くりぃーむソ~ダ

気まぐれな日記だよ。

機械仕掛けの青い鳥(60)

2019-05-30 23:40:45 | 「機械仕掛けの青い鳥」
 なにかを言いかけ、しかし、ぐっと唇を引き結んだ若い警察官は、黙って背を向けると、乗ってきたパトカーに向かって歩き出した。
「おい、変わったことはなかったろうな……」
 先輩の声に答えることなく、若い警察官は現場を後にした。
 シェリルの姿は、いつの間にか見えなくなっていた。
 ――――――――        
アパートメントの裏側だった。隣り合った家との間にできた狭い路地。決して頑丈とは言えない非常階段が、古びたテラスを縫うように屋上まで続いていた。
 シェリルは、ゆっくりと頭上を仰いでいた。時折首を上下させながら、自分が辿っていこうとしているラインを、イメージしているようだった。

 ヒュン――。

 シェリルは、袖口から引っ張り出した細いロープのようなものを、頭上高く放り投げた。
 カチン、と硬い音を響かせ、スチール製のはしごに引っかかったのは、フィッシングに使う水滴型の重りだった。グルグルとはしごに巻きついたのは、重りにくくりつけられた、ピアノ線のように細いワイヤーロープだった。心許なかったが、自分を守る唯一の武器だった。強度も、重さも、満足と言うにはほど遠かったが、あり合わせの材料で自作した武器ならば、やむを得なかった。
 シェリルが、弛んだロープを指先でつまみ上げるように引っ張ると、

 シュビィーン――。

 空気を振るわす金属音が響き、たわんでいたロープが一気に緊張した。
「フン――」短く息を吐き、シェリルが宙を舞った。体重が空気よりも軽いのではないか、思わずそう錯覚してしまうほど、身軽だった。
 スカートをふわりとひるがえし、シェリルはわずかな靴音を立てて、2階のベランダに降り立った。すぐに身を低くして片膝を立て、なにも異常がないことを確認すると、立ち上がって振り返り、窓の横に張りついた。
 カーテンの引かれていない部屋の中は、真っ暗闇だった。
 ためらわず、シェリルは肘で窓ガラスを割ると、鍵をはずして部屋の中に入った。
 がらんとした室内は、もう何年も人が住んでいないようだった。警戒にあたっていた警察官には、住人だと嘘をついたが、もしも事情に詳しい警察官が警戒に当たっていたのなら、まんまと嘘を暴かれ、不審者として確保されていたかもしれなかった。
 足音をひそめながら、シェリルはほこり臭い家の中を探った。人の気配はなかった。すぐに玄関に向かうと、家々をつなぐ通路に出た。
 ゴミが散乱し、薄汚れた広い通路は、アパートメント全体が空き家になっていることを物語っていた。

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