「ほら、見て」
と、桃姫は大事そうに閉じていた両手を、そっと広げて言った。「綺麗な鳥でしょ。この子がカラスに追われているのが見えたの。必死で逃げようとしているみたいだったから、ついつい駕籠を降りて飛び出してしまったの。軽はずみな行動だったと思うわ。ごめんなさい、爺――」
「――」と、唇を引き結んだまま、爺はそれ以上なにも言わなかった。桃姫の、いつものやり口だった。子供の時分は、教育係でもある爺に小言を言われると、すぐにだんまりを決めこんでいたのが、いつの間にか要領を覚えると、叱責が止まらなくなる爺の機先を制して頭を下げ、しおらしく“ごめんなさい”と、自分の非を素直に認めるようになった。
それがつゆほどの反省も含まれていないとは感じるが、口先だけの嘘であると証明することもできず、爺はただ引き下がるしかなかった。
「ほう。これはカワセミではありませんか」
と、泥で汚れた辰巳が桃姫の手元を覗きこんで言った。
「お前と違って、ずいぶんと綺麗でしょ」と、桃姫は意地悪そうに笑って言った。「息は弱いけれど、まだ生きてるわ。カラスは早く小腹を満たしたくって、息の根を止めようとしてたのね」
「それは一刻の猶予もございませんな」と、辰巳が太い指でカワセミをつまみ上げようとした。
「――なにをするんです」と、桃姫はさっと手でカワセミを手で覆うと、辰巳に背を向けた。「お前に預けたら、本当に息の根が止まってしまいます。触らないで」
伸ばした手でそのまま頭を掻いた辰巳は、桃姫を待っている駕籠の後ろにおとなしく下がって行った。
「鳥は私に任せて、姫は駕籠にお戻りください」と、言った爺の手には、どこから持ってきたのか、小鳥にはちょうどいい大きさの竹籠が握られていた。
「それがあれば、私でも大丈夫です」と、桃姫は爺が持っていた竹籠を奪い取ると、カワセミを持ったまま、駕籠に戻ってぴしゃりと戸を閉じた。