「渡して貰おうか――」
「うるさいね」と、オモラは近づいてくる兵卒に言った。
「おかみさん、裏切ったのはオレが悪かった。けど、カッカも捕まったんじゃ、しょうがなかったんだ」
「うるさい」と、オモラはニックを睨みつけた。「――余計なこと言うんじゃないよ」
「山頭がいなけりゃ、山で働けやしない」と、ニックは言った。「おかみさんだって、わかってるはずだろ」
「だったらなおさら、みんなが力を合わせなきゃだめじゃないか」と、オモラは言い返した。
「オレだって、裏切るような真似はしたくなかったさ。けど、カッカが捕まっちまったんじゃ、娘の居所だってわかるのは時間の問題さ。それなら、金を貰ってしゃべっちまった方が、いいにきまってら」
「なんだって……」と、オモラは言うと、ニックにつかみかかっていった。
ニックは、胸ぐらをつかんだ手を引きはがすと、言った。
「だいたいだ、なんでたかが小娘一人のために、オレ達が命まで賭けなきゃなんねぇんだ」
「どけっ!」
と、兵卒はオモラを払いのけ、ずかずかと家の中へ入っていった。
家の中から、小さな悲鳴と、アリスの吠え声が聞こえてきた。オモラは、倒れて打った肩の痛みを、唇を噛みながらこらえていた。
「いいかいニック。それは、あたし達が仲間だからさ。おまえになんか、わからないだろうがね――」
アリエナが、後ろ手に縛られ、外に出てきた。僧に追い立てられるように歩くその顔は、絶望で蒼白になっていた。
「アリエナ……」と、オモラは涙声で呼びかけた。
「長い間世話になったよ、おかみさん」と、ニックは言うと、苦々しい表情を浮かべて、兵卒達のあとを追いかけていった。
オモラは、痛む肩を押さえながら、家の中へ入った。家の中は、思ったほど荒らされてはいなかった。それでも、テーブルはひっくり返され、椅子も横になっていた。飾ってあった花瓶は割れ、ティーポットも使えなくなってしまっていた。
ドアが閉められたオモラの部屋から、アリスが鼻を鳴らすのが聞こえた。オモラがドアを開けると、アリスが勢いよく飛び出してきた。アリスは、オモラの元へは行かず、いっさんに外へ駆けていった。
「アリス! 行くんじゃない。あの子に知らせちゃだめだ」
オモラは、アリスの後ろ姿に向かって叫んだ。しかしアリスは、足早に森の中へ分け入っていた。オモラはあわてて、アリスを追って森に入っていった。もう何度も行き来しているとはいえ、下草や倒木が、足の運びを遅らせた。ようやくのことで小屋にたどり着くと、グレイが無茶をしていないのを祈りつつ、扉を開けた。