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夢見るババアの雑談室

たまに読んだ本や観た映画やドラマの感想も入ります
ほぼ身辺雑記です

ちょっと想い出など

2015-08-20 08:57:27 | ひとりごと
私がパソコンを購入したのは 子供が小学校の低学年の頃に 授業でパソコンを使うーということを聞いたからだった
家にもパソコンがあった方がいいかなーという 軽い動機で 

パソコンに関する知識もないから 用語一つ一つに戸惑いつつ付属のマニュアル本を首っ引きで

書店でパソコンに関する本や雑誌も色々と買い込んだ


インターネットも何?
日本語を打ちこむのすら どうすりゃいいのさーなんて状態から ぽつぽつ興味を惹かれるサイトなど覗くようになり アラシとかなりすましとか
ネットおかまーネカマなんて言葉も覚えた

今もその頃からできることはあんまり増えてない^^;


最初の頃 検索とかかけて見つけたのが巨人の公式サイト

そこの掲示板に「勝負の神様」なるハンドルネームの持ち主がいた
ユーモアで荒れた掲示板も和ませてくれるような書き込みをしてくれていた

巨人を応援するフアンの掲示板のはずなのに フアン同士でもめたりもある
他のチームのフアンからの書き込みも


この明るい「勝負の神様」の書き込みが途絶えがちになり
ー入院中 闘病中なのだと

それでも病床から巨人を応援し フアンを和ませる書き込みは続いた


それからー
書き込みが全く無くなりー

その「勝負の神様」の弟さんだったから書き込みが入った

亡くなったーと


昨夜 巨人が5回に猛攻で12得点
結局 他の回には得点できず12得点のみではあったが



ネットも長くなると
亡くなった方も闘病中の方も幾人か


最初にサイトを持ったOCNのカフエもブログも無くなり それで音信が途絶えてしまった方もある


昨日 OCNのカフエでお友達となりミクシィでも{仲間}である方から連絡が入り 闘病中と


その方が再び お元気になり退院できる日が 一日も早くありますように


OCNカフエの方では ハンドルネーム「のむちゃん」様も亡くなったと 娘さんの書きこみがあった



博識で パソコンについても詳しく 楽しいサイトもいくつか持っておられた

そうして逝ってしまった方々


また随分と親しくやりとりをしていたのに 何が原因かネットから姿を消してしまった人を想う



そして いつか自分も消えるのだろうとも思う

それが「死」による時か パソコンから離れる決心をした時かは 分からないけれども


ネットというなかで出会った方々を忘れずにいたいとも思っている




歴史に「正解」はないのかもしれないけれど

2015-08-16 10:58:44 | ひとりごと
「日本のいちばん長い日」を書かれた半藤一利氏のインタビュー記事に 何故「日本のいちばん長い日」を書いたのかというその動機めいたものがあった

1963年6月 当時月刊誌「文芸春秋」のデスクをしていた半藤氏は 終戦を振り返る座談会を企画したそうです

人選を任されて まだ存命であった終戦当時の外務次官松本俊一氏・駐ソ連大使佐藤尚武氏・内閣書記官長迫水久常氏・首相秘書官鈴木一氏・外地で捕虜体験もある方を含め28人が出席

司会をされていた半藤氏が感じたのは「ああ みんな知らないんだ 日本がどうして負けたかを  終戦から20年近く経っているのにー」

後々のためにきちんと残すべきだと 思われたのだとか


「宮城(きゅうじょう)事件」とも呼ばれる8月14日から15日未明のできごとは玉音放送の録音盤の奪取未遂事件として 世に知られていて
しかし当事者たちは「あれはクーデターではない 天皇の放送を阻止し もう一度御前会議をやってもらう計画」という言い分

けれど調べると やはりクーデターあったとー皇居を占拠し 鈴木貫太郎首相以下を監禁して内閣をひっくり返し 軍事政権をたてて徹底抗戦をする計画がうまくいかずーそれなら(昭和天皇の終戦の言葉の玉音の)録音盤を奪おうと方針が変わったー


1968年「日本のいちばん長い日」が本となり新国劇の芝居になり 著者である半藤氏も招待されての観劇の帰りにー

終戦当時の肩書で 荒尾興功・陸軍省軍事課長 井田正孝中佐ら事件の当事者も招待されていて 観劇後「今度も出ませんでしたね これは永遠に出ませんね」
などと話していたそうです
当時 半藤氏は随分食い下がったそうですがー結局その出なかった「何か」を聞き出すことはできず残念であたっとか


「宮城事件」には まだ裏があり その真実はわからないままであるのだと



以上は2015年8月14日の読売新聞の朝刊からです





明治維新から幾つかの他国との戦争に勝利できたのは どこで戦争を終わらせるか 戦争を始める前にきちんと調べ計画を立てて 勝利しているうちに終らせるー
終わらせ方を決めてから開戦に踏み切った そういうことのできる人間が生きていたからだとー
そうしたことを書いた本を読んだことがあります

そして太平洋戦争はー「終わらせ方」を計画もしないまま それまでは勝ちつづけていたことから 今度も勝てるーと「終わらせ方」を考えず開戦に踏み切った
ある種のおごり 準備なく



早い時期に戦争をやめなくてはいけないーそう言う軍人もいたのに そういう意見は無視し握り潰されました




たいていの人間には5年先10年先など予測しきることはできません

一年先だって見える人間は そうはいないでしょう



私は祖父母達・両親達の生きた時代を否定しようとは思いません


自分たちが特別な人間と権力に酔って勘違いした愚かな人間もいて それらの人間が 世界を知り良識ある人間よりも 上の地位にあった不幸

いっぱいの不幸なめぐり合わせ


沈黙は金と 真実を胸に抱いて死んでいった多くの人々


解明されないだろう多くの謎



その時代に生きていない人間が 後知恵で色々言うのはたやすいことです

後世の人間の「こちらが正しい」という「思い込み」で 歪められていく「真実」もあるでしょうし


でも できれば できるならば

テレビや新聞だってウソをつきます

自分自身で本を読み調べて 自分自身の意見を持ってほしいと思うのです


かの時代に生きた人々の声を読んで



ただ戦争につっこんだ昔の人は馬鹿だとか 愚かだとか とおりいっぺんのうわべだけの感想でなく



ただ反対の為の反対と叫ぶのは 愚かです



こういう意見がある 考えがある こうしたほうがだからいいと思うんだ

前向きな建設的な主張があっての反対であればいいけれど

国会で見るのは多くは ただの揚げ足取り


自分たちの人気とりになるだろうという あまりにも情けない勘違い


ならば こうしたほうが日本の為だ 日本はよくなるんだー
そうしたものは 失礼ながら正義をかざす野党の方々からはみられない 感じられない

ただの悪口いいたい 相手の足をひっぱりたい集団


そういう連中など信じられはしない



日本という国を大切にしようという思いも
国民に対する責任も感じられない


議員という立場にしがみついている そのことに汲々としている


現政権が素晴らしいというのではないです

それでも民主党政権で どっれだけ世界に対して日本がぼろぼろになったかを思えば

はるかにはるかに「マシ」です



政治家には 国民を見てほしいと思います


決して日本は豊かな国ではないです




長く続いた日本の平和 

この平和をどうすれば保っていけるのか

ごく普通に生きて暮らしていけるのか



分からないけれど

慎ましく心正しく 人に優しく 裏切らず
生きていければーと思います










東野圭吾著「天空の蜂」(講談社文庫)

2015-07-16 20:41:03 | ひとりごと
天空の蜂 (講談社文庫)
東野 圭吾
講談社



1995年に書かれた作品

遠隔操作で盗まれた大型ヘリには 男の子が乗っていた

それは犯人側にとっても計算外のこと


大型ヘリは原子力発電所の上でホバリング


もしも落ちたならー大惨事の可能性がー


いったい誰が 何のためにー


物語の冒頭は犯人側の二人の男のやりとり


事件が起きて警察の捜査が始まる




父親の職業からいじめられた子供
いじめが原因で死んだ子供


しかし死んだ子供は 父親が起こした犯罪を是とするだろうか

「おとうさん よくやったね」と言うだろうか



いかなる動機にせよ
ーなんで そんなバカなことー



世に問う問題提起ー

にしても 読了後にむなしさが漂う


空虚



優秀な人間であったはずの二人の男
それほど優秀な人間であるならば ほかのことができなかったのか




世間を騒がせて 高価な超大型特殊ヘリを破壊してー


それは「意義あること」なのだろうか



むしろ優秀ながらも「ごく普通の人間」の湯原や上条の言動が心地よい



もしも三島が現実に存在する人間なら言ってやりたい「だから どうした三島」


それで世界は変わったか
君のしたことに意味はあったのかーと

ほっと心が和んだニュースなど 拾ってきました

2015-07-01 16:35:03 | ひとりごと
暗いニュースが多いから 少し明るいニュースなど 
読んでほのぼのとしたニュースを♪




{アメリカのコロラド州で交通事故 父を亡くした幼児をあやす

(CNN) 米コロラド州で一家6人の乗った車が横転し、父親が死亡する事故があった。この現場で助け出された2歳の少女を警官が腕に抱き、子守唄を歌ってなぐさめる写真がソーシャルメディアに出回って感動を呼んでいる。

事故は18日、同州デンバー郊外のブライトンで起きた。ブライトン警察によると、車に乗っていた大人2人と子ども4人全員が車外に投げ出され、父親はその場で死亡が確認された。

現場に駆け付けた警察官のニック・ストラックさんは、消防隊員から幼い女の子を預けられた。ストラックさん自身も2歳の子どもの父親だった。「女の子は娘とちょうど同じくらいの大きさだった。ガソリンまみれになって泣いていた」と振り返る。

父親は死亡し、残る家族も重傷を負っている様子だったことから、現場から気をそらそうと思ったというストラックさん。女の子を抱いてとっさに自分の娘が泣き止まない時のことを思い出し、優しい声で「きらきら星」を歌い始めた。

「こうすると娘は泣き止んで落ち着いてくれる。それを試したらうまくいった。女の子は泣き止み、リズムに合わせて私の肩をさすっていた」

現場では非常灯が点滅し、負傷者を病院に搬送するためのヘリコプターが到着。その光景を指さしてゆっくりと歩きながら、ストラックさんは歌い続けた。

この様子を目撃者が撮影。2人の背後には、逆さまに引っくり返った白いスポーツ用多目的車(SUV)や、負傷者の手当てをする救急隊員が写っている。

その後4人の子どもと母親は病院に運ばれた。女の子を含む子ども2人は退院できたが、4歳の兄と乳児1人は重体になっているという。

ストラックさんは23日、CNNの番組の中でインタビューに応え、「(見物人が)そこにいたとは気付かなかった。自分とその子の2人きりだと思っていた」と振り返った。

写真を撮影したジェシカ・マトリアスさんは、「警官は明らかに背後の様子を女の子に見せまいとしていた」と証言、ストラックさんの腕の中で女の子が落ち着いていく様子が見えたと話している。}



こうしたニュースを読むと 人間力の素晴らしさを感じます


{高架下に仔猫、20人が1時間かけ救出   東京 世田谷
高架下の橋脚上(高さ9・4メートル)から鳴き声がする。見上げてみると、いたのは子猫。自力で下りられずに右往左往する子猫を、29日、大人たち約20人が1時間半かけて救出した

 子猫がいたのは、東京都世田谷区玉川の国道246号の高架下。住民らによると、少なくとも27日夜にはいた。28日に消防が助けようとしたがうまくいかず、29日、国土交通省職員や消防士、造園会社社員らが集まって救出作戦が始まった。

 造園会社の高所作業車で2人が橋脚上に上がり、地上ではシートやネットを張って落下に備えた。おびえた子猫は逃げ回り、難航したが、最後は2人がかりで何とか助け出した。

 なぜ、こんな所に? 「カラスがくわえて運んだ」「誰かのいたずらか」との声も出たが、真相はわかっていない。地上で餌を与えられ、落ち着きを取り戻した子猫。国交省には「引き取りたい」との申し出があったという。(藤原学思)}




{助かったニャー、奈良で仔猫救出劇、15メートルの木から鳴き声


みんなの経済新聞ネットワーク 6月29日 18時9分配信

 奈良県文化会館(奈良市登大路町)のつどいの広場で6月28日、木から下りられなくなった猫の救出劇があった。(奈良経済新聞)

 17時30分過ぎ、同所では1本の木を取り囲むようにできた人の輪の中で消防隊員が頭を悩ませていた。「ニャー、ニャー」と聞こえる声の方に目を向けると木の葉の隙間に猫の姿。

 奈良市消防局によると通報があったのは16時34分。通行人から「木の上で猫が鳴いている」というもので、7人の隊員が現場に駆け付けた。

 現場にいた人の話によると「枝にロープを掛けて揺さぶったが猫も下りてこず、落ちてもこず。どうしたものかと作戦を練っている」という。
同館によると、この木はナンキンハゼ。約15メートルの高さがあるといい、猫の位置を目視で確認しても10メートル以上の高さだった。

 隊員は「この方法しかない」とブルーシートを広げ落ちてくる猫に備え、ロープを枝に掛けて揺さぶる。猫は「ニャー、ニャー」と大きな声で鳴き必死に爪を立ててしがみ付く。
大きく枝がしなるも、猫は落ちることもなく、下りることもない。隊員は見守る人らに「力のある男性の方手伝っていただけませんか」と声を掛け、
今度は一般人11人も加わりロープを引いて枝を揺さぶった。

 それでも猫は落ちてこず、引く人の手にも力が入った瞬間「バキバキ」と音を立てて、直径5センチ以上はある枝が根元から折れた。
周囲からは「大丈夫?。猫大丈夫?」との声が上がり猫を取り囲むように人だかりができた。ショック状態なのか動いていないようにも見えたが、到着した保健所の職員に猫を引き渡した。

 保健所によると保護した猫は生後1カ月~2カ月。体長は約20センチで去勢している可能性もあるが雌。保護した当初は動き回り興奮した様子も、一夜明けた現在は、落ち着きを取り戻しているという。
同29日に獣医師による確認も行われ、鼻と眉間にすすり傷があるものの元気な様子を見せているという。
保健所では今後、飼い主を探すためホームページで情報を公開し、飼い主が居なかった場合、猫の体調などをみて譲渡するか検討していくという。

 救出劇から1時間あまりたった後でも同館には「あの猫大丈夫でしたか?」と訪ねる人もいたという。救助を見守った市内に住む30代の主婦は「大丈夫でよかった」と笑顔を見せていた。 }




うん 助けようとする人間の力
いいなあーと思えるのでした




不謹慎かもしれませんが

2015-07-01 09:50:32 | ひとりごと
昨日のお昼に姑の家でニュースを観ていたら 新幹線が停まってました

また箱根あたりの噴火か地震の影響で?と 最初は思ったんです

そしたら

焼身自殺
巻き添えで女性一人も死亡ーと


自殺するにはどれほど深い事情があるかは知りませんが 新幹線を選んで死ななくてはいけなかったんでしょうか

なぜ新幹線でー


せめて迷惑を少しでもかけない死に方を選択できなかったのでしょうか

亡くなった方にこんなことを言ってはいけないかもしれませんが


バッカヤロー!

バスとか電車とかで マネして焼身自殺する人間が出るかもしれないのに

死ぬのは自由ーかもしれません

特に十代の思春期の頃なら わりと考えることです
生まれ方などを選べないなら 死ぬ場所と死に方は自分で選ぶと
短絡的に自殺をはかりやすいです


しかし現在までの情報を信じるならば70代の男性とか

なぜ新幹線で焼身自殺ーと 思いついたのでしょう


思いとどまることはできなかったのでしょうか

死んでまで人に誹られるような死に方を選ぶ必然性があったのでしょうか

もちろん 死んだあとのことなどどうでもいいーと

自殺を考えるとき その人の心の中では 死へと追いつめられる{正当な}理由があり {必然}であったのかもしれませんが


巻き添えくって亡くなった女性は本当にお気の毒です

負傷された方々
乗り合わせた方々も



難しいことは分からないけれども

2015-05-19 23:07:27 | ひとりごと
大阪都構想は悪いものではなかったと思う

東京に何かあった時に(あっては困るが災害とか不慮の大事故とか) 西に大阪があって動ける

日本は島国だ

北海道だってとても広い
幾つか自分で動ける都市があるのは むしろ必要ではないだろうかしらと

本州だって三つか四つくらいに分けて そういう都市があってもいい

四国だって九州だって 


ただ橋下氏には「老獪さ」が足りなかった

若いがゆえに辛抱が足りない 何をそこまで焦るのかと思うほどに

敵をふやさず取り込んでいく駆け引き

そして選挙では やしきたかじん氏が故人であり 島田紳助氏が表舞台から姿を消しているーこれもマイナス要素であっただろう


惜しいと思う



兵庫県に住む私にはもとより選挙権も無い選挙であったけれど

これが大阪のことならば 小学生や中学生 高校生も選挙に参加できていたらーもっと結果は違っていたかもしれないーとも







話題を変える

大相撲でジョージア出身の臥牙丸が横綱の日馬富士に勝った 初めての金星だそうだ
インタビューに答えて「僕はまだ勝ったと信じられない 嬉しくて」
「また頑張ります 応援してくれる人 有難うございました」


なんとも清々しい印象の残るインタビューでした


横綱 日馬富士のしまった 失敗したなーって表情も人間くさいものでした



スポーツではもう一つ

フイギュアスケートの浅田真央さんが現役続行と決意されました

強い心の持ち主だと思います

またあの厳しい世界へ戻っていくのかと


正直 もう楽にスケートを楽しんでほしいと思っていました


けれど浅田真央さんは選手としての道を

その笑顔

ああ なんと強い人だろうと感心しました


彼女の願う理想とする演技ができますように

ただ祈るだけです

頑張れ 頑張れ 頑張ってーと

起きて半畳 寝て一畳 なのだけど

2015-05-07 03:30:18 | ひとりごと
眠れずにいて 時々枕元の携帯で時間を確認 
気を紛らせてくれるニュースを探したりして やり過ごす 



そのうち眠くなるはず
携帯の細かい字を読み続けていたら 目眩と吐き気と
うん 中々に厄介だ 


こんな夜を繰り返している

時々 私の体は何か原因あって壊れる

三十代の頃の自分なら考えられなかったこと 


四十代後半から 入院と退院を繰り返した母と自分を重ねる 

母と父との病歴と


少し元気になったら 今度こそ投げ出している不要品片付けをしなくては

ーと 弱るたびに思っている(笑)


その昔 美女ありき

2015-04-08 23:33:39 | ひとりごと
平安の昔 小野某には美しい娘がいた
その噂は高く宮中へ上がることになる

だがー身分はそれほど高くなかった



後世に名を残す平安一の美女 小野小町

けれど生年も 没した地も明らかではない


宮中を離れてからの消息は知れず 様々な伝説が生まれている


あれほど名高き美女であったのに どう生きてどう死んだか分かってはいない


何故だろう


たとえばーもしもー


小野某には確かに娘がいた

美しい娘であった しかしまた病弱で・・・

稀に見るばかりの麗質ゆえに蒲柳の質でもあったのか
いわゆる美人薄命


望まれて宮中へ上がる前に 儚くなってしまった



ーさても困った

気の弱い父親は一族に娘が死んだとは言えず
身代わりを立てることにした


さいわい娘には とても面立ちのよく似たきょうだいがいたのだ

が・・・ その性は男 弟であった


年13にして・・・


宮中を去るまで 美しく賢いこの者は 姉の身代わりを見事につとめあげた



宮中を去ってからは 本来の自分ー

長く病気であったが 本復したとー男に戻って生きた


もし そうならー






なんてー


そう{妄想}すれば 百人一首の有名な歌「花の色はうつりにけりな いたずらに我が身世にふる ながめせしまに」
この意味も解釈が違ってくる気が致します



平安一の美女が もしも少年であったならばと 面白い物語が紡げそうかなーなどと




新聞にあった小野小町に関する特集記事を読んで ふとそう思ったのでした^^;