おきらくごきらく

社会人大学院(早稲田大学大学院商学研究科プロフェショナルコース)へ通う、のんきなサラリーウーマン実録

社会人大学院に対する反応

2006年07月12日 | お仕事

マーケティングにいた時は、同業他社の人達にあまり会う機会が無かったのですが、営業となると話は別で、担当する会社でバッタリ他社の人に出会ったり、パーティやらイベントもので名刺交換する機会がちょくちょくあります。

私は自分が社会人大学院へ通っていることを会社ではオープンにしているのですが、営業先や同業他社の営業マンには言っていませんでした。別に隠しているわけでもないのですが、自分から言う話題でもないし、そもそもそういう話題に興味が無さそうな雰囲気なんです・・・。

社内でも、この年になってわざわざ大学院へ通うことに関心がある人は少なく、大半のリアクションは「よく行くよね~、エライよね~(でも、行って何になるんだろー)」という感じ。コトラーって誰?戦略ドメインって何?バーニー、はぁ?みたいな感じ。そんな机の上のお勉強なんて、日々の業務に必要あるの?という空気を感じていたので、大学院で習っている内容を詳しく会社の人に伝えたことはありませんでした。

でも、今日、同業他社の営業マンで「実は僕、早稲田大学大学院商学研究科プロフェショナルコースを受けようかと去年思って、願書まで取りに行ったんです」なんて言う人を発見したのです。すごいびっくり。

その人は業界でも評判が良い営業の人で、日ごろからマーケとかの本を読んだりしているうちに、大学院に興味を持ったとか。実は私が昨年4月から通っていて今2年生、という話をしたら「えーっ、そーなんですか。詳しく教えてください!」とのこと。そうよねぇ、私たちの業界で社会人大学院に通っている人、いないもんね・・・。私も受験する時、ぜんぜん情報が無くて心細かったのを思い出します。商学研究科どころか、他の大学の社会人大学院すら通っている人なんて皆無で、情報収集といえばネットで検索して引っかかったサイトを読んだりするぐらい・・・。

「ぜひ、今度ゆっくり話を聞かせてください」と頼まれ、少しでも心配を解消してあげたいと思った次第。今から準備すれば、願書取りに行って2週間くらいで提出を迎えた「ザ・非計画受験」の私より、だいぶじっくりと考えをまとめたり対策を練ったりできるはず。早稲田の商学研究科じゃなくても、彼がどこかの大学院で学ぶことが出来るよう応援したいものです。

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3 コメント

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一灯照隅 (神戸牛)
2006-07-15 21:22:08
いつものように、素直な一文、あたたかい目線ですね。



「一灯照隅」「万灯照国」(いっとうしょうぐう まんとうしょうこく)と言う言葉があります。言葉の最初は最澄らしく、この思想をあらためて見直したのが、近代哲学者の安岡正篤氏だとされています。



暗闇の中で、今はその片隅を照らすのがやっとの一灯かもしれないけれど、照らし続けることで一人またひとりと感動し、共感してその灯火が増えてゆく。灯火が万に増える時、光は国を照らすようになる。。。

。。。そんな意味です。



学びの修行はいつも孤独です。

その孤独な灯火を照らし続けるあなたの努力に、彼は「心眼」を開かれるのでしょうね。



・・・そうですね、こんな方が増えて、万灯になって行けば。。。



神戸牛
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あたたかい一燈に (早稲田魂)
2006-07-16 17:35:57
拝啓

おきらくごきらくさんの見識、確かに興味深いですね。神戸牛さんのご指摘もなるほど、です。



いま書店に並んでいます、「安岡正篤一日一言」(致知出版社)のp22に確かにありました。「一燈照隅 万燈照国」と、ここでは「燈」の字を使われています。



安岡正篤氏はビジネス界でも敬愛される方が多いですね。思うに、万燈になれば、その光はさらに明るく国を照らし、光に伴うその熱は社会を暖め、人の心を温めるものになる。



そんな風にも理解できました。

一燈のご健闘を祈ります。



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そんな高尚な・・・ (ちづる)
2006-07-18 15:26:13
コメントありがとうございました。



所詮ワタクシが思っていることなんて、そんなに奥深いことでは無いんですが、お二人のコメントで、なんだかすごい高尚な感じになってしまい恐縮しています。



ただ、大した準備をせずに自分が受験の時に冷や汗タラタラだったので、そんな悲惨な思いは知り合いにさせてはならぬ、という気持ちです。



・・・なんて余裕な発言する前に、自分の論文どうにかしなさい、って感じですが。

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