、トム夫妻、引退した老執事カーソン(ジム・カーター)、侍女バクスター(カーラ・シオボルド)とリヴィエラへと向かう。果たして海辺の別荘に隠された秘密は、一族の存続を揺るがすことになるのか―!? (公式HPより)


20世紀初頭のイギリスの大邸宅に暮らす貴族一家と使用人たちの生活を描く『ダウントン・アビー』シリーズの劇場版第2作目は、ダウントンで映画撮影が行われる中、先代伯爵夫人の予期せぬ相続話を巡って騒動が巻き起こります。
前作で予感させたトムとルーシーの恋は無事成就して皆に祝福されて華燭の典を挙げます。(とはいえ慎ましいものでしたが)クローリー家の子供たちも成長していますが、出番は殆どなかったかな。

映画製作のために屋敷を貸して欲しいという申し出をあっさり断った伯爵でしたが、屋根裏の雨漏りという現実を見せられてメアリーに判断を任せることに。やってきた撮影陣に屋敷はごった返し、仕切りを任されたメアリーは大忙し。もちろん使用人たちも銀幕のスターを目の前に浮足立ちます。ところが主演女優のマーナは美しさは文句なしでしたが、その粗野で横柄な言動に伯爵たちは眉を顰めます。反対に相手役のガイの方は紳士然と振る舞っていますがトーマスに好意を抱いているようです。

時を同じくして起こったバイオレットに寄贈された南仏の別荘話の真意を確かめる名目もあり、騒がしくなる屋敷を離れる伯爵一行。メアリーは屋敷にいてはトラブルになりそうなカーソンを付けて送り出します。

映画はダウントンと南仏をいったりきたりで進んでいきます。
映画の撮影は順調に見えましたが、時はサイレントからトーキーに変わろうとしていました。収益が見込めないと判断され撮影が中止に追い込まれそうになりますが、メアリーの一言で声をあてるトーキーに変更して続行となります。ところが、訛りが酷いマーラは演技以前の問題で、打開策としてメアリーがマーラの声をあてることに😄 これにつむじを曲げたマーラの説得にはアンナとデイジーが駆り出されます。デイジーの「あなたは貴族じゃない、庶民なんだから、ありのままで勝負すればいい」との叱咤が効いてふっきれたマーラです。トーキーに変更する際、セリフが重要な要素となりますが、モールズリーさんが大活躍することになります。撮影当初から屋敷をウロウロしていて映り込んでしまうなどの失態をしていた彼ですが、脚本家としての思わぬ才能が開花します。映画完成の後、監督からは脚本家としての契約をもう押し込まれたモールズリーさんは自信をもってバクスターさんに求婚します。(この場面が録音マイクを通じて皆に丸聞こえというのも彼らしいエピソードでした)

一方、南仏でモンミライユ侯爵の手厚いもてなしを受ける一行は、書斎に遺されていたバイオレットの若い頃の肖像画と裏に書かれた「愛する人」の文字を見つけます。さらに侯爵から「あなたは私の兄かもしれない」と言われたロバートは激しく動揺します。コーラはそれを否定しますが、母が不貞を働いたかもという疑念が彼を苦しめます。母の体調不良に気付いたイーディスの勧めで、彼女は夫に病気のことを告白します。結局悪性貧血で死に至る病ではないと後に判明しますが、ロバートは衰弱している母だけでなく最愛の妻まで失うかもしれないと更に不安になるんですね。いくつになっても男って、こういう面では弱いですね。侯爵の母はこの遺言に不満を持っています。彼女の結婚生活は決して幸福なものではなかったようです。夫が他の女性に心を奪われたままというのでは妻は心穏やかにはなれませんよね。(^^; 息子である侯爵は母の味方をするのではなく、父の願いを叶える事の方が大事と考えているようで、むしろ異母兄(かもしれない)の存在が嬉しい様子。

映画の撮影は無事終了し、トーマスはガイの付き人(生涯の伴侶という意味でも)になる選択をします。これまで捻くれたり散々迷惑もかけてきた彼だけど、その性的嗜好故に傷ついたことも多々あったことを知っているので、今度こそ幸せになってねと祝福したい気持ちになりました。

そして、バイオレットの秘密の真相も明かされます。毒舌家で頭の回転も速く、時代の荒波を雄々しく乗り越えてきた彼女は、まさに誇り高い生き方をしてきた女性でもありました。出生の正しさが証明され、ロバートはホッと胸を撫でおろします。自らの死期が近いことを悟っていたバイオレットは、イザベルに後始末を頼んでいました。長年の喧嘩友だちだけど、実は誰よりも信頼していた友だったのね。一族に見守られ、それぞれに感謝の言葉を述べて逝ったバイオレット。思わず涙ぐんでしまいました。まさに一時代の象徴であり、その終わりでもありました。ガラス張りの霊柩車の葬列といい、何だか先ごろ亡くなられた女王と重なるといっては不敬でしょうか。

今作ではメアリーの夫は終始不在でしたが、何か俳優側の理由があったのかしら?
その代わりと言っては何ですが、メアリーと監督のジャックの間に微妙な空気が流れます。メアリーはジャックに亡きマシューの面影を見て心揺れますが、ダウントンの女主人としての誇りが彼女を支えてもいるのね。

ダウントンの人びとは希望を胸に新時代への扉を叩きます。
まさしく一時代が終わり、新たな時代が幕を開ける、そんな瞬間に立ち会ったかのような感慨を覚えました。

上述以外の主要キャストは以下の通り
(使用人)
・ヒューズ(フィリス・ローガン) 家政婦長
・ベイツ(ブレンダン・コイル) 従者
・アンナ(ジョアン・フロガット) 侍女、ベイツの妻
・トーマス(ロブ・ジェームス=コリアー) 執事
・パットモア(レスリー・ニコル) 料理長
・デイジー(ソフィー・マックシェラ) 料理長助手
・アンディ(マイケル・フォックス) 下僕、デイジーの夫
・モールズリー(ケヴィン・ドイル) 元下僕、映画好き

(貴族)
・イザベル(ペネロープ・ウィルトン) メアリーの亡き夫マシューの母
・マートン卿(ダグラス・ライス) イザベルの夫

(映画関係者)
・ジャック(ヒュー・ダンシー) 映画監督
・マーナ(ローラ・ハドック) ハリウッド女優
・ガイ(ドミニク・ウェスト) マーナの相手役のハリウッド俳優

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ローズメイカー 奇跡のバラ

2022年09月29日 | 映画(DVD・ビデオ・TV)
2021年5月28日公開 フランス 96分 G

フランス郊外。あふれる才能と魔法のような指で新種のバラを開発し、数々の賞に輝いてきたエヴ(カトリーヌ・フロ)。だが数年前から巨大企業のラマルゼル社に賞も顧客も奪われ、亡き父が遺してくれたバラ園も今では倒産寸前に。助手のヴェラが何とか立て直そうと、職業訓練所から格安で前科者のフレッド、定職に就けないサミール、異様に内気なナデージュを雇う。だが3人は全くの素人で、手助けどころか一晩で200株のバラをダメにしてしまう。そんな中、エヴに新種のアイディアが閃いた! 交配に必要なバラがラマルゼル社のバラ園にしかないと知ったエヴは、フレッドにある“特技”を披露させる。パリの新品種コンクールまであと1年、はみだし者たちの壮大な奮闘が幕を開ける──!(公式HPより)


バラ園経営者と素人集団たちが世界屈指のバラ・コンクールに挑む姿を描いたヒューマンドラマです。

父が遺した小さなバラ園を経営するのはバラが全ての頑固者のエヴです。かつては数々の賞に輝いてきたエヴですが、数年前から巨大企業のラマルゼル社に賞も顧客も奪われて 倒産寸前。人出不足を補おうと助手のヴェラ(オリヴィア・コート)がエヴに内緒で格安で雇える職業訓練所から派遣してもらいます。前科者のフレッド(メラン・オルメタ)、定職に就けないサミール(ファツァー・ブヤメッド)、内気で泣き虫なナデージュ(マリー・プショー)の3人です。バラのことを何も知らない彼らは手助けどころか、一晩で200株のバラをダメにしてしまう始末でエヴとの関係も悪化します。

フレッドは前科のせいで両親から見放されていました。親から無視され続けるフレッドを不憫に思ったエヴは彼を自宅に招いて食事をご馳走します。自分のことを打ち明けあった二人は少しずつ信頼関係が芽生えていきます。

そんな中、エヴは突然新種のアイディアが閃きます。来年のコンクールで受賞確実の世界初の新種のバラの交配を思いついたのです。でも交配に必要な「ライオン」はラマルゼル社独占です。そこでエヴはフレッドに相談を持ち掛けます。彼の開錠の技術でラマルゼル社に侵入してお目当てのバラを“拝借”する計画に難色を示すフレッドでしたが(もし見つかれば刑務所に逆戻りですから当然ですね)エヴの熱意に押され、成功すれば正規採用する条件でサミールとナデージュとこの計画に乗ります。

作戦は決行され、サミールとナデージュが警備員の気をそらしている間に、フレッドが侵入します。よく似たバラの中から、彼は以前エヴに1度だけ嗅がせてもらった香りを頼りに「ライオン」だと思ったバラを持ち出しました。エヴは彼の香りを嗅ぎ分ける才能に気付きます。

交配したバラはやがて種をつけ、苗は順調に育っていきました。
コンクールまでの収入を得るため、3人は毎日バラを販売し売り上げも順調でしたが、新種のバラは失敗してしまいます。(ライバル社のバラを盗んで成功していたらコンクールで受賞したとしても後味悪い結果になったと思うのでこれで良かったと思ってしまいました。)落ち込み自信を失くしたエヴはバラ園をラマルゼル社に売却する決心をします。

雇われて働くことを拒否したエヴは、3人にお別れの挨拶をし別れを惜しみました。ラマルゼル社の契約書にサインをしようとしたその時、ナデージュが「サインは待って!」と駆け込んできました。彼の後ろから現れたサミールが抱えていたバラを見てエヴは仰天します。色や大きさ、強さ、香り全てがパーフェクトな見事なバラが自然交配で生まれていたのです。もちろん契約は白紙になりました。

エヴはフレッドにパリで調香師になるための勉強をすることを薦め「いつでも戻ってきなさい。私達はあなたの家族よ」と言って花言葉の本を贈りました。パリへ向かう途中で本を開いたフレッドは、そこに花のポストカードが3枚挟まれていることに気付き、早速花言葉を調べます。
青いパンジー『あなたがいないと寂しい』
わすれな草『私を忘れないで』
カンパニュラ『ありがとう』
エヴの気持ちが込められたカードを見てフレッドは涙を浮かべました。

コンクールの日がやってきました。ヴェルネ・バラ園の新種が見事賞を獲り、スピーチに立ったエヴは、3名のスタッフと助手のヴェラに感謝を述べました。

バラの魅力を映し出すために、フランス屈指のローズブランドのドリュ社、メイアン社といったスペシャリストが監修を担当したそうです。交配や栽培の過程も詳細に描かれていて、バラ愛好家でなくとも興味深い内容になっています。誰かと繋がることで、人生はいつでも幾度でも花開くというメッセージがストレートに伝わってくる物語でした。

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犬も食わねどチャーリーは笑う

2022年09月26日 | 映画(劇場鑑賞・新作、試写会)
2022年9月23日公開 117分 G
この物語の主人公、裕次郎(香取慎吾)と日和(岸井ゆきの)は結婚4年目の仲良し夫婦? というのは(もちろん)表向き。鈍感夫にイライラする日和は、積もりに積もった鬱憤を吐き出さなきゃやってらんないわー! と、出会ってしまったのは、SNSの〈旦那デスノート〉。そこには妻たちの恐ろしい? 本音、旦那たちが見たらゾッとするようなエグイ投稿がびっしり書き込まれていた。そしてある日、裕次郎もその存在を知ってしまう!「これって俺のことか?」気になる投稿のペンネームはチャーリー。日和と一緒に飼っているフクロウの名前もチャーリー…ってことは! 夫婦ゲンカのゴングの鐘が、いま鳴り響く!!(公式HPより)


ある夫婦の互いにゆずれないバトルをコミカルに描いたブラックコメディ。監督は市井昌秀。

二人の出会いは、裕次郎が働くホームセンターに日和が客として来店したことから。耐震グッズが縁で、後日ファミレスでばったり会って交際が始まった・・。あれから7年。結婚して4年。筋トレに精を出す裕次郎は副店長になっています。日和はコールセンターに勤めています。共働きだけど、料理も掃除も家事は全部日和がしているようです。
ブランチのつもりで出した料理を食べながら裕次郎は言います、「昼はキーマカレーがいいな」今食べてるのは朝で昼は別、いい意味で・・・このいい意味では彼の口癖です。いや、この時点で発火点が見えますね~~😅 

職場で後輩の若槻(井之脇海)と互いに手作り弁当を食べながら、結婚式を控えてマリッジブルー気味の彼にセロトニン云々の蘊蓄を語る裕次郎。話に入ってきた同僚の蓑山(余貴美子)さんが「旦那デスノート」の存在を教えます。そこに投稿されている内容はまさに自分の事。それに投稿者のHN「チャーリー」は夫婦が飼っている梟の名前です。😰 

日和の上司の葛城(眞島秀和)は同僚の小杉(森下能幸)に厳しく当たる一方、日和に気があるそぶりでボディータッチしてくるうざい奴。ある日、出版社の編集者・塚越(田村健太郎)から「旦那デスノート」の投稿者7名での出版話を持ち掛けられ返事を保留します。

浦島店長(的場浩司)から、若槻が結婚式のスピーチを自分ではなく裕次郎に頼んだ理由を聞かれて思わず店長はバツ3だからとぶっちゃける裕次郎。「旦那デスノート」ショックで大人の対応が出来ません。

姑の千鶴(浅田美代子)との電話で子供の催促をされかけた日和は電車の音楽と音で誤魔化して電話を切ります。こういう時「アレクサ」って便利だね~!と変なところで感心してしまったぞ。

塚越から「旦那デスノート」メンバーの食事会に誘われ出かけるとその中に蓑山さんがいて驚く両人。旦那の愚痴を熱く語り盛り上がった帰り道、日和は流産した時に裕次郎が傍にいてくれず辛かったと打ち明けます。夫への不満を「旦那デスノート」に吐き出すだけで良いと話す日和に蓑山はチャーリーの投稿を裕次郎に見せたので気づいているかもしれないと謝ります。

一方、顔を合わせるのが気まずい裕次郎は近所のファミレスでカレーを食べながら出会いの頃を思い出していました。そこへ職場の後輩のしおね(中田青渚)が偶然を装って同席し秋波を送ります。ライン交換したものの何となく後ろめたい彼はマンションのエントランスに貼られていたきたろうのポスターを見て、名前を「きたろう」に変更します。こういうところがせこい!

結婚式の日に出勤して欲しいと言われたが断ったと話す日和に、冠婚葬祭も休めないような仕事はいつ辞めてもいいと言った裕次郎に、日和は自分の仕事は誰にでもできると見下されていると怒り喧嘩になります。😖 彼なりに気を使ったつもりだとわかるけど、この場合逆効果なわけで。😓 更に裕次郎にハートマーク付きの「きたろう」のラインをが届き、夫婦の間に暗雲立ち込めてきます。翌日の夜、日和の電話を無視してファミレスでしおねとビールを飲む姿を目撃した帰りに、昔裕次郎と座ったベンチを見つけ、レジ袋を追いかけて初めてキスした日のことを思い出す日和でしたが、デスノートには「浮気とはいいご身分ですね。離婚の足音が近づいてまいりました。」と投稿します。それを見た裕次郎は遂に我慢できなくなり日和を問い詰めますが、逆に流産した時の態度を非難され、夫婦仲はさらに険悪に。
子供がいる友人の晶にも八つ当たりしてしまった日和は、「世間じゃなく旦那に向かって書きたい」と正式に出版を断ります。家事もせず投稿をし続ける日和。家の中は散らかり放題で「チャーリー」が二人を交互に見ている様子が可哀そうだけど可愛いという😍 

若槻の結婚式当日。引きずるように新郎を連れて現れた新婦の静(松岡依都美)。まるでお通夜のような空気の中で裕次郎のスピーチの番となりますが、メモはタクシーに忘れ頭真っ白!その時、日和が立ち上がり、昔裕次郎が緊張しない方法として教えてくれた肘をなめようとする仕草をします。それで緊張が解けた裕次郎は、心温まるスピーチをして新郎新婦の気持ちを結びつけます。披露宴の後、しおねとまや(小篠恵奈)が日和に声をかけます。二人は付き合っていて、まやを取られると誤解したしおねが、裕次郎を陥れようとしたが、彼は揺るがなかったと謝罪します。え!!そういうオチですか😩 

これを機に元鞘かと思いきや、誰にも言わないでおこうと約束した流産のことを裕次郎が千鶴に話していたことが分かって、ショックを受けた日和はチャーリーを連れて家を出て行き、離婚届を送りつけます。姑は悪気はないんだけど、言ってはいけない一言を言っちゃう人なのね~~😣 

職場で耐震グッズの説明をしながら、日和と初めて会った時のことを思い出し泣き始めた裕次郎(すぐ泣く男だ)は、そのまま店を飛び出して日和の職場に行きます。互いに本音をぶつけ合う二人ですが、おいおい!職場だぜ😓 おまけに上司も同僚も巻き込んでの職場人間関係大暴露合戦状態を放置して二人でレジ袋追いかけて飛び出していくし・・・木に引っかかったそれを裕次郎が日和を肩車し、さらに持ち上げて掴むことができてハッピーエンドという(昔は掴む前に落ちてしまった)が、まさかそのための筋トレじゃないよね😁 

夫婦は他人。だからちゃんと言葉にしなければ気持ちは伝わらないのです。
それにしても慎吾ちゃん、とても鍛えた身体には見えないんですけど~~誰か飲み過ぎ注意報発令してあげて😟 

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サンドラの小さな家

2022年09月25日 | 映画(DVD・ビデオ・TV)

2021年4月2日公開 アイルランド=イギリス 97分

シングルマザーのサンドラ(クレア・ダン)は、虐待をする夫のもとから2人の幼い娘と共に逃げ出したが、公営住宅には長い順番待ち、ホテルでの仮住まいの生活から抜け出せない。ある日、娘の寝る前のベッドサイドストーリーからヒントを得て、手頃な家を自分で建てようというアイデアを思いつく。土地、資金、人材……足りないものだらけで途方に暮れていたサンドラだったが、土地と資金の提供を申し出てくれた雇い主のペギー(ハリエット・ウォルター)、偶然出会った建設業者のエイド(コンリース・ヒル)、仕事仲間やその友人たち。少しずつ仲間を増やし、一軒の小さな家を作っていく。しかし、束縛の強い元夫の妨害にあい…。サンドラは自分の人生を再建することができるのだろうか?(公式HPより)

 

アイルランド・ダブリンを舞台に、住居を失った若い母親と子どもたちが、周囲の人々と助け合いながら自分たちの手で小さな家を建てる姿を描いたヒューマンドラマです。

エマとモリーの母であるサンドラ)は、ごく普通の平凡な女性でした。しかし彼女は夫ガリーの暴力にずっと苦しめられていました。ある日とうとう限界がきて、警察に助けを求めます。「ブラック・ウィドウ」はエマと決めていた助けを求める合言葉なんですね

夫から離れることはできましたが、ホテルに仮住まいで公営住宅に入ろうにも長い順番待ちで、見通しが立ちません。娘たちを学校送迎し、仕事を掛け持ちしながら働く生活にサンドラは疲れていきます。

仕事の一つは医者のペギーの家のヘルパーです。ペギーは気難しい面もありますが、サンドラの仕事に対する姿勢には好感を持っていました。

もう一つの仕事は飲食店で、同僚のエイミーとは愚痴や娘たちの面倒も頼める仲です。学校ではローザというママ友も出来ました。

元夫には面会権があるため、週末毎に娘たちをガリーの所(彼の実家)に連れて行かねばならないのですが、暴力を受けた辛い記憶が蘇りサンドラを苦しめていました。

ある夜、エマが話してくれたお話がヒントになり、サンドラは自分で家を建てることを思いつきます。ネットで調べると35000ポンドあれば可能と知り、セルフビルドの設計図(検索すれば何でも出て来るのね)を探してプリントアウトし出役所に足を運びますが、まさに木で鼻を括る対応で相手にしてくれません。 

落ち込むサンドラに声をかけたのはペギーでした。彼女は裏庭の空き地を使えば良いし資金は貸すと言ってくれたのです。元々サンドラの母がヘルパーをしていて長年懇意にしていたことや、サンドラ自身の境遇を慮り、その働きぶりも評価していたのね。

建築業者のエイド(コンリース・ヒル)の協力を得ることができて、サンドラの夢の家計画がスタートします。働き手が足りず、エイミーやローザに声をかけると、エイミーは仲間を連れて来てくれました。順調に家づくりが進む中、ガリーが親権を主張して裁判を起こします。モリーが週末の面会を嫌がりエマだけが行くことが続いていました。裁判ではサンドラの不注意でエマが怪我をしたことや家を建てていることも不利な事実として取り上げられ窮地に立たされます。感情的になるサンドラにペギーは事実をしっかり伝えるよう助言します。サンドラがガリーのDVとその様子をモリーが目撃して傷ついていることを主張したことで親権は奪われずに済みました。ガリーは娘たちには暴力を振るっていませんでしたが、父親の狂暴な姿は幼い心に衝撃と恐怖の爪痕を遺していたのですね。

家の完成を間近に控えた夜、ペギーの家に集まったサンドラと仲間たちはパーティーを開き、エイドから聞いたメハル(アイルランドの言葉で助け合いの意味)の精神を称えて大いに盛り上がります。ところが、そこにエマが飛び込んできてあの合言葉を叫びました。サンドラがカーテンを開けると窓の外には完成目前の家が炎に包まれていました。

ガリーが放火したのです。夢の家が灰となり、ショックのあまり寝込んだサンドラの前にガリーの母親がやってきて、息子は逮捕され刑期も長いだろうからもう安心だと言います。彼女自身も夫からDVを受け続けていて、それを見て育った息子は妻は殴るものだと刷り込まれたのだろうと言ってサンドラに申し訳なかったと詫びた母親は、自分は逃げることは諦めてしまったが、あなたは自由になったのだと言いました。思い返せば、面会時のガリーの父親の態度(これ以上恥を曝すなとか喧嘩するなら家の中でやれとか)は息子と通じるものがありましたっけね

ガリーから自由になったけれど、家は燃えてしまいました。絶望を抱えるサンドラをペギーは裏庭に連れ出します。そこにはエマとモリーが焼け跡の灰を片付けながら燃え残った釘をより分けている姿がありました。それを見てやり直すことを決意したサンドラは、娘たちの元へ駆け寄るのでした。

家庭内暴力やシングルマザーの置かれる状況(貧困や住宅問題)などの社会問題を描きながらも、協力してくれる仲間の存在が希望となって強く生きる主人公を支えていることが温かく胸に沁み込んできました。


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満願

2022年09月24日 | 

米澤穂信(著) 新潮社文庫

「もういいんです」人を殺めた女は控訴を取り下げ、静かに刑に服したが……。鮮やかな幕切れに真の動機が浮上する表題作をはじめ、恋人との復縁を望む主人公が訪れる「死人宿」、美しき中学生姉妹による官能と戦慄の「柘榴(ざくろ)」、ビジネスマンが最悪の状況に直面する息詰まる傑作「万灯」他、「夜警」「関守」の全六篇を収録。史上初めての三冠を達成したミステリー短篇集の金字塔。山本周五郎賞受賞。(「BOOK」データベースより)

 

・夜警

夫の田原勝が暴れているという妻の美代子の通報を受けて駆け付けた警官三人。川藤浩志巡査は短刀で切りかかってきた田原に拳銃を発砲、彼はその場で死亡しますが、川藤も切り付けられて死亡します。警察は適正な銃の使用だったと川藤を警察葬にします。しかし緑1交番の交番長で上司だった柳岡巡査部長は、彼は警官に向いていなかったと考えていました。川藤は些細なトラブルで拳銃に手をかけようとしたり、ミスを浅知恵で誤魔化そうとする気があったのです。川藤のたった一人の身内である兄から、彼が拳銃を撃ちたがっていたことや、トラブルの尻ぬぐいを兄がしてきたことを聞かされた柳岡は、事件の裏にある真相に気付きます。交番で留守番の時に拳銃を弄って暴発させてしまった川藤が、田原に妻が浮気をしていると吹き込んで逆上させ、それを鎮める振りをして発砲し弾数を誤魔化そうとしたと。川藤は最期に『こんなはずじゃなかった』『上手くいったのに』と言い残していました。暴発の隠蔽と銃を撃つという一石二鳥を狙った彼でしたが、人間の執念を甘く見ていたため自分に返ってきたのです。部下を自殺に追い込んだ過去があり、今回も川藤に適切な対応が出来なかった柳岡は、自分も警官に向かなかったのだと悟り、警察を去ることを考えます。

いや~~、柳岡という男も好きになれないけど、川藤はサイテーだね

・死人宿

突然消息を絶った恋人・佐和子を追い、かつて職場の人間関係に悩む彼女の気持ちに寄り添えなかったことを悔いて山里の温泉宿を訪れた男。彼女の叔父が営む温泉宿は、死にたい人間の間で「死人宿」と評判になっています。佐和子の元気な様子に安心した男は彼女を連れ戻したいと思い始めます。そんな彼に佐和子は相談を持ち掛けます。露天風呂の脱衣所にあった遺書の落とし主を探して欲しいというのです。宿には若い男性と髪の長い痩せた女性、短い髪を紫に染めた女性の3人が泊まっています。警察は事件が起こる前は対応してくれません。男は3人の誰が落とし主か、佐和子と共に部屋を訪れさり気なく観察して意見を言いますが、その答えは以前と変わらぬ考えから発せられていて彼女を失望させます。それに気づいた男は自分の常識を一旦脇に置いて再度遺書の持ち主を考え、持ち主に辿り着き、自殺を思いとどまらせることに成功します。佐和子にお礼を言われ、彼もまた少し変わったと言われ喜んだのも束の間、紫の髪の女性の自殺死体が発見されます。そこで男は彼女が備え付けの浴衣とは別の浴衣を着ていたことに気付くのです。それが彼女の死に装束だったことに。

自殺願望の人がやってくる宿ですから、それが一人とは限らないわけで・・・現実は厳しい

・柘榴

皆川さおりは美人で頭も良い女性でした。大学で佐原成海と出会い、大勢のライバルを蹴散らして成海を勝ち取ったさおりにとって、彼はトロフィーでした。父は反対しましたが、身籠ったことで折れ結婚したさおりは二人の娘『夕子』と『月子』を授かります。夫は優しい人でしたが、定職に就かず、怪し気な連中と付き合い、家を空けることも多くなっていきました。夫のことは愛していましたが、娘たちのことを考えるとこれ以上は続けて行けず、夕子が高校受験を控えた年に離婚を決断し、成海もそれに同意します。両親が親権を争っていると知り、本を読んで勉強した夕子は母が親権を取るのは間違いないと考えて月子とある計画を実行します。本好きな夕子の一番好きな物語は柘榴の話でした。彼女が小6の夏、父と柘榴がなっているところを見に行こうと約束して秋に二人で見に行ったことがありました。家庭裁判所で審判の結果、親権が成海に認められます。審判官を問い詰めたさおりは、理由が全く身に覚えのないさおりの娘たちへの暴力と聞かされます。これは娘たちが母のDVを捏造して自分たちで傷つけたものでした。それに気づいたさおりは、娘たちの気持ちを理解できていなかったことにショックを受けます。

何故娘たちは父を選んだのか。この先がグロイ。

夕子は成海と二人きりで柘榴を見に行った日に男女の関係になっていました。彼女にとっても成海はトロフィーだったのです。美し過ぎる母は邪魔で、離婚は夕子にとってチャンスだった。けれど、月子もまた同じ思いであることに気付いた姉は妹の背中に消えることのない傷をつけます。

さおりだけでなく娘たちをも虜にする成海という男の持つ妖しい魅力は、ここまでくると禍々しい

・万灯

井桁商事に勤める伊丹は進んで海外勤務を希望し、インドネシア支社で天然ガスの事業に携わった後、バングラデシュへ開発室長として異動を命じられます。しかし、部下の高野が調査先で転落事故に遭い左腕を切断して帰国。開発地帯の近くに拠点を設ける必要性に迫られた伊丹は、雨季にも陥没せず政治的に安定しているボイシャク村に目をつけます。新しく赴任してきた斎藤に交渉を担当させますが、怪我を負って戻り、さらに強盗に狙われて嫌気がさした斎藤は辞表を出して帰国してしまいます。外国人を嫌うボイシャク村の住民との交渉は進まず、けれどこの村を外して計画は成り立たず苦境に立たされた伊丹の元に、村から一通の手紙が届きます。行ってみるとOGO(フランスのエネルギー企業)の新規開発課の森下もいて、村をまとめるマタボールのアラムから改めて拒絶の回答がなされます。理由を知りたいと食い下がる伊丹に、アラムはバングラデシュの未来のために天然ガスが必要で他国に渡したくないと話します。諦めて帰ろうとした二人を他のマタボールが密かに呼び、アラムを殺してくれたら喜んで土地を貸すと言います。遠い未来を考えるアラムを、現状を豊かにしたいと思う他のマタボールたちは排除したかったのです。覚悟を決め、事故を装ってアラムを車で轢き殺した二人(ハンドルを握ったのは伊丹)でしたが、直後森下は怖気づき後悔の念に駆られ退職して日本に帰ります。森下の口を封じるため伊丹も帰国しますが、その機内で発熱し検疫を受けます。薬で熱は下がり、森下を捕まえて殺しますが、彼はコロナに罹患していました。それは村でマタボールの孫が下痢と嘔吐に苦しんでいると言っていたことや、ぬるいチャイを飲んだことなどから明らかでした。そして伊丹もまたその場にいたのです。検疫の結果はシロだった伊丹ですが、森下を撲殺した時彼の嘔吐物に触れています。そして今、吐き気を覚えている伊丹。発症は森下殺害の発覚でもあります。ホテルから見える無数の万灯を眺める伊丹は己が裁きを待つ罪人でした。

・関守

フリーライターの男は、都市伝説のネタの取材で桂谷峠の近くの店を訪れます。数年前から年に一度車が転落して死亡する事件が起きていて『死を呼ぶ峠』として仕立てようと決めていた男は店主の老婆から話を聞き出します。一番最近亡くなったのは、県庁職員の前野拓矢で新しい資源を探しに来ていたと言います。その前は、田沢翔と藤井香奈。田沢は峠の先の豆南町出身で、実家に金をせびりにきたようです。ビールを飲んでいたため、飲酒運転が原因とされました。さらにその前は大塚史人という若者で、フィールドワークで訪れていました。4件の事故に共通する理由が見当たらずにいた男に、老婆はこの件を記事にするのか確かめると、最初に亡くなった高田太志の話を始めます。高田は彼女の娘の二番目の夫で最初の夫よりさらに酷い男でした。暴力に耐えかね孫娘と逃げて来た娘を追いかけてきた高田に抵抗し、娘は店の前の石仏で彼を殴殺しました。その時石仏の首が折れてしまったのです。以後の事故も、知らずに真実に近づいてしまった人間を事故死を装って消していたのでした。老婆の以前の職場は病院で、持ち出した睡眠薬が使われていました。取材に訪れていた男の先輩に間違われて、男も消されようとしています。

転落死と見なされたら遺体の解剖もされない・・完全犯罪だけど、こうも続くといずれ真実は明らかになりそうだけど・・・。

・満願

弁護士の藤井が独り立ちして初めて扱った裁判が鵜川妙子の矢場英司殺人事件でした。控訴審まで進みますが、妙子の希望で控訴は取り下げられ懲役8年の刑が確定します。彼が20歳の頃、火事で下宿を焼け出され新しい下宿先として先輩から紹介されたのが鵜川家で、出迎えてくれたのが妙子でした。彼女は親身に面倒を見てくれましたが、夫の重治の家業は右肩下がりでした。実家に戻らず日雇い仕事と勉強に集中していた夏、妙子に呼ばれて西瓜を馳走になっていた時、彼は古い掛軸に気が付きます。それは妙子の先祖が島津のお殿さまからもらった家宝だと教えてくれ、藤井によく勉強なさいと言いました。妙子の裁判で、藤井は金貸しの矢場の悪い評判を知り、妙子が身を守るために包丁で刺したと弁護します。事件現場の床の間の掛軸はあの家宝の掛軸で計画的犯行ならそれを血で汚す筈はないとの主張が認められたのでした。しかし後に彼はあることに気が付きます。昔妙子に連れられ出かけた深大寺のだるま祭りで買った達磨の背についた血痕は、彼女が後ろめたいことをしようとした証だったからです。下宿代の延滞を打ち明けた時、彼女が達磨に背を向けさせてへそくりを出したことを彼は思い出しました。勉強に息詰まった彼が家族の写真を伏せたのと同様、彼女も達磨に見せられないようなことをしようとしていたのだと。矢場が手に入れようとしたのはあの掛軸で、妙子は家宝を守ろうとしたのではないか?敢えて掛軸に血痕を飛ばすことで差し押さえを免れ(証拠品は差し押さえの対象外)夫の保険金で借金を返済すれば掛軸を奪われる心配もなくなると。だから夫の死を知ると控訴を取り下げたのではないかと。掛軸の還付には弁護士の力が必要です。藤井は真実に気付きながらも彼女の力になろうとします。彼は無事弁護士となり達磨の目は入りました。妙子の達磨は5年を経て満願成就されたのでしょうか。

重治は藤井に「酒に強いのも不幸だが、女房が立派なのはなお悪い」と言いましたが、確かに出来過ぎる女房への劣等感が夫を苦しめていたのかもしれません。妙子が夫をどう思っていたのかは一切描かれていませんが、彼女にとって一番大切だったのは夫ではなく代々家に伝わってきた「家宝」だったのかも。それを奪われそうになった時、彼女の中に殺意が生まれたのでしょう。

事業自得なケースもあれば、同情できるケースも。でも「柘榴」の母娘には怖気が走ります。結局彼女たちの愛は最終的には自分に向けられているのですから。

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本を守ろうとする猫の話

2022年09月23日 | 
夏川草介(著)小学館(刊)
「お前は、ただの物知りになりたいのか?」 夏木林太郎は、一介の高校生である。夏木書店を営む祖父と二人暮らしをしてきた。生活が一変したのは、祖父が突然亡くなってからだ。面識のなかった伯母に引き取られることになり本の整理をしていた林太郎は、書棚の奥で人間の言葉を話すトラネコと出会う。トラネコは、本を守るため林太郎の力を借りたいのだという。痛烈痛快! センス・オブ・ワンダーに満ちた夏川版『銀河鉄道の夜』!(本紹介より)

序章 事の始まり
高校生の林太郎の両親は彼が幼い頃に離婚し母も若くして他界したため、小学校に上がる頃には祖父に引き取られ、その後は古本屋を営む祖父と二人暮らしでした。しかしある朝、祖父が亡くなってしまいます。叔母に引き取られることになった林太郎は学校を休んでいて、心配した先輩の秋葉良太が様子を見に来ますが、林太郎は淡々と接します。

第一章 第一の迷宮「閉じ込める者」
店の中で書棚を眺めながら途方に暮れる林太郎の前に、一匹の猫が現れ、「わしはトラネコのトラだ」と名乗り「お前の力を借りたい」と言います。
ある場所に閉じ込められている本を助け出すために力を貸せと言うのです。戸惑う林太郎にトラは「大切なことは常にわかりにくい」とサン=テグジュペリの「星の王子さま」の一節を引用します。林太郎はトラに祖父と似たものを感じます。
トラに案内された先には大邸宅があり、様々な装飾がありましたが、雑然としてとりとめがありません。トラは「哲学も思想も趣味もない。」とこき下ろします。やがて着いたのは壁や床、天井が全て白一色の巨大な空間で、そこには沢山並ぶ鍵のかかった白いショーケースの中にそれぞれ本が入っていました。
大邸宅の主人は真っ白いスーツを着た長身の男で、これまでに数万冊の本を読んだと自慢しました。でも彼はその本を一度読んだら二度と読むことはなかったのです。「常に大量の書籍を読み続けることで、知識を蓄えることが時代をリードすることだ」と言う男に、林太郎は祖父の言葉を思い出します。「沢山の本を読むことは良いが、本の力はお前の力ではないのだから勘違いしてはいけない」と。林太郎は男に「貴方が愛しているのはこんなにたくさんの本を読んだ自分自身だ。本当に本を愛しているなら本を閉じ込めるようなことはしない」と言います。
好きな物語を何度も読み返した経験のある人なら納得の「真実」ですよね😌 


第二章 第二の迷宮「切りきざむ者」
林太郎の祖父は昔どこかの大学でかなり高い地位にいて、世の中を良い方向に持って行こうと努力したけれど力及ばず志半ばで社会の表舞台から退場していました。
再びトラが現れ力を貸せと言った時、店に不登校の林太郎のことを心配したクラスの学級委員長の柚木沙夜がやってきます。トラの言葉を聞き取れることに驚きながらも、二人と一匹は第二の迷宮に向かいます。行き着いたのは、読書に関する様々な研究をしている世界最大の研究施設で、果てしない階段を下りた先の「所長室」には、丸々と太った恰幅のいい男がいて、大音響で音楽をかけながら鋏で次々と本を切り刻んでいました。「読書の効率化」を研究していると言う男は、速く読むためにあらすじを究極までに簡潔にしているのだと言います。彼の理論に引き込まれそうになっている沙夜の腕を引き、林太郎は祖父の「本を読むことは、山に登ることと似ている」という言葉を思い出し、男と対峙します。カセットで流れる音楽を早回しにした林太郎を「それでは音楽が台無しだ」と非難する男に、林太郎はあなたが本にしていることも同じことだと言うのです。
私がブログであらすじを書くのは、それが自分の記憶の道標になるからですが、だからといってあらすじだけで全部を知った気になるわけではなく、本当に好きな物語はその細部の描写も味わい読み(観)返します。でも逆につまらないと思ったら読み飛ばしたり早回しで再生することもあるのでちょっと耳に痛いかも。😔 

第三章 第三の迷宮「売りさばく者」
これが最後だと「第三の迷宮の主人は、いささか厄介だ」と言ったトラが林太郎と沙夜を案内したのは、巨大な高層ビルの「世界一番堂書店」でした。社長室には白髪の痩せた初老の紳士が待っていました。夏木書店を「売れもしない難解な本を並べて自己満足に浸っている時代遅れのむさ苦しい古本屋」と露骨に敵意を示します。ビルの窓から次々と本が投げ捨てられる光景を社長は「今の現実の世界」と言い、「毎日山のように本を作り売り捌き、その利益で更に多くの本を作りまた売り捌く」のだと持論を展開します。まさに「現実」の出版社事情のように感じられます。😖 売れることが全てで売れなければ消えるだけ、本は消耗品と言い放つ社長でしたが、林太郎はその言葉の矛盾に気付いて社長は本当は本が好きなのだと指摘して、それを認めたら好きじゃない本は作れなくなると言うのです。理想論だけど正論だよなぁ😔 

第四章 最後の迷宮
引っ越し当日を迎えたクリスマスイブの朝。林太郎の前にまたもやトラが現れ力を貸して欲しいと言います。力は喜んで貸すが沙夜は巻き込みたくないという林太郎に、トラは彼女が囚われていると話します。
彼らが行き着いたのは小さな一軒の家で、黒服の初老の女性が本について真剣な会話がしたいと言い、「本についての理想と現実の違い」を問うてきました。彼女は1800年も読み継がれてきた本ということで、頭に浮かんだのは聖書です。彼女は3つのスクリーンを示します。そこには第一から第三の迷宮の主が精細を描いた状態で映っていました。林太郎の言葉に心を動かされた彼らの現実を見せながら彼女は「哀しいことだと思わない?」と問います。本の危機について絶望を覚えている彼女に返す言葉を思いつかず失望させた林太郎ですが、沙夜を返してもらうという目的を思い出し、「本には人を思う心を教えてくれる力がある」と答えます。スクリーンの中の3人も決して自分の今の境遇を後悔していないと後押しします。林太郎は沙夜を取り戻します。

終章 事の終わり
祖父が亡くなって3ヶ月。林太郎は朝の掃除を終えて入ってきた沙夜と会話します。彼は叔母に一人暮らしを続けることを頼んで、引っ越しを断りました。叔母は林太郎に3つの約束を守るならとそれを許します。
もう林太郎は以前の無気力な不登校の引きこもりではなくなっています。沙夜とも何だか良い感じ。本を通じた友情が恋愛に変わる日も遠くなさそうです。😀 

林太郎の祖父の店には名だたる文豪の名作が揃っているようですが、実際、今どれくらいの人がそういう本を手に取るでしょう。自分自身読んだ気になっていても本当は子供向けに平易に書かれたものだったり、授業で習った作品名だったりするのでは?と不安になってきます。秋の夜長、ドフトエフスキーやスタンダールの作品をじっくり開いてみるのも・・・う~~ん、それにはもう少し時間が欲しいかな😅 


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Mr.ノーバディ

2022年09月21日 | 映画(DVD・ビデオ・TV)
2021年6月11日公開 アメリカ 92分 PG12
郊外にある自宅と職場の金型工場を路線バスで往復するだけの単調な毎日を送っているハッチ(ボブ・オデンカーク)は、地味な見た目で目立った特徴もなく、仕事は過小評価され、家庭では妻(コニー・ニールセン)に距離を置かれて息子から尊敬されることもない。世間から見ればどこにでもいる、ごく普通の男だった。そんなハッチの家にある日、強盗が押し入る。暴力を恐れたハッチは反撃することもできず、そのことで家族からさらに失望されてしまう。あまりの理不尽さに怒りが沸々とわいていくハッチは、路線バスで出会ったチンピラたちの挑発が引き金となり、ついに堪忍袋の緒が切れる。(映画.comより)


 一見ごく普通の中年男が、世の中の理不尽に怒りを爆発させ、武装集団やマフィア相手に激しいバトルを繰り広げます。

ハッチは、妻と子供2人と郊外に暮らすごくごく平凡な男。火曜日のゴミ出しにいつも遅れ、妻から呆れられ、息子にも邪険にされています。ある日、自宅に2人組の強盗が押し入ります。息子は強盗に立ち向かいますが、ハッチは手向かわず、強盗たちは、小銭を奪って逃げていきます。そんな父を息子は見下し、妻にも距離を置かれます。

翌日、お気に入りのブレスレットがないと騒ぐ娘に、ハッチは強盗が奪っていったと考え家を飛び出します。老人ホームに入居する父親(クリストファー・ロイド )を訪ねた彼は父のFBIのバッジを持ってタトゥー・ショップに向かい、強盗の身元を割り出します。強盗の家に乗り込んだハッチは抵抗する男を殴りつけますが、赤ん坊が要ることに気付くとやれやれという顔でその場を離れました。

ブレスレットは見つからず、もやもやした気分でバスに揺られていると、チンピラが乗り込んできて絡まれます。ここから一転、平凡な筈の男ハッチがチンピラ相手に大立ち回りを始めるのね。華麗に相手を倒すのではなく、自分もやられながらというのがミソのようです。

ハッチにやられたチンピラの一人はロシアンマフィアのユリアンの弟でした。
復讐を誓ったユリアンは、ハッチの身元を突き止め、父親が老人ホームにいることも調べ出します。
ハッチを連れに家にやってきたユリアンの部下。それに気付いたハッチは、家族を地下室に隠してから、侵入してきた男たちを次々と始末していくのですが、途中でスタンガンをあてられ拉致されてしまいます。車のトランクで意識を取り戻したハッチは、中にあった消火器を使って脱出すると、家族を安全な場所に逃がします。

ハッチの正体は「会計士」で、最強の殺戮者でした。かつて命乞いをして悔い改めた男が真人間になり幸せな家庭を築いている姿を見て自分も欲しくなったのだと独白します。

部下がやられたと知り怒りに震えるユリアンは、ハッチの父親を襲わせます。
ところが父はショットガンであっさり侵入者を射殺。音に気付いてドアを開けたホームの職員は、大音量で西部劇を観ている父を見て、音を小さくするように声をかけてドアを閉めるのでした。日がなTVを見ているだけの呆け老人かと思いきや、やるじゃん!な爺様です。まさにこの親にしてこの息子だわ!!

ハッチは隠していた金の延べ棒で義父から工場を買い取るとそこをアジトにユリアンとの決戦に備えます。
ユリアンが任されていたロシアンマフィアの基金「オブシャク」と、名画のコレクションを襲ったハッチはそれらを焼き払います。それからユリアンのバーに乗り込んでその事実を告げ車で立ち去ります。追ってきたユリアンたちと激しいカーチェイスの末、アジトで迎え撃つハッチ。そこに現れたのは(スピーカで話していた相手の)異母兄弟のハリーとショットガンを持った元FBIの父です。

暫く平穏な暮らしを楽しんでいた父と子は遂にその本来の闘争心を解放したのね。壮絶な撃ち合いが続き弾切れになった3人。止めを指そうと近づいてきたユリアンを防弾ガラスに張り付けた手製爆弾で爆死させるハッチ。いや、ありえないっしょ!

ここで冒頭の取調室のシーンに戻ります。「一体、何者なんだ?」と問われ「何者でもない(Nobody)」と答えたハッチでした。これは自身の正体を明かさないことと掛けた言葉でもあるのね。

3ヶ月後。妻と新居の物件を見て回っていたハッチに電話がかかってきます。それを受けたあとハッチは案内人に聞きます。「ここにはあるのかな・・・」その後を妻が引き取りこう言うの「地下室が」ってね。
それは彼女が彼の「仕事」を受け入れ、とりもなおさず彼の「愛」を受け入れている証でもあるのね😉 

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バイプレイヤーズ 〜もしも100人の名脇役が映画を作ったら

2022年09月18日 | 映画(DVD・ビデオ・TV)

2021年4月9日公開 100分 G

富士山の麓にあるのどかな撮影所バイプレウッド。民放各局の連ドラや映画など沢山の組が撮影していて100人を越える役者たちで大賑わい。田口トモロヲ、松重豊、光石研、遠藤憲一ら元祖バイプレイヤーズもネット連ドラを撮影中。主演は有村架純だ。楽しく撮影が始まろうとした時、有村が共演している犬の風(ふう)がいないことに気づく。風は行方不明になっていた。心配する有村に、田口、松重、光石は風に何があったのか語り始める。一ヶ月前、濱田岳、柄本時生、菜々緒、高杉真宙、芳根京子ら若手の役者たちが「月のない夜の銀河鉄道」という自主映画の撮影を始めていた。監督は濱田、主人公は小さなチワワだがラストに100人の役者がSLで祝杯をあげるという壮大なストーリー。車掌役で参加してくれた役所広司もそのシーンの撮影を心待ちにしている。だが…実は役者は全く集まっていない。しかも超低予算でスタッフを役者が兼務する有り様。やがて主役のチワワは逃げ出し、SLも撮影目前でロケを断られ路頭に迷う始末。そのくせ濱田は監督風を吹かせるので菜々緒、高杉、芳根も呆れて濱田組を降りてしまう。落ち込む濱田、時生を見かねた田口ら元祖バイプレは自分たちのスタジオのSLセットを貸してあげることに。一方、菜々緒は敬愛する天海祐希と出くわす。天海はバイプレウッドに買収話が上がっていることを憂いていた。そこでバイプレウッドを愛する天海と菜々緒は一念発起、撮影所の存続をかけ署名を集めるためにバイプレウッド中の役者に声をかけはじめる。かたや濱田と時生は再び100人の役者を集めるべく撮影を再開するが、同じスタジオには勝村政信や渡辺いっけいなど厄介な名脇役おじさんたちが大勢いて、ことあるごとに邪魔されストレスが膨らむ。そんな若い彼らを陰ながら見守る田口、松重、光石は何か秘密を隠しているようで…こうしてそれぞれの思いが交錯、やがて役者同士のぶつかりあいに発展!犬の風もそれに触発されたのか撮影所中を駆けずり回り大暴れ!連ドラ、大河、朝ドラ、映画チームなどバイプレウッド全体に嵐を呼ぶ大騒動を巻き起こす!こんなんで100人の役者の映画は完成するのか!?そしてそんなドタバタ悲喜劇を越えると映画史上初の試みのとんでもないラストが待っている!100人だからこそ成し遂げられる未体験の温かな感動がスクリーンを包む!(公式HPより)

 

田口トモロヲ、松重豊、光石研、遠藤憲一ら日本の映画・ドラマ界を支える俳優たちが本人役で主演するテレビ東京のドラマ「バイプレイヤーズ」シリーズの劇場版です・・・が、ドラマは見たことない。ドラマで出演した約100名の“バイプレイヤーズ”に加え、映画オリジナルメンバーも参戦しているそうです。「バイプレウッド」を舞台に繰り広げられる群像コメディ作品です。

冒頭に流れるのは撮影中のネット配信ドラマ「小さなおじさん」の一場面。有村架純が演じる保育士と“バイプレイヤーズ”の常連の4人が強面のおじさんを演じています。どんな作品だよ?と観ていると、しっかり教育テレビっぽい内容なんですね

他にも、スタジオで撮影されているのは各放送局の実際に放送されたドラマをパロったまさにテレ東お得意のオマージュ(いじりともいう)満載の作品の数々が登場して元ネタを推理するのも楽しみの一つかも。

まずは濱田が監督する「月のない夜の銀河鉄道」、元祖バイプレイヤーズは小さいおじさんになってるし

大河ドラマ「宮本武蔵」と朝ドラ「ちゃきちゃき家族」「べじたぶる」は1チャンで、「しばいであそぼ」は2チャン。4チャンは「CTO」、5チャンは「わたしの番です」、6チャンは「大合併」、8チャンは「ドクターZ・5」、ホラー映画「恐怖学校の怪談新聞」そして7チャンは「刑事曲署」「チーム7」「下北沢アルマゲドン」「冤罪」「アウトローの森」といった具合。あ、やっぱ7が一番多いな

都心のスタジオが借りられなかった時の押さえ的スタジオの設定だった筈だけど、こんなに各局が使用しているならそもそも買収話は出ないと思うんだけどな

以下は登場する俳優陣。こんなにも出演してくれること自体が凄いと思います。「蒲田行進曲」や「キネマの神様」のように、まさに映画(ドラマ)に関わる人達の想いが詰まっていると感じられた作品です。

田口トモロヲ、遠藤憲一、松重豊、光石研、濱田岳、柄本時生、菜々緒、高杉真宙、芳根京子、勝村政信、渡辺いっけい、近藤芳正、津田寛治、西村まさ彦、本宮泰風、 菅田俊、小沢仁志、 阿部亮平、安藤玉恵、石丸謙二郎、宇野祥平、大倉孝二、尾美としのり、加藤諒、金子大地、佐々木希、宍戸美和公、志田未来、杉野遥亮、醍醐虎汰朗、滝藤賢一、田中要次、寺島しのぶ、長谷川京子、林泰文、原田龍二、ふせえり、堀内敬子、観月ありさ、向井理、村田雄浩、森下能幸、りょう、六角精児、池谷のぶえ、宇梶剛士、岡田浩暉、小木茂光、高畑淳子、富田望生、波岡一喜、浜野謙太、本田博太郎、本田望結、升毅、吉田羊、利重剛、相島一之、稲葉友、井上肇、伊武雅刀、岡山天音、尾上寛之、木下ほうか、甲本雅裕、今野浩喜、渋川清彦、田中泯、玉置玲央、野間口徹、橋本じゅん、速水もこみち、本多力、前田敦子、前野朋哉、松尾貴史、水間ロン、六平直政、MEGUMI、岸井ゆきの、でんでん、北香那、木村多江、北村一輝、有村架純、天海祐希、役所広司

2018年2月に亡くなった大杉連さんの名前がバイプレウッドの所長(写真)として出てきました。


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ベルファスト

2022年09月17日 | 映画(DVD・ビデオ・TV)

2022年3月25日公開 イギリス 98分 G

ベルファストで生まれ育ったバディ(ジュード・ヒル)は家族と友達に囲まれ、映画や音楽を楽しみ、充実した毎日を過ごす9歳の少年。たくさんの笑顔と愛に包まれる日常は彼にとって完璧な世界だった。しかし、1969年8月15日、バディの穏やかな世界は突然の暴動により悪夢へと変わってしまう。プロテスタントの暴徒が、街のカトリック住民への攻撃を始めたのだ。住民すべてが顔なじみで、まるで一つの家族のようだったベルファストは、この日を境に分断されていく。暴力と隣り合わせの日々のなか、バディと家族たちは故郷を離れるか否かの決断に迫られる――。(公式HPより)

 

北アイルランド ベルファスト出身のケネス・ブラナー(製作・監督・脚本)が自身の幼少期を投影した自伝的作品です。愛と笑顔と興奮に満ちた日常から一変し様変わりしていく故郷を、9歳の少年の目線を通して映し出しています。

初めに映し出されるのは現在のベルファスト。すっかり面影の変わった先進的な街並みから、モノクロの映像に変わると、そこは1969年です。プロテスタントとカトリックが反目し、1998年の和平合意に至るまでに3600人近い死者を出した「北アイルランド紛争」へ突入していった年です。(対立は16世紀の宗教改革に遡り、イングランドとアイルランドの確執に根差すものです。1921年に締結された条約により、プロテスタントが多数派のアイルランド島北部6州がイギリス領「北アイルランド」に、島の残りは「アイルランド自由国」として実質的独立を果たしています。)米国の公民権運動に影響され、カトリックに対する差別撤廃を求める運動が盛り上がってきた1960年代のアイルランドですが、デモ行進などに対するプロテスタントの過剰反応を呼んだことで双方の対立が暴力化し二分化されていったのです。こうした背景を踏まえることが重要です。

バディは、住人が皆顔見知りで家族のように温かく仲の良い町で、決して裕福ではないけれど楽しく幸せな日々を過ごしていました。映画や音楽を楽しむ一家。父(ジェイミー・ドーナン)は腕の良い大工でロンドンに出稼ぎに行っては時々戻ってきて、留守を守る母(カトリーナ・バルフ)は、厳しいながら愛情をたっぷり子供たちに注ぎ、兄ウィルもバディに優しかったのです。バディは同級生のキャサリンに想いを寄せていました。

そんな平穏な日々が突然破られます。バディの住む地域にプロテスタント系の武装集団が現れてカトリック系の住民を襲撃したのです。車に火をつけ破壊の限りを尽くす暴徒たちに、何が起こったのか理解できないままテーブルの下で恐怖にうずくまるバディ。この日を境にベルファストは一気に悪夢のような世界へと変わります。(ちなみにバディ一家はプロテスタントなので襲われませんでした。)

武装集団を防ぐためのバリケードが築かれ、動乱はベルファスト全体に及びます。武装集団の仲間に加わるよう勧誘された父は断り、家族を機にかけながらも仕事のためにロンドンに戻っていきます。

悪化の一途をたどる状況を危惧した父は、ロンドンかシドニーかバンクーバーへの移住を提案します。でも生まれ育ったベルファストを離れる気のない母は反対します。

ある日、プロテスタントの暴徒がカトリック教徒の経営する雑貨屋を襲撃します。従姉のモイラに誘われ連れて行かれたバディは、何か盗めと言われやむなく洗剤を盗んで家に持ち帰ります。それを知った母は激怒してバディを店に連れて行き洗剤を返すよう命じますが、暴徒に戻すなと怒鳴られます。警察も駆けつける中、恐怖に固まるバディと母が暴徒たちに人質にされますが駆けつけた父が助けてくれます。

父は暴徒たちが仕返しに来ることを警戒し、この一件で母の気持ちも変わって一家は移住を決意します。

それからほどなく病気で祖父“ポップ”(キアラン・ハインズ)がこの世を去り、一家は優しかった祖父を弔います。

ベルファストを去る日。荷物をまとめバスを待つ一家。父の後押しでバディはキャサリンに別れを告げることができました。さりげなく息子に小さな花束(と手紙?)を渡してキャサリンの家の戸口まで連れて行ってくれる父。バディは父にいつか彼女と再会して結婚できるだろうかと問います。キャサリンの家はカトリック教徒だと言うと、父はキャサリンが優しく温かい人ならどんな宗教でも関係なく家族として迎え入れると答えます。出稼ぎばかりで子供のことは妻にまかせっきり、税金も滞納するような人ですが、この時のお父さん、滅茶苦茶カッコイイんですけど

一家を祖母“グラニー”(ジュディ・デンチ)がそっと見送ります。「振り向かないでまっすぐ進むのよ」と呟く祖母の声が聞こえたような気がして振り向くバディ。一家は新たな人生へと旅立っていきました。

いや~~暴徒の復讐に遭ったりしなくて良かったと思わず安堵のため息ひとつ

そして再び現在。大人になったバディが久しぶりに故郷ベルファストを訪れます。変わってしまった町と変わらない思い出が交錯するラストです。

大人たちの事情はよくわからないまま、激変する生活に戸惑いながらも、家族や隣人の愛に包まれて笑顔を失うことのないバディ。移住の話を聞いて、大好きな祖父母やキャサリンのいるベルファストを離れたくないと大泣きする姿が愛しく切なかったです。

バディの両親もですが、何より祖父母の仲の良さ、彼らの考え方がバディに与えた影響は決して小さなものではありません。足しげく祖父母の家に通っては悩み事を相談したり話し相手をするバディがちょっと羨ましく思えたほど。時代の変化に戸惑いながらも、笑顔とユーモアを忘れない彼らの姿勢は尊敬に値します。おじいちゃん、おばあちゃん最高!


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沈黙のパレード ネタバレあり

2022年09月16日 | 映画(劇場鑑賞・新作、試写会)

2022年9月16日公開 130分 G

天才物理学者・湯川学(福山雅治)の元に、警視庁捜査一課の刑事・内海薫(柴咲コウ)が相談に訪れる。行方不明になっていた女子学生が、数年後に遺体となって発見された。内海によると容疑者は、湯川の親友でもある先輩刑事・草薙俊平(北村一輝)がかつて担当した少女殺害事件で、完全黙秘をつらぬき、無罪となった男・蓮沼寛一(村上淳)。蓮沼は今回も同様に完全黙秘を遂行し、証拠不十分で釈放され、女子学生の住んでいた町に戻って来た。町全体を覆う憎悪の空気…。 そして、夏祭りのパレード当日、事件が起こる。蓮沼が殺された。女子学生を愛していた、家族、仲間、恋人…全員に動機があると同時に、全員にアリバイがあった。そして、全員が沈黙する。湯川、内海、草薙にまたもふりかかる、超難問...! 果たして、湯川は【沈黙】に隠された【真実】を解き明かせるのか...!?(公式HPより)

 

東野圭吾のガリレオシリーズ第9弾「沈黙のパレード」を原作に、福山演じる変人だけど天才的頭脳を持つ物理学者・湯川学が、不可解な未解決事件を科学的検証と推理で見事に解決していく「ガリレオ」シリーズの映画第3弾です。今作では、湯川と内海、草薙の3人のやりとりが再び見られるのも嬉しい点。『容疑者xの献身』『真夏の方程式』に続いて福田靖が脚本、西谷弘が監督を務めているので、エンドロールには過去2作のシーンも挿入されていました。主題歌は福山雅治&柴咲コウのユニット≪KOH+≫による「ヒトツボシ」

前2作を凌ぐ怒涛の展開と心揺さぶる人間ドラマ。。。との触れ込みですが、正直そこまでとは・・・
確かに町を挙げてのパレードの描写はお金かかってる感あって豪華で楽しかったけれど、死因の特定はそれほど手の込んだ知識も必要なく出来てしまったし、犯人についてもある程度想像できてしまうのは物足りなさがありました。
ただ、犯人が自首して事件解決とはならず、その先に真相が待っている展開は絡み合う人間模様と二転三転する展開もあって驚きを与えてくれます。悲劇性というより、警察や司法の限界を突きつけているような苦さも残る作品です。
菊野市のゆるキャラとして登場する「キクノン」はさくらプロダクションが手掛けたようですが、それほど可愛くなくて微妙でした
 
 
以下ネタバレありのあらすじと感想
 
静岡県の民家火災の焼け跡から二体の遺体が発見されます。そこは、23年前に本橋優奈ちゃん殺害事件で逮捕されるも完全黙秘を貫き無罪となった蓮沼寛一の実家でした。遺体は蓮沼の母・芳恵と3年前から行方不明となっていた並木佐織(川床明日香)と判明します。佐織は東京都菊野市の食堂『なみきや』の看板娘で、歌手を目指していました。蓮沼が当時彼女に付きまとっていたという両親(飯尾和樹、戸田菜穂)や恋人の高垣智也(岡山天音)の証言や、家宅捜索で押収した衣服にあった血痕から彼女のDNAが検出されたことから蓮沼は逮捕されますが、またもや完全黙秘され、処分保留で釈放されます。蓮沼の関与を知った草薙はその場で嘔吐するほどの衝撃を受けますが、それは最初の事件で彼を罪に問えなかったことへの激しい自責の念によるものだったのでしょうか。
 
研究のため菊野市に滞在していた湯川は『なみきや』の常連になっています。いつものように店で食事をしていると、蓮沼が姿を現します。凍り付き憎しみの目を向ける佐織の家族や父・祐太郎の親友・戸島(田口浩正)、佐織の歌の指導をしていた新倉直紀(椎名桔平)と彼の妻(檀れい)ら常連客たちをせせら笑うように、蓮沼は冤罪を被せられそうになり損害を被ったと責め、賠償金を仄めかして去ります。
 
町を挙げてのイベント「パレード」の日。湯川は佐織の妹の夏美(出口夏希)と見物をし、打ち上げに参加しますが、そこへ蓮沼が死んだという知らせが入ってきます。昔の同僚・増村(酒向芳)の所に転がり込んでいた蓮沼の死因は特定できておらず、他殺の面から捜査をする警察は、動機がある関係者たちを当たりますが、それぞれアリバイがありました。
死因調査に加わった湯川は、現場を見て室内にヘリウムガスを送り込んで窒息死させたのではと推測しますが、遺体発見時の状況を再現した結果、凶器がヘリウムではなく液体窒素だと断定します。
 
パレード当日のカメラ映像から、経営する工場から戸島が液体窒素を持ち出し智也がそれを運んだことがわかりますが、彼らは脅して自白させるつもりだったと供述します。常連客の一人(吉田羊)は内海たちの聞き取りに「沈黙罪」はあるのかと抗議の声をあげます。
さらに湯川が23年前の事件との関連を指摘したことで、優奈の母・由美子の兄が、増村だと判明します。
そんな時、新倉直紀が蓮沼を殺害したと自首してきて、蓮沼から佐織を公園で襲った際に誤って殺害したと聞いて激怒し、予定外に蓮沼を殺害してしまったと自供します。それを聞いた増村は、蓮沼を恨み復讐しようとしたが殺すつもりはなかったと話します。計画を立てたのは祐太郎・戸島・増村でしたが、当日店の客の具合が悪くなったため、実行役の祐太郎が動けず中止になる筈でした。しかし、戸島から計画を聞かされていた新倉が、単独で計画を実行してしまったのです。
 
事件解決に疑問を持った湯川は独自に調べを進め、新倉留美のもとを訪ねます。佐織を殺害したのは蓮沼ではなく、真犯人を脅迫するために遺体を隠し、死体遺棄罪の時効成立を待って実家に放火してわざと遺体を発見させて逮捕されることで揺さぶりをかけ金を強請っていたというのです。そしてその真犯人は留美であり、それを知った夫の直紀が、蓮沼に真相を話される前に殺害しようとしたのではと。全ては妻を守るためだったのです。
あの日、佐織から歌手を目指すことを止めたいと言われ、引き止めようとして投げかけられた言葉にカッとなった留美は佐織を突き飛ばしてしまいます。動かなくなった佐織に動転し逃げた留美でしたが、正気に返って現場に戻ると、彼女の姿は消えていて髪につけていたバレッタだけが残っていました。その後の展開は湯川が推測した通りです。

今度こそ解決か?と思わせておいて、湯川は更に推理を広げます。彼は公園に血痕が残されていなかったことから、佐織の死因である後頭部の陥没は、運んでいる途中で意識を取り戻した彼女を蓮沼が殴打してできたと考えます。留美はバレッタを手元に保管していて、それに血液が付着していなければ致命傷を与えたのは彼女ではないと主張できるというのです。
草薙は湯川の仮説を直紀に語ります。妻が佐織を殺していないと証明するためには直紀が殺意を持って蓮沼を殺したと認めなければなりません。彼が自分の保身(過失による殺人)を優先すれば、妻が佐織を殺害したことになるのです。
もちろん、直紀がどちらを選んだかは次のシーンを待つまでもなくわかりますよね 彼は妻が抱いていた不安(自らが叶えられなかった夢を叶えようとしている佐織への嫉妬心と、夫の気持ちが彼女に向いていることへの苦悩)に気付かぬ振りをしていたことへの罪悪感があったのです。
 
それにしても蓮沼という男には救いがないし一片の同情の余地もないワルでした。だから、本当の真犯人はやはり彼だろうと思わせる結末にある種の救いを感じることができました。
証拠品があっても完黙していたら裁判が成立しないと言う点は疑問もあるのですが、警察の捜査や司法の限界を提示しているようでそこは後味悪かったかな。まさに最初の事件で有罪になっていたら起こらなかった事件ですものね 

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アキラとあきら

2022年09月14日 | 

池井戸潤(著) 徳間文庫

零細工場の息子・山崎瑛(あきら)と大手海運会社東海郵船の御曹司・階堂彬(かいどうあきら)。生まれも育ちも違うふたりは、互いに宿命を背負い、自らの運命に抗って生きてきた。やがてふたりが出会い、それぞれの人生が交差したとき、かつてない過酷な試練が降りかかる。逆境に立ち向かうふたりのアキラの、人生を賭した戦いが始まった――。

 

映画が公開されて観に行こうと思いましたが予定が合わず、では原作を読んでみようと思い立ちました WOWOWプライム「連続ドラマW アキラとあきら」では向井理 と斎藤工が、映画版では横浜流星と竹内涼真が演じているようですね

初めに描かれるのは山崎瑛の子供時代。伊豆半島の山肌に建つ父・孝造の経営する工場は、瑛が小学5年の時に倒産します。銀行員や債権者の振る舞いへの悔しさ・恐怖の記憶は彼が大人になっても消えることはありません。そしてこの時二人の「あきら」はほんの一瞬すれ違っているんですね。

一家は磐田市内の繊維問屋をしている母の実家に身を寄せ、父は電機部品メーカーに再就職します。自己破産した一家の生活は楽ではありませんでしたが、瑛は地元の中学・高校に通い、親友もできます。高3になった瑛は家計を考えて就職しようとしますが、その時期父にアドバイスをした銀行員のお陰で進学を許され、東大の経営学部に進みます。

「あの日」すれ違ったもう一人の彬は海運業を営む東海郵船の経営者一族に生まれ、何不自由なく育ちました。父で長男の階堂一磨が「東海郵船」、次男の晋が「東海商会」、三男の崇が「東海観光」の社長を務めています。しかし、祖父が亡くなると叔父たちは父への反発心から遺産相続で揉めて父を悩ませます。その姿を見ていた彬は稼業に縛られることを嫌うようになります。都内の進学校から東大に入った彼はゴルフ部の主将を務め、就職先もあえて商船会社を避けます。

東大OBの産業中央銀行の採用担当者は、ゼミの恩師からの情報で二人に目をとめ、採用します。

3週間の新人研修の最後に行われた融資戦略研修で、ファイナルに残った瑛と彬のチームは、銀行側と会社側に分かれて熱戦を繰り広げます。会社側が作成した巧妙な粉飾書類を見事見破った銀行側。融資部長の羽根田一雄をうならせたこの決戦は後々までの語り草になります。瑛は八重洲通り支店、彬は本店に配属されます。共に出世コースなんですね。

瑛が担当する町工場の井口ファクトリーが、大手取引先の倒産を受けて不渡りを出します。冷徹な上司は、すぐに融資金の回収に乗り出し他行の預金も押さえようとします。その預金が難病を患う娘の手術費だと知っていた瑛は融資を続けるよう懇願しますが相手にされず担当を外されます。自分の子供の頃の辛い記憶が蘇った瑛は、銀行員としては背信行為と知りつつ井口社長に他行に預けていた預金を急いで下ろすよう助言します。お陰で井口の娘は心臓移植を受けることができて生き延び、後に井口の妻から感謝の手紙が瑛に届きます。

本社で順調に出世コースを歩んでいた彬でしたが、父が脳梗塞で倒れ、その後癌が見つかります。弟の龍馬がゆくゆくは社長の座に就く予定でしたが、経験不足を危惧した父は、中継ぎを指名して亡くなります。ところが、一族の争いから目を背けて跡継ぎの座を退き銀行員となった兄への不満と、未熟さ・プライドの高さを利用した叔父たちは、龍馬を社長に担ぎ上げるよう根回しをし、言いくるめて東海郵船に叔父たちが始めたリゾートホテル維持資金のための連帯保証をさせます。

バブル期に乗じて開発されたリゾートホテルは、叔父たちの期待を裏切り赤字を垂れ流していました。バブル崩壊と共に、海運業界の運賃相場も崩れ下落しており、連帯保証の重みも加わって、龍馬は極度の疲労から総合失調症となり入院します。弟本人と役員たちに懇願され、彬は銀行をを辞め東海郵船の社長を引き受けます。会社が行ってきた粉飾や杜撰な経理処理の見直しを図り、組織のシステムを見直した彬は、取引先の信頼回復とコスト削減にとりかかります。龍馬が連帯保証人の件をメインバンクである産業中央銀行に話していなかったと知り銀行に謝罪に出向いた彬を出迎えたのは、営業本部次長となった瑛でした。二人は東海三社の再建のために協力して知恵を絞ることになります。

赤字を垂れ流し続けるロイヤルマリン下田を何とかしなければならない。そのために晋叔父の東海商会とセットで瑛が買収先をあたる中で出会ったのは投資ファンドに勤める中学からの親友ガシャポンでした。彼の助けを借りて成功するかに見えた計画はしかし、叔父たちと三友銀行(ライバル銀行で、金貸しという意味で敵役ですね)の邪魔が入って決裂します。このままでは同族三社共倒れになる危機を迎え、彬は弟や叔父たちと腹を割って救済策を話し合います。彼らの嫉妬心やライバル心もここに至って敗北を認めることで、和解の道が開けたわけです。

瑛は、三友銀行からの融資を全額返済するために産業中央銀行から140億円の融資を取り付けようと考えます。しかしそのような無謀な融資を営業本部長の不動が認可するはずがありません。

この難しい稟議書を、瑛は緻密な分析と創意工夫に富んだ資料と共に提出します。ホテルを売却するのではなく黒字にするためにまずは金利の高い三友銀行からの融資を返済することが必要であること。それによりホテルの赤字が軽減され、余剰人員のリストラと経営戦略の一新で収益が上がること、ホテルを切り離した東海商会が他業種の傘下に入ることで東海商会や東海観光にもプラスに働くことなどが詳細な資料と共に添付されていました。

なぜそこまで肩入れするのかという不動部長の問いに、瑛は自分が銀行員になった理由を告白します。会社ではなく人間に金を貸したいという瑛が不動の気持ちを動かし、140億円の融資が実行されました。

5年後。黒字に転じたロイヤルマリン下田に遊びに来てくれと彬から誘われた瑛は家族を連れて出かけます。(恋愛要素はほぼなかったので突然妻子持ちになってるのにちょっと驚きました。)途中で実家の工場があった場所に寄り道をすると、工場も家も既にありませんが、ミカン畑の急斜面と光を浴びて輝く海は昔のままでした。

正反対の人生を歩んできたふたりの「あきら」。銀行員として突き進む山崎瑛と、社長の宿命から逃れられなかった階堂彬の運命の糸が時に交わりながら、共に成長していく姿にエールを送りたくなりました。


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希望の糸

2022年09月13日 | 

東野圭吾(著) 講談社(発行)

「死んだ人のことなんか知らない。あたしは、誰かの代わりに生まれてきたんじゃない」ある殺人事件で絡み合う、容疑者そして若き刑事の苦悩。どうしたら、本当の家族になれるのだろうか。閑静な住宅街で小さな喫茶店を営む女性が殺された。捜査線上に浮上した常連客だったひとりの男性。災害で二人の子供を失った彼は、深い悩みを抱えていた。容疑者たちの複雑な運命に、若き刑事が挑む。(内容紹介より)

 

殺人事件を追う刑事ものではありますが、犯人逮捕に主眼を置かず、事件を通して「家族」を問いかける作品でした。

お馴染みの加賀恭一郎も登場しますが、本作は彼の従弟の松宮脩平が主人公です。

最初に登場するのは汐見行伸と怜子の夫婦。小学生の娘・絵麻と息子・尚人の二人だけで新潟県長岡市の妻の実家に行かせた時、新潟中越地震が起き、倒壊した建物の下敷きになって二人とも死亡してしまいます。生き甲斐を喪った夫婦はもう一度子供を作ることで立ち直ろうとします。高齢のため不妊治療を経て妊娠します。ここまでがプロローグ。

16年後。金沢の老舗料亭旅館『たつ芳』の女将の芳原亜矢子は、医師から緩和病棟に入院中の末期癌の父・真次の死期が近いことを告げられます。更に父の友人でもある弁護士の脇坂から、父が遺言状を作成していると言われ、勧められて目を通した遺言状の最後の一文に衝撃を受けます。そこには父と松宮克子との間に生まれた子・松宮脩平を認知すると書かれていたのです。寝耳に水の亜矢子は、まずは脩平に連絡を取ろうと動きます。

そして事件が起こります。自由が丘のカフェ『弥生茶屋』のオーナーの花塚弥生が殺害され、刑事である松宮脩平も捜査に加わります。

そんな最中、彼は亜矢子から遺言状のことを聞かされます。母の克子に聞くと知っているけれど教えたくないと拒否された脩平は、上京してきた亜矢子と直接会って話を聞きます。彼は母から父親は家庭のある人で、勤めていた料理店が火事になって死亡したと聞かされていました。亜矢子の話では、真次は旅館を継ぐために東京に料理修行に出ていたが、妻の正美が交通事故に遭ったため旅館に戻って後を継いだとのことで、東京で克子と出会って関係を持ったと考えても矛盾しません。真次に会って欲しいといわれますが、実感のわかない脩平は保留にします。

亜矢子自身も父の人となりを考えると、信じられない思いでしたが、修平が若い頃の父にそっくりな容姿と仕草を見て納得するんですね。彼の職業が刑事というのも人柄を推し量る上でプラスに働いていると思われますが、基本的に善人なんだろうなぁと

事件の方は・・・スマホ通話履歴から弥生の元夫・綿貫哲彦が浮かびます。彼は中屋多由子と事実婚をしていました。綿貫は弥生に呼び出されて一週間前に十年ぶりに会ったが世間話で終わったと言います。嘘くさい!

もう一人、弥生のカフェの常連の汐見行伸(プロローグに登場した人物)の元に事情を聞きに行った脩平は、複雑な家庭事情に気付きます。

あの時生まれた娘の萌奈は十四歳になっていましたが、怜子は白血病で二年前に亡くなっており、行伸の想いを重圧に感じる萌奈は、「私は亡くなった姉兄や母の身代わりじゃない」と感情を爆発させ、以来親子関係は最悪で夕飯も別々にとっていました。

ここまで読んで、容疑者として浮かび上がった二人のどちらが犯人か?と思ってしまったけれど、意外な犯人が「自分が殺しました」と告白します。所謂犯人当てが主眼じゃないのね。

そしてここからは、何故犯人は弥生を殺してしまったのか。弥生が元夫に話したことは何だったのか。彼女は何故ジムやエステに通い始めたのか。など残された謎を解く方にシフトしていきます。

女性が綺麗になりたいと思うのは普通に考えたら恋愛が絡んでいますが、動機が分かった時点で「なるほど」と納得してしまいました。弥生という女性は誰に聞いても悪く言う人がいない好人物でしたが、その口癖の「素敵な巡り会い」という言葉を犯人が誤解したことが悲劇を生んだのです。そして誤解の理由も犯人の過去の苦しみに起因していました。(ほんと男運の無い人だ

真実に気付いてしまった修平は、関係者のために口を噤もうとしますが、その当事者である汐見が娘に事実を告白します。告げる方も勇気を振り絞りましたが、受け取めた娘も立派!彼女が一番欲しかったのは父が自分に向ける愛情だったというのが泣かせます。

綿貫(元)夫婦と汐見夫婦の接点が不妊治療にあったことがわかった時点で、おおよその真相が見えてきます。誰一人悪くないのに、運命の歯車が狂って多くの不幸が生まれてしまったわけです。 関係者は皆子供の幸せだけを願っています。生まれてきたことを後悔しないように、幸せになって欲しいというただ一つの願いです。

一方、修平の父と亜矢子の母についても新たな事実が判明します。正美は親友の女性と結婚以前から恋愛関係にあり、それに気づいた親友の夫が無理心中を図ったかもしれないこと、真次も妻の性癖に気付いていたことなどです。全てを承知で修平の母は真次と関係を持ち、別れた後で修平を身籠っていることに気付き、知らせることなく一人で産んで育てたのでした。そして真次の方も息子の存在に気付いて修平が中学の頃に会いにいっていたのです。そして死後認知という方法を考えたわけです。これも親の愛ですね。

事件が全て解決し、加賀に背中を押されて修平は真次に会いに行きます。

娘が母の若い頃とうり二つだったり、息子と父のスポーツの趣味が同じだったり・・親子あるあるをさりげなくぶっこんでいるので、「それ本当?」とは思わずに自然に納得できるよう描写されていました。

作者の書く物語は、単純な悪人は登場しないことが多くて、どこか哀しさを秘めた犯人とか被害者として描かれ、読後にしみじみとした余韻が残ることが多いように感じますが、本作の場合、悲しみではなく希望が感じられるような結末でした。 まさに「希望の糸」です。


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「捨てなきゃ」と言いながら買っている (買おうかどうか)

2022年09月12日 | 

岸本葉子(著)双葉社(刊)

引き出しのつまみや大型家電など「ちょっと早めの老い支度」を気にしつつも止まらない購買欲。くすりと笑える買い物エッセイ第5弾!

(目次)

おうちで白髪染め
真実を映す拡大鏡
酵素玄米を炊いてみる
ベレー帽デビュー
スティック型掃除機
回して回してフラフープ
種類が多すぎます、炊飯器
バチバチ美容レーザー
お仕事服はセールでね
ロースターが壊れた!〔ほか〕

 

知人が爆笑しながら読んだというので興味を惹かれて読んでみました。

著者の好みは姫系‥ん?姫系ってなんだ??と検索したら、お姫様が住む(着る・使う)ような可愛いイメージなのね。それって私も好みだわ~

筆者がお家を全面リフォームする前後の時期のお買い物の数々ですが、衝動買いは少なくて、下調べもけっこうマメにしっかりしているし、口コミ評価も参考にして決めているようなのに、どうもこの人ってば詰めが甘い、甘すぎる!

「ここは譲れない!」という点についてはかなり厳しくチェックしているのに、肝心の大きさのチェックが抜け感あり過ぎて笑ってしまいました 軽妙な語り口も面白くて、失敗してもめげない姿勢が好感持てます。

今や、欲しいものは店頭で見て確認して、ネットでより安い店を探して買う時代ですが、実物を確認できない場合の失敗談は筆者ならずとも複数持ち合わせているので、身につまされる部分もあります。

拡大鏡とかスティック型掃除機など、思わず実際にネット検索してしまったほど。

後半になると通販サイトでの失敗談が増えてきますが、これも「あるある」だなぁと反省しきり。

ネットでセール品を買うことはよくあるけれど、自己都合による返品や下取りの利用など、知らなかった使い方も参考になりました。

スマホに関しては筆者同様基本操作も危ういので、月々の料金を上乗せして有料サポートに加入しているのに、年に一度使えばよい方で、結局家族に泣きついて解決するか、解決しないまま「ま、いいか」で終わっていたり・・・筆者のことを笑えない自分がいます。

アイロン台や枕など、買い替えの時には参考になりそうなものも複数あって、ついつい購買欲が・・これって危険だわ


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クレッシェンド 音楽の架け橋

2022年09月11日 | 映画(DVD・ビデオ・TV)

2022年1月28日公開 ドイツ112分 G

世界的に名の知られる指揮者のエドゥアルト・スポルク(ペーター・シモニスチェク)は、紛争中のイスラエルとパレスチナから若者たちを集めてオーケストラを編成し、平和を祈ってコンサートを開くというプロジェクトに参加する。オーケストラには、オーディションを勝ち抜き、家族の反対や軍の検問を乗り越え、音楽家になるチャンスをつかんだ20数人の若者たちが集まったが、彼らもまた、激しくぶつかり合ってしまう。そこでスポルクは、コンサートまでの21日間、彼らを合宿に連れ出す。寝食を共にし、互いの音に耳を傾け、経験を語り合うことで、少しずつ心をひとつにしていくオーケストラの若者たち。しかし、コンサート前日にある事件が起こる。(映画.comより)

 

世界的指揮者のダニエル・バレンボイムが、米文学者のエドワード・サイードととともに1999年に設立し、イスラエルと、対立するアラブ諸国から集まった若者たちで結成された「ウェスト=イースタン・ディバン管弦楽団」をモデルに、長く紛争の続くイスラエルとパレスチナから集った若者たちがオーケストラを結成し、コンサートに向けて対立を乗り越えていく姿が描かれたヒューマンドラマです。

ヴィヴァルディの「四季」より《冬》、ラヴェルの「ボレロ」、パッヘルベルの「カノン」、バッハ「無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第3番」、ドヴォルザーク「響楽セレナード」「交響曲第9番『新世界より』」・・・クラシックの名曲の数々が若者たちの対立と葛藤、恋と友情を彩っています。「クレッシェンド」は、音楽用語で「だんだん強く」を意味します。彼らの音楽により生まれた小さな共振がやがて大きく響いていく・・・ラストの空港での協奏は、憎しみによる分断の中の一筋の希望の光のように思えました。

スポルクのもとをカルラ・デ・フリーズ(ビビアナ・ベグロー)が訪れ、平和を祈るコンサートの提案をしたのが始まりです。彼女が属する平和活動に従事する財団では、ヨルダン川西岸地区(パレスチナとイスラエルの中間にある)での音楽学校設立の計画があり、その一環として、双方の若者からなるオーケストラ楽団を結成して平和を祈るコンサートを開こうとしていました。

パレスチナ・カルキリヤでは、ヴァイオリン奏者のレイラ(サブリナ・アマリ)と、幼馴染のクラリネット奏者のオマル(メディ・メスカル)がオーディション会場に向かいます。国境の検問の非友好的な様子に胸がざわつきます

イスラエル・テルアビブで暮らすフレンチホルン奏者のシーラ(イーヤン・ピンコヴィッチ)と、ヴァイオリン奏者のロン(ダニエル・ドンスコイ)もオーディションに参加しました。

オーディションは公正を期すために衝立が用意されていて、レイラやロンは合格し、シーラとオマルは翌日再テストを受け合格します。純粋に能力で選ぶつもりだったスポルクでしたが、パレスチナ人の合格者が少ないことを問題視したカルラにコンサートのテーマはあくまでも“協調”だと割合を半々にするよう押し切られます。前途多難を予感させますね

練習を開始したものの演奏は全く噛み合いません。パレスチナとイスラエルの対立の深さを思い知らされたスポルクは歩み寄りに苦心します。そんな中、オマルとシーラの間には密やかな共感が生まれていきます。

結束を高めようと考えたスポルクは、南チロルで21日間の合宿を開くことにします。コンサートだけならと思っていた親の反対を押し切ってレイラとオマルも含め皆が参加します。

スポルクは現地に住むヴァレンティーナと再会します。彼の両親はナチの収容所の医者で、逃げる途中の南チロルで密告され射殺されていました。ヴァレンティーナは匿ってくれた家の娘でした。

スポルクは両者の息が未だに全く合わないことから個別に練習させることにしましたが、それでも隔たりは埋まることはありませんでした。双方を向き合わせて相手国への不満を5分間ぶちまけさせ、罵り合いを繰り広げ疲れ果てた彼らを前に、スポルクは「ここは中立地帯だ。まずは相手を5日間信じてみろ」と呼びかけます。さらに彼自身の過去を告白したことも作用し、両者の間に少しずつ連帯感が生まれていきます。

練習の合間の交流の描写は若者らしい明るく華やいだエネルギーに満ちていて、人種のわだかまりを忘れさせてくれます。オマルとシーラが惹かれ合う過程も自然に盛り込まれていました。

オマルはスポルクからドイツ留学を薦められます。シーラに話すと一緒に留学しようと言われますが、家族や紛争のことを考え悩みます。二人の仲を知ったレイラはオマルに気を付けろと忠告します。

外出中、何者かにスポルクがペンキをかけられる事件が発生し、警備員のベルマン(ゲッツ・オットー)は警備を増強しようとしますがスポルクに止められます。彼は「ナチの息子」という烙印を甘んじて受け続けているのですね。 コンサートが2日後に迫り、演奏にも連帯感が生まれてきます。その夜開かれたパーティでシーラとオマルは結ばれますが、シーラが友人に送った写メが原因で両親に知られ連れ戻されることになります。シーラはオマルに駆け落ちを持ち掛けます。何とも軽率ではあるけれど、これが若者だよな~~

合宿所を抜け出した二人を追って捜索隊が出されますが、逃げようとして(冒頭のシーンですね)オマルが事故に遭い死んでしまいます。シーラはベルリンからやってきた伯父に連れ戻され、コンサートは直前で中止が決まります。あっさり次のプロジェクトに気持ちを切り替え去っていくカルラは結局、単なる仕事としてしか考えていなかったのね何だか傲慢だなぁと感じました。

やりきれない気持ちのまま帰国することになった楽団員たちは、空港でもガラスの壁で隔てられています。突然ロンがヴァイオリンを奏で始めます。呼応してレイラも弾き始め、やがてそれぞれの楽器を手に演奏を始めるその音色はオーケストラとして心を一つにしたものになっていました。

決してハッピーエンドではないあたりが、現実を捉えているようで、寂しくも悲しくもありますが、だからこそこの空港での演奏が心に響くのでしょう。


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