【例題】Xは、横断歩道を歩行中、Yの運転する甲車に衝突されて負傷した。甲車にはP保険会社の自動車保険が付保されている。
[自動車保険契約に基づく被害者の直接請求権]
・自家用自動車総合保険における普通保険約款では、次の約定が設けられることが通常である。
<賠償責任条項のうちの直接請求権条項>□解説49-50
(1)対人事故によって被保険者の負担する法律上の損害賠償責任が発生した場合は、損害賠償請求権者は、当社が被保険者に対して支払責任を負う限度において、当社に対して(3)に定める損害賠償額の支払を請求することができる。
(2)当社は、次のいずれかに該当する場合に、損害賠償請求権者に対して(3)に対して定める損害賠償額を支払う。ただし、当社がこの賠償責任条項および基本条項にしたがい被保険者に対して支払うべき保険金の額を限度とする。
被保険者が損害賠償請求権者に対して負担する法律上の損害賠償責任の額について、被保険者と損害賠償請求権者との間で、判決が確定した場合…
(3)本条における損害賠償額とは、「被保険者が損害賠償請求権者に対して負担する法律上の損害賠償責任の額」から「自賠責保険金等によって支払われる金額」「被保険者が損害賠償請求権者に対して既に支払った損害賠償金の額」を控除した額をいう。
(4)(5)…
<基本条項のうちの義務条項>□解説177-8,180
保険契約者、被保険者または保険金を受け取るべき者は、事故が発生したことを知った場合は、次のことを履行しなければならない。・・・
事故発生の日時、場所および事故の概要を直ちに当社に通知すること。…
損害賠償の請求についての訴訟を…提起された場合は、遅滞なく当社に通知すること。
保険契約者、被保険者または保険金を受け取るべき者が、正当な理由なく前条の規定に違反した場合は、当社は、次の金額を差し引いて保険金を支払う。…
〔通知義務に違反した場合は〕それによって当社が被った損害の額
・被害者は、約款の存在を根拠として、保険会社に対して直接請求権を行使することができる。これは「第三者のためにする契約」(民法537条)と位置付けられ、被害者(=第三者)の権利(直接請求権)は、保険会社(=債務者)に対して権利行使をした時に生じる(民法537条3項)。□大塚古笛143
[1-1]直接請求権の行使要件(その1):被保険者が被害者に対して損害賠償義務を負うこと。この点は、加害者(被保険者)への請求時と変わらない。□大塚古笛144
[1-2]直接請求権の行使要件(その2):保険会社が被保険者に対して保険金の支払義務を負うこと。換言すれば、保険会社が無責であれば行使要件を満たさない。□大塚古笛144
[2]直接請求権の支払条件:「被害者×被保険者」の間で判決が確定したこと等(※)。これは「行使要件」とは区別される。被害者に保険会社への提訴は、支払条件(対被保険者の判決確定等)が留保された将来給付の訴え(民訴法135条)となる。□大塚古笛145、別冊判タ9
※確定判決以外の支払条件として、「被保険者の破産」「被保険者の死亡と相続人不存在」など。□TM354
[被害者によるノーマルな権利行使で足りる場合]
・損保実務では、次の流れとなることが大半である。□別冊判タ9
事故直後から加害者保険会社が介入する(示談代行・一括払い)。
↓
被害者と保険会社との間で示談交渉が行われる。
↓
訴訟移行となった場合、保険会社が応訴を主導する。
・このノーマルな経緯の場合、当事者は「直接請求権」を意識する必要がない(たぶん)。換言すれば、直接請求権は「弁護士でない保険会社が係争の全面に出ること」の正当化根拠として、その背後でワークしている。□大塚古笛143
[被害者が直接請求権を行使する場合]
・ノーマル事案ではなく、「保険会社がアフロスを主張している」「保険会社が加害者の故意免責を主張している」「保険会社が加害者の通知義務違反を主張している」等の場合には、被害者は直接請求権を検討する必要がある。また、被保険者を相手に提訴しても欠席判決となることが見込まれる場合、被害者は、保険会社からの回収を狙って直接請求権を行使することになる。□LP15
・直接請求権は、「加害者から保険会社に対する保険金請求権」を論理的前提にしている。被害者から直接請求権を受けた保険会社としては、「保険会社から被保険者に対する反論や抗弁の全て」を主張できる。□桃崎81-2、TM354
・被害者の選択(その1):あくまでも加害者本人のみを提訴する。この場合、「加害者相手に確定判決を取っても、保険会社が、被保険者の通知義務違反(※)を理由に支払を拒否する」ことが考えられるので、あらかじめ、保険会社に提訴の事実を連絡しておくべきであろう。反対に、保険会社としては、提訴の事実を知れば、「(不熱心かもしれない)被保険者側に補助参加する」ことで必要な防御が可能となるので、もはや通知義務違反の主張はできないだろう(たぶん)。□桃崎83
※現行の約款は、保険会社の通知義務違反主張の効果を「通知義務違反によって保険会社が被った損害を被保険者負担とする」ことに限定している。保険会社は、「被保険者の通知義務によって保険会社が●円の損害を被った」ことまで主張立証する必要がある。結局のところ、「必要な防御を尽くしていた場合は、▲円の損害で済んだ」との主張立証となろうか(たぶん)。
・被害者の選択(その2):最初から、「加害者本人+保険会社」を共同被告として提訴する(※)。私見では、当初から加害者(被保険者)の欠席が見込まれる場合には、この選択が無難か。□別冊判タ9
※保険会社に対する請求の趣旨は、「被告保険会社は、第1項の判決(※加害者本人に対する給付判決)が確定したときは、原告に対し、●円及びこれに対する●年●月●日から支払済みまで年3パーセントの割合による金員を支払え。」などとなる(たぶん)。
桃崎剛「被保険者(加害者)の通知義務の懈怠と被害者の任意保険会社に対する直接請求権」判例タイムズ11183号75頁[2005]
佐久間邦夫・八木一洋編『リーガル・プログレッシブ・シリーズ 交通損害関係訴訟〔補訂版〕』[2013]
東京地裁民事交通訴訟研究会編『民事交通訴訟における過失相殺率の認定基準〔全訂5版〕』[2014]
東京海上日動火災保険株式会社編著『損害保険の法務と実務〔第2版〕』[2016]
大塚英明・古笛恵子編著『交通事故事件対応のための保険の基本と実務』[2018]
「自動車保険の解説」編集委員会『自動車保険の解説2023』[2023]