矢嶋武弘の部屋

映画館の座席の「ヘッドレスト」はまったく邪魔だ!
首や肩が疲れて、ゆったりできない。
「ヘッドレスト」を外せ!

ムハンマド(マホメット)を讃美した大詩人・ゲーテ

2018年10月05日 09時43分02秒 | ゲーテ、ロマン・ロラン、大杉栄ら
<以下の記事を復刻します。> ヨーロッパ人が最も敬愛する文学者と言えば、ドイツの大詩人であるゲーテもその1人だろう。イギリスのシェークスピアと並ぶ文豪と言ってよい。私もゲーテは大好きだが、彼はペルシャやアラビアなどに深い造詣を持っていた。晩年の有名な『西東(せいとう)詩集』は、「ヘジラ」と言って、ムハンマドが信者たちを連れてメッカからメジナへ移住したことをモチーフにしている。このようにゲーテはム . . . 本文を読む
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ノーベル賞に落選した文豪・トルストイ

2018年10月05日 03時44分19秒 | ゲーテ、ロマン・ロラン、大杉栄ら
<以下の記事を復刻します。> ノーベル賞は世界で最も有名な賞だが、その平和賞は極めて“政治的”な意味合いが濃いものになっている。同時に、文学賞もまた政治的な理由で決められることがよくある。その象徴的な出来事が第1回のノーベル文学賞の時に起きた。それが、世界的な文豪レフ・トルストイの落選であった。 ノーベル賞が創設された1901年当時、世界最大の文豪と言えば誰もが . . . 本文を読む
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アリ(蟻)の話・・・大杉栄の論文

2018年10月04日 12時13分24秒 | ゲーテ、ロマン・ロラン、大杉栄ら
<以下の文を復刻します。> 昔、『黒い絨毯』というアメリカ映画(1954年)を見たことがある。チャールトン・ヘストンとエレノア・パーカーが主演だったが、アリ(蟻)の大群に人間などが襲われるという迫力のある映画だったので、今でも内容はだいたい覚えている。 調べてみたら、南米アマゾン川の上流地域で「マラブンタ」というアリが大量に移動するストーリーで(1901年)、マラブンタは数百年ごとに集 . . . 本文を読む
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大杉栄と「相互扶助論」

2018年09月17日 04時47分12秒 | ゲーテ、ロマン・ロラン、大杉栄ら
 <以下の記事を復刻します。> イギリスの自然科学者チャールズ・ダーウィンが『種の起源』を著したのは1859年だが、それ以来、進化論の立場から「生存競争」や「適者生存」といった概念が世界的に広く受け入れられてきた。 しかし、そうした概念が「優勝劣敗」や「弱肉強食」といったものへ発展していくと、それは少し不穏当ではないかという反発が出てきた。自然界はたしかに優勝劣敗、弱肉強食の . . . 本文を読む
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9月16日は大杉栄の命日です。(墓参りの写真など)

2018年09月16日 10時13分05秒 | ゲーテ、ロマン・ロラン、大杉栄ら
〈9月16日は大杉栄の命日ですが、2016年11月に彼の墓参りをした時の記事・写真を掲載しておきます。〉 学生時代のある時期、アナーキスト・大杉栄を大好きになったことがある。自分は大杉の“分身”だと思ったほどだ。ところで、今年のいつだったか、大杉栄の墓が静岡市の沓谷(くつのや)霊園にあることが分かりびっくりした。彼がなぜそこに葬られたかは省略するが、ぜひ一度、お参りしたい . . . 本文を読む
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大杉栄とアナーキズム

2018年09月16日 10時12分33秒 | ゲーテ、ロマン・ロラン、大杉栄ら
<2002年11月に書いた以下の記事を復刻します。> 1) 近代日本で、印象に残る人物は多士済々である。 明治維新以降、日本は実に多くの人材を輩出してきた。どの分野にも、優れた日本人が登場してきた。 その中で、最も印象に残る人物の一人として、私はアナーキスト・大杉栄を挙げたいと思う。大杉栄は歴史上、大したことをやった人物ではない。 日本のアナーキズム(無政府主義)運動のリーダーだったというだけで . . . 本文を読む
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ロマン・ロラン

2018年09月04日 06時02分18秒 | ゲーテ、ロマン・ロラン、大杉栄ら
<以下の文を復刻します。> 1) 20世紀で最も偉大な文学者を挙げろと言われれば、私はロマン・ロランを挙げるだろう。「ジャン・クリストフ」などの文学作品のみならず、20世紀前半の世界に及ぼした彼の存在の影響は計り知れない。 その人類愛、ヒューマニズムと共に、彼の人格の高潔さは、正にその当時の世界の“良心”であった。しかし、ロマン・ロランの人類愛、ヒューマニズムは余りに理想 . . . 本文を読む
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ゲーテ

2018年08月21日 12時00分29秒 | ゲーテ、ロマン・ロラン、大杉栄ら
<以下の文を復刻します。> 1) ドイツの文豪・ゲーテという人をどう理解したらいいのだろうか。 我々人間が感じること、考えること、想像することの全てをこの人は把握しているようだ。 それだけではなく、我々が感じ、考え、想像することの全てを越えるものを、この人は体験しているようだ。 その精神の広さと深さにおいて、この人の右に出る者はいないのではないか。例えば、最も崇高なものも、最も醜悪なものもこの人 . . . 本文を読む
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