杏子の映画生活

新作映画からTV放送まで、記憶の引き出しへようこそ☆ネタバレ注意。趣旨に合ったTB可、コメント不可。

アラビアンナイト 三千年の願い

2023年09月29日 | 映画(DVD・ビデオ・TV)
2023年2月23日公開 オーストリア=アメリカ 108分 PG12

古今東西の物語や神話を研究するナラトロジー=物語論の専門家アリシア(ティルダ・スウィントン)は、 講演のためトルコのイスタンブールを訪れた。 バザールで美しいガラス瓶を買い、ホテルの部屋に戻ると、中から突然巨大な魔人〈ジン〉(イドリス・エルバ)が現れた。 意外にも紳士的で女性との会話が大好きという魔人は、 瓶から出してくれたお礼に「3つの願い」を叶えようと申し出る。 そうすれば呪いが解けて自分も自由の身になれるのだ。 だが物語の専門家アリシアは、その誘いに疑念を抱く。 願い事の物語はどれも危険でハッピーエンドがないことを知っていたのだ。 魔人は彼女の考えを変えさせようと、 紀元前からの3000年に及ぶ自身の物語を語り始める。 そしてアリシアは、魔人も、さらに自らをも驚かせることになる、 ある願い事をするのだった……。(公式HPより)


イギリスの作家A・S・バイアットの短編集「The Djinn in the Nightingale's Eye」を原作に、3000年もの間幽閉されていた孤独な魔人と現代の女性学者の「願い」をめぐる寓話を描いたファンタジー作品です。監督はジョージ・ミラー。

アリシアは学者、それも物語論の研究者なので、魔人から“願い事”を叶えてやると言われても、その結末が決してハッピーとはいかないことを良く知っています。これまでの人生の中で挫折や後悔はあったとしても、今の生活に満足している彼女には特に叶えたい願いも欲もないので尚更です。
そんなアリシアに、魔人はまずは自分の物語を語ります。それぞれの時代で彼が出会った女性たちとの話なのですが、ジン自身の欲望が原因で三度も瓶に閉じ込められる結果になっています。😓 

・シバ女王とのエピソード
・スレイマン大帝の愛妾グルタンとのエピソード
・ムラト4世の時代の兄弟と大女のエピソード
・ゼフィールのエピソード

4つの物語に登場するアフリカや中東、東欧の豪華絢爛な衣装や雰囲気はこれだけで一つの作品になりそうな贅沢な作りで楽しめます。

特に魔人はゼフィールの知識への飽くなき欲求を好ましく思い次第に深く愛するようになるのですが、彼女に拒絶され深く傷つきます。ここまでの話を黙って聞いていたアリシアでしたが、ゼフィールの話を聞くうちに彼女の中で心境の変化が訪れます。冒頭、機内で書き物に熱中している彼女が貧乏ゆすりをするシーンが挿入されていましたが、研究に没頭しているゼフィールも貧乏ゆすりをしていて二人が同じ気質を持っていることを伝えています。

アリシアには彼女にしか見えていない小人や白塗りの男が見え、また子供の頃から想像上の男の子がいてそれをノートに記録したりしていました。
だから魔人を見た時も、”目を閉じて3秒数える”という行動を取っていて、彼女にとって不思議な出来事は特別なことではないのだとわかります。

アリシアはジンに「恋愛がしたい」と言う願いを伝えます。彼女は以前に結婚していたこともあるのですが、自分の性格が結婚に向かなかったと自覚もしています。彼女にとって、物語こそが研究対象であり同時に恋愛の対象でもあるので、ジンとの恋愛はまさにその究極にあるように思えます。

ロンドンに戻り、ジンと暮らし始めたアリシア。しかしジンは現代文明の電波に馴染めずに体調不良になってしまいます。アリシアは2つ目の願いにジンの回復を、3つ目に彼自身の世界に戻れることを願うのです。

魔人は“願い事”を3つ叶えることで自由の身になれるのですが、アリシアは自分のためではなくジンのために願い事をします。それは求めるのではなく与えるという恋愛の本質に通じている行動ですね。

3年後。公園にいるアリシアの元にジンが突然現れます。そして二人は公園を仲良く散歩するのでした。


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近江商人、走る!

2023年09月24日 | 映画(DVD・ビデオ・TV)
2022年12月30日公開 114分 G

近江商人との出会いから、大津の米問屋大善屋で丁稚奉公することとなった銀次。それから5年…商才を発揮する銀次は、店の仕事だけではなく、職人の互助組合作りや茶屋の看板娘お仙( 田野優花 )のアイドル化計画などを手掛け、町の人々を助ける。そんな彼(上村侑)の元には同じ店の楓(黒木ひかり)、眼鏡職人の有益(前野朋哉 )や大工の佐助( 鳥居功太郎 )など仲間が集まるようになった。悪辣な奉行の罠によって、大善屋が千両もの借金を背負う。先輩の丁稚蔵之介(森永悠希)の父も関わるこの悪企みから店を守るため、銀次は大津と15里=60km離れた堂島の米の価格差を利用した裁定取引を思いつく。
電話もネットもない時代、飛脚でも半日掛かる距離を越え、情報を迅速に入手するため、銀次たちが仕掛けた壮大な作戦とは?(公式HPより)

江戸時代、大坂や伊勢と並ぶ日本三大商人に数えられた近江商人たちの活躍を描いた時代劇です。

百姓の息子の銀次は、病気の父( 大橋彰(アキラ100%) )に代わって畑で採れた大根を売りに行きますが、うまくできずにいたところを薬売りの喜平( 村田秀亮(とろサーモン) )に助けられます。しかし全部売れたと喜んで帰宅した銀次を待っていたのは父の死でした。1人畑を耕し野菜を売っていた銀次でしたが、通りかかった武士( 半田周平 )の刀を汚して逆鱗を買ったところを、喜平が庇ってくれて代わりに連れていかれます。この侍の横暴ぶりが誇張されていて嫌ったらしいったらありません😡 別れ際、喜平から大津の大善屋の伊左衛門を訪ねるように言われた銀次は、大善屋の丁稚になりその商才を開花させていきます。

店のこと以外にも、怪我をして働けなくなった大工の佐助を救おうと、職人の組合を作って積立金を集める提案したり、ライバル店の登場で売り上げが落ちた茶屋のお仙の人気挽回の為にアイドル活動を始めさせたり(地下アイドルの売り出しさながらで引くんですが😔 )様々な活動をしていくうちに銀治には多くの協力者ができます。

一方、商人たちから賄賂を受け取って私腹を肥やす大津奉行( 堀部圭亮 )は、要求に応じない大善屋伊左衛門(筧利夫)を疎ましく思い、伊左衛門の弟分の 柏屋平蔵(矢柴俊博 )を利用して伊左衛門を罠にかけ、大善屋に千両の借金を背負わせます。
返済を1ヶ月後に迫られ、店を畳む覚悟をする伊左衛門に、銀次は堂島の米会所と大津の米会所との価格差を利用して儲ける提案をします。多くの協力者を得て、堂島と大津の間に何か所か建てた櫓から振る大旗を、遠眼鏡で確認することで短時間の内に情報を伝達する方法です。
父親の平蔵の言いなりだった蔵之介は、大善屋を裏切ることを断れずに悩んでいましたが、それがばれた時に銀治に「信じている」と言われ、実父と決別します。そして遂に期限までに金を用意することができました。

けれども、奉行は難癖をつけて伊左衛門に縄をかけ、弁護にきた銀治も捕まります。絶体絶命のピンチに登場したのは大津藩主(藤岡弘)です。喜平は藩主の命で奉行の悪事を探っていたのでした。奉行は財産を没収され相応の沙汰が下ります。めでたしめでたし😁 

いやいや、何だこれ!
俳優陣もピンと来ないし、時代劇というより素人のコスプレ喜劇を見せられているようなむず痒さで、劇場で観なくて良かったな~と久々思った作品になりました。特に悪奉行の行状描写は噴飯もので、部下を馬にして気に入らなければ斬り殺す悪辣さも気分がダダ下がり。お色気に走らなかっただけましか?
銀治の表情というか感情の動きもはっきり伝わらず、感情移入できなかったし・・・子役の方が良かったぞ。

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七色の毒 刑事犬養隼人 上・下 (大活字本シリーズ)

2023年09月23日 | 


中山七里(著) 角川書店

中央自動車道を岐阜から新宿に向かっていた高速バスが防護柵に激突。1名が死亡、重軽傷者8名の大惨事となった。運転していた小平がハンドル操作を誤ったとして逮捕されるも、警視庁捜査一課の犬養は事故に不審を抱く。死亡した多々良は、毎週末に新宿便を利用する際、いつも同じ席に座っていた。やがて小平と多々良の過去の関係が明らかになり…。(「赤い水」)人間の悪意をえぐり出した、どんでん返し満載のミステリ集!

「無駄に男前の犬養」と揶揄され女には騙されてばかりだが男の嘘は百発百中で見抜く警視庁捜査一課の刑事犬養隼人が関わった「色」にまつわる七つの短編です。
 人が心に宿した様々な毒を前に驚きのどんでん返しも加わり飽きさせずに一気に読めました。

一 赤い水
中央自動車道で、運転手の居眠りが原因で高速バスが防護柵に激突し、乗客八人が重軽傷、一人が死亡する事故が起きます。自らの非を認め謝罪する運転手の小平の冷静過ぎる態度に違和感を覚えた犬養は、捜査に加わっていた警察学校の同期・蓬田から情報を得て、事件の真相に気が付き小平の聴取に同席します。
10年前に小平の家族に起きた悲劇と今回の事故で死亡した人物との意外な繋がりが明らかになり、彼が過失ではなく故意に事故を起こしたことが判明し事件は解決しますが、犬養はその裏に小平を殺意に導いた者の存在に気付くのです。
工場廃液で染まった川の水の赤と事故現場の崖から豪雨により流れ出した赤土の色がリンクしていきます。

二 黒いハト
陰湿ないじめを受けていた中学生の保富雅也が学校の屋上から飛び降り自殺をします。学校側が事故として隠蔽しようとする中、彼の親友だった東良春樹ら級友たちは学校を糾弾し、保護者や教育委員会も巻き込む大騒動に発展します。警察も捜査に乗り出し、いじめの主犯格の影山健斗が逮捕され事件は解決したかに見えましたが・・・。
自分の保身に走る校長や先生たちの浅ましさも目に余りますが、一見正義面した者の「面白いから」という動機には背筋が寒くなります。

三 白い原稿
小説『うつろい』で新人文学賞を受賞したものの、あまりに稚拙な文章でヤラセ疑惑が浮上していた篠島タクの死体が公園で発見されます。刺殺痕があることから殺人が疑われますが、そこに篠島と同じ賞に応募した嵐馬シュウトが自分の犯行だと出頭してきます。
売り上げ欲しさの出版社が賞の選考に手心を加えたり、犯人と名乗ることで自書の出版を目論んだりと、この業界の厳しい現状とともになりふり構わぬ人の欲が描かれていました。
真犯人とその殺害方法をあっさり見抜いた犬養刑事は、事件に関わった人皆が被害者であると同時に加害者だとも言えると思ったのでした。

四 青い魚
釣り具屋を営む帆村亮は45歳にして初めて客として現れた本橋恵美と「遅い春」を迎えます。恵美の兄・由紀夫と三人で暮らす幸せな日々が続くように思われましたが・・・
亮の弟の照之(ヤクザです)は騙されていると忠告しますが、聞く耳を持たない亮?
いえいえ、彼はある企みを秘めていました。それを実行に移そうとした日、逆に恵美と由紀夫に襲われ海に投げ込まれてしまいます。薄れゆく意識が再び戻った時、彼は病院のベッドにいました。彼らは保険金狙いの結婚詐欺師だったのです。そして亮が戻らぬことを心配した照之により捜索がなされ九死に一生を得たという。
そんな亮の前に現れた犬養はしかし、二人の死を告げます。
ま、綺麗な魚には毒があるものね~~😁 こりゃ、どっちもどっちだわ。

五 緑園の主
ホームレスの黒沢公人が襲われ河川敷の家を焼かれる事件が起こります。彼は小栗拓真ら中学生に襲われたと証言しますが、その拓真が何者かに毒殺されます。毒は殺鼠剤に含まれる無味無臭のタリウムで、おはぎに混入されていたとわかります。
学校や家族には優等生を演じていた拓真の残忍な本性が犬養の捜査で徐々に明らかになっていきます。拓真たちが度々サッカーボールを投げ込んでいた家の老婦人には軽い痴呆症がありました。老夫婦の唯一の楽しみが庭で愛でる草花ということを知ると、一気に犯人像が見えてきます。しかしその裏により深刻で哀しい真実が浮かび上がる時、何とも言えないやりきれなさがこみあげてきます。😔 
中学生の浅智恵や傲慢さを差し引いても拓真に同情する気にはなれないかな~~あのまま大人になったらどんな犯罪者になっていたことか・・・。

六 黄色いリボン
小学生の桑島翔には女装癖があり、学校から団地の家に帰ると女の子の服に着替えてミチルになりきります。両親は団地の中を歩くことや女の子の服を着る事を許していて誰にも迷惑をかけない彼だけの秘密の遊びだったのです。しかし公園で見知らぬ男にミチルと呼ばれ追いかけられ、さらにミチル宛ての手紙も届いて不安が募ります。ミチルのことは両親と彼だけの秘密なのに!
ミチルに身体を乗っ取られて世界が一変してしまう恐怖に脅える翔の前に犬養が現れ、少年の恐怖を拭ってくれるのですが、それは同時に両親の犯罪を暴くことでもあったのです。
冒頭にLGBTの話を入れて読み手を惑わせておいて実はという話になっていますが、両親や団地の人の反応から何となく先が読めちゃうのよね😉 犬養の同僚の怪し過ぎる恰好には失笑するしかない。


七 紫の供花
七つの話はそれぞれ単独の事件ですが、一話と七話は繋がっていました。
「一赤い水」でバス会社の運行管理をしていた高瀬はタクシー会社に転職して重宝されていましたが、ある日何者かに殺害されます。天涯孤独な高瀬が契約していた一億の死亡保険の受取人は樫山有希という高瀬とは何の関係もない女性でした。
高瀬は小平の殺意を巧みに誘導したいわば真犯人です。その彼が受取人にしていた女性の素性と彼女の置かれた状況がわかれば、高瀬の動機が贖罪だったことも明らかです。
バス会社の社長は事故の後、保身のため会社を潰して財産を確保したまま親族の会社に従業員ごと横滑りしていたという事実も判明すると、高瀬の狙いもまた明らかになってくるんですね。人を操る才に長けた高瀬ならではの犯罪でもありました。

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非常宣言

2023年09月23日 | 映画(DVD・ビデオ・TV)
2023年1月6日公開 韓国

娘とハワイへ向かう飛行機恐怖症のジェヒョク(イ・ビョンホン)は、空港で執拗にふたりにつきまとう謎の若い男(イム・シワン)が、同じ便に搭乗したことを知り不安がよぎる。KI501便はハワイに向け飛び立つが、離陸後間もなくして、1人の乗客男性が死亡。直後に、次々と乗客が原因不明で死亡し、機内は恐怖とパニックの渦に包まれていく。一方、地上では、妻とのハワイ旅行をキャンセルしたベテラン刑事のク・イノ(ソン・ガンホ)が警察署にいた。飛行機へのバイオテロの犯行予告動画がアップされ、捜査を開始するが、その飛行機は妻が搭乗した便だったことを知る。また、テロの知らせを受けた国土交通大臣のスッキ(チョン・ドヨン)は、緊急着陸のために国内外に交渉を開始する。副操縦士のヒョンス(キム・ナムギル)は、乗客の命を守るため奮闘するが、飛行を続けるタイムリミットが迫り、「非常宣言」を発動。しかし、機体はついに操縦不能となり、地上へと急降下していく。
見えないウイルスによる恐怖と、墜落の恐怖。高度28,000フィート上空の愛する人を救う方法はあるのか—?!(公式HPより)


バイオテロの標的にされてしまった旅客機がどこにも着陸許可が下りない中で、乗客を極限の混乱と恐怖が襲うパニックの行方をスリリングに描いた作品。(映画.comより)
非常宣言とは、危機に直面し通常の飛行が困難になった際、パイロットが不時着を要請することで、これにより当該機に着陸の優先権が与えられ、いかなる命令も排除できる航空運行における戒厳令布告だそうです。
それなら、最初に降りようとしたアメリカの空港で宣言すればと思ったけど、それじゃ話が終わってしまうものな~~😁 

自国民を守るためにアメリカも日本も着陸を許可せず、航空自衛隊まで登場して追い払うというのが人道的にどうかと思うのだけれど、現実にバイオテロが起きたら、やはり国としてはそうせざるを得ないだろうことも理解できます。
(既にコロナ発生時のクルーズ船で実証済とも言えるしな😞
犯人がかつて働いていた外資系バイオ企業が、自社から持ち出されたウィルスであることを認めようとせず捜査を拒み続ける姿勢も醜いの一言。

機内では感染の恐怖から感染者を隔離しようと感情的な対立も起きますが、結局全員が感染してしまうのは自明の理。騒ぎ立てていた一人の乗客が自分たちが見捨てられたと知った時に、自分の態度を振り返り大人しくなるエピソードも登場しました。発症にはかなり個人差があり、即効倒れて亡くなる人もいれば、今にも絶命しそうなのに結局助かってる人もいて、ちょっと都合良過ぎ感もありましたが😁 

犯人の身勝手さ、悪魔的な自己欲求には怒りしかないですが、こういう理解を超えた悪への対抗手段は無いに等しいのが現実です。
韓国に引き返した飛行機の着陸に反対する自国の民を前に、乗客たちは自分たちが犠牲になることを決めます。憎むべき犯行に対する乗客らの答えが「愛」や「犠牲の精神」であることにも人の持つ尊厳を感じさせます。

妻が乗客となっているク・イノ刑事が自分を実験台に抗ウィルス薬の投与を受ける展開は、医学的にはそんな短時間じゃ無理だろ!と思いながらも劇的な回復を期待してしまいました。

過去に自分が強硬した選択により乗務員が亡くなったことがトラウマとなって操縦桿が握れなくなった元パイロットのジェヒョクが、乗員乗客の命を救うために再び操縦桿を握る設定はありがちだけど、やはり着陸の瞬間はドキドキさせられました。

及び腰の政府にあって国土交通大臣のスッキの行動に救われます。事件の際の行動を非難され辞任した彼女を追及する政治家たちには軽蔑を覚えますが、これも世界共通の国の悪しき構造でしょう。

投与されたウィルス量が多かったため?社会復帰が遅れているク・イノ刑事の後日談も単なるヒーローにしなかったあたりが良かったです。

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ぎょらん

2023年09月23日 | 
町田そのこ(著) 新潮社

人が死ぬ瞬間に遺す、いくらのような赤い珠。口にしたものは、死者の最期の願いが見えるという―。十数年前の雑誌に一度だけ載った幻の漫画『ぎょらん』。作者の正体も不明ながら、ネット上では「ぎょらんは本当に存在する」という噂がまことしやかに囁かれていた。三十路のニート、御舟朱鷺は、大学一年のときに口した友人の「ぎょらん」に今も苦しんでいると語るが…。とある地方の葬儀会社で偶然に交錯する、「ぎょらん」を知る者たちの生。果たして「ぎょらん」とは一体何なのか。そして死者の願いは、遺された者に何をもたらすのか―。(「BOOK」データベースより)


・ぎょらん
華子が職場の上司の通夜から帰宅すると、大学の途中で引き籠りになり以来10年ニート生活の兄の朱鷺が暴れていました。夫を早くに亡くした母はその様子を泰然と見ているだけ・・・冒頭から引き込まれる展開ですが、朱鷺は家族に暴力を振るうことは絶対しない、実はとても心優しい人柄なんだということが徐々にわかってきます。
事故死した上司の美袋(なぎ)は社内でも評価が高い男でしたが、裏の顔は、華子の後輩のさゆみとも不倫していて、華子のグラビアアイドル並みの体目当てだったことがわかってきます。アブノーマルで過激な彼とのSEXを愛されているという幻想で包んできた華子は、通夜の席での妻とさゆみの修羅場で打ちのめされます。
兄妹が愛読していた雑誌に載っていた「人の最期の思い」が形になった「ぎょらん」を探しに出かけた二人が自転車の背中越しの会話で互いの本音が見えてくるのが良かったです。珊瑚を「ぎょらん」と言い張り無理やり噛み砕いて妹の欲しかった言葉を伝えてあげる朱鷺が凄く兄らしく見えました。
それにしても朱鷺は親友の「ぎょらん」に何を見たのでしょう。

・夜明けのはて
夫の喬史の病が見つかってから僅か二月で還らぬ人になります。特に恋愛感情もないままに共に生きてきたと思っていた喜代でしたが、喪ってやっと夫が大事な存在だったことに気付いていきます。

彼女は初めて受け持った保育園児を事故で亡くしたことで罪の意識を抱えて生きてきたのですが、喬史と出会い、張り詰めた力を抜いて息をつくことができました。彼もまた自分のせいで家族が亡くなったという罪の意識を抱えていました。
寝ずの番の夜、死んだ人間の最期の言葉を聞く方法があるという生前の夫との会話を思い出した喜代は、コンビニに買い物に出たところを、葬儀社の職員の御舟に声をかけられます。夜道が心配だと彼は一緒についてくるのですが、二人の会話を読み進めるうちに「あ!これは前話に登場した朱鷺だ!」と気付きました。そっか~彼はニートを脱出していたのかぁと何だか嬉しくなってしまったぞ。😁 

会話の流れの中で、御舟に自分の「罪」(亡くなった園児はとても手のかかる子で嫌っていたこと。彼の行動が予測できたのに止めなかったこと)を打ち明けた喜代に、彼も「僕の悪意で友人が死んだ」ことを告白します。御舟に過去の自分を重ねた喜代は喬史に言われた「力を抜いて息をつくことは逃げでもズルでもなく必要なこと」だと声をかけます。
御舟が泣きだすエピソードは、まさに「朱鷺らしい」設定だなぁ😊 

御舟から「ぎょらん」の内容を聞いた喜代は、棺に眠る夫に語り掛けます。
もし夫のぎょらんがあったのなら、彼の罪は赦されたのか、生き方は正解だったのか、そうだったら自分もまた赦されるのか・・・
でも喜代はもうその答えに気付いているのです。これからも頑張って人生を全うした時にこそ、その答えがわかるのだと。その時には夫と答え合わせをしようねと😌 

喜代も喬史も朱鷺も、自分の中にあった「悪意」が悲劇を生んだことにとても苦しんでいるのが伝わってきて切なくなりました。

・冬越しのさくら
前話で登場した葬儀社のベテランスタッフの相原千帆が主人公です。
母子家庭で育った母を中二の時に事故で亡くした千帆は、葬儀を担当した作本(サクさん)から渡されたカーネーションの花束に救われた過去があります。
就職してサクさんの指導を受け、仕事に生き甲斐を感じながら、先輩の瀬尾と恋人関係になります。しかし、子供のいる家庭を望む彼に、自分の不妊を告白できないまま、自ら身を引いた千帆は、より一層仕事に邁進するようになりました。それはいつしか自己満足な自信となり周囲から次第に浮く存在となっていきます。

サクさんの葬儀は自分が取り仕切ると宣言した千帆に、瀬尾は厳しく辛辣な言葉で諫めます。担当を外され、遺族側として参列した千帆は、自分を見つめ直す機会を与えられたのだと感じました。
別れの本当の理由を知らないと思っていた瀬尾が、サクさんから聞いて知っていた、その上で千帆に厳しい言葉を投げつけたのは、彼なりの思いやりでもあったのかな。

使えない新人と思っていた御舟が、いつのまにか成長していることにも気付かされます。千帆は知らないけど、喜代と話したことで朱鷺も息が楽になったのね😌 

サクさんが大切にしていた「みやげだま」の中身はかつて千帆が母の葬儀後にサクさんに渡した手紙でした。死ぬことを考えていた千帆はサクさんに渡されたカーネーションで「生きる」気持ちを取り戻していました。でも御舟は「本当のみやげだまは相原さんだったと思います」と言いました。子供のいなかったサクさん夫婦に娘のように可愛がられたことを千帆は思い出します。う~~ん良い話💛

「良い葬儀をして感謝されること」ではなく「遺族に寄り添う気持ち」こそがこの仕事をしたいと思った原点だったことを思い出した千帆。御舟も「人を生かす葬儀屋になりたい」と彼女に告げます。うん、朱鷺だったらできるよ😊 
 
・糸を渡す
夏休み。高校生の菅原美生は、出席日数を補うため、担任に半ば強制されてボランティア部の臨時部員として老人ホームでの5日間の実習に参加します。そこで出会ったおばあさん(茂子さん)はとても慎ましく謙虚な人でした。介護職員の七瀬さんやバイト先の朱鷺さんとの関わりを通して美生は家族の関係を再構築していきます。

美生の祖父母が会社を興した折の複雑な家庭事情から、美生の母の佐保子は3歳から二年ほど祖父の愛人に預けられて育ちますが、火傷をしたことで実母の元に戻ります。しかし育ての母を慕って泣き叫んでいた我が子に実母は芯からの愛情を注ぐことができず、母娘関係は修復されませんでした。佐保子は自分の家庭は完璧な愛情で包もうとしますが、それは夫や娘への支配という形になって現れます。友達を批判されたことで美生は初めて母に反抗し、父もまた自由を求めて家を出ていきます。伯母から母の過去を、父からは家を出た理由を聞かされ美生は動揺します。

実習の最終日に美生は茂子さんにネイルをした際、彼女の腕の火傷の痕に気付きます。茂子さんは軽い痴呆があり、美生を「さぁちゃん」と呼びました。
ここまで読んで、茂子さんはもしかして?との予感が当たります。

数日後、バイト先のコンビニの常連客の朱鷺さんから茂子さんが亡くなったことを聞かされ、彼女が直葬を望んだと聞いた美生は、せめてお別れをしたいと出かけます。七瀬さんから茂子さんの遺品を見せて貰った美生は、「さぁちゃん」が母の佐保子だと確信します。茂子さんの最期の願いを叶えてあげて欲しいと頼まれ「ビーズ」を渡された美生は迷いますが、朱鷺さんの言葉に背中を押されて母と向き合うのです。

このビーズは、茂子と暮らしていた幼い佐保子が彼女に作ってプレゼントしたネックレスでした。当時の記憶が蘇った佐保子は火傷の原因が自分にあったことを思い出します。翌朝、糸を通したビーズのネックレスを娘に渡した佐保子ですが、葬儀(見送り)には行かない、行けないと言います。出棺の時に離れたところから手を合わせている母を見た美生は母の苦しみを思い遣ります。
七瀬が語る「亡くなった人の最期の願いを叶えてあげたその一瞬、その人と繋がった気がする」という言葉は深く頷けます。

愛人という立場は許されるものではないけれど、茂子が佐保子を実の娘のように可愛がっていたのは確かで、一生残る火傷を負わせたことに苦しみ続け、熱いものを一切受け付けなくなった彼女の気持ちを思うと哀し過ぎます。「さぁちゃん」のネックレスをつけて旅立った茂子さんは最期に救われたのでしょうか。
一番悪いのは妻をないがしろにして愛人を作った祖父だものな~~😡 

・あおい落葉
行方不明だったタイムカプセルが見つかり、久しぶりに母校の中学校を訪ねた小紅は、親友の葉子の手紙も一緒に受け取ります。仕事を抜け出してきた御舟も現れ、同じく親友だった蘇芳のそれを受け取っていきます。
引っ込み思案の小紅の初めての友達だった葉子は次第に彼女に執着し束縛するようになり、あることをきっかけに限界を超えた小紅は葉子を拒絶しますが、手紙はその直後に書かれタイムカプセルに納められていました。そしてその数日後、葉子は実母に殺されました。朱鷺もまた大学の時に蘇芳の自殺の第一発見者となり、「ぎょらん」を口にしたことから引き籠りとなっていました。二人とも親友が自分を恨んで死んでいったのではと思い込んでいましたが、開封された手紙にはどちらも恨みの言葉などなかったのです。

葉子は母親にネグレクトを受けていたこと、母の交際相手と関係を持ったのもおそらくは本意ではなかったこと、何より小紅への行き過ぎた支配は裏を返せばそれだけ小紅が好きったことが伝わってきて、哀れを誘います。もし事件が起きなければ、小紅と葉子は互いに本心を伝えあって本当の親友になる未来もあった筈なのに。

それでも親友の気持ちを知って小紅はやっと前に進むことができたのだと思います。
一方の朱鷺は、自分が見たものは恨みや憎しみだったため、「ぎょらん」は死者ではなく遺されたものの感情が作り出したのではという説に頷くことができずにいます。

・珠の向こう側
再び華子の視点。母の病が全身に回り既に手遅れとなっていることを知った朱鷺は再び部屋に籠ってひたすら「ぎょらん」の正体について調べ始めます。華子にしてみればそんなものに拘るより母の傍にいろよ!って思いますよね。
隣の病室には七瀬の想い人である上司の那須がいて、七瀬と華子は次第に仲良くなっていきます。朱鷺が「ぎょらん」の正体を追い求めていると知った七瀬は、叔母で朱鷺が勤める天幸社の納棺部の石井春子に引き合わせます。実は「ぎょらん」の作者は春子の夫だったのです。そして石井夫妻が喪くした息子は真佑。ここで喜代とも繋がってくるのね😯 
春子から、「ぎょらん」の正体は遺された者の死者への思い(込み)だと聞かされ、激しく拒絶して飛び出した朱鷺。華子は憎しみや恨みではない「希望」を描いたケータイ小説「きみにたまごを」を書いたのは春子だと聞かされます。

死の間際、意識を取り戻した母に朱鷺は、「ぎょらん」の正体や自分の気持ちの整理ができたことを伝えます。朱鷺が引き籠りになって数年経った頃、母は彼に「気持ちの整理ができたら伝えて」と言い見守り続けていたのでした。そして「頑張ったね、これからも頑張って一生悩みなさい」と言います。母は夫が死んだ夜にぎょらんを握りしめて眠り、夢の中で子供を育て上げると夫に約束をしたのだと話します。

七瀬もまた、那須が離婚した妻子に会いたがっていることを知りながら連絡を取れずにいたのを朱鷺に「今連絡しなかったら一生後悔する」と諭されます。那須への想いと彼の最期の願いの板挟みになっていた彼女は結局願いを叶えてあげ、そのことで七瀬自身も救われます。

「ぎょらん」は死者の思いではなく遺された者がその人に持つ感情だと考えたら、死者に対する罪悪感は負の感情となり、愛されていたと言う思いは希望となって珠になるというのも頷けます。

登場人物たちが「ぎょらん」を通して繋がっていき、でもそれは負の連鎖ではなく前に進むための道標となっているのが良かったです。








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エンドロールのつづき

2023年09月18日 | 映画(DVD・ビデオ・TV)
2023年1月20日公開 インド=フランス 112分 G
 
9歳のサマイ(バビン・ラバリ)はインドの田舎町で、学校に通いながら父のチャイ店を手伝っている。厳格な父(ディペン・ラヴァル )は映画を低劣なものだと思っているが、ある日特別に家族で街に映画を観に行くことに。人で溢れ返ったギャラクシー座で、席に着くと、目に飛び込んだのは後方からスクリーンへと伸びる一筋の光…そこにはサマイが初めて見る世界が広がっていた。映画にすっかり魅了されたサマイは、再びギャラクシー座に忍び込むが、チケット代が払えずにつまみ出されてしまう。それを見た映写技師のファザル(バヴェーシュ・シュリマリ) がある提案をする。料理上手なサマイの母が作る弁当と引換えに、映写室から映画をみせてくれるというのだ。サマイは映写窓から観る色とりどりの映画の数々に圧倒され、いつしか「映画を作りたい」という夢を抱きはじめるが――(公式HPより)


インドのチャイ売りの少年が映画監督の夢へ向かって走り出す姿を、同国出身のパン・ナリン監督自身の実話をもとに描いた、いわばインド版「ニュー・シネマ・パラダイス」のようなヒューマンドラマです。

1980年代に子供時代を過ごした ナリン監督自身がモデルで、監督の友人の映写技師モハメド・バーイーが2010年頃に経験したインド映画の変化に基づいた話だそう。

サマイの両親はバラモン階級で元は数百頭の牛を所有していましたが、兄弟に騙されて財産を失い、駅前でチャイ売りをしています。
映画を低劣と考える父ですが、信仰するカーリー女神の映画だけは特別で、数年ぶりに家族で観に行くことになります。そこで観た映画の世界にすっかり魅了されたサマイは、売り上げをごまかして一人で映画を見に行きますが、何度もはできず、映画館に忍び込んでいるところを見つかって追い出されてしまいます。
映画館の裏で母(リチャー・ミーナー)の作ってくれた弁当の包みを開いたサマリですが、食欲を失って声をかけてきた男に弁当をあげます。その男は映写技師のファザルで、弁当のお礼に映写室からタダで映画をみせてくれました。そして弁当と引き換えに映画を見せる提案をします。もうね~~母の作るお弁当が本当に美味しそうなんです😋 色鮮やかな野菜を刻んで炒めて揚げて視覚的にも食欲をそそります。

学校をさぼって映写窓から見る色んな映画に圧倒されたサマイは、自分も映画を作りたいと思うようになります。駅の荷物室に保管される箱の中身が映画フィルムと知ると、友達とそれを盗み出して自分たちの隠れ家(無人となった村)に持ち込み自分たちで上映しようとします。フィルムが無くなるのですから、当然各地の映画館で上映中に突然映像が切れたり違う映像が挟まれるなど混乱が生じ返金デモまで起き、警察が出動する騒ぎになります。警察に捕まったサマイは自分ひとりでやったと友達をかばい少年院に送られます。

出所したサマイはまたファザルの手伝いをしながら映写機の仕組みを教えてもらうと、友達と一緒に不用品の中から部品を集めて手作り映写機を作り上げ上映します。
映画に合わせて皆で工夫して音を出しながらの上映会には子供たちの他に母や妹もいました。子供たちの姿が見えないことを不審に思った父が偶然その場を見つけますが、創意工夫に富んだ上映会の様子に黙ってその場を立ち去ります。

その頃、町には汽車ではなく電車が走ることになり、最寄り駅には電車が止まらなくなると言われた父はチャイ売りができなくなると言われます。
また映画館が新しい映写方式になり、映写機もフィルムもリサイクル業者に回収されてしまい、パソコンとプロジェクターで映像を映すために、英語ができないファザルはクビになってしまいます。

サマイは映写機とフィルムが積まれたトラックを追いかけ、工場の前に辿り着きます。中に忍び込んだサマイは、映写機が溶かされスプーンになったり、溶かされたフィルムが腕輪やアクセサリーになって生まれ変わるのを目撃します。普通は子供が紛れ込んでいたらすぐにつまみ出される気もしますが、映画が伝えたいのは旧いものが新しく生まれ変わる様の他に工場で働く人々の過酷さにも言及しているのかなと。😓

映画の仕事がしたいと話したサマイに学校の先生は「今のインドにあるのは『英語ができるやつとできないやつの二つの階級』だ」と言います。そして自分の好きな仕事がしたいならこの街を出ろと助言するのです。そしてサマイの夢を理解した父は都会に住む友人に連絡を取りサマイを都会へと送り出します。

14分後に出る急行列車に乗るために駆け出すサマイたち。
父の決意の裏にはきっと母の応援もあったのではと思わせる「お弁当」の描写が切なく温かい。母のセリフは無いけれど、その存在はサマイを常に大きな愛情で包み込んでいました。列車に飛び乗ったサマイを見送るのは家族だけではありません。友人STの父の駅長や、子供たちの口利きで駅の荷物室係に雇われたファザム、それにSTや友人たちの顔が次々現れます。

別れの涙をぬぐってデッキから車内に入ったサマイの目に飛び込んできたのは女性たちが身につけた色とりどりの腕輪たち。(女性専用車両です😁 )リサイクル工場で見たアレですね。生まれ育った場所から新しい世界へと旅立つサマイとリンクさせているように思えるラストでした。

エンドロール前には スタンリー・キューブリック、小津、黒澤らそうそうたる顔ぶれの監督や映画俳優たちの名前が登場し、監督の映画人へのオマージュを感じさせます。タイトルの「つづき」は監督自身が「その先へ行って夢を叶えた」ということでもあるのかな。

インド映画に特徴的な派手なセットや衣装、ダンスはありませんが、情緒溢れる古き善きヨーロッパ映画のような趣を楽しめました。私はこういう方が好きかも。

サマイが映画館で見た映写機の光や色ガラスを通してみる日光を捕まえたいという欲求はやがて「光=映画」を勉強したいという気持ちに変わり、自分の進む道を示していたのですね。

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金の国 水の国

2023年09月17日 | 映画(DVD・ビデオ・TV)
2023年1月27日公開 117分 G

商業国家で水以外は何でも手に入る金の国と、豊かな水と緑に恵まれているが貧しい水の国は、隣国同士だが長年にわたりいがみ合ってきた。金の国のおっとり王女サーラ(浜辺美波)と、水の国で暮らすお調子者の建築士ナランバヤル(賀来賢人)は、両国の思惑に巻き込まれて結婚し、偽りの夫婦を演じることに。自分でも気づかぬうちに恋に落ちた2人は、互いへの思いを胸に秘めながらも真実を言い出せない。そんな彼らの優しい嘘は、やがて両国の未来を変えていく。(映画.comより)


2017年「このマンガがすごい!」で第1位を獲得した岩本ナオの同名コミックのアニメーション映画化作品です。

冒頭でアルハミト国(金の国)と、バイカリ国(水の国)の確執が描かれます。些細な事で諍いを起こし幾度も戦争を繰り広げた末に、両国の間に1つの条約が結ばれます。それは“アルハミトは国で1番美しい娘をバイカリに嫁に出し、バイカリは国で1番賢い若者をアルハミトに婿に出す”というものでした。しかし平和は保たれず、両国は争いを続け1000年が経ち、いつしか両国の国境は巨大で長大な壁で往来が閉ざされます。
アルハミトに流通ルートを塞がれたバイカリは貧しくなり、族長のオドゥニ・オルドゥ(てらそままさき)は敵意を募らせ、アルハミトの国王ラスタバン三世(銀河万丈)も、人口増加で水資源の枯渇が迫りバイカリの水資源を奪うことを考えます。一見平和そうに見える両国はしかし互いに前途を閉ざされた状態にありました。

アルハミトの第93王女サーラは、バイカリ国で1番賢い若者との結婚が決まりますが、屋敷に運び込まれた輿の中にいたのは子犬で驚きます。おっとりした優しい性格の王女は「何か手違いが起きたのだろう、この無礼が公になればまた戦争になる」と考え、ばあやと相談して子犬のことは秘密にしようと決めます。同じ頃、バイカリの青年技師ナランバヤルは、アルハミトからの「国で1番美しい娘」を嫁として押し付けられますが、輿から出てきたのは子猫。「外交非礼を働いて戦争の口実にする気だ」と見抜いた彼もまたこれを秘密にします。

ルクマンと名付けた子犬と町に出たサーラは、姉の第一王女レオポルディーネ(戸田恵子)たちと出会い、婿を見に来たと言われて動揺します。何とか理由をつけて断ろうとしますが、日を改めて会わせることを約束させられます。
お気に入りの国境の壁の近くで対策を考えようとしたサーラでしたが、ルクマンが壁に空いた穴からバイカリの領地に入り込み、慌てて追いかけると、ルクマンが地面の穴に落ちているのを見つけます。
何とか助けようとしているサーラを、オドンチメグと名付けた子猫を連れて散歩中のナランバヤルが見かけて、ルクマンを穴から助け出すと、お礼に一緒にお弁当を食べようとサーラに誘われます。豪華なお弁当とサーラの純粋さに感激した彼が、何か困りごとがあれば力になると申し出ると、サーラは姉たちとの約束を思い出して「戦争を避けるために自分の婿のふりをしてほしい」と頼みます。 

ばあやに身なりを整えられたナランバヤルを連れ、姉たちに会うために王都に向かう途中で、右大臣のピリパッパ(茶風林)に出会います。ナランバヤルは彼が国王に次ぐ権力を握っていてバイカリとの戦の準備をしていること、アルハミトの水資源が数十年で尽きようとしていることを知ります。

姉たちとの面会の場にはレオポルディーネの愛人で左大臣のサラディーン(神谷浩史)もいました。レオポルディーネのバラバラに分解された時計を直して欲しいという依頼を難なくこなしたナランバヤルは、姉とサラディーンの揺さぶりを何とか誤魔化します。アルハミトが送ったのは片耳の黒い子猫と聞いたがと言う2人に、サーラは「父がそんなことをするはずがない」と言い切ります。

姉たちとの面会を無事切り抜け、新たな戦争の危機をとりあえず回避した二人。サーラを一足先に帰したナランバヤルはサラディーンと飲みに行き、バイカリからアルハミトに水路を作ることを提案します。水資源があればアルハミトが戦争する理由も無くなり、バイカルも国力の差を知れば戦争より国交を開くことで得られる経済効果を考えて、互いに戦争を回避できると熱心にサラディーンを口説き落として協力を引き出すことに成功します。サラディーンは人気役者で左大臣の肩書はお飾りのようなものですが、アルハミトは左大臣の地位を有効に使って国を救おうと語り掛けたのです。
2人の会話をピリパッパの部下バウラが盗み聞きしていましたが、レオポルディーネの配下のライララ(沢城みゆき)に「他言すれば家族を殺す」と脅されます。

ナランバヤルはサーラの屋敷で世話になりながら、サラディーンと水路作りに奔走します。戦争派の右大臣に拘束されていたジャウハラ(木村昴)ら知識階級の学者たちを釈放させ彼らの協力も得ます。知識階級なのに思いっきり体力派なの😓 

そんなある日、屋敷から消えたオドンチメグを探しに出たサーラは、子猫を追いかけてバイカルに行き、ナランバヤルの姉と出会います。弟の嫁と誤解した姉はサーラをナランバヤルの家に連れて行きます。家で寛いでいるオドンチメグを見つけて安心したのも束の間、族長のオドゥニがアルハミト一の美女を見ようと村に押し掛けてきます。困ったナランバヤルの父サンチャルから息子の嫁のふりをしてくれと懇願されたサーラは、彼が妻帯者だと誤解してショックを受けますが、彼が助けてくれたことを思い出し“ナランバヤルの妻”を演じることにします。
サーラを見てがっかりしたオドゥニのナランバヤルをけなす発言に、サーラは飲み比べの賭けの申し出を受けて見事勝ち、ルクマンとオドンチメグを連れてアルハミトへ戻る途中、水路の設計図を取り戻ってきたナランバヤルに出会います。彼に妻がいるという話を思い出し涙ぐむサーラでしたが、彼が両国の間に水路を作るために働いてくれていると知り、「いつでも難しい方の道を選んでください」と言うと、屋敷に送ろうとする彼を自分は大丈夫だから設計図を取りに戻るよう勧めて屋敷に戻ります。

戦争を望まぬ王女派の後押しもあり、水路建設の計画は徐々に進んでいきますが、これを快く思わない開戦派のラスタバン三世とピリパッパはサーラの婿のナランバヤルの暗殺を企てます。
サラディーンやピリパッパとの会談に向かうナランバヤルに「行けば殺される」と警告したのはパウラです。彼も水路ができれば戦争も起きず平和に暮らせると、内心で計画に賛同していて、ジャウハラやライララと共に襲い掛かってきた兵士たちと戦います。

王宮の様子がおかしいことに気付いたレオポルディーネたちが王に会いに行こうとする中、サーラはナランバヤルたちの所に駆け付けます。パウラとライララが二人の衣装を羽織って身代わりとなって兵士たちを引き付ける中、王族しか知らない秘密の抜け道に辿り着いた二人は手を取り合って進もうとしますが、ラスタバン三世が剣を手に迫ってきます。
バイカリとの和平を進めようとして失敗し国民に嘲笑されてきたラスタバン二世の名を継がされた王は、自分が死んだ後の名声に固執し、ナランバヤルに「お前が本当にバイカリで1番賢いなら、父からこの恥ずべき名を与えられた理由を説明してみろ」と迫ります。ナランバヤルは、「ラスタバン二世はバイカリ側では和平の王として称えられている。それを知っていたからこそ付けられた名でしょう」と言い、戦争ではなく水路の完成という1000年先までも残る偉業で名を残すべきだと訴えます。

このやり取りの中で、父王がバイカリに子猫を送ったことを知ったサーラは、ナランバヤルに妻がいないと知って安堵の涙を流します。(父の不実はここでは問題じゃないのね😓 )娘が自分を父として国王として信じている姿を見て、ラスタバン三世は、戦争以外の道について考えを改めると刃を収め、暗殺は中止されます。

ラスタバン三世に招かれたオドゥニは、国力の差を目の当たりにして驚愕します。王は族長に「国で1番賢い若者だといって子犬を寄越した」ことには目を瞑ると匂わせつつ、正式に和平交渉が始まり国交が開かれます。(いやいや、あんたも子猫を送っただろ😁

正式に結婚したサーラとナヤンバヤルの間にはサーラによく似た2人の娘が生まれます。成長したルクマンとオドンチメグを連れた娘たちがお弁当を届けに向かった先には、仲睦まじく水路の視察を行うサーラとナヤンバヤルの姿がありました。

サーヤは辺境の王女と呼ばれ、王宮の人々から相手にされていませんでした。それは決して美人とは言えない彼女の容姿のせいなのか、一夫多妻らしいアルハミトで彼女の母の地位が低かったのかは不明ですが、しかしサーヤの心根の優しさや王族の気品が容姿を上回って魅了されます。

ナヤンバヤルの言葉遣いがどうにも浮いて聞こえるのが気になるのと、族長やサラディーンやレオポルディーネのキャラ設定とか色々突っ込み要素はありますが、物語としては面白かったです。😀 

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名探偵ポアロ ベネチアの亡霊

2023年09月15日 | 映画(劇場鑑賞・新作、試写会)
2023年9月15日公開 アメリカ 103分 G

ベネチアで隠遁生活を過ごしていたポアロは、霊媒師(ミシェル・ヨー)のトリックを見破るために、子供の亡霊が出るという謎めいた屋敷での降霊会に参加する。しかし、その招待客が、人間には不可能と思われる方法で殺害され、ポアロ自身も命を狙われることに…。 はたしてこの殺人事件の真犯人は、人間か、亡霊か──世界一の名探偵ポアロが超常現象の謎に挑む、水上の都市ベネチアを舞台にした迷宮ミステリーが幕を開ける。(公式HPより)

『オリエント急行殺人事件』、『ナイル殺人事件』に続く、アガサ・クリスティ原作(「ハロウィーン・パーティ」)、ケネス・ブラナー監督・主演の《名探偵ポアロ》シリーズ第3弾です。

『オリエント急行殺人事件』はともかく、前作の『ナイル殺人事件』があまりにも陳腐でがっかりしたので期待せずに観たのですが、原作を未読ということもあり、そこそこ楽しめました。物語の大半は屋敷の中ですが、ベネチアの美しい街並みも映し出され情緒を感じさせます。

前作では最愛の女性カトリーヌを戦争で失ったポアロの心の痛みが描かれましたが、今作では探偵業を引退してベネチアで隠とん生活を送っていたポアロを旧友のミステリー作家アリアドニ・オリヴァ(ティナ・フェイ )が事件に引きずり込むんですね😅 

館の女主人ロウィーナ・ドレイク(ケリー・ライリー )は、最愛の娘アリシアを亡くし引退したオペラ歌手で、娘の霊と対話したいと降霊会を依頼しました。この館は孤児院だった過去があり、当時貧困と病から大勢の子供たちが閉じ込められて餓死したため、亡霊が出ると噂がありました。
亡霊の存在や霊媒師を否定するポアロは、早速霊媒師のレイノルズ夫人が、助手のデズデモーナ・ホランド(エマ・レアード )とニコラス・ホランド姉弟と組んで行ったトリックを見破ります。
しかし、その夜、ポアロは何者かに襲われ、直後にレイノルズ夫人が殺されてしまいます。

洗面所で蛇口をひねっても水が出て来なかったり、鏡に少女が映ったり、さらには彼だけに少女の歌声が聞こえてくる始末。どうにも不可解な現象がポアロの身に起こります。え~~?これってホラーだったの😨 

でも、逆に発奮したポアロはいつものように容疑者一人一人に聞き取りを行い、その際の言動や様子を冷静に観察していきます。

ドクター・フェリエ(ジェレミー・ドーナン)はドレイク家の主治医ですが、心を病んでいたアリシアを救えなかった自責の念と、自らも戦争で負った心の傷に苦しんでいました。そんな父親を支えているのは彼の聡明な10歳の息子レオポルド(ジュード・ヒル )です。
家政婦のオルガ・セミノフ(カミーユ・コッタン )もまた、娘のように可愛がっていたアリシアの死に責任を感じていました。
アリシアの元婚約者マキシム・ジェラード(カイル・アレン)は謎の招待状に導かれてこの夜の客となっていましたが、実は彼もアリシアと別れたことを後悔していました。

登場人物それぞれが悲しみという「亡霊」に憑りつかれているようです。
さらに、ポアロのボディガードのヴィターレ・ポルトフォリオ(リッカルド・スカマルチョ )の意外な過去もポアロによって明かされます。冒頭で、ポアロを無遠慮に訪ねてくる輩を時に橋から運河に突き落として守るシーンがあり、彼は何者?と思った疑問が解けました😉 ヴィターレもまたアリシアの事件に関わっていたのです。
 
物語の後半、再び悲劇が起こり、フェリエ医師が密室で亡くなります。
アリシアの死を巡って、彼女を殺した人物とレイノルズやフェリエの死との関連を探るポアロは遂に真相に辿り着きます。

交霊会は、過去三作で酷評を受けたアリアドニがポアロをだしにして再び人気を挽回するために企画したわけですが、「友はいない」と公言するポアロが彼女の誘いを受けたのは探偵の本能からかも。

犯人がわかってみれば、その動機もまた明白です。
歪んだ愛情が生んだ悲劇であり、今回の事件の動機は「脅迫者」の排除でした。ポアロの幻覚は紅茶に入れられた蜂蜜(石楠花の蜜は幻覚作用がある)によるもので、その蜂蜜こそがアリシアの悲劇を招いていました。犯人は自分を脅迫していると誤解して二人を殺めていましたが、実はその脅迫者の正体もまた意外な人物でした。時として悪意より厄介なのが「愛」なのかもしれません。
救いはオルガがレオポルドを引き取り共に暮らすことになったことと、ホランド姉弟が彼らの夢を叶えることができるようになったことかしら。

最後にポアロが見たのは本当に「幻覚」だったのかと疑うようなエピソードも加えられています。
事件を通してポアロにも心境の変化が生じ、再び依頼を受け探偵業も復活しそう😁 

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ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ

2023年09月08日 | 映画(DVD・ビデオ・TV)
2022年12月1日公開 イギリス 111分 G

イギリスの上流階級に生まれ、父亡きあと一家を支えるためにイラストレーターとして活躍するルイス(ベネディクト・カンバーバッチ)。妹の家庭教師エミリー(クレア・フォイ)と恋におちた彼は、大反対する周囲の声を押し切り結婚するが、まもなくエミリーは末期ガンを宣告される。庭に迷い込んだ子猫にピーターと名付け、エミリーのために彼の絵を描き始めるルイス。深い絆で結ばれた“3人”は、残された一日一日を慈しむように大切に過ごしてゆくが、ついにエミリーがこの世を去る日が訪れる。以来、ピーターを心の友とし、ネコの絵を猛然と描き続け大成功を手にしたルイスだった。しかし、次第にルイスは精神的に不安定となり、奇行が目立つようになる。やがて「どんなに悲しくても描き続けて」というエミリーの言葉の本当の意味を知る──。(公式HPより)


監督は、日系英国人のウィル・シャープ。
たとえ命が尽きても、愛は残された者と共に生き続ける──その美しくも貴い真実を観る者に信じさせてくれる、優しく温かな愛の物語(公式HPより)

猫の絵で知られるイギリスの画家&イラストレーター のルイス・ウェインは、夏目漱石の「吾輩は猫である」に登場する絵葉書の作者とも言われているそうです。とはいえ、この映画を観るまで知らなかったのですが😅  エンドロールに流れる彼が描いたネコは、人間味に溢れて愛らしく、コミカルで生き生きとしていて、当時人気になったのも頷けます。映画では、彼がネコを描き始めたきっかけと理由について触れています。

ルイス・ウェインは6人兄妹のただ一人の男子で長兄でした。父亡き後、母と5人の妹たちを養う重責が彼の肩にのしかかります。
農業ショーで動物イラストを描く仕事で、雄牛に近づきすぎてケガをして話題になったルイスは、取材先から戻る途中、汽車に乗り合わせた男に飼い犬の絵を頼まれ即座に両手で描き上げました。

新聞社を営むウィリアム・イングラム卿(トビー・ジョーンズ)から仕事の速さを認められ専属の誘いを受けますが、電気に興味があるルイスは忙しいと断ります。上流階級ではありますが、父が亡くなってウェイン家の家計は赤字。しっかり者のすぐ下の妹キャロライン(アンドレア・ライズボロー)は仕事を断ったルイスに、住み込みの家庭教師を雇ったばかりなのにと小言を言います。自分が教えるから不要と本人に会って断ろうとしたルイスは、何故かクローゼットに隠れていたエミリーを一目見て気に入り、雇うことにします。
兄の気持ちに目敏く気付いたキャロラインは、その夜エミリーの部屋を訪れて釘を刺します。

若い良家の娘との結婚を望む周囲でしたが、ルイスは口唇裂を気にして口髭で隠して恋にも臆病でした。ルイスの留守中に彼の部屋で日記に描かれた暗い絵(船が難破している)を見ます。ルイスは子供の頃から溺れる悪夢にも悩まされていました。

イングラム卿にやはり雇って欲しいと頼んだルイスは、就職祝いに友人たちと飲んで帰った勢いでエミリーの部屋に入っていき、無礼を怒られます。彼はテンペストの芝居に誘うという思いつきに興奮し、マナーを失していたのね。😆 翌朝、ルイスは髭を剃り落としてエミリーの部屋に行き「ありのままの自分」を見せて前夜の非礼を詫びますが、彼女は彼の口元を見ても特に驚かず「ハンサム」だと言い芝居を観るのが楽しみだと言いました。

エミリーにとって初めての観劇ですが、上流階級の場に中産階級がいることに周囲はざわめきます。劇が始まり、難破の場面で具合の悪くなったルイスを追いかけて紳士用トイレに入ってしまったエミリーは、彼のトラウマを察して自分も閉じ込められる夢をみると話し、キスをします。
トイレでのことはすぐに噂になり、怒ったキャロラインはエミリーを解雇します。エミリーに別れの挨拶にやってきたルイスですが、思い直し「人がどう思おうと構わない」と二人は結ばれます💛

年上で身分も違うエミリーとのことを家族に反対されながらも結婚したルイスは、二人で郊外の小さな家に住んで幸せな時間を過ごし、別居の家族にも仕送りを続けていました。しかしエミリーが末期の乳がんに侵されていることが判明します。医師から告知された雨の日、二人は庭で一匹の猫を見つけ、ピーターと名付けて飼い始めます。(当時猫をペットにする人は殆どいなかったそうです)

写真の台頭で仕事が減ったルイスに、イングラム卿は謝りながらも「できた時間を奥さんと過ごせ」と助言します。
ピーターを連れて散歩に出た二人。森の中の美しい湖を見ながらエミリーは、「私たちの場所よ。必要なとき、私はここにいるわ」と彼に話しかけます。

猫のイラストを描き始めたルイスは、エミリーの勧めでイングラム卿に見せます。(女人禁制のゴルフ場に男装のエミリーを車椅子に乗せて侵入する場面はなかなか愉快でした)卿にイラストが気に入られ、クリスマス版に掲載された擬人化された沢山の猫のイラストが、話題になります。

近付くエミリーとの別れに押し潰されそうなルイスに、エミリーは美しい世界を描き続けて欲しいと伝えます。

エミリーが亡くなった喪失感を埋めるよう、ルイスは大量の猫の絵を描きました。しかし交渉事が苦手な彼は版権を持たず、絵がいくら売れても彼にはお金が入ってきません。男やもめの家の中は増えた猫の糞だらけで、訪れたキャロラインは激怒します。妹のマリ―がハンセン病になったと知らされ、さらに統合失調症と診断されたことで、ルイスは不義理をイングラム卿に詫びて助けを求めます。
卿は家族全員で過ごせるよう別荘を提供してくれて(何て好い人なんでしょう!)新たな生活が始まります。一時的に安定していたマリーでしたが、その後病状が悪化して施設に入ることになり、ピーターも死んでしまいます。
ルイスの結婚とマリーの精神異常のせいで妹たちは未婚のままでした。

家族から逃れるように渡米したルイスは、新聞王ハーストに雇われNYで3年を過ごしますが、母がインフルエンザで亡くなり帰国を余儀なくされます。船での帰国で、難破の幻覚に悩まされるシーンが登場しますが、これも妹と同じ病から来ているのかな。元々兄妹にはその傾向があったのかも。

その後マリーもインフルエンザで、イングラム卿も痛風で亡くなり、ルイスもロンドンでバスから飛び降りようとして大けがを負うなどウェイン家の評判は地に落ちます。

病床のキャロラインを見舞ったルイスに彼女は「あなたは自慢の兄だった」と言って亡くなります。部屋には昔彼女がエミリーから貰った石が置いてありました。(世間体から反対していましたが、本当はエミリーを受け入れていたのかもと思わせるエピソードです)

その後、ルイス自身も統合失調症と診断されて精神病院の貧困者用病棟に収容されます。ある日、その施設に査察にやってきた男が、ルイスの絵を見て彼だと気付いて話しかけます。その男ダン・ライダーは、ルイスが汽車の中で犬の絵を描いてあげた人物でした。
高い塀に囲まれ外が見えないと話すルイスを救うため、ダンは世界中の篤志家に呼びかけ基金を設立します。H・G・ウェルズやルイスの妹たちも活動に参加して、ルイスは晩年を景色の良い施設で過ごしました。

ラスト。
日記に挟まれていたエミリーのショールの切れ端(死の直前に彼女がお気に入りのショールを切り取り忍ばせていました)を見つけたルイスは、エミリーのことを考えながら森の中へ入っていき、一片の絵画のように美しい光景に出会います。かつて、ピーターを連れてエミリーと訪れた湖のようにも見え、エミリーを感じるルイスなのでした。

当時のヨーロッパでは、猫は不吉な存在として捉えられることが多く、ペットとして飼われるのは珍しく、犬の方が価値があったようです。ルイスの猫の絵は、意図せずして社会の猫への価値観に大きく寄与したようです。

エミリーがルイスが絵を描き続けることを望んだのは、世渡り下手で不器用な彼が独りぼっちにならないようにと言う願いが込められていたという解釈が素敵です。彼が度々口にし追及してきた「電気」は「愛」と言い換えることができます。そしてルイスの作品を通じて猫を愛する多くの愛=家族が築かれ、それはずっと続いていくのです。😌 

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逆転のトライアングル

2023年09月07日 | 映画(DVD・ビデオ・TV)
2023年2月23日公開 スウェーデン 147分 G

場所は高級レストラン。「ありがとう。ごちそうさま」と、恋人のヤヤ(チャールビ・ディーン) に言われ、憮然とするカール(ハリス・ディキンソン)。2人ともファッションモデルだが、ヤヤは超売れっ子でカールの何倍も稼いでいる。毎度男が払うのが当然という態度のヤヤにカールが疑問を呈すると、激しい言い争いになってしまう。「男女の役割にとらわれるべきじゃない」とカールは必死で彼女に気持ちを伝えようとするが、難しい。インフルエンサーとしても人気者のヤヤは、豪華客船クルーズの旅に招待され、カールがお供することに。乗客は桁外れの金持ちばかりで、最初に2人に話しかけてきたのは、ロシアの新興財閥“オリガルヒ”の男とその妻だ。有機肥料でひと財産築いたと語る男は、「私はクソの帝王」と笑う。船には、ヤヤに写真を撮ってもらっただけで、「お礼にロレックスを買ってやる」という「会社を売却して腐るほど金がある」男もいる。上品で優しそうな英国人老夫婦は、武器製造会社を家族経営していた。国連に地雷を禁止されて売り上げが落ちた時も、「夫婦愛で乗り切った」と胸を張る。そんな現代の超絶セレブをもてなすのは、客室乗務員の白人スタッフたち。旅の終わりに振舞われる高額チップを夢見ながら、乗客のどんな希望でも必ず叶えるプロフェッショナルだ。そして、船の下層階では、料理や清掃を担当する有色人種の裏方スタッフたちが働いている。
ある夜、船長がお客様をおもてなしするキャプテンズ・ディナーが開催される。アルコール依存症の船長(ウディ・ハレルソン) が、朝から晩まで船長室で飲んだくれていたために、延び延びになっていたイベントだ。キャビアにウニにトリュフと、高級食材をこれでもかとぶち込んだ料理がサーブされる中、船は嵐へと突入。船酔いに苦しむ客が続出し、船内は地獄絵図へ。泥酔した船長は指揮を放棄し、通りかかった海賊に手榴弾を投げられ、遂に船は難破してしまう。
数時間後、ヤヤとカール、客室乗務員のポーラ、そして数人の大富豪たちは無人島に流れ着く。海岸には救命ボートも漂着、中には清掃係のアビゲイル(ドリー・デ・レオン) が乗っていた。彼らはボート内の水とスナック菓子で空腹をしのぐが、すぐになくなってしまうのは目に見えている。すると、アビゲイルが海に潜りタコを捕獲! サバイバルのスキルなど一切ない大富豪とインフルエンサーが見守る中、アビゲイルは火をおこし、タコをさばいて調理する。
革命が起きたのは、アビゲイルが料理を分配する時だった。「ここでは私がキャプテン」という彼女の宣言を、認めなければお代わりはもらえない。全員を支配下に置いたアビゲイルは、“ 女王”として君臨していくが―。(公式HPより)


パートⅠ カールとヤヤ
冒頭、半裸の男たちが登場するモデルのオーデションシーン。ちょっと裏側を覗くみたいな好奇心を掻き立てられます。
レストランでのカールの疑問は当然なんだけれど、客観的には「小さい男」に見えてしまうのは、二人の収入差をその前のシーンでさり気なく印象付けられているから。ヤヤが確信犯であり、結局は彼が折れることも織り込み済みなんだな~と思うと余計にヤヤの言い分の方が正しくさえ感じてしまいます。

パートⅡ 船
豪華客船で寛ぐ二人。クルーズに無料招待されたヤヤにカールがくっついてきたようです。
スーパーセレブばかりの客をもてなすのは、ポーラたち白人の客室乗務員。彼女たちのお目当ては旅の終わりに振舞われる高額チップです。下層階では、料理や清掃係として有色人種の裏方スタッフたちが働いています。この階層差が初めにしっかり示唆されるんですね。

二人に話しかけてきた“オリガルヒ”のディミトリは有機肥料で富を築いたと言い、自分を「クソの帝王」だと笑います。ヤヤに写真を撮ってもらっただけでロレックスの時計を買ってあげると言うヤルモは、会社売却で莫大な金を手にした男。脳梗塞で言葉が不自由になったテレーズに自己紹介している英国人夫妻ウィンストンとクレメンティンは武器製造会社を家族経営しています。なかなか個性的なメンバーです。
ヤヤとカールはお互いを写メし合ってはせっせとネットに揚げています。

パ―トⅢ 島
船長が乗客をもてなす“キャプテンズ・ディナー”の夜。
アルコール依存症の船長トーマスは出航以来、船室に籠りきりの酒浸りでポーラが何とか説得しますが、低気圧が近づく木曜以外でとお願いしたのに船長は木曜日を指定します。それがどんな結果をもたらすかの判断もできない時点で既に船長の資格無しだよな~~。ディナーの前にはこれまた客の「命令」で乗組員たちが「水遊び」を強要されたりもしています。料理長が「鮮度が落ちても知らないぞ」と言っていたので食中毒でも起きるかと期待したけど、そちらではなかった。

キャビアやウニ、トリュフなどの高級食材がふんだんに出されますが、海は荒れ、船体は大きく揺れて乗客たちは船酔いに襲われます。テーブルや、床、廊下、客室、至るところ吐瀉物にまみれ、いっそ愉快なほどでした。
泥酔した船長はディミトリと偉人の名言論議に興じ(マルクス主義者の船長と資本主義のロシア人の構図も皮肉に富んでいます。) 職務放棄してるし、通りがかりの海賊から投げられた手榴弾(ウィンストンの会社製)が爆発して船は難破してしまいます。

数時間後。ヤヤとカール、ポーラ、機関士のネルソン、テレーズ、ディミトリ、ヤルモが島に流れ着きました。海岸に漂着した救命ボートの中には、トイレ清掃員のアビゲイルがいました。ボートに積んでいた水とスナック菓子で空腹を凌いだものの、それらはすぐに底を尽きます。そんな中、アビゲイルは海に潜ってタコを捕まえ、手際よく火を起こして調理すると、それを皆に配りながら「ここでは私がキャプテン」と宣言します。昔教科書に載っていた「小さい白いにわとり」の話を思い出しました。出来上がったパンをにわとりは皆に分けたのかそれとも?と議論させられたような気がするけれど、本作のアビゲイルは、何もしない(できない)皆の前で圧倒的なヒエラルキーを示し皆を支配し始めます。

ボートはアビゲイルが独占し、ある晩からカールだけを呼んで夜を過ごすようになります。身の潔白を誓いながらその実食べ物目当てに関係を持つカールはつくづく屑だな。嫉妬しながらもヤヤもアビゲイルに従うしかありません。

乗客たちも狩りをするなど少しずつ環境に慣れてきたある日、浜に一人いたテレーズの前に土産売りの男が現れます。男を引き留めようとするテレーズでしたが、話ができないため会話にならず、男は去ってしまします。え?ここは無人島じゃなかったのね!😮 

アビゲイルとヤヤは、山に食糧を探しに行き、島の反対側に出ます。するとそこにはエレベーターがありました。ここはリゾートホテルの島だったのです。大喜びするヤヤの背後から、アビゲイルは石を手に近づいていきます。それに気付かないヤヤは、「あなたを助けたいの。元の生活に戻ったら私が雇ってあげる。」と無邪気に告げます。

映画はカールが猛ダッシュしているシーンで突然終わります。

アビゲイルの島での絶対的立場はエレベーターの発見で消滅必須です。それを瞬時に悟った彼女がヤヤに行動を起こしたのとは逆に、「日常」が戻ってくることを楽観視しているヤヤが、その無知と傲慢により命を落としたとしても不条理とは言えないかも。😓 

カールのシーンについては、テレーズから島民の存在を知って、急ぎヤヤに伝えたいと探しているのかなぁと?

貧富の差、身分の差、男女差等々、差別に対する痛烈な風刺を、ゲロとかクソとか見苦しいシーンもあるものの、ブラックユーモアたっぷりに描いた作品かと。😁

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夏を喪くす

2023年09月06日 | 
原田マハ(著) 講談社文庫

範子―偶然目にした詩が、自分たちを捨てた父親の記憶を呼び起こす。陽菜子―意識不明の夫の口座に毎月お金を振りこみ続けていた人物と対面。咲子―不倫と新たな恋。病気を告知され自分の願いがわかる。麻理子―行方不明の親友と暮らしていたNYのアパートを、7年ぶりに訪れて。―その瞬間、4人の女性は何を決意したのか? 揺れ動く女性たちの心情を描いた傑作。(内容紹介より)


不倫や家族との関係、仕事など40代の4人の主人公の人生の岐路についての物語に特に繋がりはないのですが、それぞれの「人生の夏」が終焉を迎える場面での選択には潔いものが感じられて後味は悪くなかったです。でもこういう感覚は男性には伝わりにくいかも。

・天国の蠅
範子は、夫からこの春大学進学で家を離れる娘が置いて行った雑誌に娘の詩が掲載されていることを知らされます。出勤途中にそれを読み、他のページをめくっていた彼女の目に一片の詩が飛び込んできます。それは「天国の蠅」と題した作者名のない詩で、彼女は確かにその詩を知っていました。

範子の父親は経済観念のない甲斐性無しで、多額の借金を背負っても懲りずにまた借金を重ねるようなダメ人間でした。しっかり者の母は夫を罵倒しながらも別れようとはせずにいました。そんな両親に苛立ち早く家を出たいと範子は勉強に没頭していましたが、バイト先の先輩に恋をします。父が姿を消し母の病気がわかり、進学の夢を諦めざるを得なくなった範子は、先輩との将来を夢見ますが、その彼から乱暴を受けます。部屋を飛び出した彼女が次に気付いた時、布団に寝かされていてタオルがかけられていました。母が入院している今、家の近くで倒れた彼女を運び手当をしてくれたのはいなくなった父しかいません。傍らには父がいなくなった日に範子が渡したバイト代と一片の詩が置かれていました。(タイトルのないこの詩こそが「天国の蠅」だったのです。)更に後日謝りにきた先輩から父に殴られた話を聞かされます。
「君のお父さんのようになりたい。」と言う彼を殴り倒したい気持ちになってしまったけれど、確かにこの一件で、父親の娘への真摯な愛を感じました。(借金癖はともかくとして、娘のことはずっと可愛がっていたのよね)更に母の入院代を「蠅」と名乗る人物が支払っていました。家庭人としては失格だけど、本当は妻子への愛をうまく伝えられない不器用な人だったのかもと感じさせます。

その後、母娘は範子の卒業後母の実家に身を寄せ、範子は結婚し子供も生まれ、母を看取ってきました。父とは音信不通のままだったようですが、娘と同じ雑誌に載った父の詩がきっかけとなり、範子は娘に自分の父親のことを話そうと決意します。そしておそらくは父を探すことも・・・。

範子たちが借金取りに追われて夜逃げした先の家のトイレは水洗ではなく汲み取り式の「どっぽん便所」です。きっと若い人には想像もできないかもしれないけれど、あの匂いの強烈さはまさに鼻が曲がりそうなほどです。板敷の床が崩れて落ちそうな恐怖が常にありました。リアル過ぎる描写に当時の恐怖心が蘇るようでしたが、範子が置かれた状況の厳しさも同時に伝わってきて目が吸い寄せられてしまいました。


・ごめん 
陽菜子は妊娠できない身体と分かってから、不倫を繰り返してきました。
ある日、不倫旅行の最中に夫が不慮の事故に遭って植物状態となったことで、不倫が周囲にバレて相手も去り、義母からは雌猫呼ばわりされ罵倒されます。
ある日、これまでも義母の嫌味から庇い、自分を思い遣ってくれていた真面目な夫の通帳から「オリヨウ」という見知らぬ名前への入金記録を見つけた陽菜子は、それが誰なのか確かめずにはいられなくなります。自分は散々浮気をしてきて何をいまさらと、彼女を非難したくなりましたが、一方で少しだけその気持ちもわかるような😔 
振り込みの住所から以前夫が赴任していた高知を訪れた陽菜子は、当時の夫の同僚に会いますが、彼は知らないと答えます。ホテルの部屋に帰る気になれず町に出た彼女の目に小さな屋台の提灯にかかれた「おりよう」の文字が飛び込んできます。
客が皆帰った後もおかみと酒を酌み交わしながら話し込んだ陽菜子は、帰りがけ領収書の宛名を夫の名前で要求し、振り込みのお金の意味を問います。おかみは「流れた子供の供養料」だと答えました。

高知のちんちん電車の東は「ごめん」西は「伊野(いいの)」という終着駅の名前が効果的に出てきます。陽菜子は「おりょう」さんに自分が浮気をしていたことを告白した上で夫との関係を聞き、彼女も真実を伝えます。夫の秘密を知って彼女が感じたのは裏切りではなく、逆に彼の愛情の深さだったのではないでしょうか。そして植物状態となった夫に最後まで寄り添う覚悟もしたのではないかと思いました。敢えてあげるなら、この話が一番好きかも😀 

・夏を喪くす
咲子は仕事も結婚も恋も全て手に入れ順風満帆な人生でしたが、ある日不倫相手に胸のしこりを指摘されます。乳がんのステージⅢaと診断されパニック状態の咲子は、最初に夫に電話しますが、普段から互いに必要最低限のメールのやり取りしかしていない彼の冷たい反応に話すことを止めます。不倫相手からも仕事を理由に早々に席を立たれてしまいます。更に夫の不倫相手に宛てた情熱的なメールが転送されてきて、咲子は夫の知らない一面を見せつけられます。互いにドライと割り切っていた夫婦関係はとっくに破綻していたわけです。

職場の慰安旅行に合流した咲子は普段通りに振る舞います。
同年代の女性と比べても完璧なプロポーションが自慢だった彼女が失うものは胸だけはない、けれど男たちの本音と自分が本当に欲しかったものに気付いた咲子に悲壮感はありません。むしろサバサバした感情が彼女を支配していました。
共同経営者である青柳からは、緑内障の進行で視力を失うことを告白されますが、それすら発奮材料に変えて咲子はこれからを切り拓いていくような印象を受けました。

咲子は不倫相手に送った別れのメールに、「そう考えただけで、心が舞い上がっている。」という一文を加えて夫に転送します。夫が彼の不倫相手に送ったメールの〆の言葉で、夫との関係の終わりを示す鮮やかな宣告です。
肝が据わった女は強いのよ!

・最後の晩餐
中国の美術品を扱い成功を収めている麻里子に、NYで住んでいた部屋の家主からアパートを売却するという連絡が入り、7年ぶりにそこを訪れます。彼女が出て行き、部屋をシェアしていたクロが「あの日」(9.11)以来姿を消してからも、何者かによって家賃が払い続けられていたのです。麻里子は当時親しくしていたジュゼッペや大家のミセス・キャンベル、勤めていたギャラリーのボスのジェフリーに話しを聞きに行きます。ここまでは人探しが本題に見えますが、最後に会ったイアンとの会話は、3人の間に複雑な事情があったことが推察されます。
麻里子はクロの恋人だったイアンに思いを寄せ、一度だけ関係を持ちましたが、親友を裏切った罪悪感から、母親を理由に日本に逃げ帰っていました。
最後に会った不動産業者のジョセフィンの口から、麻里子こそが家賃を支払い続けていたことが明らかになります。麻里子はクロがあの9.11の日に姿を消してからも部屋を維持することで彼女が無事でいることを願っていたのでした。

麻里子はクロの部屋で、彼女宛てのポストカードを見つけていました。あの日の前日の日付で、クロが当日の朝ツインタワーの近くまで行く予定であることが記されていました。クロがもう帰って来ないと気付きながらも、麻里子はクロの好きだったポトフをあの部屋で作ろうと決めます。それは彼女なりの決別の儀式なのかもと思いました。

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