猿八座 渡部八太夫

古説経・古浄瑠璃の世界

忘れ去られた物語たち 25 説経中将姫御本地 ②

2013年07月25日 20時15分19秒 | 忘れ去られた物語シリーズ

中将姫

 八郎経春は、何とかして姫君を助けようと思いましたが、検使の役が付いてしまったので、

思う様に姫を匿うこともできませんでした。とうとう観念した経春は、

『もう、逃げようが無い。この上は、姫君のお首をいただいて、豊成に見せたなら、遁世し

て、姫の菩提を問う外はあるまい。』

と思い定めると、姫君を伴って、雲雀山へと向かうのでした。

 雲雀山の山中の、とある谷川の辺りに輿を止めました。何も知らない姫君は、御輿から

降りると、経春に聞きました。

「経春よ。どうして、こんな寂しい山中に連れて来たのですか。不思議ですね。」

これを聞いた経春は、言葉も無く泣くばかりです。姫君が、

「どうしたというのですか。おかしいですね。何故、何も言わないのです。何があったのですか。」

と、重ねて問い正すと、経春は、ようやく涙をぬぐって、

「ここまで来ては、隠すこともできません。父上様のご命令で、姫君のお命を頂戴いたします。

そのために、ここまでおいで願ったのです。」

と言うのでした。聞いた姫君は、夢現かと驚いて、

「それは、本当ですか。」

と、絶句して泣くばかりです。涙ながらに姫君は、

「母様が亡くなられてからというもの、ひとときも母様のことを忘れた事は無く、心が慰め

られることもなかったので、私を、慰めるために、ここまで連れてきてくれたのかと思って

いましたのに。それどころか、私を殺すというのですか。ああ、これは継母の仕業ですね。

なんという情け無い事でしょうか。」

と口説いて、身を悶えて嘆くばかりです。姫君は、更に続けて、

「やあ、経春よ。前世からの宿業で、お前の手に掛かって死ぬ命を、惜しい等とは露にも

思いません。親の不興を受けた者には、日の光も、月の光をも射さないとききますが、

私は、一体どういうわけで、父から捨てられたのでしょうか。いやいや、それを聞いたとし

ても、もうどうしようもありませんね。

 私は、七歳の時から、母上様の為に、毎日、お経を六巻づつ読誦して参りましたが、今日

はまだ読誦しておりません。これが、最期というのなら、今一度、母のために読経いたしま

すから、暫くの時間を与えて下さい。」

と、言うのでした。聞いて、経春は、

「ああ、なんと勿体ないことでしょうか。姫君様。御最期でありますので、何時もよりも、

お心静に読誦をして下さい。」

と涙ぐむのでした。中将姫も涙ながらに、敷き葉の上に座り直して、右の袂より浄土経を

取り出しました。中将姫は、さらさらと押し開くと、迦陵頻伽(かりょうびんが)のお声で、

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