池井戸潤(著) 文春文庫
池上信用金庫に勤める小倉太郎。その取引先「松田かばん」の社長が急逝した。残された二人の兄弟。会社を手伝っていた次男に生前、「相続を放棄しろ」と語り、遺言には会社の株全てを大手銀行に勤めていた長男に譲ると書かれていた。乗り込んできた長男と対峙する小倉太郎。父の想いはどこに?表題作他五編収録。(「BOOK」データベースより)
働く男たちの愛憎、葛藤を描いた文春文庫オリジナル短編集ということで、著者お得意の銀行(信金)の融資に関わる者たちの視点で描かれた6編の短編小説です。個人的には「下町ロケット」「半澤直樹シリーズ」「民王」などTVドラマ化された作品や映画になった「空飛ぶタイヤ」「七つの会議」などで馴染み深いけれど、小説として読んだものは案外少ない気がします。これは友人お勧めの一作。
・十年目のクリスマス
十年前に火災事故で倒産した神室電機の社長の羽振りの良い姿を見た当時担当だった銀行員の永島の疑問から始まります。当時、危機を迎えていたその会社への融資の可否に葛藤した永島にとって、一文無しになった筈の神室社長の羽振りの良さの理由が気になるのは銀行員の性というヤツでしょうか調べて見えてきた真実を永島がどう扱うのか、双方の人生を絡めたその決断は銀行員としてではなく一個人としてなのかも。
・セールストーク
小島の印刷会社を担当していた江藤は融資を見送らざるを得なくなります。窮地に陥った小島でしたが、別口から5000万の融資を取り付け危機を乗り越えます。その融資先が個人だと聞いて上司の北村は相手が気になり調査を開始。すると意外な人物に辿り着きます。与信検査という銀行の監査に重ねた北村や江藤、小島のリベンジが痛快でした。
・手形の行方
堀田はニュージシャン志望で銀行員はデビューまでの腰掛と嘯く若手ですが、時折大口の案件を獲得してくるため上司たちも不満を抑え込んでいました。ところが1000万の手形を紛失するという事件が起こり、彼を監督する立場の伊丹は事態の収拾に奔走することになります。一方で伊丹はこの事件の真相を探り、遂に真相を突き止めます。犯人は堀田をやっかむ同僚か、彼の態度に腹を据えかねていた手形を渡したタバタ機械の社長か、それとも・・愛情のもつれが招いたとはいえ、同じ銀行員として仲間が連日通常業務の傍ら必死で捜索している姿に良心は痛まなかったのか?「二人」の心中がイマイチ理解できなかったけれど、堀田が配置換えという左遷に甘んじてまで銀行に残っている理由が、親になる責任に目覚めたからという伊丹の推測に少しだけ堀田の苦悩を見た気がします。
・芥のごとく
20年近くも鉄鋼会社を経営してきた豪傑女社長の土屋。入社二年目の土屋が担当となり、何とか土屋の会社を支えようと奮闘しますが・・・マチキンに手を出したらもう破滅は避けられない、それでも急場を凌ぐために頼らざるを得なかった土屋の窮状と、追い詰められた彼女の選択が切ない。努力だけではどうにもならない現実が苦くのしかかってくる結末でした。
・妻の元カレ
銀行員としての自分の行先が見えてきたヒロトが、妻の元カレから来た葉書を見つけたことから始まる物語は、就職時は勝ち組だった自分と就職できずに負け組だった元カレの逆転する人生と、妻が元カレと続いているのではないかという疑惑に苛まれる平凡な男に起きた結末が描かれます。いるよな~~こういう人!自分に自信が持てないから妻にも真実を問い質せない、というか彼女が自分の元を去っていくのが恐いのよね。元カレの仕事が失敗し倒産した時、妻はどちらを選んだのか・・・まぁ、女性目線でいけば当然の結末かと でもこの妻の個人的評価は最低!
・かばん屋の相続
かばん屋のお家騒動を、信金の担当員の視点から描いています。2006年に起きた「一澤帆布」の相続争いに着想を得たのではと推測されているようですが・・・家の商売を嫌って大手銀行員となった兄と職人となり商売を盛り上げてきた弟。父親がなくなり、株券全てを兄に渡すという遺言状の真贋はともかく、元大手銀行員という経歴に胡坐をかき、弟から全てを奪った傲慢な兄の誤算と、生前弟に相続放棄するように言った父親の真意が明かされる場面は胸がすく思いでした。それでも、この兄、しっかり次の職場を確保するあたり、転んでもただでは起きない才覚はあるのね
銀行という特殊な環境での様々な思惑や、金融業界独特のルールなども興味深く、融資を受ける側の中小企業の経営者たちの人間くさい物語に華やかな都市銀行とは違う地元に密着した中で起きる事件にいつしか頁をめくる手が止まらなくなっていました。