武弘・Takehiroの部屋

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天下の悪法・「生類憐れみの令」と動物愛護

2024年08月03日 13時53分06秒 | 経済、生活一般、衣食住など

(以下の文は2002年4月8日に書いたものですが、一部修正して復刻します。)

1) 犬や猫など動物を可愛がる人は多い。日本でもペットブームが完全に定着した。テレビやユーチューブ、雑誌にも可愛いペットが登場してくる。スーパーマーケットなどへ行けば、犬や猫などのペットフードがいやというほど置いてある。 動物を可愛がる人達にとっては、まことに素晴らしい時代である。
さて、動物愛護のことを考えていると、よく思い出すのが「生類(しょうるい)憐れみの令」という、江戸時代の法律だ。この法律については、知っておられる人も多いはずだ。 5代将軍・徳川綱吉が発布した“天下の悪法”と言われるものだ。 歴史書やインターネットで調べてみると、これが実に興味深いので、少し詳しく紹介しながら話を進めたい。

徳川綱吉の画像(土佐光起筆)

2) 「生類憐れみの令」は1687年(貞享4年)に発令された動物愛護令で、徳川綱吉が死ぬ1709年(宝永6年)までの22年間続いた、動物の殺生を禁止した法律である。
歴史書などによると、綱吉には世継ぎの男子ができず(1人生まれたが夭折してしまった)困っていたところ、隆光(りゅうこう)という僧が「将軍は前世に多くの殺生をしたので、その報いがきたのだ」と説いた。 綱吉の母・桂昌院が隆光をいたく信仰していたこともあり、綱吉はこの僧の説教を信じて、殺生禁断の「生類憐れみの令」を出すことにした。 隆光の言説によれば、綱吉は戌年生まれなので、特に犬を愛護すべきだというのである。
当初は、野良犬が可哀想だから収容させるとか、馬の荷駄を軽くしてやるとか穏便なものであったようだが、次第に動物愛護が徹底していったらしい。 そして、犬や猫などを殺した者は死刑になるなどの厳しい処置が取られた。 鳥を撃ち殺した役人が死刑になったり、頬にとまった蚊を叩いた小姓が島流しになったりしたという。
中野、大久保、四谷などには「お犬様御用屋敷」ができて、数十万頭の野良犬が手厚く収容され、“お犬奉行”以下大勢の役人が管理をすることになった。 江戸市民は、犬の保護のために途方もない経費を払うまでに至ったのである。

3) ところで、綱吉は生来学問を好み、1680年(延宝8年)に将軍に就いてから、儒教や仏教を基本にした徳治政治を目指したらしい。 戦国時代からの荒々しい気風を改めようとしたのは当然で、平和で安定した時代には相応しい将軍だったと言える。 綱吉の初期の治世は「天和・貞享(てんな・じょうきょう)の改革」と言われ、高く評価されている面がある。
「生類憐れみの令」も、“聖人の世には禽獣(きんじゅう・鳥や獣)にまで仁恵が及ぶ”という、儒教の理想を綱吉が目指したことも背景にあったと言われる。 こうした治世の方針は決して間違いではない。 いや、正しかっただろう。“元禄太平”の世の中には相応しいものかもしれない。
しかし、庶民は苦しんだ。泣いた。 過って犬などを殺したために、死刑になった人も多い。 幼児に犬が襲いかかってきても、どうしようもない。ただ逃げるだけだ。 人間より犬の方が偉いのだ。特に江戸市内では、こうした生活が20年以上も続いたのである。
庶民の苦しさも知らずに、綱吉は1709年に63歳で亡くなった。皮肉なことに、あれほど望んでいた世継ぎの男子は結局生まれずに終わった。 臨終の時に綱吉は、「生類憐れみの令」を継続するように遺言した。 しかし、後を継いだ6代将軍・徳川家宣(綱吉の甥)は、ただちにこの法律を廃止したのである。前将軍の遺言をただちに破棄したということは、「生類憐れみの令」がいかに悪法であったかを物語るものである。

4) 犬公方・綱吉の死後、打って変わって犬は虐待されたという。犬には罪はないのだが、庶民の「お犬様」に対する恨みは積もりに積もっていたのである。 それまで羽振りの良かった犬医者達も、イジメや迫害を受けたという。
“聖人の世には禽獣にまで仁恵が及ぶ”という理想は良いのだが、動物愛護もやり過ぎるとこのような結果に終わる。 何事も善かれと思って法令などが施行されるが、放っておくと法律だけがどんどん一人歩きしてしまう危険がある。 運用の面を十分に考えないと、とんでもない事態になってしまうことがある。
将軍天下の時代だったから「良識」が働きにくかったのだろうが、現代においては、もっと「良識」や「バランス感覚」が生かされるにちがいない。 動物愛護や弱者救済の精神は良いのだが、惰弱な時代はえてして、その精神がバランスを欠いて常軌を逸することにもなりかねない。
平成の我々の時代にも、“元禄太平”と同じような予兆が現われてきてはいないか。 動物だけでなく、犯罪者をも優遇してはいないか。 私は別稿で、犯罪加害者の「人権」が優遇され過ぎてはいないかと問題提起したが、それは「お犬様」に善良な市民が苦しめられてはいけないのと、同じ気持から述べたものである。
他にも動物愛護などの問題はいろいろあるが、この稿はこれまでとして、要は「良識」と「バランス感覚」が大切なのだと思う。 それを失ったら、どんな立派な法令も“天下の悪法”になってしまうだろう。(2002年4月8日)


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8 コメント

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戌年生まれです (なかやん)
2012-03-21 16:09:07
こんにちは
1958年1月生まれです
戌です
勉強になりました~
歴史はどうも苦手で(自分)
歴史は暗記科目として,考えてる
自分で(笑) それ以来 苦手です
返信する
動物愛護と人権 (矢嶋武弘)
2012-03-21 16:37:37
なかやんさん、戌年生まれですか。それは失礼したかも(笑)
犬や猫は可愛いですが、人間より偉くなっては駄目ですね。ペットは人間よりも正直で可愛いですが、愛護の度が過ぎると 時々非常識になることがあります。
やはりバランス感覚が大切なのでしょう。歴史は暗記課目と言うより、色々なことを教えてくれます。
返信する
暗記科目と考えてはいけない (なかやん)
2012-03-21 17:53:40
そうなんですよね
歴史は受験科目のための暗記課目と
(高校生の時)考えたために つまらないと
思いこんでしまったのです.
なぜ そうなったのか背景とか考えて親しむようにすると だいぶ違いますねえ
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歴史 (矢嶋武弘)
2012-03-21 18:16:35
なかやんさん、受験の設問が暗記中心なのが良くないですね。人名や年号を問うのはクイズと同じようなものです。
そうではなく、なぜ「生類憐れみの令」が廃止されたのかといった設問の方が良いと思います。それが本当の歴史の意味だと思います。
いずれ、原発はなぜ廃止になったのかという設問が出てくるでしょう。「歴史」は考えるものです。
えらそうなことを言ってすみません。私は「歴史」が大好きなもので(笑)。
返信する
なるほど~ (なかやん)
2012-03-23 11:21:37
こんにちは
>「歴史」は考えるものです

なるほど~
中学校の歴史の授業から
そういった仕組みだったら
良かったです~
返信する
歴史 (矢嶋武弘)
2012-03-23 12:55:20
なかやんさん、ご賛同ありがとうございます。
歴史など人文系のものは、特に考える足がかりにして欲しいものです。
ところが、歴史自体が歪曲されることも多いですね。
返信する
Unknown (すけねぼ)
2016-12-14 11:12:03
結局のところ「将軍は前世に多くの殺生をしたので、その報いがきたのだ」といわれていて、今度は「将軍は今世に多くの民を苦しめて殺してしまったので、その報いがきて子供ができなかったのだ」になりましたね。

庶民にしても、犬の餌代で馬鹿みたいにお金取られるわ、自己防衛で蚊をつぶしただけで罪にとわれるわとか、たまったもんじゃないですね。そんなわけで、私はこの綱吉って将軍が大嫌いなんですよ。

何事もやりすぎはよくないってことですね
返信する
天下の悪法 (矢嶋武弘)
2016-12-14 16:34:12
動物を可愛がることは良いことだし、とても癒されると思います。でも、それが度を越えるといろいろな問題が起きますね。
テレビでよくやっていますが、犬や猫をたくさん集めるだけで、きちんと面倒を見ない例がよくあります。こういう場合は、隣り近所に迷惑をかけます。
動物愛護は結構ですが、バランス感覚が必要だと思います。度を越えると綱吉みたいになってしまいます。何事もバランス感覚が大切なのでしょう。
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