あっという間に大晦日になってしまった。
思い返してみると心残りもあるけれど、こうして無事に大晦日を迎えられていることには、素直にほっと。
12月後半には波乱の前触れ?義父母のことでいろいろと考えさせられることがあった。もともと自分のことだけも、来年がどんな年になるのかわからない。だったら、その日その時を楽しんでいこう!と改めてしみじみと。
中途半端になっているシチリア旅行記録、マイペース、でも忘れないうちに。と、自分で自分に言い聞かせている。
あっという間に大晦日になってしまった。
思い返してみると心残りもあるけれど、こうして無事に大晦日を迎えられていることには、素直にほっと。
12月後半には波乱の前触れ?義父母のことでいろいろと考えさせられることがあった。もともと自分のことだけも、来年がどんな年になるのかわからない。だったら、その日その時を楽しんでいこう!と改めてしみじみと。
中途半端になっているシチリア旅行記録、マイペース、でも忘れないうちに。と、自分で自分に言い聞かせている。
数日前の寒さを思うと陽射したっぷり、まずまずのスケッチ日和、今日は世田谷区にある馬事公苑まで仲間と出かけた。
遠い昔、この近くに住んでいたこともあり、記憶が蘇る風景でもあった。東京オリンピック馬術競技の会場にもなった馬事公苑、世田谷の住宅街にゆったりとした空間になっていた。昨日今日は、全日本学生選手権が開催されていて、見学者の大半はその関係者だった模様。他は近所に住む幼い子供連れの家族ちらほらに、私達だけという感じだった。
障害競技の行われていたメインアリーナで描き始めたものの、緊張感に包まれた中、選手の表情や競技の様子が気になって、絵の方はいまひとつ。馬の走る姿はその筋肉の動きが美しく見とれてしまうのだが、動く馬を描くこと、私にはハードルがかなり高かった。
しかも、カメラを忘れてしまい、スマホでカシャ。
見ながら
少し斜めに描けば良かった、と今気が付いた。
人物クロッキー、太めの色鉛筆のようなダートマグラフで描こうと思っていた。ところが、最初の10分間ポーズで2枚描いてみるもののしっくりこなかった。2回目10分間で"やっぱりダメだ"と思い、コンテに変えてみると手応えが。
次の5分x4回は全てコンテ、調子が上がってきた。但し、使う予定ではなかったので、短い欠片コンテしかなくチビチビに。休憩後の5分x4回では、1回目ダートマグラフに戻してみるもダメ、残りはコンテのパターンで。ばたばたする気持ちに左右されてしまって、せっかくのモデルさんを前に、残念感が漂ってしまった。隣の人に借りる手もあったが、ちらっと見ると両隣は鉛筆を使用中。邪魔をするのも申し訳ない。
20分間ポーズは時間の感覚が掴めず勢いが無くなってしまい失敗。最後3分弱で描く直すと、先生に横から、その方がいいね、と。自覚あり。
最後の5分x4回はチビチビのコンテ欠片で。ゆっくり描くと太い線、しかもコンテがボロボロに近い状態になってしまうので、勢いをつけて描くしかない。指などの細かいところは描けない。それがかえって良かった?
コンテがあればいつも描ける、というわけでもないとは思うが、次からちゃんと準備しよう。日によって、使いたい色もあるからこれも不思議。
チェファルー2日目、時差ボケもあって早朝に目が醒め、ひとりで朝食前散歩までしてしまった。今思うとエネルギーセーブするべきだった。
前日の夕食時に見せてもらった絶景写真が印象的だったので、朝食後その場所、堤防辺りへ行ってみた。夕方が特に美しいと聞いていたものの待ちきれず、朝の風景を描いてみた。 この眺めこの建物に、今も普通に暮らす人々がいる。映画のセットではない。私の頭の中で、時間の感覚が捉えられない、そんな感じだった。
先週の整形外科では、頚椎症リハビリだけでなく先生の診察もあった。
旅行中最後の2日間、痛みのため午後は部屋でごろごろしていたこと、帰りの飛行機はかなり辛かったことを正直に話した。先生は、以前撮ったレントゲン写真を見ながら思い出したように、"あ~あなたはね~"と。
手術もひとつの選択肢だと言われた。決断を求められたわけではなかったこと、ちょっと予想外だったのであまり質問はしなかった。
これまで服用しているリリカカプセルはあくまで痛みを感じることを抑える薬であって、根本的治療のために薬ではないことを改めて言われた。今回のように痛みのあるときは、痛みを和らげ炎症を抑える薬セレコックスと、ビタミンB12メチコバールの服用を勧められ、処方された。
確かにかなり制限のある日常生活、先のことを考えると今のうちに思い切って手術をするのもひとつかもしれない。ただ、手術で改善は期待できるものの100%ではなく、リスクもあると聞くと簡単には踏みきれない。とりあえず、なんとか飛行機に乗れればそれでいいかな~と思っていることを先生に正直に伝えた。ただ、炎症が酷くなってからの手術では、うまくいかないこともあるそうだ。なるほど。
午後の散歩の後、ホテル前の海岸にあるビューポイントで休憩。大聖堂と岩山と街並み、一望できることに満足。
また、日の入りが早く刻々と色が変わっていく様子には、テンションがかなり上がった。
朝のトレッキングもあってかなり疲れていた。余分なことは何も考えていなかった、考えるエネルギーは残っていなかった。
すると突然、想定外、何かに押されたようにその風景を描きたくなった。水彩絵の具を広げて、たぶん1時間足らずの間、私の中の集中力が結集されたようだった。そんな大袈裟なことでもないのだが、とにかく気持ち良く描けた。
実際の写真はこんな感じ。
今思うと見開きパノラマで描けば良かった~💦 夕焼けの様子も撮れば良かった~。
絶景を満喫した後はやや急ぎ足で大聖堂広場まで。行きとは違う道、迷子になった?と思ったが、気がつくと広場でほっと。
朝とは異なり行き来する人が増えていた。観光客ではなく街で生活する人々、昼食をとりに自宅へ向かう途中だったのかもしれない。
大聖堂前の歩道ほど良い場所で仲間がスケッチ中、見事な絵を描いていた彼女を中学生男子が取り囲んでいた。暫くすると、主にイタリア語での質問攻めに。"これを描くのにどの位の時間をかけたのか?"を理解するまでいくらかの時間が (^-^) その後も色をつけるところを見ていたいと暫く眺めていた。
そんなやり取りがスケッチの楽しみのひとつでも。彼らは家に帰って、大好きなママに大聖堂前での話をきっとしたことと。
集合したメンバーだけで昼食をとり、私も大聖堂に挑戦してみた。ちょっとぼんやりした感じ。
その場では気が付いていなかったけれども、私は大聖堂そのものよりも、フェンスが気になっていたようだ。椰子の木と聖堂の組み合わせが新鮮だった。全景でなくて大聖堂 m(._.)m
おそらく1時間半位で一枚描き終え、事前の紹介写真で見ていた絶景ポイントを目指した。荷物を友人に預けてだったので、なんとか行けるだろうと。
途中には神殿跡があったがじっくり観ることなく、急いで上を目指した。今思うと勿体ないことをしてしまった。
絶景ポイントでは仲間が真剣モードでスケッチ中だった。写真を撮ろうと近ずいた城壁近くの仲間には声をかけたが、邪魔をしてはいけないと早々に立ち去った。少し離れたところでひとりで描いていた仲間には、視界にはいらないように気をつけて歩いた。
城壁近くからの写真と記憶で描いてみた。
並べてみると、省略してしまった家並みが明らか、海が空のようになってしまっていることも気が付いた。描き加えてみるのもあり?
今となっては、もっと写真を撮っておけば良かったと後悔。その後重い荷物を背負って下まで降りなければならなかったので、仕方なかったと、自分で自分に言い訳。
今月は早め、今日歌舞伎座公演昼の部を観に行ってきた。初めての演目ばかり、なかでも、玉三郎さん、宮本武蔵役の中村獅童さんを楽しみに。
玉三郎さん演出の新作歌舞伎『幻武蔵』は独特の空気が漂い、吸い込まれるような感じ、気がつくと呼吸を止めてしまっていた。
宮本武蔵、獅童さんにはぴったりの役だった。びしっときまっているけれども、重い気負いはなく、程良い加減が心地良かった。今は亡きお母様がご覧になったらどれ程かお喜びだっただろうに、と思わずには。おそらくは玉三郎さん直々のご指名だったことと、その期待に見事に応えている姿が嬉しく誇らしかった。
まずは3人その後は10人以上だっただろうか、武蔵の亡霊役の方々は、セリフだけでなく、歩く姿足の先まで気持ちが込められていた。彼らもまた、この新作歌舞伎で貴重な経験をされたことを確信、完全に母目線、心から嬉しかった。
「戸板倒し」や「仏倒し」などアクロバット的な見せ場のある『善賢最期』では、愛之助さんお疲れ様!と。病気の役だからなのかもしれないが少し辛そうに見えた場面もあった。身体を守るために何か装着されていたのかもしれない。衣装がやや大きめ?裾さばきが大変そうだった。どうか怪我なく無事に千秋楽を迎えられますように。亀三郎さんが好きなタイプの役者さんであることを認識できた。これからが楽しみ。
『二人椀久』では、贔屓の方には怒られてしまいそう(≧∇≦)あんなに真剣な海老蔵さんをはじめて観た。今のところ観る予定はないのだが、海老蔵さんが5役に挑戦される夜の部がちょっと気になってきた。
玉三郎さんの偉大さをしみじみ感じた公演だった。
最初の宿泊地ホテルには一晩徹夜状態で深夜に到着した。結果、途中で目が醒めることもなく6時半のモーニングコールまで眠るこができ、まずまずのスタートとなった。
チェファルーはシチリア島北部ティレニア海に面する漁村、歴史はたいへん古く、紀元前にギリシャ人とフェニキア人の交流の場として栄えたそうだ。大聖堂の直ぐ後ろには圧巻巨大な岩山がそびえ立っている。街の全貌が望める岩山の上には、なんと紀元前の神殿跡が残っている。
お天気と体調、両方が整った場合だけ山に登ろうと決めていた。
ホテルから大聖堂まで説明を受けながら街中を散策し大聖堂前でいったん解散、希望者のみ山頂を目指すことになった。山にはトイレが無いと聞いて、教えて貰っていたトイレへダッシュの後仲間を追いかけた。途中の分かれ道、どっちに行くべきか立ち止まっていると、アパートの上洗濯物の陰からおばさんの声が。言葉は全くわからなかったが、アパート脇の小道を指差して教えてくれた。スケッチ道具を背負った東洋人が歩いているのを眺めていたのだろう。笑顔のお礼をして小走りで階段を登った。
なんとか仲間に追いつき、眩しいばかりの天気のもとのトレッキングとなった。距離はそれほどではないものの、傾斜は想像以上だった。脚がわなわな、途中で休憩をと思い、一枚目のスケッチを始めた。シチリアに無事にこれた安堵感に、この景色を描きたい気持ちが加わって、やや空回り、現場での絵はこんな感じ、ぼんやりしたものになってしまった。
描き終えてから、近くで描いていた友人にスケッチ荷物を預け、さらに上絶景ポイントへ向かった。