矢嶋武弘の部屋

もし勇気去らば 全てのもの 汝より去る(ゲーテ)

(敵も味方も)共に生きたのじゃ(大河ドラマでの足利尊氏のセリフ)

放送事故で「始末書」を書かされた!

2018年06月01日 11時39分58秒 | フジテレビ関係
<2008年8月に書いた以下の記事を復刻します。> 誰だって「始末書」なんか書きたくない。事故を起こした場合、その当事者が事故の経緯を上司に報告する文書だからだ。しかし、私にはその嫌な経験が1回だけある。実に不名誉なことだ。私の場合は、いつものようにテレビ放送に関するものだが、もう20年近く前になるだろうか、昼ニュースのデスクを担当していた時に不祥事が起きた。ニュースというものはしばしば&ldq . . . 本文を読む
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地取り(聞き込み)

2018年05月15日 06時56分11秒 | フジテレビ関係
<以下の文を復刻します。> 「地取り」は死語になったのだろうか。辞書をひくと幾つか意味があるようだが、私が若いころ、教わった意味はまったく別のものだった。それは事件や事故が起き、聞き込み捜査や聞き込み調査をすることを地取り(じどり)と言ったが、最近はあまり使われないようだ。この「地取り」は専門用語・業界用語のたぐいだが、私にはいまだに忘れられない言葉である。ここで、いつもブログでは“ . . . 本文を読む
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文世光事件と日帰り海外出張

2018年05月14日 10時48分07秒 | フジテレビ関係
<2008年10月に書いた以下の記事を、一部修正して復刻します。> 若い頃は出張が楽しみだった。もちろんキツイ仕事で大変なものもあるが、まだ行ったこともない所へ出張するのは、どんな所だろうかと胸がわくわくするものである。出張先では地元の人たちと一杯やることも楽しみだし、まだ見たことのない風景や土地柄を探訪することもできる。国内出張も良いが、これが海外出張になるともっと興味津々となる。外国を見たい . . . 本文を読む
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青山学院OBの先輩と私

2018年05月07日 04時00分23秒 | フジテレビ関係
<2016年1月に書いた以下の記事を、一部修正して復刻します。> 先日、大学箱根駅伝で青山学院(青学)が圧倒的強さで優勝したが、ふと青学出身の人をほとんど知らないないことに気がついた。知っているのは歌手のペギー葉山ぐらいだ。そう思っていたら、私がテレビ局時代にお世話になった先輩・Aさんのことを思い出した。青学出身の知り合いは彼1人だけだ。Aさんは30年以上も前に他界しているから、急に懐かしくなっ . . . 本文を読む
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逸見政孝君のこと(後編)

2018年04月17日 05時10分07秒 | フジテレビ関係
逸見君は親切だったが、けっこう好き嫌いの激しい人だった。同僚のアナウンサーに対してもそれがはっきりしている。コンビを組んでいた田丸美寿々には優しかったが、その後を継いだKに対しては無視したり、露骨に嫌な態度を取ったりした。そういうのは自然にテレビ画面に出てくるので、私は一度注意したことがあるが、彼はあまり気に留める様子でもなかった。これは竹を割ったような正直な性格で、逸見は田丸に対しては一目も二目 . . . 本文を読む
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逸見政孝君のこと(前編)

2018年04月17日 05時09分20秒 | フジテレビ関係
<以下の文を復刻します。> つい先日、逸見政孝君のことを思い出した。逸見君といえばフジテレビの元アナウンサーで、その後フリーになってテレビで大活躍した人物である。覚えておられる方も多いだろう。その彼が48歳の若さで、胃癌で亡くなった時は驚いた。もう20年以上も昔の話である。私もかつてフジテレビの社員だったから、逸見君のことはよく覚えている。一緒に仕事をしたこともある。そこで彼の思い出話などをしよ . . . 本文を読む
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“愛のコールサイン” は駄目よ!

2018年03月27日 05時42分55秒 | フジテレビ関係
<以下の記事を復刻します。> 会社に就職すると、たいてい新人研修というのが行われる。私の場合もテレビ局に入社した直後、新人研修を受けた。50年以上も前のことだが、その中で今でも忘れられない“逸話”がある。それは、ある若い男子アナウンサーが懲戒解雇になった話である。新人研修で、人事部や総務部の話ほど面白くないものはない。会社の組織がどうのとか、就業規則がどうのとかいう話だか . . . 本文を読む
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下手なカメラマン

2018年03月16日 02時58分39秒 | フジテレビ関係
<以下の文を復刻します。> 下手なカメラマンとは私のことだ。もう50年以上も昔の話だが、私はフジテレビの報道局に入ってから記者の仕事をしていた。当時は内勤の整理記者だったが、ある時、報道局の幹部が「テレビ記者というのはこれから、書けて話せて写せることが出来なければならい」と訓示した。要するに記事を書くだけでなく、テレビの前でレポートをし、さらにカメラで撮影しなければならないというのだ。記事だけ書 . . . 本文を読む
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気象会社をつくりたかった! でも、力不足だった

2018年03月06日 16時34分19秒 | フジテレビ関係
<以下の記事を復刻します。テレビ局時代の思い出・ロマン> 今やテレビなどでは気象予報士が“花盛り”である。若い女性から初老のオジサンまで毎日、天気予報を伝えている。中には気象予報の“花形”みたいな人もおり、注目を集めている。大いに結構なことだ。この「気象予報士」というのは今から20年あまり前に誕生したが、当時は“天気予報の自由化”と言われ、気象の民間業務がようやく拡大しようとしていた。その頃、私 . . . 本文を読む
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花火中継、大失敗!

2018年03月05日 09時32分14秒 | フジテレビ関係
<以下の記事を復刻します。> テレビ局時代に多くの失敗をしたが、中でも花火中継の失敗は忘れられない。もう30年以上も昔のことだが、私がFテレビのローカルニュース担当デスクの時にそれは起きた。たしか東京の江戸川河川敷で花火大会があり、わが社の事業局や営業局などがそれに絡んでいたようだ。花火大会の数日前、社の関係者が集まり打ち合せを行なった。報道局から私が出席すると、ぜひニュースでも取り上げて欲しい . . . 本文を読む
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ひょっこりひょうたん記者

2018年03月04日 14時23分35秒 | フジテレビ関係
<以下の記事を復刻します。> 新聞でもテレビでも、記者になったら一日も早く現場で仕事がしたいだろう。私もテレビ局入社後、報道に配属された時にそう思った。ところが、内勤の仕事などが長く続いてなかなか外へ出してくれない。早く記者クラブに出たいと希望を言うのだが、3年半ぐらい内勤の仕事をしていた。ようやく26歳になった頃、人事異動で「警視庁記者クラブ」への配属が決まった。私は嬉しくなって「よしっ、やる . . . 本文を読む
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私が最も焦った時

2018年03月04日 14時20分50秒 | フジテレビ関係
もう40年以上も昔のことだが、当時勤めていたテレビ局の朝のニュース番組に「記者席」というコーナーがあった。ここでは毎日、記者が取材したものを話すことになっていたが、ある日、私がそのコーナーで話しをする番になった。早朝なのでいつものように車で局に駆けつけるのだが、その日は、首都高速道に乗ると間もなく大渋滞に巻き込まれてしまった。どうやら交通事故が起きたらしく、車はにっちもさっちも進まない。時間に余裕 . . . 本文を読む
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矢嶋じゃなくて、失嶋(しつじま)だって! hahahaha

2018年03月04日 14時19分00秒 | フジテレビ関係
<以下の記事を再録します。> 以前、ノーベル賞受賞者の山中伸弥教授の話を聞いていたら、思わず大笑いしたことがある。それは山中教授が研修医だった若い頃、手術が相当に下手だったようで、上手な医師なら10分ほどで終わるものを、なんと1時間以上もかかったというのだ。このため、先輩や同僚から「山中でなく、邪魔中(じゃまなか)だ」と皮肉られたという。これには笑ってしまったが、山中先生の話を聞いて、急に自分の . . . 本文を読む
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昔のフジテレビ(4)

2018年02月02日 04時34分57秒 | フジテレビ関係
 13) 個人的な話になるが、その頃の私は報道の職場が嫌になっていた。入社以来28年もいると飽きも出てくる。N報道局長ともあまり上手くいかないし、50歳になると体力も衰える。前にも言ったが、組合出身の同期生らが非組合系の私よりどんどん上役に就く。不満が溜まっていた。 ある日、同期のM君(組合出身)が私に「部長になる気はないか」と言ってきた。たぶん、N局長の意向を受けて話してくれたのだろうが、私は「 . . . 本文を読む
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昔のフジテレビ(3)

2018年02月02日 04時34分26秒 | フジテレビ関係
10) 前にも話したが、私がお世話になった石川報道局長は「電波の私物化」に反対し、鹿内信隆会長と対立、その挙句に左遷され社外に飛ばされた。 電波とは国家・国民のもの、公けのものである。それを私物化するのは何事だと反対するのは分かるが、皮肉なことに、息子の春雄氏がFテレビの実権を握ると、視聴率は3冠王になるし営業成績も民放トップに躍り出た。 こうなると“勝てば官軍”である。私は石川さんのFテレビ復帰 . . . 本文を読む
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