猿八座 渡部八太夫

古説経・古浄瑠璃の世界

忘れ去られた物語たち 26 古浄瑠璃 はなや(3)

2014年02月11日 09時36分22秒 | 忘れ去られた物語シリーズ

 はなや(3)

  さて、一方、筑紫の国の北の方は、花屋殿が流されたことも知らずに、姉弟を伴って、月
見の亭に出られて、辺りの景色を、愛でておりました。そこに、都より、左京という武士が
到着して、形見の文を届けたのでした。
花屋殿からの文の内容は、思ってもいないことでした。文には、

『萩原の国司による讒奏によって、東の方へ流罪となった。忘れ形見の姉弟を、宜しく養育
して、私の菩提を弔ってほしい。』

と書かれていたのです。これを読んだ北の方は、夢か現かと、泣き崩れました。驚いた姉弟
の人々が、

「どうしたのですか。母上様。何をそんなに嘆いていらっしゃるのですか。」
 

と、問うので、御台様は、姉弟に文を見せました。これを読んだ、姉弟の人々も、ただただ、 

消え入る様に泣くほかはありません。零れる涙をぬぐって、花若丸は、こう言いました。
 

「母上様。私が、都へ上って、咎の無いことを、御門に奏聞いたし、父と共に、戻って参り 

ます。」
 

これを、聞いた御台様は、
 

「それでは、私も一緒に参りましょう。」
 

と、御簾の中へとお入りになられました。しかし、花若殿は、
 

「いやいや、大勢では面倒だ。私が修行者の姿となって、一人で上洛した方が手っ取り早い。」
 

と言うのでした。これを聞いた花世の姫は、
 

「私も連れて行って下さい。」
 

と、涙ながらに、花若丸の袖に縋り付きました。花若丸は、
 

「しい、声が高い。それならば、姉弟二人で参りましょう。この事は、人に言ってはなりませんよ。」
 

と言うのでした。 

 さて、その夜も更けると、姉弟は、住み慣れた母の元を、涙ながらに後にして、都を指し 

て出発しました。ところが、哀れな事に、姉弟の人々の運命の拙さでしょうか。豊前の国、 

宇佐の庄を通った時に、かの芥丸に行き会ってしまったのでした。芥丸は、姉弟を見かける 

と、声を掛けました。
 

「おやおや、子供達よ。何処へ行くのですか。もし、都へ行くのでしたら、お供いたしましょうか。」
 

姉弟の人々は、謀り事とも知らずに、素直に、
 

「はい、我々は、都に上がる者です。どうか、一緒に、都まで連れて行って下さい。」
 

と、頼むので、芥丸は、心の中でにやりと喜んで、国司の館に姉弟を連れ帰ったのでした。 

萩原の国司は、姉弟の人々を見ると、
 

「お前達は、何処の者で、何処へ行くつもりなのか。」
 

と、聞きました。姉弟の人々は、真っ正直に、こう答えました。
 

「私たちは、筑前の国、花屋長者の子供です。父の花屋は、都において、萩原の国司の讒奏 

に会い、相模という国に、流罪となったと聞きました。余りに無念なことなので、このよう 

に修行者の姿となって、上洛し、咎の無いことを、御門に奏聞するのです。」
 

これを、聞いた萩原の国司は、飛び上がる程驚きましたが、願っても無いことです。
 

「ははあ、姉弟の方々は、花屋殿のご子息でしたか。それはそれは、不憫なことでしたな。
あなた方のお父上、花屋殿は、どなたかの讒奏によって東の方に流されました。その折には、 

我々も、お父上にいろいろとご助言したのですが、ご承引無く、東へとお下りになったのですよ。 

さて、お前達は、私を誰と思っているのかな。我こそ、萩原の国司であるぞ。せっかくこ 

こまで来たのだから、姫はここに留まって、私のものになりなさい。」
 

と、言い捨てると、簾中の奥へと入って行きました。 

 哀れな花世の姫は、花若丸に向かって、
 

「ええ、なんと悔しい事でしょうか。父の敵とも知らないで、ここまで来て、その上、素性 

もばれてしまいました。ああ、どうしたらいいのでしょう。」

と嘆きました。花若は、
 

「こうなっては、腹を切る外はありません。姉御様も御自害なされて下さい。とは、言うものの、
ここで、姉弟二人が死んでしまっては、御門に訴訟して、父を助ける者がいません。無念 

は承知の上ですが、姉御は、ここにお留まり下さい。私は、なんとかして都へ上り、咎の 

無い事を奏聞して、父と一緒に帰ったなら、その時は、萩原の国司を訴えて、本望を遂げよう 

と思います。」
 

と、決意をするのでした。しかし、疲れ切った姉弟二人は、そのまま倒れる様に、寝込んで 

しまいました。
 

 その夜の夜半のことでした。どうしたことでしょう、花世姫は、突然、苦しみ出しました。 

哀れな花世姫は、俄に、三病人となってしまったのでした。花若丸は、驚いて取り付くと、
 

「やあ、これは夢か現か。夕方までは、花の様に輝いていたのに、突然、そのようなお姿に 

なってしまうとは、いったいどうしたことですか。」

 と、悲しんで泣き崩れました。そうこうしていると、夜が明けて、萩原の国司がやって来ましたが、
国司は、花世姫の姿を見ると、 

「これは、一体何事か。花と争う容姿に引き替えて、三病人となったのか。ええ、仕方が無い。」
 

と、言い捨てると、家来を呼んで、姉弟を門外に追い出す様にと命じるのでした。 

 労しいことに、姉弟の人々は、羽抜鳥が、空中でどうして良いか分からないと同じように、 

只、立ち煩うよりありません。しかし、花若は、気丈にも、
 

「姉御様、都まで、私が手を引いて参ります。」
 

と言って、姫の手を引いて、都を目指すのでした。 

 この時、芥丸は、萩原の国司に向かって、
 

「あの姉弟の者達を、都へあげてはなりません。急いで追っ手を出して下さい。」
 

と、進言しました。成る程と思った国司は、芥丸に、屈強の強者を二十騎与えて、姉弟の 

人々を追跡させたのでした。 

 さて、姉弟の人々は、伊川(福岡県飯塚市)まで進みましたが、早くも追っ手が近付いて 

来たのでした。花若丸は、
 

「大変です。姉御様。追っ手が掛かりました。連れ戻されては、元も子もありません。さあ、 

御自害下さい。私も腹を切ります。」
 

と言って、守り刀を抜きました。 

 ところが、その時、川の中から一人の老人が現れました。その老人が、
 

「姉弟の方々、国司よりの追っ手が掛かりましたな。私が、お助けいたしましょう。」
 

と言うと、晴天が俄にかき曇って、雷が鳴り響き、車軸の雨が降り出したのです。それどころか、 

川の中から、大蛇までが飛び出て、追っ手の前に立ち塞がったのでした。追っ手の武士達は
 

「これは、人間業ではない。」
 

と驚いて、脱兎の如く逃げて行ったのでした。
 

つづく

Hanaya2

 


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