初版は詩人が22歳だった1953年12月に創元社より刊行されています。「98篇の詩より父の助言を得て取捨選択の上62篇の詩集として編んだことを覚えている」と前書きに記されています。
全編を通じて語られているのは自分自身と世界(外界)との係わりです。世界(外界)は風景であり神の存在ともいえるものです。
そして係わり方を追い求めることにより際立っているのは詩人の孤独感です。
「世界が愛してくれるので/私はいつまでも孤りでいられる」「…私はひとを呼ぶ/すると世界が振り向く/そして私はいなくなる」この詩行は62篇目の詩「62」で歌われています。「ひと」とは「私にはじめてひとりのひとが与えられた」ひとであり、「私」とは心そのもの、魂そのものと解釈できます。
孤独であること、それは世界と同一化した自らの姿であり、「私の不在」は詩人にとり安らぎの姿なのです。
詩のスタイルは14行詩、所謂ソネットの形式を用いていますが、脚韻には特に拘っていません。しかしながら定型詩のもつ独特な存在感(小宇宙)に魅了されてしまいます。
ただ、何れの詩もサプライズ、高揚感がやや乏しく感じるのは残念でなりません。
全編を通じて語られているのは自分自身と世界(外界)との係わりです。世界(外界)は風景であり神の存在ともいえるものです。
そして係わり方を追い求めることにより際立っているのは詩人の孤独感です。
「世界が愛してくれるので/私はいつまでも孤りでいられる」「…私はひとを呼ぶ/すると世界が振り向く/そして私はいなくなる」この詩行は62篇目の詩「62」で歌われています。「ひと」とは「私にはじめてひとりのひとが与えられた」ひとであり、「私」とは心そのもの、魂そのものと解釈できます。
孤独であること、それは世界と同一化した自らの姿であり、「私の不在」は詩人にとり安らぎの姿なのです。
詩のスタイルは14行詩、所謂ソネットの形式を用いていますが、脚韻には特に拘っていません。しかしながら定型詩のもつ独特な存在感(小宇宙)に魅了されてしまいます。
ただ、何れの詩もサプライズ、高揚感がやや乏しく感じるのは残念でなりません。