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WTO 韓国の水産物禁輸継続を認める、日本の主張は認めない

2019年04月14日 | 日記

WTOが第2審で1審の判断を覆し、原発事故に伴う水産物の輸入規制の
正当性を認めたという。

政府の韓国は異常だというような言い分は、この問題については、疑問を感じないでは
ない。
産経新聞からの切り抜きだが、輸入規制している国は韓国だけではない。中国、米国
だって同じようだ。
安全性の証明を要求している国を含めると、23か国・地域もあるという。EUも含むので
相当数である。

  

われわれ日本人だって、完全に安全とまで確信しているとは思えない。
まーいいか、という感じはあっても、やはり、気にしていると思う。
産地表示を気にしている。
日本の安全性の主張は数値データだけである。
数値だけでは安心感は得られない。
特に日本の官庁の統計の杜撰さが暴かれた現段階では、政府のお墨付きのデータだけでは
信用性に欠けるのではという疑いが生じる。

それはそれとして、やはり消費者は漠然として不安感を抱いているのである。
その不安感に対しては、やはり誠意を以て対応すべきと思う。
どうやら日本は安全性の基準をクリアーしているという一点だけで戦っていたようである。

外国人を相手にするときは、多種多様な意見があることを肝に銘じるべきである。
最も厳しい規制の国は韓国をはじめ8か国に及ぶ。
日本との関係で見た時に、韓国の言い分が異常とだけは言えないと思う。
全部はどうかは別にしてほかの国々と共有する主張はあったはず。
韓国を説得するのではなく、審判担当者を説得することが大事である。

日本国内の通常の裁判、刑事でも民事でも、理屈じゃないことが最後の決め手となることが
結構あるのである。
みんなそれぞれに関心が違う。審判官・裁判官もそれぞれに違う。
関心や疑問にスポッと応えると、あっけなく、落ちるのである。マジックのように感じる。
経験から言える。
審判官等が3人いれば、3人3様である。だから少なくとも3つの異なる説明の仕方が必要
なのである。
3つ用意をしようとすると、多分その倍の疑問・説明が湧き上がってくるはずだ。
整理をする必要がある。何が真の争点かが浮かび上がる。
データー一本などということはあり得ないわけだ。

放射能は極めてセンシティブなものである。敏感な人がしばしばいる。
また、今の時代、食の安全性については一般論としても厳しい。
科学的なデーターは万能ではない。
そもそもサンプルの取り方が間違っているかもしれない。
また、現段階の水準で安全というだけ、科学が進歩すれば実際は問題があったということに
なるのかもしれない。
だからこそ、人間の本能が重要なのである。その本能にやはり誠意を以て応えるべきである。
裁判は人間そのもの。理屈の裏に感情、心、本能がある。

特に、日本の判決等に比べると、米国の例をみているとつくづく実感することだが、
本当に細かい、くどすぎるのでは感じるほどである。
いろんな場合を想定してくどくどと説明をする。

飛躍するかもしれないが、平成の日本は内向きだった。
世界での競争力を失った。
世界で戦うにはその土俵での戦い方でやることである。

世界で通用することである。

令和は原点に戻って、維新の時代とすべきかと思う。

 

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