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くりぃーむソ~ダ

気まぐれな日記だよ。

未来の落とし物(103)

2025-06-21 21:01:00 | 「未来の落とし物」


「ほら、見て」

 と、桃姫は大事そうに閉じていた両手を、そっと広げて言った。「綺麗な鳥でしょ。この子がカラスに追われているのが見えたの。必死で逃げようとしているみたいだったから、ついつい駕籠を降りて飛び出してしまったの。軽はずみな行動だったと思うわ。ごめんなさい、爺――」
「――」と、唇を引き結んだまま、爺はそれ以上なにも言わなかった。桃姫の、いつものやり口だった。子供の時分は、教育係でもある爺に小言を言われると、すぐにだんまりを決めこんでいたのが、いつの間にか要領を覚えると、叱責が止まらなくなる爺の機先を制して頭を下げ、しおらしく“ごめんなさい”と、自分の非を素直に認めるようになった。
 それがつゆほどの反省も含まれていないとは感じるが、口先だけの嘘であると証明することもできず、爺はただ引き下がるしかなかった。

「ほう。これはカワセミではありませんか」

 と、泥で汚れた辰巳が桃姫の手元を覗きこんで言った。
「お前と違って、ずいぶんと綺麗でしょ」と、桃姫は意地悪そうに笑って言った。「息は弱いけれど、まだ生きてるわ。カラスは早く小腹を満たしたくって、息の根を止めようとしてたのね」
「それは一刻の猶予もございませんな」と、辰巳が太い指でカワセミをつまみ上げようとした。
「――なにをするんです」と、桃姫はさっと手でカワセミを手で覆うと、辰巳に背を向けた。「お前に預けたら、本当に息の根が止まってしまいます。触らないで」
 伸ばした手でそのまま頭を掻いた辰巳は、桃姫を待っている駕籠の後ろにおとなしく下がって行った。
「鳥は私に任せて、姫は駕籠にお戻りください」と、言った爺の手には、どこから持ってきたのか、小鳥にはちょうどいい大きさの竹籠が握られていた。
「それがあれば、私でも大丈夫です」と、桃姫は爺が持っていた竹籠を奪い取ると、カワセミを持ったまま、駕籠に戻ってぴしゃりと戸を閉じた。

 


未来の落とし物(102)

2025-06-21 21:00:00 | 「未来の落とし物」

 岸に流れ着いた青い鳥は、ずいぶんと水を飲んだのか、弱々しく翼を羽ばたかせるものの、立ち上がることさえできなかった。
 その様子を見て残酷に笑いを浴びせるカラス達の中で、若い数羽が岸に降り立ち、太い嘴で青い鳥をからかい突いた。
 抵抗のできない青い鳥は、川岸の淀んだ土手を転がりながら逃げようともがいていた。
 このまま体力を使い果たせば、もうあといくらも経たないうちに息絶えるのは明らかだった。
 カラスが突く度、泥だらけになりながら逃げる青い鳥は、カラスの遊び心を否応なく刺激し、肉を絶つほど容赦のない嘴の一撃を、次々に食らっていった。

「桃姫様、お戻りください」

 と、野太い太鼓のような声が聞こえた。
「そんなところに入ってはいけません。せっかくの着物が汚れるじゃありませんか」
「綺麗な鳥なのよ。カラスの餌になんかするのは、もったいないでしょ」と、ふかふかの白っぽい着物に身を包んだ桃姫が、履き物を泥に埋めながら大急ぎでやって来た。
「お戻りください、姫様」と、髷の白い爺が声をかすれさせながら言った。「なにをしている。早く連れ戻すのだ、辰巳」
「――はい。心得ております」と、刀を差したサムライが袴に泥を跳ね上げながら桃姫の腕を捕らえた。
「捕まえましたぞ、姫様」と言った辰巳の顔は、跳ね上げた泥で面白く汚れていた。「駕籠にお戻りください。早く屋敷に到着しなければ、公儀の不審を買いますぞ」
「わかっております」と、唇をとがらせた桃姫は、振り返ると言った。「――ほっほ、辰巳、なにその顔。顔中泥だらけじゃない。着物についたら大変だから、近づかないで。向こうに行って頂戴」
 と、桃姫は捕まえられた腕を払いのけると、おぼつかない足取りで駕籠に戻っていった。
 泥だらけになりながら川岸に立った辰巳は、つまらなさそうに地団駄を踏みながら、桃姫の後についていった。

「姫様、どうして駕籠を飛び出されましたか」

 と、右往左往していた爺が、桃姫が戻るなり癇癪玉を破裂させて言った。
「どうしてそんなに怒ってるの」と、桃姫はクツクツと笑いながら言った。「長い間、駕籠に揺られてばかりいたら、息が詰まるじゃないの。少しくらい外に出たって、悪くはないでしょ」
「――黙りなさい」と、両手に拳をつくった爺は、自分の腿を打ちながら言った。「わがままは許されませんぞ。殿の姫ともあろうお方が……」

 


未来の落とし物(101)

2025-06-20 21:02:00 | 「未来の落とし物」

 と、瞬は声に出して言おうとした。しかし、口をついて出たのは「チチッ、チチッ」という鳴き声だった。
 瞬は、自分が改造した機械仕掛けの青い鳥と、一体になっているようだった。
 だがしかし、瞬の意志によって体を制御することはできなかった。
 青い鳥とコミニュケーションを取ろうとしたが、同じ体を持っているはずなのに、通じ合える思いや心はまるでなかった。
 見ている景色も、風を切って飛ぶ感覚もしっかりとあるのに、航空機の乗客として座席のシートベルトを着けたまま、席を立って自由に行動することは許可されず、ただまんじりともせず座らされているだけのようだった。

 ガアーッ、ガガアーッ――――    

 と、複数のカラスが興奮した様子で鳴いているのが聞こえてきた。
  気になって眼下を見下ろしたが、餌になる骸にでも群がっているのか、町を縦断して流れる川岸の辺りに、十重二十重に重なり合うカラスの黒い翼が塊になって見えた。
 いくら機械の体とはいえ、見えているカラスの群れの中に落ちでもしたら、外敵と認識され、大きな損傷を与えられるのは免れないはずだった。

「おい、ちょっと待て、どこに行くんだ」

 と、瞬はあわてて、青い鳥に向かって言った。
 しかし、青い鳥から返ってくる反応はなにもなかった。

 ――――    

 カラスが騒ぐのも無理はなかった。
 鴨川の岸を縄張りとするカラス達の足下に、見慣れない青い翼をした鳥が流されてきた。
 流されてきただけなら、カラスたちにとってはご褒美かもしれなかった。
 ついばむ肉は少ないかもしれないが、わずかな肉でもついていれば儲けものだった。
 しかしその青い翼の鳥は、溺れそうになりながらも必死で水面を翼で叩き、空に羽ばたこうとしていた。
 カラス達の反応は冷ややかだった。なにかを隠してるのか、古いカラスの中には、見なかったかのように背中を向ける者もいた。
 同じ鳥類とはいえ、種も属も、大きさも形も色も違う鳥になど、食べ物のとしての肉以外は眼中になかった。

 ――誰かとどめを刺さないのか

 人の耳にはカァーとしか聞こえなかったが、カラス達は口々に反応して意志を通じ合わせていた。


未来の落とし物(100)【9章 用心棒】

2025-06-20 21:01:00 | 「未来の落とし物」

         9章 用心棒

「あっ――」

 と、瞬は思わず目をそむけた。
 真っ白い光が、すべてを覆い尽くしてしまった。
 耳が遠くなったかと思うと、わずかに残っていた感覚もみるみるうちに失われ、ぷつりと意識が途切れた――。

 瞬が目を覚ますと、そこはサムライ達が闊歩している時代だった。
 どうしてここに来てしまったのか。原因ならわかっていた。青い鳥に設置していた防御装置が働いたためだった。もちろん、長い旅の間に経験するだろう、危険に対する自己防衛の手段として、瞬が取りつけた装置だった。
 青い鳥には、外敵に対する攻撃は許可されていなかった。カワセミにも似た黒く長い嘴で突くことさえ、使用は制限されていた。
 もしも空を飛ぶために必要な翼を損傷するような、鳥としての重要な機能を失うほどの攻撃を受けた場合、青い鳥が取る手段は、アーカイブとして記録した実際の出来事を映像として再生し、見る者を幻の世界に引きこんで感覚を麻痺させ、あたかも現実であるかのような錯覚に陥って混乱している間に、安全な場所に逃げることだった。

 騙されちゃだめだ。よくできているが、これはみんな過去に記録された映像なんだ――。

 瞬は幻を打ち消すように頭を振りながら、脱出方法を探すために歩き出そうとした。
「――」と、足下からおかしな反応が伝わってきた。
 見ると、靴を履いていない足は紅葉のような形で、鋭い爪が伸びていた。
 さらに数歩進んだところで、瞬の疑問は確信に変わり、足を止めて思わず宙を仰いだ。
 空はあまりに大きく、行き交う人々は文字どおり天を突く巨人だった。
 どういうわけか、瞬は鳥に姿を変えていた。
 青い鳥に取りつけた防御装置に、こんな機能を付けた覚えはなかった。
 まさか、本当に鳥になってしまったんだろうか……そんなはずはなかった。人として考えることも、耳にする聞き慣れない言葉も、ところどころ理解することができた。
 鳥が、人間に気づかれないように人の言葉を理解し、また人の言葉で考えているのでなければ、体は鳥だったとしても、意識は人間に間違いなかった。
 どこかで、自分の姿を確認したかった。鏡のような物がないか、飛んだことのない空に舞い上がって、移動を試みようとした。
 と、翼を動かそうとした瞬の意志に反して、翼が勝手に動き出し、いともやすやすと空に舞い上がると、どこかに向かってゆうゆうと飛び始めた。

「どこに行く気だ」

 


未来の落とし物(99)

2025-06-20 21:00:00 | 「未来の落とし物」

「ニンジン!」と、ソラは大きな声で言った。「――見つけたよ」
 と、その横から、黒っぽい服を着たシルビアが、顔をのぞかせた。
「――!?」と、ソラはあわてて足を止めた。グイッと腕を引かれたウミが、勢いのまま、思わず前に転びそうになった。
 腕が棒のように伸びたウミは、肩がはずれそうになって「痛っ」と声を上げたが、落としそうになった青い鳥を、必死で胸に抱きしめた。
「おや……」と、ニンジンの後ろから顔を出したシルビアが、興奮したように目を見開いた。
「――魔女だ」と、ソラが小声で言った。
「魔女?」と、ウミがソラの後ろに隠れながら言った。
 後じさりをする二人を見ていたニンジンが、「おい、どうした」と手招きしたが、ソラとウミはそのまま、くるりと背中を向けた。
「おい、ソラ――」と、呼び止めるニンジンの声を耳にしながら、ソラはサングラスをかけた二人組の男が、こちらに向かって歩いてくるのを見て、走り出そうと前に出した足を、地面に食いこませるようにして立ち止まった。
「窓からのぞいてた人だよ」と、ウミがソラに言った。
 ソラは、黙ってうなずいた。
 と、二人組の男が歩いてくる手前の道から、爆音を轟かせた赤いスポーツカーが、勢いよく走り出してきた。
 スポーツカーは、男達の行く手を遮るように止まると、運転席のドアが勢いよく開き、長い髪をなびかせたシェリルが、サングラスをはずしながら、飛び出すように降りてきた。
「どうしよう」と、ソラとウミは手をつなぎながら、足踏みをするようにキョロキョロと辺りを見回した。

 ドゴン――。

 と、道を塞ぐように止まっていた赤いスポーツカーが、軽々と宙に躍り上がった。
「なっ」と、その様子を見ていたニンジンは、声を洩らしたまま口を半開きにして凍りついた。
 二人組の男達は、ソラ達の方に向かって、何事もなかったかのようにゆっくりと歩いてきた。
 車を降り、駆け足でソラ達のもとに向かっていたシェリルが、後ろの男達を振り返って「チッ――」と、憎々しげに舌打ちをした。
「――だめっ」
 と、ウミが大きな声で言いながら、手を伸ばして宙を見上げた。
 ソラが顔を上げると、青い鳥が弱々しく翼を羽ばたかせ、頭上高く舞い上がろうとしていた。
 青い鳥を追い求めて、その場に集まった全員が、そろって顔を上げた。

 カッ――  

 と、目をそらせたくなるほどまぶしい光が、青い鳥の胸からほとばしった。
 すべての色が消え、すべての音が消え、真っ白い光だけが、なにもかもすべてを包みこんでしまった。
 やがて、徐々に目を開けることができるようになった彼らは、誰もがあり得ない、と我が目を疑った。


未来の落とし物(98)

2025-06-19 21:02:00 | 「未来の落とし物」

「もう少しだから、がんばって」と、ソラはウミの手をつかんで、塀の上に引っ張り上げながら言った。
 塀に登ったウミを先に下ろすと、ソラは軽々と飛び降り、心細そうなウミの手を引きながら、隣の家の玄関前までやってきた。
 そうっと、塀が終わった柱の陰に隠れると、ウミを背にしながら、ソラは顔だけをわずかにのぞかせて、自分の家の方を見た。
 耳を澄ませると、誰か人がいるような気配が伝わってきた。と、どこにいたのか、二人組のうちの一人、金色の髪をした男が煙のように姿を現し、どこか外国の言葉を口にしながら、ソラの家に向かって走り過ぎていった。
「いまだ、行こう――」ソラはウミの手を引くと、隣の家を出て、通りに走り出た。
 二人は、ソラがニンジンと出会った場所に向かって、通学路を一目散に走って行った。
 途中、ウミの靴が脱げそうになって立ち止まったが、ソラが後ろを振り返っても、二人の後を追いかけてくる人の姿は、見えなかった。
 青い鳥を気にしながらまた走り出すと、ウミが前を指さして言った。
「あっ、お兄ちゃん、ニンジン」
 ソラが見ると、ジーンズに少しだぶだぶなTシャツを着た男の人が、こちらに背を向けながら角を曲がっていくところだった。目にとめたのがわずかな時間で、はっきりと誰なのかはわからなかったが、ウミが言うとおり、後ろ姿は確かにニンジンそっくりだった。
 ニンジンらしい人影を追いかけて、二人は息を切らせながら角を曲がると、

 ドン――……

 先に走っていたソラが、向こうからやって来た人と鉢合わせするようにぶつかり、後ろにひっくり返りそうになった。
「おっと、ごめんよ」と言って、ソラとぶつかった男の人は、腕を伸ばして転びそうになったソラをつかみ止めた。
「……」と、立ち止まったウミは、上目遣いにソラをつかまえた男の人を見た。
 背格好はニンジンとほとんど変わらないようだったが、明らかに二人の知らない人だった。
 ソラが「すみません」と小さく頭を下げると、男の人は、ウミが抱いている青い鳥を見て言った。
「もしかして、その鳥……」
「ごめんなさい」と言いながら、ソラはあわてたようにウミの手を引いて走り出した。
(困ったな、あっちにもこっちにも、青い鳥を捕まえようとする人達ばかりだ)
 ソラがキョロキョロと、あちらこちらに目をさまよわせながら、ニンジンの姿を探して走っていると、格子柄のシャツを着た後ろ姿が、目に飛びこんできた。
「見つけた!」ソラは、思わず声を出していた。
 ソラの声を耳にしたニンジンが、なんとなく後ろを振り返った。
 妹の手を引きながら、こちらへ走ってくるソラを認めると、ニンジンは眉をひそめ、怪訝な表情を浮かべた。

 


未来の落とし物(97)

2025-06-19 21:01:00 | 「未来の落とし物」

「はい、どちら様ですか」
”……”
 ウミは話しかけたが、誰も返事をしなかった。
「もしもし、どちら様ですか……」
 ウミの声を耳にしながら、ソラは緊張した面持ちで、そっとドアののぞき窓をのぞいた。

「あっ」と、ソラは驚いたように小さく声をもらすと、あわてて顔を遠ざけた。

 ドアの外に立っていたのは、帰り道でソラを呼び止めた、サングラスの男だった。

「もしもし、どちら様ですか……」

 ウミが間隔を置きながら、何度も声をかけているところへ、ソラが二人の靴を両手に持ちながら、そっと、足音を立てないようにやって来た。
「どうしたの――」お兄ちゃん、とウミは言いかけたが、
(しーっ)と、ソラが唇の前に人差し指を立てているのを見て、あわてて言葉を飲みこんだ。
”もしもし、おたずねしたいことがあるんですが――”
 ウミが手にしているインターホンの受話器から、男の声が聞こえてきた。
”もしもし――”
 ソラは口を引き結んだままうなずくと、ウミに返事をするように合図を送りつつ、庭につながっている茶の間の窓を指さした。
「はい、ちょっと待っててください。いま行きます……」
 ウミは受話器を置くと、青い鳥を片手に抱きながら、ソラが待っている窓に駆け寄った。
 窓の鍵をはずしたソラは、音を立てないようにそっと開けると、顔を出して外の様子をうかがった。
 庭には、誰もいないようだった。と、ウミがすぐ横にやってきて、ソラの顔を心配そうに見上げていた。
「今のうちに逃げだそう」と、ソラは声を低くして言った。「ニンジンに助けてもらうんだ。ウソだと思うかもしれないけど、本当に探偵なんだってさ」
「えっ?」と、ウミは驚いたように言った。「信じられない」
 クククッ……と声を潜めて笑ったウミは、ソラに続いて急いで靴を履くと、足音を立てないように庭に降りた。
 ウミが庭に降りるのを待って、ソラはゆっくりと、音を立てないように窓を閉めた。
「ついてきて――」
 うなずいたウミを見ると、ソラは背中を家の壁につけるようにして、庭の端に建てられた物置に向かった。物置の裏には、隣の家との境に作られた塀があった。塀を乗り越えるには、ソラでも飛び上がらなければならなかったが、物置がちょうど目隠しになるので、サングラスの男が、ウミの手を取って引っ張り上げる音に気づいても、すぐに見つかる心配はなかった。

 


未来の落とし物(96)

2025-06-19 21:00:00 | 「未来の落とし物」

 ソラは、走り去っていく車の音を耳にしながら、つっかけた靴もそのまま、飛び跳ねるように玄関から家の中に入ると、急いで妹のいる部屋に向かった。

 トントン――。

 二人の部屋の前にやってくると、ソラは怒っているかもしれない妹の機嫌を損ねないよう、部屋のドアを軽くノックした。
「ねぇ、ウミ。鳥のことで話があるんだけどさ、入ってもいいよね?」
 ソラは耳を澄ませたが、中からはなにも聞こえてこなかった。
「お兄ちゃんの机もあるんだから、入るよ――」
 ガチャリ、とソラが部屋のドアを開けると、ウミが鳥を両腕で抱きしめながら、窓から隠れるように頭を低くして、床に座っていた。
「どうしたの?」ソラが聞くと、
「お兄ちゃん……」と、ウミが震えるように小さな声で言いながら、腕を伸ばして窓を指さした。「誰かがね、外からこっちを見てたの」
「――怖い」と、唇を引き結んでいるウミを見て、ソラは言った。
「きっと、青い鳥を捜している連中だよ。学校帰りに、誰かに聞かれなかった?」
 ウミは、黙って何度も首を振った。
「ニンジンが言ってたんだけど、その青い鳥って、とっても珍しい鳥なんだって。欲しがっている人も、たくさんいるらしいよ」と、ソラは机の上に登って片膝を突きながら、カーテンを開いた窓の外を見た。
「ほんと」と、ウミは不安そうに言った。「この鳥、誰かに捕まっちゃうの」
「そんなこと、させるもんか」と、ソラは言いながら、外の様子をうかがった。
 窓の外には、ブロック塀が見えるだけで、人のいる気配はなかった。
「誰も、いないみたいだけどな……」と、ソラが窓に顔を近づけたまま言った。
「ううん」と、ウミは首を振った。「私見たんだもん。サングラスをかけた男の人」
 ウミが言うと、ソラははっとして振り向いた。「サングラスをかけた、男の人……」

 ピンポーン――。

 と、インターホンの鐘が鳴った。二人は、顔を見合わせた。
「ウミはインターホンに出て。お兄ちゃんは誰が来たのか見てくる――」ソラが言うと、ウミは黙ってうなずいた。

 ピンポーン、ピンポーン――。

 机から飛び降りたソラは、足音を立てないように玄関に向かうと、ウミは青い鳥を抱いたまま茶の間に走り、インターホンの受話器を取った。


未来の落とし物(95)

2025-06-18 21:02:00 | 「未来の落とし物」

「さぁ、なにを言っているのか、まったく身に覚えがないね」と、シルビアは笑いながら言った。
「まったく、その人形がなければ、大怪我してたところじゃないですか」と、シェリルはあきれたように言った。「いくら私を調べたからって、青い鳥の手がかりなんか、見つかりっこありませんよ」
 ソラははっと息を飲んだ。(魔女も、青い鳥を探してるんだ……)
「なにが人形だい」と、シルビアは両手を腰にあてて言った。「私のかわいい娘にぶつかっておいて、その言い草はないだろう」
 シルビアがぐいっと胸を張り、挑発するように顎を突き出して、上目遣いで背伸びをすると、

「やめてください」

 誰かよその人の声が、不意に聞こえた。
 えっ? と、様子をうかがっていたソラは、目をパチクリとしばたたかせた。そばに置かれていた人形が動き出し、睨み合う二人の間に割って入ったからだった。
「なんなのよ、これ――」と、シェリルもあぜんとして、言葉を失っていた。
 メイド服を着た人形のような女の子は、身だしなみを気にするように裾や襟を直すと、凍りついたように口を半開きにしているシェリルに言った。
「どうも申し訳ありません、お姉様。私が飛び出したことで言い争うことになってしまって――。でも、仕方がなかったんですの。私があそこで出て行かなければ、おばさまが怪我をするところだったんですから」
 人形のような女の子は、シルビアの方を向いて言った。
「おばさま。無茶はしないでくださいって、あれほど言ったじゃないですか。青い鳥が欲しいのはわかりますけど、人が見つけた物を横取りしようだなんて、とってもいけないことですのよ」
「うるさいねぇ、私にお説教するつもりかい」と、シルビアは鼻に皺を寄せて言った。「いつからそんなに偉くなったんだか……。まぁ、年の割にはしっかりしているのかもしれないけどね。それにしても、おまえはまだ子供のくせに、生意気なんだよ」
「あら、そんなこと言ってもいいんですの? 今だって私が助けなければ、おばさまは大怪我をして、病院のベッドの上でうなされていたところですのよ」
「フン、余計なことに首を突っこむんじゃないよ」と、シルビアは逃げるように歩き出した。
「あら――」と、人形のような女の子が、あわてたように後を追いかけた。「もしかして、逃げるんですの、おばさま」
「大きな声出すんじゃないよ、みっともない――」と、シルビアは憎々しげに言った。「まったくこの娘ときたら、できが悪くってしょうがないんだから」
 人形のような女の子が「お詫びしないんですか」と、呼び止めるのも聞かず、シルビアはずんずんと、逃げるように歩き去って行った。
 腕を組んだシェリルは、外したサングラスの先をもてあますように噛みながら、立ち去っていく二人をじっと見ていたが、「ハァ……」と小さくため息をつくと、車に乗りこんだ。


未来の落とし物(94)

2025-06-18 21:01:00 | 「未来の落とし物」


「どこ見て運転してんだい、こんちくしょうめ」

 と、悲鳴にも似た大きな声が聞こえた。
 恐る恐るソラがのぞき窓から外を見ると、黒っぽい服を着た女の人が、足を引きずるように姿を現した。
「あ、魔女だ――」と、ソラは思わず口走った。
 いつ頃からそこにあったのか、誰も知らないほど昔からか、それとも誰もが気がつかないうちに建てられていたのか、ソラが住んでいる町内に、一軒の古ぼけた洋館があった。玄関の前には、牢屋を想像させるような頑丈な鉄の門があり、いつもきまって錠が下ろされていた。手入れをしていないためか、広い庭にも建物の回りにも、雑草が深く生い茂り、見た限り空き家のようだったが、夜になると窓に明かりが灯ることから、人が住んでいるのは確かだった。だが、いったいどんな人が住んでいるのか、町内会長のおじいさんのほか、ごくわずかな人しか、中の住人に会ったことがないため、不確かなうわさ話ばかりが、人々のあいだに広まっていた。
 ソラが聞いたところによれば、洋館の住人は一人暮らしのおばあさんで、いつも黒い服に身を包み、小学生の子供ほどもある大きな人形を重そうに抱え、なにかブツブツと、いつも不機嫌そうに独り言を言っている、ということだった。
 しかし子供達の間では、それは人をあざむく仮の姿で、その正体は、夜な夜な怪しげな呪文を唱え、不気味な儀式を繰り返している魔女に違いない、と信じられていた。
 去年の夏休みにも、ソラのクラスメート達が、勇敢にも探検隊を結成し、屋敷の中に忍びこんで、魔女の証拠を発見しようとしたが、冒険のかいもなく、身の毛もよだつような笑い声に恐れをなして、腰を抜かして逃げ帰ってきたのが、いまだに笑い話として語られていた。
 残念ながら証明することはできなかったが、もしもその話が本当なら、ソラが目の前にしている女の人こそ、洋館で一人暮らしをしているという魔女、シルビアに間違いなかった。
「あ痛たたた……」
 と、メイド服を着せた子供のマネキンのような人形を、大事そうに脇に抱えたシルビアが、腰の辺りを押さえるように言った。
「まったく、轢かれてペシャンコになるところだったじゃないか」
 運転席から降りてきたシェリルは、なぜか落ち着いた様子でシルビアに近づくと、長い髪を揺らしながら、掛けていたサングラスをはずして言った。
「どうして、車の前にわざと飛び出してきたんですか?」
「なんだって」
 と、シルビアは怒ったように言いながら、抱えていた人形を地面に立たせた。
 のぞき窓からは遠くにしか見えなかったが、魔女は“おばあさん”というより、どちらかというとソラの母親に近い年齢で、“おばさん”と言った方がいいように見えた。
「脇見運転してたくせに、変な言いがかりつけるじゃないか――」
「困った人ね」と、シェリルは、ため息をつくように言った。「あなたでしょ、つい何日か前から、私の回りをしつこく探っているのは」