自由には自己責任が伴いますね。ましてや、世界に開かれたグローバルな日本になるならば、これは必須な事と思います。
核のゴミ(放射性指定廃棄物)は、ばら蒔かれて地域の人々が引き受けるべきなのか?この事について京都大学の小出裕章さんが、8月10日宮城県女川町での「女川から未来を考えるつどい」で、語っています。
<!-- 東京電力に返そう! -->
具体的には、FKUSIMSの第二に原発発電所の敷地で、足りなければ新潟の柏崎苅谷が有ると言う。そして『何はともあれ、一般の方が肩代わりすることは絶対に無いように』、と語っていました。
今にも溢れ出るだろう汚染水の問題もしかり、中間貯蔵施設しかり(結局オカネになっれシマッタ!!!)、いつも泣きを見るのは国民か?国民は、国家の主権者なんです。もっと、未来を見つめて主張しよう。国家は国民の為に在り、決してお金で押し付けられるものではないと。