猿八座 渡部八太夫

古説経・古浄瑠璃の世界

忘れ去られた物語たち 25 説経中将姫御本地 ③

2013年07月25日 21時22分32秒 | 忘れ去られた物語シリーズ

中将姫③

 さて、父の大臣豊成は、家来の侍を集めて、こう言いました。

「姫の処分を、経春に命じたが、その後、何の報告も無い。急いで、経春の所へ行き子細を

尋ねて参れ。」

侍達が、経春の所へ行き、事の子細を問うと、経春は、

「これはこれは、直ぐにでも、ご報告に上がろうとは思っていましたが、何しろ、姫君の

死骸が、火車によって運び去られてしまったので、報告もできないでいたのです。哀れと思

って、お許し下さるのなら、これより伺候して、姫君の最期のご様子をお話いたしましょう。」

と言うのでした。使いの侍が、館に戻って、経春の返答を伝えると、豊成は怒って、

「居ながらの返事とは、なんと生意気な。命令をし遂げなかったな。つべこべいわせずに、

経春を連れて来い。」

と命じたのでした。二十余人の強者達が、経春の館へと駆けつけました。侍達は、

「如何に経春殿。お殿様の申すには、中将姫の首を見せぬのは何故だ。検使の役の者共はど

こへ行ったのだ。詳しく尋ねることがあるから、急いで来る様に、とのことです。」

と言うのですが、経春は、

「おお、ご尤も。しかしなあ、なんだか今日は、気が進まぬ。又日を改めて、参ることに

いたしましょう。」

と、相手にしません。侍達もむっとして、

「憎っくき、今の物言い。このまま帰るならば、こちらが詰め腹切らされる。さあ、引っ立

てろ。」

と、左右に分かれて飛び掛かりました。本より大力の経春は、飛び掛かる侍どもを、取って

は投げ、取っては投げて応戦します。残りの奴原を、四方へ蹴散らかすと、経春は、郎等ど

もを集めて、言いました。

「きっと、これから追っ手が攻めてくるであろう。とても敵うものではないから、お前達

は、どこへでも落ち延びて、後世を問うてくれ。さあ、早く。」

と言うのでした。しかし、郎等共は、

「なんと、残念な仰せでしょうか。主君の先途を見届けずに、落ち延びることなどできるは

ずもありません。是非、お供させて下さい。」

と、譲りませんでした。経春が、

「おお、それは頼もしい。では、用意いたせ。」

と言うと、皆々勇んで、最期の出立ちを整えました。やがて、豊成方の軍勢が押し寄せて

鬨の声を上げました。経春は、大勢の中に飛んで入り、ここを先途と戦いました。しかし、

多勢に無勢。郎等達も皆悉く討ち殺されていまいました。経春は、もうこれまでと思い、

敵を、四方におっ散らすと、門内につっと入りました。鎧の上帯を切って捨てると、腹を

十文字に掻き切って、自らの首を掻き落としたのでした。この経春の振る舞いは、上下万民

押し並べて、感激しない者はありませんでした。

つづく

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