ふしょうなブログ

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スピーチ・バルーン(清水哲男研究)パート3

2006年04月10日 23時28分47秒 | 書評のようなもの

後退する。
センター・フライを追って、
少年チャーリー・ブラウンが。
ステンゲル時代の選手と同じかたちで。

これは見なれた光景である。


さて、今日は1連目について考えてみます。

後退するここはパート2で書き込みましたように、動作の後退と時空間での後退と半々ぐらいの意味合いなのかなと思います。
ステンゲル選手
 ヤンキースの名将とうたわれたケーシー・ステンゲルのことだと思います。Yockも勿論現役時代知っている訳ありません。
で、ステンゲル時代の選手ってことをぐぐってみると戦後間も無くに迎えたヤンキースの黄金時代といわれた頃の選手達のようです。
 チャーリーブラウンとヤンキースお似合いっていうか、時代的にもそんな感じなのでしょうか。

これは見なれた光景である

 この、「これは見なれた光景である」う~ん、チャーリーブラウン野球好きだったとしても、野球漫画ではないので、チャーリーブラウンが野球に興じているシーン、あまり印象に残っていません(個人的には)。
 そう考えると、見なれたと言い切ることにより普遍的なものであることを強調したかったのかな?

 つまり、ひとつのスタイルを定義するってことのようです。かなり舌足らずだけど、そんな感じがします。それから、この1連目から清水哲男らしさが出ています。文法的にも違和感無いし、すらっと読めてしまうのだけど、さて意味を捕らえようとするばするほど、ピラミッドの中に迷い込んだ気分になります。そうだな、インディージョーンズになった気分と言えばよいのかな?そんな感じがしてなりません。

明日は2連目です。


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