「どうしたんです、そんなに息を切らせて」と、鋏を手に花を生けていた桃姫は、迷惑そうに言った。「いつも小うるさい爺も、お節介な辰巳の二人とも、珍しくそろって出かけているんです。そんなに大騒ぎしないで、少しはのんびりしていましょうよ」
「申し訳ございません」と、女中頭の女性は桃姫の前で深々と頭を下げると、涙声で言った。「お陽が、捕らえられてしまったんです」
「どういうこと?」
と、女中頭が言うには、町に買い物に出た数人の女中が、帰りにふと立ち寄った商店で鏡を手に取って見ていたところ、弾みで落としてしまい、すぐに謝ったものの、落とした鏡はもう商品にはならないから、買い取りを要求されたとのことだった。
鏡を落とした女中はやむを得ないと値段を尋ねたところ、月の給金の倍の値段だとぼったぐられ、そんな高額な物は買い取れないと言うと、知り合いの茶屋を紹介するから、そこで働けと脅迫を始めたという。
女中達の中ではお姉さん肌のお陽は、鏡を落とした女中をかばって店の連中に向かい、そんな脅迫には従わない、私達は上屋敷で働く者で、生まれは違うが、サムライの上屋敷で働いている以上、家の名前を辱めるような真似はできない、と頑として店の要求に反発して、口論になってしまった。
「鏡は、壊してしまったんですか」と、桃姫は女中頭に言った。「高価な鏡なら、それなりの値段はするんだろうけど」
「滅相もありません」
と、女中頭が続けて言うには、言いがかりをつけられた鏡は壊れているわけでもなく、ただ落としただけにもかかわらず、やれ魔がついたとか、縁起でもないと言いがかりをつけ、買い取りを要求されたのだという。
しかも、女中達が立ち寄った店は無頼の者達が正体を隠すために始めた商いで、聞けばあくどいやり口で大枚を稼いでいると噂される店だった。
「知らなかったとはいえ、今になっては後の祭り。頑なに首を振るばかりのお陽では話にならんと、勤めている藩邸の上役を連れて来い。それまでお陽は店で預かると、そう言って、女中の一人を使いによこしたのです」
「――急ぎましょう」と、桃姫は立ち上がると言った。「そんな輩とまともに関わることはありません。私がいって話をつけましょう」
「姫様、それではなおさら話がもつれてしまうのではありませんか」と、意外な桃姫の反応に驚き、女中頭は桃姫の袖を引いて、引き留めながら言った。「誰か策を持つ者を話し合いに向かわせた方が良いのではないですか」
「だめです」と、怒りで頭に血が上った姫は言った。「話し合いで解決するような連中ではないでしょう。遠く薩摩から来たとはいえ、都の連中に蔑まされては、お家に泥を塗るようなものです。そのような連中になどに尻尾は振りません。戦になってでも、お陽を取り戻します」