猿八座 渡部八太夫

古説経・古浄瑠璃の世界

忘れ去られた物語たち13 説経弘知法印御伝記②

2012年07月17日 13時57分06秒 | 忘れ去られた物語シリーズ

弘知上人二段目 その1

 荒王は在所の者達に介抱されて、ようやく弘友のもとに戻りました。荒王は、

「我が君におかれましては、御怪我はありませんか。私は、命には別状はありませんが、

足の筋を切られて足腰も立ちません。命があってもお役にも立てませんので、只今、自

害致しますが、君は、何事も無かったように館へお戻り下さい。」

と言うと、自害しようとしましたが、人々がこれを押しとどめて、

「これは不覚ですぞ荒王殿。御用には立たないとしても、命を永らえて菩提の道に入り、

君の御行く末を見守るのが本意ではありませんか。死んで、どんな益がありますか。い

つまでも我々、在所の者がお世話いたしますので、ここは平に平にお留まりください。」

と、道理を尽くして説得をしたので、思いとどまったのでした。そうこうしている所に

館から、しりべの惣次(そうじ)が遣いとして駆け込んできました。

「柳の前様からの遣いです。父上様のご立腹が甚だしく、只今、ここへ向かっておりま

すので、君におかれましては、早くお隠れください。」

これを、聞いた弘友が、どうしようかと慌てると、宿の亭主や遊女達も、大殿(おおと

の)がやってくるとは一大事と右往左往するばかりです。じっと思案していた荒王が、

良い手立てがあると、人々に下知すると、人々は言われた様に、駄賃馬を一匹引き出しました。

人々は、弘友の衣装を馬子に着せて、大小を差させ、馬に乗せて遊郭から先に送り出すと、

今度は、弘友が馬子の衣装を着て、切れ編み笠で顔を隠して逃げ出したのでした。

 さて、父の秋弘は遊郭の近くまでやって来ていましたが、馬に乗って来る弘友を見つけて、

「そこを通るのは弘友だな。しばし止まれ。」

と声をかけました。馬子は突然声を掛けられて驚くと、鞭を打ち当てて逃げ去ってしまいました。

秋弘は、これを見て、

「やあ、おのれ弘友。どこへ逃げるか。待て、待てえ。」

と追いかけましたが、馬に老人の足が追いつくはずもありません。馬はどこへともなく

走り去って行方知れずとなりました。仕方なく戻って来たところに、今度は馬子の衣装

を来た弘友がやってきました。こともあろうに、編み笠で顔を隠して、俯いて逃げてき

た弘友は、ばったりと父秋弘にぶつかってしまったのでした。驚いた拍子に、弘友の笠

は、はらりと落ちました。秋弘はこれを見て、

「やあ、おのれの有様は何事だ。」

と歯がみをして、怒りは益々煮えたぎります。弘友は赤面して俯いているしかありません。

呆れ果てた父秋弘は、

「只今ここで討って捨てようと思ったが、流石に親の手で討つのも忍び無い。恩愛の慈

悲によって命は助ける。今日より勘当じゃ。これより何処へでも行け。館へ帰ることは許さぬ。」

と言い残すと、怒りながらも涙ながらに館へと戻って行ったのでした。弘友は、なすす

べも無く、父の後ろ姿を見送るのでした。哀れな親子の別れです。

つづく


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