武弘・Takehiroの部屋

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サハリン物語(6)

2024年04月22日 03時35分26秒 | 小説『サハリン物語』

 勇猛なジューコフ隊の側面攻撃を受けて、敵の部隊は混乱しました。スパシーバも剣を振るって突進し何人かの敵兵をなぎ倒したのです。ジューコフ隊はそのまま敵の隊列を突破し、さらにその後方の部隊にも襲いかかりました。また、他の別働隊も違った方向から敵部隊を急襲します。いわばゲリラ戦、遊撃戦となったため、敵は相当に混乱し思うように前進できません。
一方、地下トンネルを通って、ロマンス・シベリア軍の部隊がカラフト軍陣地に現われ、奇襲攻撃を仕掛けました。不意をつかれて、カラフト・ヤマト軍は初めは動揺しましたが、やがて奇襲部隊を包囲する形で逆に追い詰めていったのです。 この奇襲作戦が成功しなかったのは、ミヤザワケンジ指揮官の卓越した采配が功を奏したのです。彼はこのトンネル奇襲攻撃を前もって予測し、包囲部隊を待機させていました。敵の事前の動きを偵察して、予測していたのでしょう。その辺に、ミヤザワケンジ指揮官の不思議な“予知能力”を見る思いがします。
ロマンス・シベリア軍の総攻撃は結局、失敗しました。これは彼らにとって大きな痛手になったようです。陥落寸前と見られた敵陣地が落ちなかったのです。長い遠征で疲労が溜まっていたので、なおさら疲れを感じたでしょう。 それに、前にも言ったように、補給線が延び切って食糧などの必要物資が十分に届いていなかったのです。厭戦気分とでも言うのか、戦いに疲れ嫌気が差してきたのは間違いありません。脱走兵も徐々に出てきました。

 ちょうどその頃、タケルノミコトが率いる上陸軍は“快進撃”を続けていました。快進撃と言っても、敵兵がほとんど見当たらないのです。たまに敵部隊がいても、6千人を超える上陸軍を見て四方八方に逃げていきました。まるで「天馬 空を行く」ような進軍です。タケルノミコト軍は敵の補給基地を次々に落とし、補給線をほとんど遮断しました。
マオカから進撃すること数日で、軍は首都・トヨハラとオオドマリのほぼ中間点に達しました。ここから、オオドマリまでは約20キロしかありません。つまり、タケルノミコト軍は、ロマンス・シベリア連合軍の“背後”に完全に回った形となりました。 こうなれば、敵を挟み撃ちにすることは簡単で、敵はまるで“袋のネズミ”です。こうして、戦局を一気にくつがえすカラフト・ヤマト連合軍の大反攻作戦が実施されようとしていました。

 ここで気分を換えて、マトリョーシカの話をしましょう。戦乱の中で、彼女はすくすくと育っていました。と言っても、まだ乳飲み子です。リューバ姫もすっかり日常生活に戻りましたが、戦いに明け暮れるスパシーバ王子のことが心配でなりません。スパシーバは毎日のように陣営内を見て回ったり、時には戦場に出ていきます。
ただ一つ、彼女が嬉しかったのは、ヒゲモジャ王夫妻がスパシーバとの婚姻を認めたことです。戦時中だし、公式には発表しませんでしたが、これはマトリョーシカの誕生が決定的な要因だったと言えるでしょう。現代風に言えば“できちゃった婚”です。 王夫妻は初孫をこよなく可愛がりました。マトリョーシカを見ている時が、唯一の安らぎではなかったでしょうか。
相変わらず、侍女のカリンカやナターシャ姫がリューバ姫の面倒をよく見ていましたが、ある日、ヤマト帝国を代表する形で、スサノオノミコト副将軍がヒゲモジャ王夫妻に祝意を表しに来ました。そして、マトリョーシカを見にリューバ姫の所を訪れた時、彼は初めてナターシャ姫とじかに会ったのです。スサノオノミコトはナターシャの知的な美しさにいっぺんに魅了されました。彼はもともと性格が荒っぽく、粗暴な振舞いが目立つ男ですが、ナターシャと会っていると心がなごんでくるのです。こういう経験は初めてでした。恋が芽生えたのか・・・ スサノオノミコトとナターシャの関係は、後でたっぷりと話しましょう(笑)。

 さて、オオドマリ攻防戦ですが、スターリン総司令官は焦っていました。もちろん、敵陣が陥落しないためですが、彼はチェーホフ将軍を呼びつけ「3日以内に必ず落とせ!」と厳命を下したのです。 敵の軍勢が西海岸のどこかに上陸したという噂は、スターリンも聞いていました。しかし、その軍勢がどのように進撃しているのかさっぱり分かりません。それほど、ロマンス・シベリア軍側の通報手段は劣っていました。
これに対し、ヤマト軍は“伝書鳩”をたくさん持っていたので、マオカに上陸した時点から随時、オオドマリの陣営に連絡を取っていました。スサノオノミコト副将軍は、上陸軍がすでにトヨハラとオオドマリの中間点に達したことも知っていました。そして、上陸軍が敵の背後から攻撃する時は、狼煙(のろし)を打ち上げる手筈を確認していたのです。
チェーホフ将軍は第2次総攻撃の準備に大わらわでしたが、別に妙策があるわけではありません。倍近い兵力でただ敵を圧倒するだけです。それしかありません。 この時、彼はふと思いました。もしシベリア軍に強力な海軍があれば、外洋からオオドマリ港に侵入し、上陸して敵を挟み撃ちにし殲滅できただろうにと。 そのとおりだと思います。シベリア軍にしっかりした海軍がなかったことが、後々まで致命的な影響を与えるでしょう。

 チェーホフがいよいよ総攻撃を始めようという日、タケルノミコトの上陸軍はすでにロマンス・シベリア連合軍の背後に迫りました。もたもたしていては敵に感づかれます。タケルノミコトは狼煙を上げるよう命令しました。
何発もの狼煙が打ち上げられると、上陸軍は喚声をあげて敵の背後に襲いかかります。それに呼応するかのように、オオドマリ陣地のカラフト・ヤマト軍が一斉に反攻に打って出ました。長い間 防戦一方だっただけに、うっ憤が溜まりに溜まっていたのか、その反転攻勢は凄まじいものでした。スサノオノミコト副将軍はもとより、ジューコフ将軍やミヤザワケンジ指揮官、さらにスパシーバ王子も陣頭指揮に立ち、敵の陣営に一気に攻め入りました。カラフト・ヤマト軍の大逆襲です!
これには、やや厭戦気分になっていたロマンス・シベリア軍は堪ったものではありません。しかも、背後からも攻められているのです。暫くして、彼らは大混乱に陥りました。指揮官の制止も聞かず、逃げ出す兵士が続出しました。さしものスターリン総司令官やチェーホフ将軍も、撤退命令を出さざるを得ません。いや、撤退命令を出さなくても“総崩れ”になったのです。

しかも、その時、タケルノミコト軍から得体の知れない10数個の巨大な「浮遊物」が上がりました。これこそヤマト軍の秘密兵器であるあの“空気球”だったのです。それぞれの気球には何人もの兵士が乗っていて、上空から雨あられと矢を降り注ぎます。それが敗走するロマンス・シベリア軍の頭上に降りかかってきました。これは堪りません。だいたい、こんな奇怪な浮遊兵器を兵士たちは見たことがないのです。恐怖心が先に立って、皆われ先にと逃げました。
劇的な勝利を収めたカラフト・ヤマト連合軍は、ただちに首都・トヨハラを目指しました。トヨハラは40キロあまり先なのでそれほど遠くありません。何がなんでも首都を奪還しなければならないのです。 他方、タケルノミコト大将軍は第2の上陸作戦を考えていました。今度は東海岸です。敵は総崩れになったので、当面は抵抗が弱まるでしょう。しかし、油断は禁物です。いずれ敵が態勢を立て直し反撃してくることは十分に予想されます。このため、タケルノミコトは東海岸の要衝であるシスカに、海上から第2の上陸作戦を行なおうと考えたのです。シスカは北緯50度の国境線にかなり近く、ここを制すればロマンス・シベリア軍に対し、大包囲網を形成することが可能になるでしょう。

 カラフト・ヤマト軍はほとんど抵抗を受けることもなく、トヨハラを奪い返しました。敵は抵抗するどころか、逃げるのが精一杯という感じでした。久しぶりに首都に帰ったものの、王宮は火災で崩れ落ち見る影もありません。ヒゲモジャ王夫妻もスパシーバ王子も暗澹たる気持になりました。至る所に略奪された跡があり、復興するには大変な時間と労力がかかりそうです。
王一族は残った官舎に仮住まいすることになりましたが、ロマンス・シベリア軍への大反攻戦はまだ始まったばかりです。早速、王のいる官舎で戦略会議が開かれました。しかし、この席ではカラフト国とヤマト帝国の間で、基本的な見解が大きく食い違ったのです。ヒゲモジャ王らカラフト側は、北緯50度線までの国土を早く回復し、その後はロマンス国側と停戦交渉に入りたいとの考えを示しました。
しかし、タケルノミコトは次のように述べました。「それはおかしいです。ここまでくればロマンス国を一気に制圧し、カラフト国がサハリンの統一王朝を樹立することこそ、最大の目標だと言えるでしょう。そうなれば、もうシベリア帝国が介入してくることもありません。ヤマト帝国としては、統一王朝であるカラフト国と未来永劫、友好な関係を維持することができるのです」

 これに対して、イワーノフ宰相が反論しました。「大将軍の言われることは分かりますが、ロマンス国を制圧するとなると戦火がますます拡大します。戦争で損害をこうむったわが国としては、国土を回復することこそ第一の目標であり、それ以上はいま考えていません」
ヒゲモジャ王も次のように述べました。「そもそも今度の戦争は、スパシーバがリューバ姫を奪ってきたことに原因がある。王室の一員として責任を感じるが、王子と姫の間には子もできた。わが国が国土を回復すれば、その後はロマンス国王と十分に話し合える余地はあると思う。いたずらに戦火を拡大するのは、いかがなものか」
王には、マトリョーシカが誕生したことで、ロマンス国のツルハゲ王も態度を和らげるのではという期待がありました。ツルハゲ王にとっても、最愛の娘であるリューバ姫が孫を産んでくれたのです。これで、カラフト・ロマンス両国に和解の道が開かれるかもしれません。今で言えば、結果的に“政略結婚”が成立したようなものです。
しかし、タケルノミコトは異論を唱えました。「王のお気持も分かりますが、シベリア帝国の脅威について何も触れておられないですね。今度の戦争で、ロマンス国に対するシベリア帝国の影響力は格段に強くなりました。帝国の軍事基地がロマンス国内に次々と出来ているでしょう。そうなると、カラフト・ロマンス両国の和平は事実上、難しくなったと見るべきです」

 スサノオノミコトもタケルノミコトの意見に賛同しました。これでカラフト側とヤマト側の戦略の違いがはっきりし、議論を進めても埒(らち)が明きそうにもありません。そこで、イワーノフが間に立つ形で「まずは国境線までの領土を回復した後で、もう一度話し合ったらどうでしょう」と述べました。
これには、ヒゲモジャ王もタケルノミコトらにも異論はなく、いずれもう一度話し合おうということになりました。とにかく、国土の回復が第一です。そこでタケルノミコトが、前から考えていた第2の上陸作戦を提案しました。東海岸のシスカから上陸するという案です。これには一同が賛成しました。先のマオカ上陸作戦が大成功しただけあって、誰も異存はなかったのです。
国土回復戦はタケルノミコトが総指揮を執りますが、シスカ上陸作戦はマミヤリンゾウ指揮官が実戦の司令官に抜擢されました。陸戦の方は、スサノオノミコトとジューコフ将軍が指揮を執ることになったのです。こうしてカラフト・ヤマト連合軍の態勢が整い、総反撃が開始されることになりました。

 さて、ロマンス・シベリア連合軍はトヨハラを追われ敗走を重ねていました。補給路が遮断された上に、長い遠征の疲れがどっと出てきた感じです。また、カラフト領内では住民の抵抗や攻撃も始まりました。こうなると、ロマンス軍の兵士たちは心理的に早く国に帰り、家族らと再会したいという思いに駆られます。このため、シベリア軍のスターリン総司令官らがいくら発破を掛けても、浮き足立って真剣に戦おうとしません。ロマンス・シベリア軍は今や“烏合の衆”みたいになったのです。
そんな折、以前 カラフト国を裏切り、リューバ姫らの隠れ家を敵方に通報したあのゲジゲジサタンの居所が分かりました。彼はトヨハラ近郊の民家に隠れ住んでいたのです。ゲジゲジサタンはヒゲモジャ王らが首都を追われた後、臨時政府の宰相の地位に就いていました。臨時政府と言っても、要はロマンス・シベリア側の“傀儡(かいらい)政権”に過ぎません。彼は保身のため、国を裏切り敵側に寝返っていたのです。
住民の知らせでこのことを知ると、特にスパシーバ王子が激しく怒りました。前にも言いましたが、彼の従姉妹のオテンバ姫は、ゲジゲジサタンの通報で駆けつけたプーシキンらによって、命を奪われたのでした。それ以来、スパシーバはオテンバ姫の仇を必ず討つと心に決めていたのです。

 スパシーバ王子はゲジゲジサタンの処分について父王から一任を取り付け、すぐに一隊を引き連れて彼の居所に急行しました。ゲジゲジサタンは数人の手下と一緒にいましたが、手下どもはわれ先にと逃げました。国を裏切るような者の部下には、ろくな者はいません。主人を見捨てて消え失せたのです。
スパシーバはゲジゲジサタンを庭に引きずり出し、このように告げました。「お前は国を裏切った。売国奴だ! 覚悟はできているか」
「命だけは、命だけは・・・」ゲジゲジサタンが命乞いをします。「情けない奴だな。最期ぐらいはしっかりしろ!」 スパシーバは余計に怒りが込み上げてきました。
「お前は国を裏切っただけでなく、私の従姉妹のオテンバ姫やジャジャウマ嬢の命まで奪った。覚えているか」 ゲジゲジサタンは黙ったままです。
「これからお前を成敗する。罪を償え! 最期に何か言いたいことはないのか」
すると、もうこれまでと観念したのか、ゲジゲジサタンが叫びました。「俺は俺の好きなように生きてきたんだ。斬るなら斬れ! カラフト王国なんか滅んでしまえ!!」  この言葉を聞くやいなや、スパシーバは逆上しました。彼は剣を抜くと、一刀のもとにゲジゲジサタンを斬り捨てたのです。血まみれになった“裏切り者”の遺体は、無残にも庭に転がったまま放置されました。

 さて、オオドマリ港にいたヤマト帝国の艦隊は、大部分がマミヤリンゾウ司令官に率いられて東海岸のシスカへと向かいました。上陸作戦を決行するためです。 一方、陸軍の方はスサノオノミコトに率いられ、カラフト軍と協力しながら北方へと進撃していきました。スサノオノミコトは出陣前にわざわざナターシャ姫を訪れ、凱旋した暁にはあなたにお願いしたいことがあると告げました。ナターシャは女性の勘で、それがどんなことかはすぐに理解できました。彼女の方も、根は純情でひたむきなスサノオノミコトに好意を寄せていたのです。
カラフト・ヤマト連合軍の進撃に、ロマンス・シベリア軍は至る所で敗退を重ねました。前にも言ったように、補給路がほとんど寸断されて戦意を失っていたのです。しかし、どこかで踏みとどまらなければなりません。ロマンス・シベリア軍は大幅に後退し、西海岸のクシュンナイ(ヤマト語で久春内)という所に陣を構えました。


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