杏子の映画生活

新作映画からTV放送まで、記憶の引き出しへようこそ☆ネタバレ注意。趣旨に合ったTB可、コメント不可。

コーヒーが冷めないうちに ネタばれあり

2019年04月28日 | 映画(DVD・ビデオ・TV)

2018年9月21日公開 116分

時田数(有村架純)が働く喫茶店・フニクリフニクラには奇妙な都市伝説があった。それは、店内のある席に座ると、望んだとおりの時間に戻れるというものだが、それにはとても面倒くさいルールがった。それは、過去に戻ってどんなことをしても現実は変わらない、過去に戻れる席には先客がいて、その先客が席を立ったときだけその席に座れる、過去に戻れるのはコーヒーをカップに注いでから、そのコーヒーが覚めてしまう間だけで、コーヒーが冷めないうちに飲み干さなければならない、過去に戻っても喫茶店を出ることはできない、過去に戻ってもこの喫茶店を訪れたことのない人には会うことはできない、というもの。すべてのルールを守ったとき、優しい奇跡が起こる。不思議な噂を聞いた客や常連客が、連日喫茶店を訪れる。噂を怪しみながらもやってきた三十路前のキャリアウーマン・清川二美子(波瑠)、なにか訳ありそうな常連客の高竹佳代(薬師丸ひろ子)と房木康徳(松重豊)、なぜか妹の久美(松本若菜)から逃げ回る平井八絵子(吉田羊)、過去に戻れる席にいつも座っている先客の謎の女(石田ゆり子)。そして、数に想いを寄せ始める新谷亮介(健太郎)。過去に戻れるコーヒーを唯一淹れることができる数も亮介に導かれ、心に秘めた過去に向かい合う。(MovieWalkerより)


川口俊和の同名小説の映画化です

4つのエピソードが登場します。

その一:幼馴染の賀田多五郎(林遣都)から突然アメリカに行くと告げられ動転して喧嘩別れをしたキャリアウーマンの二美子は、その日に戻って互いの本心に気付きます。彼がアメリカに行った事実は変えられないけれど、自ら仕事を辞して彼を追いかけて渡米する選択をした彼女は未来を変えたといえるでしょう。

その二:若年性アルツハイマーに侵された妻をやさしく見守る夫の房木。妻が渡せずにいる手紙の中身が知りたい房木はその手紙を渡そうとしていた日に戻り、妻の本心を知ります。夫のことさえ忘れてしまった妻に敢えて余計な刺激を避けて寄り添っていた彼ですが、妻の願いは最後まで夫婦でいたいというものでした。妻の現状に向き合うことを彼自身が恐れ避けていたと気付いた夫は、まっすぐ妻に向き合うことを決意します。

その三:故郷の妹を残し実家を捨てて出てきて、スナックを営む喫茶店の常連客の八絵子は、訪ねてくる妹に会おうとせず逃げ回っていました。ところが突然妹が事故死してしまいます。後悔を抱え、もう一度妹に会いたいと願った八絵子は、妹が姉と一緒に実家の旅館を継いでいきたいという願いを知ります。自分が家を出たせいで仕方なく妹が実家と両親の面倒をみなければならなくなったと思っていた彼女は、妹の死は覆せないけれど、彼女とした約束を果たすため、スナックを閉めて実家の旅館を継ぐんですね。

その四:次第に惹かれあっていく新谷と数。ある日新谷はあの席にいつも座っている女性の正体が数の母親であることを知ります。

ルールを破ってしまった彼女は「その日」から戻れず幽霊として席に座り続けていたのです。

この不思議な時間を超える旅のための珈琲を淹れるのは時田家の代々の女性の役割という設定で、母親にコーヒーを淹れたのは幼い日の数だったのです。彼女は母が亡くなった父に逢うため珈琲を飲んだのだと思い込んでいましたが実は、母が望んだのは過去ではなく未来だったのね。病魔に侵された母が幼い娘の行く末を心配するのはまぁ当たり前の心理で、戻れなくなったのも娘との別れに耐えられなかったからということらしい。でもねぇ・・現実に娘は取り残されたわけで、それってやっぱり母親の身勝手ともいえるんじゃないかしらん

この母娘の呪縛を解くのが新谷君と未来からきた彼らの娘。そりゃ~この能力を持ち合わせるのは時田家の女系ですからねぇ

時間旅行のパラドックスをうまく避けているような設定ではありますが、深く考えると矛盾も出てきそう。そこは置いといて、やっぱり人は前向きに生きなきゃねという結論でよろしいようで


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ルイスと不思議の時計

2019年04月27日 | 映画(DVD・ビデオ・TV)

2018年10月12日公開 アメリカ 105分

1955年、ミシガン州のニューゼベディ。
両親を車の事故で亡くした10歳のルイス・バーナヴェルトは、伯父のジョナサンに引き取られる。若い頃に家出したジョナサンは、ルイスの両親の葬式にも参列しておらず、ルイスも会うのが初めてだった。住宅地のいちばん奥にあるジョナサンの古い屋敷の中には、いたる所に時計が置かれ、不思議な雰囲気が漂っている。じつはジョナサンは魔法使いで、隣に住むフローレンス・ツィマーマン夫人も、かつて強力な魔法を操る魔女だった。ただしジョナサンの腕前は二流で、ツィマーマンは超一流。彼らは何かと相手の悪口を言い合うのだが、実際には仲が良さそうで、喜んでルイスを迎えてくれる。屋敷での最初の夜、ルイスは自室の外を誰かがうろついていることに気づく。ジョナサンが廊下を歩き回っているのだ。翌朝、壁のステンドグラスの絵柄が変わっているなど、ルイスは屋敷に何か秘密があることを察するのだった。新しい学校に通うことになったルイスだが、スポーツが苦手でなかなか友人ができない。そんな彼にただ一人、声をかけてくれたのは、スポーツ万能でハンサムの人気者、タービーだった。どうやらジョナサンは、屋敷のどこかに隠された魔法の時計を探しているらしい。その場所は壁の中らしく、ジョナサンは壁を叩き壊したりもしている。不安を募らせるルイスの前に現れたのは、亡き母の幻で、彼は母から「本と鍵を探しなさい」と告げられた。勇気をもって屋敷内を探索するルイスだが、なんと壁の絵や椅子、オルガンなどが勝手に動き出し、びっくり仰天!混乱するルイスを落ちつかせるため、ジョナサンは自分が魔法使いで、魔法の時計を隠したのは、亡き親友の魔法使いで、この屋敷の元持ち主、アイザック・イザードであると伝える。アイザックは闇の魔法を使って時計を作ったらしい。そして中秋の名月の夜、ジョナサンとツィマーマン夫人はルイスに魔術を見せ、呪文のテクニックを教えるのだった。呪文を学んだルイスは、学校でも簡単な魔法を使うようになったが、友人だと思っていたタービーが選挙で学年代表の生徒になり、骨折も回復したことで、冷たくあしらわれてしまう。タービーの気を引きたいルイスは、伯父のジョナサンが魔術師であると教え、屋敷に誘う。ジョナサンから「開けてはダメ」と言われていた棚をタービーに強要されて開けるルイス。そこに入っていたのは「降霊術」の本だった。本を読んだルイスが、死者を生き返らせる呪文を唱えたところ、あろうことかアイザックが甦ってしまった!このままではアイザックが魔法の時計の鍵を手に入れ、動かしてしまう。時計が動き出せば時間が逆戻りして、この世界すべてが過去となり、失われてしまうというのだ。甦ったアイザックに、ルイスとジョナサンはどう対抗するのか?思いもよらぬ魔法バトルの火ぶたが切って落とされたーー!(公式HPより)

 

1973年発表のジョン・ベレアーズのファンタジー小説「壁のなかの時計」の映画化です。

子供向けではありますが、ジョナサンとフローレンスの口は悪い(この悪口合戦は子供受け間違いなしですね)けど仲が良い関係や、親を亡くしたルイスの愛や友情を求める気持ちなど、大人にも訴えかける機微もあり、普通に楽しめました。

舞台となるジョナサンの屋敷は、全体的に雑然としていて、不気味な機械人形や魔術の道具が所狭しと置かれています。子供にとっても、興味惹かれるのと同時にやはり気味悪い場所ですね

学校で親切にしてくれたタービーと友達になれたと思っていたルイスですが、タービーの方は学年代表の選挙に勝つために装っていた親切であり、ルイスのことも友人として認めてくれてはいないという・・・それを指摘してくれた女の子を無視してルイスは大事な秘密をタービーに打ち明けます。

ルイスの部屋に現れるお母さんの幽霊?は実は悪者が化けています。最初の登場の際にはうっかりルイスを心配して現れたのかなと思ってしまったけれど、二度目からはおかしいなと気付いてしまうねぇ 彼女の正体はけっこう意外でしたが、でもわかってみればなるほど!な人物でした。

フローレンスは家族を亡くした心の傷が癒えず、大きな魔術も使えなくなっていましたが、ルイスへの愛情が能力を復活させます。まさに愛は強し! へたれな伯父さんもルイスを守るためなら強くなれます

アイザックが悪者になってしまったきっかけは戦争での悲惨で過酷な体験ですが、それでも自らの意思で招いた結果であり、同情すべきではないですね

山場となる時計の中での戦いはスリルがあります。そんな中、顔は伯父さんのままで体が赤ちゃんになってしまったジョナサンの姿がキモ可愛です・・いや、やっぱりキモイ方が勝つかな

無事に世界を救ったルイス 伯父さんとツィマーマンさんが本当の家族となりそうだし、学校でも本当の友人を得ます。文句なしのハッピーエンドですね


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ビブリア古書堂の事件手帖 ~扉子と不思議な客人たち~

2019年04月21日 | 

三上延(著) メディアワークス文庫

ある夫婦が営む古書店がある。鎌倉の片隅にひっそりと佇む「ビブリア古書堂」。その店主は古本屋のイメージに合わない、きれいな女性だ。そしてその傍らには、女店主にそっくりな少女の姿があった--。
女店主は少女へ、静かに語り聞かせる。一冊の古書から紐解かれる不思議な客人たちの話を。古い本に詰まっている、絆と秘密の物語を。
人から人へと受け継がれる本の記憶。その扉が今再び開かれる。(「BOOK」データベースより)

 

シリーズの番外編です。

本編から7年後という設定(2018年秋)で、栞子さんと大輔君が結婚して娘の扉子が生まれ、その子が6歳になっているという

娘の容姿は栞子さんにそっくり(ということは母の智恵子さんと母娘三代にわたって似ているってことね)で、本の虫なところも同じですが、性格は母より物おじせず外交的なようです。でも本ばかり読んでいて友達がいないことを栞子さんはちょっと心配してます。もちろん自分もそうだったから、娘に強く言えないのだけれど、人との関わりを持って欲しいという気持ちは親になってみてこその思いですね

栞子さんは大輔君から、置き忘れた「青いカバーの文庫本」を探すよう頼まれます。それは誰にも中を見られたくない夫婦だけの秘密の「本」なのですが、探し物をする母に扉子は興味津々で、お手伝いしようとします。娘の気を逸らそうと栞子さんは本にまつわる4つのエピソードを語り聞かせます。

これまでのシリーズが大輔君目線で語られていたのに対し、今作ではそれぞれの物語の主人公目線というのも新鮮です。

第1話は二人の結婚直後。

北原白秋童話集「からたちの花」にまつわるお話で、年の離れた妻と結婚し子供を持った坂口さんと彼の親族(姪)との和解の物語です。

前科のある坂口さんが兄家族と疎遠になった理由は、実は姪の誤解にあったこととが判明します。それに気づくきっかけとして「からたちの花」の歌詞の最後の部分が出てきます。彼の優しさと哀しみが伝わるエピソードになっています。

 

第2話は結婚2ヶ月のクリスマスの頃。

「僕と母さんの思い出の本」というタイトルですが、この「本」の正体は意外なものでした。

息子が急死した母親から「思い出の本」を探してほしいという依頼を智恵子さんから丸投げされた栞子さんと大輔君。

母親は息子にピアノや絵画や語学などを小さな頃から習わせますが、息子の方は一向興味を示さず、ゲームにはまり、大学も中退して、母の望むような職業には就かずにこれまた気に入らない嫁をもらって家を出てしまいます。息子の部屋に残っていた本を送ったところ、「母さんとの思い出の本があったから今度持っていく」との電話が最期になってしまったのです。ところが母親はその本が何なのか全く心当たりがない・・・これは難問!とりあえず、息子の家で彼の嫁に話を聞きますが、彼女もわかりません。ゲーム嫌いの母がその関連の本を買い与えたとも思えず悩む栞子さん。さらに肝心の本は息子の友人が持ち去った様子。滝野蓮杖さんが一役買ってくれて無事取り戻すことができ、実物を見た栞子さんは閃きます。

この物語では、なさぬ仲の母と嫁の関係を何とか良い方向にという息子の思いが込められていました。

 

第3話は、二人の結婚前の2011年8月のお話。

佐々木丸美「雪の断章」という本を通して菜緒(栞子の妹の文香の親友)と志田と紺野という少年の出会いが描かれます。

ホームレスでせどりをしている志田が突然姿を消し、紺野という少年から志田のメッセージを受け取った菜緒は志田の行方を紺野と共に探します。

菜緒が受け取ったのは「雪の断章」という本ですが、すでに彼女は過去に志田からその本を貰っていました。なぜ二冊目を?という疑問と紺野が志田と親しかったことにある種の嫉妬と彼への淡い想いを持つ菜緒でしたが、姿を現した志田から意外な事実を聞かされます。

紺野の正体と彼が菜緒に近づいた目的が苦く切なく、そしてちょっぴり甘いです

 

第4話は2018年秋、現在になっています。

シリーズ最終章で舞砂道具店との母の時からの確執とその決着が書かれましたが、その後日譚のような内容。

内田百聞「王様の背中」という御伽噺集にまつわるお話です。

栞子さんを嵌めようとして失敗した吉原は商売も没落し体も壊して人生の敗残者となっていました。商売を継いだ息子もうまくいかずにいました。商談で出かけた家で、鼻先で本がビブリア古書堂に持ち込まれたことを聞いた息子は、それまでのいきさつが脳裏に浮かび、店に立ち寄ってしまいます。そこで目にしたのが扉子が勝手に読んでいたこの御伽噺です。偶然が重なって持ち主と間違われたことを幸い、本を手に入れるのですが、扉子が落としてしまったあるものにより、悪事は露見し大輔に捕まってしまうんですね。

もし、彼が確執に拘らずに帰っていれば、この本は彼の店に売られることになった筈という運命の皮肉さが切ないような、欲に溺れた哀れさを感じます。救いは、この男が自らの罪を悔い改め、新しい道を歩き出そうとしたことですね。

4つのお話は、店内・倉庫(大輔の実家の食堂)へ向かう車の中・倉庫で語られます。

扉子の興味を逸らしながら、お目当ての「本」を無事回収することのできた栞子さんはやっぱり母の顔になっていました

作者はあとがきで扉子は今後も成長していく予定だと書いています。番外編というか、今度は扉子目線のお話が期待できそうね 

2022年6月15日 再読


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ヴェノム

2019年04月21日 | 映画(DVD・ビデオ・TV)

2018年11月2日公開 アメリカ 112分

敏腕記者エディ・ブロック(トム・ハーディ)は、人体実験で死者をだしているという<ライフ財団>の真相を追う中、ある“最悪な”ものを発見し、接触してしまう。それは<シンビオート>と呼ばれる地球外生命体だった。この意思を持った生命体との接触により、エディの体は寄生され、その声が聞こえるようになる。「一つになれば、俺たちはなんだってできる」とシンビオートはエディの体を蝕み、一体化し、ヴェノムとして名乗りを上げる。ヴェノムはそのグロテスクな体で容赦なく人を襲い、そして喰らう。相手を恐怖に陥れ、目玉、肺、そしてすい臓…体のどの部位も喰い尽くす。エディは自分自身をコントロールできなくなる危機感を覚える一方、少しずつその力に魅了されていく――。(公式HPより)


スパイダーマンの宿敵「ヴェノム」の映画化です。

予告に登場するグロテスクな容貌が苦手で劇場鑑賞は見送ったのですが、内容的にはコミカルな要素もあり、苦手意識を上回る面白さがありました。

いつの世も、最先端の技術や科学を求め人は飽くなき欲求に突き進むものですね

本作ではその結果、シンビオートという最悪の種族を地球に引き入れてしまいます。彼らは他の生物に寄生し、餌にもします。彼らの目的は地球を餌場にすることなんですね エディに寄生したヴェノムは宿主の能力や性質、記憶を共有し、負け犬のエディに自分と同じはぐれ者の共感を覚えたようで、だから彼を餌にはせず共存の道を選んだのね。(邦画「寄生獣」も似たような展開だったな

財団の真実を知られたエディを、彼らがそのままにしておくはずもなく、またシンビオートのリーダーからも追われる二人に協力するのは元カノのアニー(ミシェル・ウィリアムズ)。彼女に寄生したヴェノムは女性体型なのも面白かったです 

グイ容貌さえクリアすれば、ヴェノムは案外愛嬌があるキャラで、エディとのセリフの掛け合いもコミカルで楽しさがあります。

エディが釘をさすので、ヴェノムが食べるのは「悪人」限定ですしね 代用品がチョコレートというのにも理由があるようです。

エンドクレジットに登場する連続殺人犯(ウディ・ハレルソン)は後にヴェノムの宿敵となるカーネイジ(これも別のシンビオートが寄生して誕生するらしい)だそう。続編は彼との対決になるのかな


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羊と鋼の森

2019年04月20日 | 映画(DVD・ビデオ・TV)

2018年6月8日公開 134分

将来の夢を持っていなかった主人公・外村(山﨑賢人)は、 高校でピアノ調律師・板鳥(三浦友和)に出会う。
彼が調律したその音に、 生まれ故郷と同じ森の匂いを感じた外村は、 調律の世界に魅せられ、果てしなく深く遠い森のような その世界に、足を踏み入れる。
ときに迷いながらも、先輩調律師・柳(鈴木亮平)や ピアノに関わる多くの人に支えられ、磨かれて、 外村は調律師として、人として、逞しく成長していく。
そして、ピアニストの姉妹・ 和音(上白石萌音)由仁(上白石萌歌)との出会いが、 【才能】に悩む外村の人生を変えることに―。(公式HPより)


ピアノ調律師の青年の成長を描いた宮下奈都の小説の映画化です。

一言でいうなら、とても静かで淡々とした中に余韻の残る作品です。

外村の生育環境が、彼が調律師を志ざしたきっかけに大きく関わっているようでした。原作は未読なのですが、その辺が掘り下げられて書かれているのかな?

ピアノは習ったことがないですが、調律師という仕事があることは知っていました。

作品中に登場する調律の過程が新鮮で興味を惹かれました。

羊と鋼はまさにピアノの音を奏でる構造からきていて、その音はさながら森に吹く風や木々の揺れや光さえ表しているようでした。

一人の青年の成長を描いていて、そこには特段大きな出来事が待っているわけでもなく、物語としては単調です。

ただ、音楽好きな人にはその淡々とした様こそが味わい深く映るのではないかしら。

外村が出会う調律師の先輩たちは、それぞれ人間として尊敬できる善い人たちなのがホッとします。

中でも外村がこの道に進むきっかけとなり、彼を暖かく見守り、大きな目標となる人物を演じた三浦友和さんの演技が光ります


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キングダム

2019年04月19日 | 映画(劇場鑑賞・新作、試写会)

2019年4月19日公開 134分

紀元前 255 年。春秋戦国時代の中華・西方の国・秦。戦災孤児の信(山崎賢人)と漂(吉沢亮)は、天下の大将軍を夢見て、日々剣術に励んでいた。そんなある日、漂は王都の大臣・昌文君(高嶋政宏)によって召し上げられ、王宮へ。信と漂は別々の道を歩むこととなる。だが、王宮では王の弟・成(本郷奏多)によるクーデターが勃発。戦いで致命傷を負った漂は、何とか信のいる納屋に辿り着き、“お前に頼みたいことがある”と告げる。血まみれの手に握られていたのは、ある丘に建つ小屋を示す地図だった。“今すぐそこへ行け”と言い残して力尽きる漂。泣き叫びながらも、信は漂が手にしていた剣と地図を握りしめ、走り出す。そして辿り着いた場所で信の目に飛び込んできたのは、冷静に佇む漂の姿。だがそれは、玉座を奪われ、王都を追われた秦の若き王・政(吉沢亮:二役)だった。政に瓜二つの漂は、政の身代わりとなって命を落としたのだ。激高する信だったが、国を背負う政の強さと漂の意思を受け止め、政と共に行動することを決意。2人は王宮を奪還するため立ち上がる。だがそれは、政にとっての第一歩に過ぎなかった。戦乱の世に終わりをもたらす中華統一。未だかつて誰も成し遂げたことのない夢を、政は心に秘めていた。信は天下の大将軍を、政は中華統一を。その夢の前に横たわるのは、途方もない修羅の道。若き2人の戦いが幕を開ける……。(MovieWalkerより)

 

中国春秋戦国時代を舞台にした原泰久の漫画の実写映画化です。

原作漫画は未読でストーリーも全く知らないままの鑑賞でしたが、面白かったです。とはいえ、筋書きは大体読めちゃうんですけどね

冒頭、下僕として売られていく途中に大将軍を見かけ胸を熱くする少年・信の姿が描かれます。この大将軍・王騎を演じているのが大沢たかおさん。役作りで15(20だったかな)kgの増量をして肉体改造したらしい このキャラ、筋骨隆々ではあるけれど、どことなく公家風。高めの声音もあり、「ドラゴンボール」のフリーザさんに似てるぞ (いや、あちらは完全なる悪役ではありますが。)

王弟の成は、身分の低い母から生まれた兄の存在を疎ましく思い、自分こそが正しい後継者だとクーデターを起こします。映画では触れられていないけれど、王族出身の母やその実家の、身分を鼻にかけた連中によってスポイルされまくった結果があの傲慢なキャラに集約されたのだろうと、余計な想像をしてしまいました。憎たらしい表情が見事な奏多君です(何気に好きな俳優なんだよね)

王の身代わりで漂が命を落としたと知って初めは反発する信ですが、やがて二人は強い絆で結ばれていきます。彼らを助ける者も増えていきます。

貂は山の民の末裔の少女で、フクロウの衣装が彼女「戦闘服」その下に隠れている装いは王宮での戦いの際に明らかになりますが、演じる橋本環奈ちゃんは、「銀魂」の役柄同様の天然脱力系キャラでした

政が助力を求めた山の民の王を演じるのは長澤まさみさんです。王が女性であることに意義は唱えませんが(実際、優れた戦士キャラです)、全く日焼けの跡もないあの白い肌はどうなんだろ?そしアマゾネス風の露出高すぎの戦闘服は何サービスですか 

個人的な好みでいえば、直情型で単純な主役の信より、知的策略家の政がいいな~~ 漂と政の二役を演じた吉沢亮君、ちょっとこれから注目しようかな

大陸が舞台の、いわば日本が描く三国志みたいなイメージですね。ロケ地は中国浙江省・象山影視城で中国屈指の映画村だそうですが、日本各地でも撮影されていました。

高嶋政宏、満島真之介、要潤など、ヒットすれば続編でもまた活躍しそうな顔ぶれもそれなりに豪華

でも何といっても大将軍・王騎の存在はピカイチですね うん、続編観たいぞ


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クリミナル・タウン

2019年04月14日 | 映画(DVD・ビデオ・TV)

2018年8月25日公開 アメリカ 86分

ワシントンD.C.に暮らす冴えない男子高校生アディソン(アンセル・エルゴート)は、親友のケヴィンが銃殺されたという知らせを受けるが、「不良の黒人少年が麻薬をめぐるギャング同士の抗争に巻き込まれただけ」と、事件の捜査は早々に打ち切られてしまう。優等生のケヴィンが麻薬にかかわっていたはずがないと考えるアディソンは、幼なじみのフィービー(クロエ・グレース・モレッツ)とともに、ケヴィンの名誉回復のためにも真相を解明しようと独自に調査を開始するのだが……。(映画.comより)


サム・マンソンの小説を原作に親友が殺された事件の真相解明に挑む高校生の姿を描いたクライムサスペンスということですが、なんか迫力に欠けるというか、青春映画の主人公たちが探偵ごっこをする感の軽さが否めなかったです。 

冒頭に登場する幼いアディソンと母の姿を映したビデオと彼のモノローグは、アディソンが母の死を前に何もできずにいた自分に傷ついていることを示していますが、それって彼じゃなくても不可抗力でどうしようもない事実なわけで・・・まぁ、そこに傷つくのがティーンエイジャーの特性ともいえるわけですが 

スマホじゃなくポケベルを持ち、古い車に乗り流す音楽はデビッド・ボウイと、今時規格から外れた少年であるアディソンは学校でも少し浮いた存在のようです。シカゴ大学への願書もネットじゃなくて郵送ですからね

アディソンがフィービーと初めてSEXした日(彼曰く男になった日)にケヴィンは射殺されてしまうんですね。これはトラウマになりますね~~

ケヴィンはアディソンにとって、品行方正な親友だったわけで、彼の死を警察も学校もギャング同士の抗争に巻き込まれたと考える姿勢に反発を感じるのも自然です。校長はこの件から手を引けば大学の推薦状を書くといわれても諦めずに独自に調査を始めますが、刑事も取り合ってくれません。でも、人は一面だけでなく色んな顔を持っていることを、まだアディソンは知らない、その青さが彼自身とフィービーをも危険に導いていきます。

実際、ケヴィンはアディソンが思っていたような少年ではなかったことがわかってきます。ケヴィンの両親は息子の死に十分打ちひしがれていて、これ以上の残酷な真実を受け止める意思がありません。ですが、どうしても彼を殺した犯人を突き止めたいアディソンは罠に誘い込まれていきます。その点、フィービーの方が冷静な判断ができています。この年頃の男女の精神発達度の違いといえるかな?

二人とも片親で、アディソンの父(デビッド・ストラザーン)やフィービーの母(キャサリン・キーナー)はギャングが関わっているような危険な事件に深入りする二人を心配しています。親の様子の方が身につまされるというか、どうしても親目線で見てしまいますね 

フィービーが警察に通報したことで、アディソンは死を免れ、犯人も逮捕され、一件落着です。

父と一緒に幼い自分と母の映った昔のビデオを見るシーンで、彼の成長を描いたのかな。アディソンはシカゴ大学に無事合格し、フィービーとの関係も続くことを示すエピで幕を閉じるあたりは、やっぱり青春映画ではあります


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嘘はフィクサーのはじまり

2019年04月13日 | 映画(DVD・ビデオ・TV)

2018年10月28日公開 イスラエル=アメリカ 118分

世界金融の中心地、ニューヨーク。その一端を牛耳るユダヤ人上流社会に食い込むべく、自称フィクサーのノーマン・オッペンハイマー(リチャード・ギア) は小さな嘘を積み重ねて人脈を広げてきた。ある日、某国の高官が未収税の債券を格安で売却希望との裏情報を掴む。狙うは有名投資家のジョー・ウィルフ(ハリス・ユーリン)とアーサー・タウブ(ジョシュ・チャールズ)の2人。甥っ子の弁護士フィリップ(マイケル・シーン) のつてを頼ってウィルフの秘書(ダン・スティーヴンス) に接触を図るが、門前払いを食らう。それでも諦めないノーマンはニューヨークを訪れていたイスラエルのカリスマ政治家エシェル(リオル・アシュケナージ)の肩書きを利用することを思つく。偶然を装って彼に近づき一流ブランドの革靴をプレゼントして、私用の電話番号を手に入れるのだった。しかし、せっかく招待したタウブ主催の食事会にはエシェルは現れなかった。
それから3 年後、エシェルはイスラエル首相に大出世した。ノーマンはワシントンD C で開催された支援者パーティに参加する。そして、奇跡は起きた。あの夜以来、音信不通だったエシェルが、感激した面持ちでノーマンを抱きしめ、“ニューヨークのユダヤ人名誉大使”と人々に紹介したのだ。あらゆる業界の人々から羨望の眼差しで見つめられ、ノーマンは成功を確信した。帰りの車中、興奮冷めやらぬ彼は、イスラエル法務省の女検察官アレックス(シャルロット・ゲンズブール)と知り合う。壮大な計画を得意げに語るノーマンだったが、怪しいやり口に彼女が疑惑を持ったとは気づくはずもなかった。。。。(公式HPより)


自称フィクサーの男が、国際的な大騒動を巻き起こす姿を描いたブラックコメディとの触れ込みですが、これをコメディと呼べるほど政治・経済通でもない身には正直笑える部分がなかったです。

ノーマンは自分の利益を得るために仲介をしているというより、誰かの、ひいては世の中の役に立つ人間になりたりという欲で動いているように見えました。

彼自身は裕福でもなんでもないし家族も恋人も、そもそも身寄りがあるのかすらわからないキャラです。エシェルとの出会いが彼の人生を変えていくのですが、その結末はあまりに哀しい。それでもノーマン自身の選択であり、結果エシェルと世界の平和に大きく貢献したことになるのですから、本望だったに違いないのです。

こういう名もない人間が世界を動かす歯車の一片になることがあるということを知る機会になったという意味では興味深い作品ではあります。


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いつだってやめられる 闘う名誉教授たち

2019年04月09日 | 映画(DVD・ビデオ・TV)

2018年11月16日公開 イタリア 102分

ドラッグ生成の罪で刑務所に服役している神経生物学者ピエトロ・ズィンニ(エドアルド・レオ)は、合法ドラッグの製造者を探っていて、ある男が神経ガスを使ってテロを引き起こす可能性があることを突き止める。テロによる大量殺人を未然に阻止するため、ピエトロは方々に収容されているかつての合法ドラッグ製造仲間である落ちこぼれインテリたちを再び集め、脱獄を企てる。はたして彼らは、テロを未然に防ぐことができるのか……?(MovieWalkerより)


「いつだってやめられる」シリーズ最終章です。第二作とこれが同時制作されたそうで、三作を全部観ると一本の流れの中で進む物語であることに気付きます。

基本はコメディですが、経済優先で研究を打ち切られる学者の現状や後手に回るドラッグ摘発など、シニカルな要素も散りばめられています。学者は自分の専門領域に没頭するあまり、世間とずれた感覚があるけれど、根底には認めてもらいたい、役に立ちたいという思いがあることも伝わってきました。

ヴァルテルの真の狙いが神経ガスによる大量殺人にあると気付いたピエトロですが、誰も彼の話に耳を貸そうとしません。そんな時、面会にきたフリージャーナリストのアリーチェから、数年前に起きた研究所の爆発事故で大怪我をした科学者がムレーナ(かつての敵で犯罪組織のボス)だったことを聞かされます。獄中のムレーナと接触を図ったピエトロは、ヴァルテルが事故の犠牲となった恋人の復讐をしようとしていると知ります。その場所がピエトロの恋人のジュリアも参加する大学の名誉学位の表彰式と知り、何としても計画を未然に防ごうと決意した彼は、かつての仲間を一堂に集めるため敢えて罪を認めます。(そうすることで一時的に全員が一つの刑務所に集められるらしい。)ムレーナも巻き込んでの脱獄劇は、刑務所内でのオペラの発表会を利用した笑える計画です。

大学に駆け付けた一行は、二手に分かれて捜索。ピエトロはヴァルテルを見つけて説得を試みますが、事故の原因を自分が作ったことを指摘されるんですね。これば大一作の冒頭に繋がっています。一方で、仲間たちはガスを中和するため奮闘し、アルベルトが大活躍するんですね~~。 テロを未然に防いだ学者集団、この時ばかりは拍手を送りたいと思いました。

それにしても、学者って変人ばっかりだわ


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いつだってやめられる 10人の怒れる教授たち

2019年04月08日 | 映画(DVD・ビデオ・TV)

2018年5月26日公開 イタリア 119分

大学を追われた神経生物学者のピエトロ・ズィンニ(エドアルド・レオ)は、同僚たちと合法ドラッグの製造で一儲けを企んだものの、警察に逮捕され、服役。ところが、そんな彼に警察から協力要請が。パオラ・コレッティ警部(グレタ・スカラーノ)が依頼してきたのは、スマートドラッグ蔓延防止のミッション。そこにはもちろん、逮捕された他のメンバーが加わることも想定されていた。報酬は、彼らの犯罪歴の抹消。ズィンニの呼びかけに応じて、再結集する7人の仲間。だが、ミッションを遂行するには、近年の頭脳流出によって国外へ出ていた研究者の多くをイタリアへ呼び戻さなければならない。コレッティ警部と共に、海外に潜む優秀な研究者たちをリクルートし、10人の新たなチームが結成される。こうして、次々とミッションをこなしていくズィンニたち。しかし、大物の“ソポックス”だけは辿り着くことができなかった。“ソポックス”に必要な成分がピルから抽出できることに気づいたズィンニは、大量のピルが狙われると踏んでピルを追跡する。ところがそこへ、ピルを強奪しようとする新たな敵(ルイジ・ロ・カーショ)が現れ……。果たしてズィンニは無事に釈放され、妻(ヴァレリア・ソラリーノ)と生まれたばかりの子どもが待つ病院に駆けつけることができるのか……?(MovieWalkerより)


社会からはじき出された学者たちが合法ドラッグ製造で人生の一発逆転を狙う姿をユーモア&皮肉たっぷりに描いたコメディ「いつだってやめられる 7人の危ない教授たち」の続編です。

上昇志向の強いパオラがピエトロに持ち掛けたのは、ローマに蔓延しているスマートドラッグを分析し、その成分を突き止め新たに30種類を違法リストに追加するというミッション。成分がわかれば違法ドラッグリストに載せることができて、摘発可能になるからです。そのためにはかつてのメンバーはもちろん、国外に流出した優秀な頭脳を集めなければなりません。メカトロニクス工学者ルーチョ、解剖学者ジュリオらが新たに加わります。 刑務所に収監されているピエトロが娑婆に出るのも国外に行くのも本来はあり得ないのだけど、そこは超法規的措置が与えられている・・らしい。

次々と成分を突き止めていく中で、唯一ソポックスだけは解明できません。前作でドラッグ中毒になったアルベルトは誘惑に負けてソポックスに手を出してしまいますが、それがきっかけで(前作で起こした)事故の記憶が戻り、製造にクラマトグラフィーが使われていることがわかります。さらに面会にきたジュリアとの会話でピルがその成分に関係していることに気付いたピエトロは、大量のピルが運ばれてくる情報を入手し、そこを狙ってくる組織を摘発させようと動き出します。

貨物コンテナにGPSを付ける予定が、仲間のマッティアが閉じ込められ、その救出のためのドタバタはちょっとしたアクション作品。なんたって彼らの移動手段はナチから押収したジープとサイドカーなんだもの。これ、ギリギリアウトじゃないですかねぇ ピルは組織のボス・ヴァルテルに奪われてしまいますが、彼らの製造所を突き止めることに成功します。これでミッション完了!のはずがパオラの失脚でピエトロは再び刑務所へ。そして彼はソポックスが単なるドラッグではなく神経ガスの化学式であることに気付きます。続く・・・。

冒頭で子供を抱いたジュリアが面会に来ていて、でも本編では妊婦で結末で出産。あれ?時間軸が・・と思ったら、完結編の次作と連動しているんですね。

さてさて、どうまとめてくるのかしら? 


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言の葉の庭

2019年04月01日 | 映画(DVD・ビデオ・TV)

2013年5月31日公開 46分

靴職人を目指す高校生・タカオ(声:入野自由)は、雨の朝は決まって学校をさぼり、公園の日本庭園で靴のスケッチを描いていた。ある日、タカオは、ひとり缶ビールを飲む謎めいた年上の女性・ユキノ(花澤香菜)と出会う。ふたりは約束もないまま雨の日だけの逢瀬を重ねるようになり、次第に心を通わせていく。居場所を見失ってしまったというユキノに、彼女がもっと歩きたくなるような靴を作りたいと願うタカオ。六月の空のように物憂げに揺れ動く、互いの思いをよそに梅雨は明けようとしていた。(公式HPより)

 

新海誠監督が、現代の東京を舞台に描いた恋物語だそうです。舞台となっているのが、年に数度散策している新宿御苑で興味を惹かれてレンタルしてみました。

この監督の作品は主人公たちの心の繊細な機微もだけれど、とにかく背景となる景色の描写が実写のようなリアル感があるんですよね 

何度も散策したことのある場所ということで、「あぁ、あの東屋ね」とか「あの池ね」と認識するとさらにテンション上がってしまいます。

梅雨時、雨の日なんて、普通行かない場所ですが、映画観終わったらちょっと出かけてみたくなりました。

雨の日に日本庭園で出会った少年と年上の女性の交流を描いた物語です。実は彼女は少年が通う高校の古文の教師です。初めて会った日、タカオは彼女に「どこかで会ってますか?」と尋ねます。(高校ともなれば、教科によって複数の教師が存在するので、担当でなければ知らないことはあり得るし、特に彼のように授業も上の空では仕方ないのかも) 問われた彼女は一篇の万葉集の短歌を詠んで去ります。

雨の日の午前だけ、公園で会って会話を重ねる二人。タカオはユキノに自分の夢を語り、(ストレスのせいで)味覚障害のユキノはタカオの作るお弁当を美味しいと感じる(味を感じる)ようになります。彼女はタカオに靴の本をプレゼントし、タカオは彼女のために靴を作ろうとします。

梅雨が明けて夏のある日。ユキノが自分の学校の教師であること、生徒の嫌がらせが原因で学校に来れなくなったことを知ったタカオが、原因となった上級生に食ってかかり逆に殴られてしまうシーンは、彼の内面の怒りやユキノに対する思慕の自覚が感じられます。

 初めて会った日にユキノが詠んだ「雷神の 少し響みて さし曇り 雨も降らぬか 君を留めむ」(雷が少しだけ鳴り響いて雨でも降ってくれないかしら。そうすれば帰ろうとするあなたをこの場に引き止めることができるのに) に対する返し歌「雷神の 少し響みて 降らずとも 我は留らむ 妹し留めば」(たとえ、雷が鳴り響いたり雨が降らなくても、あなたが引き留めるなら私はここにいますよ。)を詠むタカオ。自分がそばにいてあなたを守りますという告白でもあるのですね。

突然の土砂降りに遭い、ユキノの部屋で過ごすひと時は二人にとって「このまま続いて欲しい」幸せな時間です。でもタカオに告白され、ユキノは教師を辞めて故郷に帰ることを告げます。拒絶されたと感じたタカオが怒りをぶつけ、ユキノも自分の思いを言葉にします。でも二人の関係は恋愛というより、彷徨う魂の触れ合いといった方が正しいのかも。

時が過ぎて冬。完成した靴を手に庭園を訪れたタカオはユキノから来た手紙を読みながらあの雨の日々を「2人とも歩く練習をしていた」のだと回想します。「もっと遠くまで歩けるようになったら」ユキノに会いに行こうと思う・・・これは彼が成長し、一人前の男として彼女の前に立ちたいという決意でもあるのかな。一回りの年の差はやがて二人の間で乗り越えられない壁ではなくなるのかも


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