昨2月22日は聖徳太子の命日でした。 関西ホツマの集いの勉強会が 瀬織津姫・ワカ姫の御ひざ元、西宮、廣田神社の参集殿で催されました。
今回は、3者による研究発表でしたが、その中で、和歌山のKさんから、クサナギノツルギ
についての新説が披露されました。
草薙の剣という漢字があてられることが多く、その根拠はヤマトタケが 焼津の地で、賊に囲まれて枯れ野に火を放たれた時、草むらの草を薙ぎ払い、この焼けた草によって賊を滅ぼすことができた、ということにあります。
このことから、草薙の剣と呼ばれるようになった、という解釈が主流でした。
しかし、ホツマをよく検討してみると、このツルギは、ヤマトタケのこの武勇伝よりはるか以前より、クサナギノツルギと呼ばれているのです。 そのお名前をお付けになられたのは天照大神です。
すると、クサナギには全く別の意味が秘められているわけです。 Kさんは、長年にわたって、ワカ姫様をの研究をされている方で、言葉、一つ一つにこだわって考察した結果、 クサとは、戦(いくさ)のこと、ナギは凪ぎ、和ぎ(なぎ)であって、戦を止め、互いに和する、むやみに戦わない、という意味が込められているのではないか、ということでした。
なるほど!
草薙の剣、という漢字で判断するとヤマトタケの戦いのシーンばかりが思い浮かべられますが、ホツマの記述を丹念に調べることによって、その命名の起源にまで溯ると、クサナギの持つ本来の意味が、 全く別の事であることが分かったわけです。
漢字の 武、 という字も本来は、戈(ほこ=武器)を止めるが合体した言葉です。 クサナギノツルギの場合は、それに、和す、という意味も込められているのです。 天照大神の平和思想はトノヲシテ、女(め)の心、と共通しています。 平和の尊さ、武力に安易に頼ることへの戒めがこめられていることに、注意を向けなくてはなりません。
そして本日23日は皇太子さまの御誕生日です。記者会見においても平和の尊さを説いておられます。
> 問 今年は戦後70年の節目の年です。戦争と平和への殿下のお考えをお聞かせください。先の大戦や戦没者慰霊については天皇、皇后両陛下からどのようにお聞きになり、愛子さまにはどう伝えられていますでしょうか。
皇太子さま 先の大戦において日本を含む世界の各国で多くの尊い人命が失われ、多くの方々が苦しい、また、大変悲しい思いをされたことを大変痛ましく思います。広島や長崎での原爆投下、東京をはじめ各都市での爆撃、沖縄における地上戦などで多くの方々が亡くなりました。亡くなられた方々のことを決して忘れず、多くの犠牲の上に今日の日本が築かれてきたことを心に刻み、戦争の惨禍を再び繰り返すことのないよう過去の歴史に対する認識を深め、平和を愛する心を育んでいくことが大切ではないかと思います。そしてより良い日本をつくる努力を続け、それを次の世代に引き継いでいくことが重要であると感じています。
両陛下には、これまでさまざまな機会に、戦争によって亡くなられた人々を慰霊し、平和を祈念されており、今年は、戦後70年に当たり、4月にパラオ国をご訪問になります。戦後60年にはサイパン島をご訪問になりましたが、お心を込めて慰霊されるお姿に心を打たれました。また、両陛下には、今年戦後70年を迎えることから、昨年には広島、長崎、沖縄で戦没者を慰霊なさいました。私は、子供の頃から、沖縄慰霊の日、広島や長崎への原爆投下の日、そして、終戦記念日には両陛下と御一緒に黙とうをしており、その折に、原爆や戦争の痛ましさについてのお話を伺ってきました。また、毎年、沖縄の豆記者や本土から沖縄に派遣される豆記者の人たちと会う際に、沖縄の文化と共に、沖縄での地上戦の激しさについても伺ったことを記憶しています。
私自身もこれまで広島、長崎、沖縄を訪れ、多くの方々の苦難を心に刻んでまいりました。また、平成19年にモンゴルを訪問した際に、モンゴルで抑留中に亡くなられた方々の慰霊碑にお参りをし、シベリア抑留の辛苦に思いをはせました。
私自身、戦後生まれであり、戦争を体験しておりませんが、戦争の記憶が薄れようとしている今日、謙虚に過去を振り返るとともに、戦争を体験した世代から戦争を知らない世代に、悲惨な体験や日本がたどった歴史が正しく伝えられていくことが大切であると考えています。両陛下からは、愛子も先の大戦について直接お話を聞かせていただいておりますし、私も両陛下から伺ったことや自分自身が知っていることについて愛子に話をしております。
我が国は、戦争の惨禍を経て、戦後、日本国憲法を基礎として築き上げられ、平和と繁栄を享受しています。戦後70年を迎える本年が、日本の発展の礎を築いた人々の労苦に深く思いを致し、平和の尊さを心に刻み、平和への思いを新たにする機会になればと思っています。<
今回は、3者による研究発表でしたが、その中で、和歌山のKさんから、クサナギノツルギ
についての新説が披露されました。
草薙の剣という漢字があてられることが多く、その根拠はヤマトタケが 焼津の地で、賊に囲まれて枯れ野に火を放たれた時、草むらの草を薙ぎ払い、この焼けた草によって賊を滅ぼすことができた、ということにあります。
このことから、草薙の剣と呼ばれるようになった、という解釈が主流でした。
しかし、ホツマをよく検討してみると、このツルギは、ヤマトタケのこの武勇伝よりはるか以前より、クサナギノツルギと呼ばれているのです。 そのお名前をお付けになられたのは天照大神です。
すると、クサナギには全く別の意味が秘められているわけです。 Kさんは、長年にわたって、ワカ姫様をの研究をされている方で、言葉、一つ一つにこだわって考察した結果、 クサとは、戦(いくさ)のこと、ナギは凪ぎ、和ぎ(なぎ)であって、戦を止め、互いに和する、むやみに戦わない、という意味が込められているのではないか、ということでした。
なるほど!
草薙の剣、という漢字で判断するとヤマトタケの戦いのシーンばかりが思い浮かべられますが、ホツマの記述を丹念に調べることによって、その命名の起源にまで溯ると、クサナギの持つ本来の意味が、 全く別の事であることが分かったわけです。
漢字の 武、 という字も本来は、戈(ほこ=武器)を止めるが合体した言葉です。 クサナギノツルギの場合は、それに、和す、という意味も込められているのです。 天照大神の平和思想はトノヲシテ、女(め)の心、と共通しています。 平和の尊さ、武力に安易に頼ることへの戒めがこめられていることに、注意を向けなくてはなりません。
そして本日23日は皇太子さまの御誕生日です。記者会見においても平和の尊さを説いておられます。
> 問 今年は戦後70年の節目の年です。戦争と平和への殿下のお考えをお聞かせください。先の大戦や戦没者慰霊については天皇、皇后両陛下からどのようにお聞きになり、愛子さまにはどう伝えられていますでしょうか。
皇太子さま 先の大戦において日本を含む世界の各国で多くの尊い人命が失われ、多くの方々が苦しい、また、大変悲しい思いをされたことを大変痛ましく思います。広島や長崎での原爆投下、東京をはじめ各都市での爆撃、沖縄における地上戦などで多くの方々が亡くなりました。亡くなられた方々のことを決して忘れず、多くの犠牲の上に今日の日本が築かれてきたことを心に刻み、戦争の惨禍を再び繰り返すことのないよう過去の歴史に対する認識を深め、平和を愛する心を育んでいくことが大切ではないかと思います。そしてより良い日本をつくる努力を続け、それを次の世代に引き継いでいくことが重要であると感じています。
両陛下には、これまでさまざまな機会に、戦争によって亡くなられた人々を慰霊し、平和を祈念されており、今年は、戦後70年に当たり、4月にパラオ国をご訪問になります。戦後60年にはサイパン島をご訪問になりましたが、お心を込めて慰霊されるお姿に心を打たれました。また、両陛下には、今年戦後70年を迎えることから、昨年には広島、長崎、沖縄で戦没者を慰霊なさいました。私は、子供の頃から、沖縄慰霊の日、広島や長崎への原爆投下の日、そして、終戦記念日には両陛下と御一緒に黙とうをしており、その折に、原爆や戦争の痛ましさについてのお話を伺ってきました。また、毎年、沖縄の豆記者や本土から沖縄に派遣される豆記者の人たちと会う際に、沖縄の文化と共に、沖縄での地上戦の激しさについても伺ったことを記憶しています。
私自身もこれまで広島、長崎、沖縄を訪れ、多くの方々の苦難を心に刻んでまいりました。また、平成19年にモンゴルを訪問した際に、モンゴルで抑留中に亡くなられた方々の慰霊碑にお参りをし、シベリア抑留の辛苦に思いをはせました。
私自身、戦後生まれであり、戦争を体験しておりませんが、戦争の記憶が薄れようとしている今日、謙虚に過去を振り返るとともに、戦争を体験した世代から戦争を知らない世代に、悲惨な体験や日本がたどった歴史が正しく伝えられていくことが大切であると考えています。両陛下からは、愛子も先の大戦について直接お話を聞かせていただいておりますし、私も両陛下から伺ったことや自分自身が知っていることについて愛子に話をしております。
我が国は、戦争の惨禍を経て、戦後、日本国憲法を基礎として築き上げられ、平和と繁栄を享受しています。戦後70年を迎える本年が、日本の発展の礎を築いた人々の労苦に深く思いを致し、平和の尊さを心に刻み、平和への思いを新たにする機会になればと思っています。<