「あんたもだよ」と、ゲリルは素早く振り向くと、銃を撃った。しかし、石柱の上から見下ろしているグレイには、当たらなかった。
「もう見切ったよ。その銃は、そこからじゃ当たらない」グレイが言うと、ゲリルは銃を構えながら近づこうとした。
「おっと、待った」と、グレイは服の下から、手の平ほどの石を取りだした。ゲリルは、その時はじめて気がついた。グレイは、もう狼の姿をしていなかった。
「それ以上近づくと、この石を投げる――」
「小僧、狼男はもうやめたのか?」と、ゲリルは訊いた。「やっぱりおまえは、半端な小僧だよ。牙も生えない、変身もできないんじゃ、“狼おとこ”が精一杯だな」
「もうあんたの銃は通じない。さっきもこの石が守ってくれた。変身は解けたが、まだ五感の鋭さは残っている。銀の弾をこの石で受けるくらい、なんでもないさ」
「――勝ったつもりでいるらしいが、この森から一歩でも外へ出てみろ、おまえは必ず捕まるぞ」
ゲリルは不敵に笑った。
「まだわからないんだね」と、グレイは同情するように言った。「ここは、獣も人も関係ない、聖なる土地なのさ。ぼくも、ここまで入りこむのははじめてなんだ。本当はここから、どう外へ出ていいのかもわからない。あんたの仲間達は、もうとっくに迷宮でさまよい始めたよ。残ったのは、ぼくらだけさ――」
ゲリルはグレイの乗った石柱にさっと回りこむように近づくと、頭を低くして銃を構えた。しかし、またしてもグレイは身を翻し、いつのまにか石柱の上からいなくなっていた。
と、ゲリルの手から銃がもぎ取られた。あわてて取りかえそうとしたが、拳銃を持ったグレイは手の届かないところに立っていた。
「ここでは、ぼくもあんたも、同じだ」と、グレイは拳銃をゲリルに向けた。「この遺跡は、聖なる森に自由に出入りできた古代の人々が、ぼくらにはまったく想像もできない技術で作ったものだ。きっと、この聖なる土地の力を得るためだと思う。その力を、何に使ったのかなんて、誰も知らない。遠い昔のことだもの、忘れられてしまったんだろう。けど、この土地は変わらない。ここは、命の源のような気がする。だからここでは、獣も人も、区別がない――」
「うるさいぞ、小僧。なら、ここは神の領地だというのか」
「神様はそっちの専門だろ。ぼくは、感じることしかわからない。――でも、もしきっとみんなが考えを積み重ねていけば、その時は本当のことがわかるかもしれない」
グレイは、ぽん――と、拳銃をゲリルの足元に放り投げた。
「ぼくは、あんたが憎い。だからここへ誘ったんだ。あんたの力が及ぶ世界では、ぼくはただの魔物にすぎないから。ここからは、簡単には抜け出せない。屁理屈は通用しない。頼れるのはただ、自分だけなんだ」
グレイは、ゲリルを見据えながら、ゆっくりと後ろへ下がっていった。姿が月明かりに飲まれ、しかし声だけは、ゲリルの耳に届いてきた。
「あんたは、好きなところへ行けばいい。自分の力で、自由にしていいんだ。ぼくも。正直生きていられるか自信がない。けど、生き残ってみせる。それが最大の復讐だって、友達が教えてくれたから。
君達だって、動物じゃないか。ぼくは感じるよ。この森は、命に満ち溢れているって。
じゃ、さよなら――」
ゲリルは銃を手に取ると、グレイが去っていった星空の向こうを撃ちまくった。弾を撃ち尽くすと、ゲリルは拳銃を放り投げ、膝を突きつつ、月を見上げて吠えた。その声は、しんと静まり返った遺跡に吸いこまれた。断末魔にも似た声は、明るい闇夜にも響かず、雨が地中に吸いこまれるように、静かにかき消えた。
おわり。そして、つづく――。