2016年4月8日公開 アイルランド=カナダ 118分
ママ(ブリー・ラーソン)と5歳の誕生日を迎えたジャック(ジェイコブ・トレンブレイ)は、天窓しかない狭い部屋で暮らしている。夜、二人がオールド・ニックと呼ぶ男がやってきて、服や食料を置いていく。ジャックはママの言いつけで洋服ダンスの中にいる。ママは「息子にもっと栄養を」と抗議するが、半年前から失業して金がないとオールド・ニックは逆ギレする。さらに真夜中にジャックがタンスから出てきたことで、ママとオールド・ニックは争う。翌朝、部屋の電気が切られ寒さに震えるなか、生まれてから一歩も外へ出たことがないジャックに、ママは真実を語る。ママの名前はジョイで、この納屋に7年も閉じ込められていた。さらに外には広い世界があると聞いたジャックは混乱する。電気が回復した部屋で考えを巡らせたジャックは、オールド・ニックをやっつけようとママに持ち掛ける。しかし、ドアのカギの暗証番号はオールド・ニックしか知らない。ママは『モンテ・クリスト伯』からヒントを得て、死んだフリをして運び出させることを思いつく。ママはジャックをカーペットにくるんで段取りを練習させるが、恐怖から癇癪を起こすジャック。ママは、“ハンモックのある家と、ばあばとじいじがいる世界”をきっと気に入ると励ます。しかし、「ママは?」と尋ねられると、2度と息子に会えないかもしれないと知り、言葉に詰まる。そして、オールド・ニックがやってくる。脱出劇は失敗しかけるが、ジャックの記憶力と出会った人たちの機転で、思わぬ展開を迎える。翌朝、ママとジャックは病院で目覚める。ママの父親(ウィリアム・H・メイシー)と母親(ジョアン・アレン)が駆けつけるが、二人が離婚したことを知ってママはショックを受ける。数日の入院後、二人はばあばと新しいパートナーのレオ(トム・マッカムス)が暮らす家へ行く。しかし意外な出来事が次々とママに襲い掛かる。一方、新しい世界を楽しみ始めたジャックは、傷ついたママのためにあることを決意し……。(Movie Walkerより)
原作はアイルランド出身の作家エマ・ドナヒューの小説「部屋」です。
母と息子の何気ない日常が描かれていると錯覚する冒頭シーンですが、どことなく薄汚れ、天窓一つしかない室内に違和感を覚えます。クローゼットで息子を寝かしつけ、やがて部屋のドアが開き・・・ああ、そういうことかと気付かされるのです。
母ジョイは17歳の時に、見知らぬ男に言葉巧みに騙され、納屋に監禁され、そこでジャックを産みました。もちろん逃げようとしましたが敵わず、ジャックが生まれると、彼を生きがいに監禁生活を耐えます。救出された後、インタビュアーの心無い質問「(子供を救うために)捨てさせるという選択肢は考えなかったのか」に彼女は激しく傷つきます。そうすればジャックは普通の子供らしい生活を送れたはずだと言うインタビュアーですが、子供を産んだばかりの、まして未成年だったジョイにそのような考えは思いもつかなかったでしょう。またもしその選択をしていたら、彼女に希望は残されたでしょうか?あまりにも他人事なこの質問には激しい憤りを覚えました。
好奇心に駆られてクローゼットを抜け出したジャックが、ベッドで眠る男と目が合った時の母の反応に驚き混乱するシーンがあります。ジョイは男にジャックを見られることを極端に嫌がります。それは息子へ危険が及ばぬようにと慮ってのことであり、またジャックは自分だけのもの、男を父親として認めまいという意識が働いてのことでしょうか。ジャックにとって、男は日曜日に食料を持ってくる人であり、それ以上でも以下でもないのですが。
この一件で、ジョイはジャックがもうある程度物事を判断できる年齢に達していると判断します。彼女は息子に、部屋の外には広い世界があること、元々は母もその世界でじぃじとばぁばと暮らしていたこと、男に誘拐され閉じ込められていること=真実を伝えます。さすがに5歳の子にとってすべてを理解することはできず混乱します。
電気を止められた(男に逆らった罰の意味合い?)ことで、ジョイはある計画を思いつきます。それは仮病のジャックを病院に連れて行かせ、ジャックの口から助けを求めさせるというものでしたが、男は薬を持ってくるといって去ってしまいます。翌日、今度は「巌窟王」の話からジャックが死んだことにしてカーペットにくるんで捨てさせる計画を思いつきます。ジャックをカーペットに包み、転がりジャンプし助けを求めるという一連の動作を練習させる姿は鬼気迫るものがあり、ジャックは脅え癇癪を起します。彼にとっては、「男」は恐い存在ですが、部屋は安らぎの場であり、「外」は想像の中にしか存在しないのです。
やがて男がやってきて、カーペットに包まれたジャックをトラックの荷台に乗せ走り出します。転がってカーペットから抜け出したジャックが広くて青い空を仰ぎ見るシーンは、初めて見た外の景色に驚く彼の心を現しているかのようでした。荷台からジャンプしたジャックに気付き追いかけてきた男に捕まってしまいますが、ジャックが通行人に助けを求めると彼を放って逃げ出します。男はジャックがまだ何もわからないと思ってたかをくくったのでしょうか。しかし警官の機転で事態は急展開を迎え、ジョイは救出され男は捕まります。
ここでめでたしめでたしではないところがこの作品の深さです。
ジョイにとってようやく安全で安心な場所に戻った筈の「外の世界」はしかし、両親の離婚、母の再婚、大騒ぎする世間といった激変した場所になりました。解放されたらすぐにでも昔の自分の生活に戻れると思っていたジョイは適応することができず傷ついていきます。ジャックを直視できない父に失望し、新しい生活を営む母に反発するジョイの姿は痛々しいほどです。
この父親・・・娘が疾走した時も、帰ってきた時も、彼は事態から逃げ出したのね。ジャックを直視できない父親にジョイは失望します。娘がいなくなったときも、きっと彼は妻を責めたのだろうなぁ 逆に母親の新しいパートナーであるレオは、二人を温かく包み込んでくれます。独りぼっちでいるジャックの気を引いて話しかける場面や、愛犬を引き合わせる場面などでさり気ないレオの優しさが感じられます。きっと娘の失踪で深く傷ついた母をレオはその大きな強い愛情で守ってきたのだろうなと思わせるのです。
初めのうちこそ、自由を取り戻した喜びに興奮していジョイですが、次第に失われた7年という月日の隔たりに苦しむようになります。あの無神経なインタビューに傷つき自信を失ったジョイは自殺を図るのですが、最初に発見したのはジャック。傷ついたママのために、彼は(パワーの源と信じている)伸ばしていた髪を切ってママに渡してとばぁばに頼みます。髪の毛のパワーで守ろうとするその健気な決心が愛しいです。
あの男のDNAが入っているなんて思えないくらい、ジャックは可愛く聡明です。ジャックが最近できた友達とボール遊びをしているところに回復したママが帰ってきて抱きしめるシーンも感動的ですが、ラストがまた秀逸。もう一度「部屋」を見たいといったジャックの意図がわからなかったのですが、部屋の備品一つ一つに別れを告げていくジャックが最後に「ママも部屋にさよならして」というの。それは過去を断ち切り前を見て歩くという彼なりの意思表示なのだと思います。うん、この二人ならきっと大丈夫!と思えるラストでした。