猿八座 渡部八太夫

古説経・古浄瑠璃の世界

猿八座 5月公開稽古のお知らせ 山椒太夫 

2012年05月04日 21時09分18秒 | お知らせ

さて、天候不順の連休ですが、皆様お変わりありませんか。八月に長野の西光寺で公演する予定になっている「山椒太夫」の公開稽古を行います。山本角太夫本「山椒太夫」は、忘れ去られた物語⑨で紹介しました。

演ずるのは、佐渡の場面である「鳴子曳き・母子対面の場」です。

http://blog.goo.ne.jp/wata8tayu/d/20120226

このストリーは、佐渡に安寿が渡って来るという特異なストリーで、説経節ではありませんが、佐渡の文弥人形には欠かせない浄瑠璃です。新潟ご当地浄瑠璃として長く伝えて行きたいお話です。

猿八座公開稽古 山椒太夫

日時 平成24年5月19日(土)

    午後二時より三時

会場 東光寺心萃房(旧児童館)

    新潟県新発田市真中

入場無料

飲食持ち込み可

飲みながら食べながらお楽しみ下さい。


忘れ去られた物語たち 12 説経王照君 ③

2012年05月04日 20時50分36秒 | 忘れ去られた物語シリーズ

おうしょうぐん ③

 こうして、漢朝の両大将は、胡国の使節を伴って、都へ戻ったのでした。早速に参内

し、両将軍は、戦の次第を帝に報告しました。光武帝は、本より慈悲第一の名王でした

から、停戦になったことを大変喜んで、

「よくぞ和睦に持ち込んだ。予めその様な望みと知っているならば、何も合戦などせず

に済んだものを。后一人の苦しみと万人の命を引き替えにできるものでは無い。この度

の戦で、亡くなった者達の供養をいたせ。」

と、両大将には、恩賞として、一階級の特進と、国を拝領させたのでした。

 さて帝は、ゲンシリョウを呼んで今後の対応について相談しました。シリョウはこれ

を聞いて、あれこれと思案すると、

「この夷狄の望みは、漢朝には幸いです。国王が国を奪われる原因の第一は、色に耽り、

政を怠ることです。ですから、今、彼らの望みに従って、后を一人遣わされば、夷は

朝夕淫乱に耽り、国の規律も弛み、上を真似る民であるので、下々まで女に耽ることで

しょう。その荒廃につけ込んで夷狄を討ち取り、又后も取り返せば良いのです。急いで、

后をお遣わしください。」

と助言しました。これを聞いて、帝ももっともとは思いましたが、さて、いざ后一人を

選ぶといっても、誰を選んでも恨みを買うことは間違い無い。どうして選んだものやら

とお悩みになりました。そうこうしていると、夷狄の使者達は、やいのやいのの催促です。

困った光武帝は、こう言いました。

「千人の后の顔を一人一人覚えている訳ではないので、誰と言う事も出来ない。そこで、

以前、ゲンシリョウの絵を描かせたモウエンジュを呼び、千人の后の絵を描かせよ。

紫宸殿に掛け並べて、そこから選んで遣わすことにする。」

 后達は、誰かが怖ろしい夷狄の国へ送られることを聞いて、戦々恐々たる有様です。

その中で紅梅と言う后は、知恵賢い女でありましたが、こう考えました。

「これは、千人のその中で、一番見目の悪い醜い后を選んで送るのに違いない。絵描き

に宝を取らせれば、見目良く描いてくれるはずだ。」

この話を聞いた后達は、我も我もと、贈り物を持ってモウエンジュの所へ押しかけまし

た。

「のう、如何にモウエンジュ殿。どうかお願いですから、目元口元しおらしく、とても

可愛らしい笑顔に描いてくださいよ。」

と、エンジュの袖を引き、頭を撫でて頼むのでした。エンジュは、嬉しくて嬉しくて、

お任せあれと、どれもこれも実物以上の美人に描いたのでした。

 さて、ここに王照君という后は、千人の中で一番の美人でしたが、

「この度の絵図は、一人も漏らさず描くとは言いますが、どうして私まで絵図にしなけ

ればならないのですか。御前から遠い人々なら分かりますが、帝が私のことを忘れるは

ずがありません。それにしても、誰かが異国へ送られるのですね。可哀相に。」

と、他人事のように考え,貢ぎ物をしませんでした。

 そうこうしている内に、千人の后の絵図ができあがり、紫宸殿に飾られました。帝をはじ

め、ゲンシリョウ、臣下大臣が集まり絵図に見入りました。どれもこれも大変良く描け

ています。これを物に例えて言うならば、

春待ち顔なる梅の花

雪の内より咲き染めて

誰が袖触れし匂いぞと

風の香も懐かしき

これは又、海棠(かいどう)の

雨を帯びたる風情

眠れる姿の花の色

濡れてや色を深見草

松に掛かれる藤なみや

岸の山吹岩躑躅(つつじ)

桃花は紅にして艶やかなり

李花(りか)は白うして潔し

蓮(はちす)は君子の類かや

紫苑(しおん)竜胆(りんどう)萩の花

桔梗(ききょう)苅萱(かるかや)女郎花(おみなえし)

厚菊(こうきく)紫蘭(しらん)様々の花色

あまりの美事さに、言葉もありません。しかし、その中で八番目の絵が少し劣って見え

たので、帝はよく確かめもせずに、

「これを、胡国に遣わせよ。」

と、八番目の絵を選んだのでした。人々がこの絵を良く見てみると、名前に王照君とあります。

人々は驚いて、光武帝に、これは王照君ですぞと申し上げると、帝ははっと驚いて、

立ち戻ると、確かに王照君とあります。

「これは、絵描きの間違えであろう。」

と、気色も失せて呆れ果てていると、ゲンシリョウは、

「綸言汗の如し。一度発せられた言葉は戻りません。王照君を急ぎ送らせください。」

と、諫めました。がっくりとした帝は、仕方なく王照君を呼びました。

「この絵を見てみなさい。お前の名前を書いたこの絵は、絵描きの誤りとは思うが、こ

れも前世の宿業。どうぞ恨んでくれ。ああ、悲しや。」

と、涙ながらに、胡国行きが決したことを伝えるのでした。他人事と思いこんでいた王

照君は、この晴天の霹靂に泣き崩れ、

「どんな罪の報いなのでしょうか。千人の中で私だけを描き誤るとは。聞くだけでも

憂鬱な荒夷へ取られて行くなど考えられません。胡国などへは絶対に行きません。」

と悶え焦がれるのでした。ゲンシリョウは照君に近づき、

「この度、図らずも、写し絵の間違えで、夷の手にあなたを渡すことは、我々皆、不憫

と思っております。しかしながら、万人の命を救うためには、あなた以上の方はおりません。

私は、必ずや身を捨てて、すぐに取り返しに参りますので、どうかご安心下さい。」

と、説得すると、照君も勇気付いて、

「我が君の御為ならば、命を捨てることも惜しくはありません。」

とは、思い切りましたが、王照君の有様は、哀れとも中々、何に例えようもありません。

つづく

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忘れ去られた物語たち 12 説経王照君 ②

2012年05月04日 17時16分37秒 | 忘れ去られた物語シリーズ

おうしょうぐん ②

 さてここは胡国と呼ばれる国。ケンダツ王は、一族の諸侯の主だった大将である、テ

ッケンバク、バクリケツを近付けると、

「さて、面々はどう思われるか。この国は、夷狄(いてき)の夷(えびす)と言われ、

漢朝では卑しまれているが、国は広く、人は幸せに暮らし、万事につけて貧しいことも無い。

しかし、この国に、美人というものが居ない。漢朝の美人を一人奪い取り、一の后とし

たいものだが、どうじゃ。」

と、漢朝に攻め入る相談をしたのでした。早速に、軍勢を調えることになり、国一番の

大力である、チクリトウ、ケンカイランを先陣の大将として、三十八万騎の大軍が、唐

土を目指して出軍していったのでした。まったく夥しい限りです。

 一方、漢朝の大将達も、夜を日に継いで進軍し、胡国との国境であるジンダイ江とい

う大河の辺りまでやって来ていました。漢朝軍は、ここで夷狄の軍勢を迎え討つことと

して、ここに陣を張りました。それは、霜月(11月)二十日の頃のことでしたが、折

から、非常に強い寒気が来て、川が凍り付き、いっぺんに川面は鏡のように輝きました。

漢朝軍の両大将はこれを見て、

「胡国の奴らは、馬の達者であるから、きっと氷の上を渡って攻めて来るだろう。我々の

作戦としては、熱湯を沸かして、こちらの岸から流し入れ、氷を溶かしてしまえば、

敵の軍勢は水没して溺れ死ぬであろう。」

と、軍議をすると、早速に準備にかかり、上から下まで熱湯を沸かしにかかる有様は、

由々しいばかりです。

 やがて、胡国の軍勢が対岸に現れました。胡国の大将チクリトウは、凍結した川を見て、

「さても、厚い氷である。これほど厚ければ渡るのは簡単なこと。」

と、どっとばかりに軍勢を氷の川に降ろしました。先駆けの二万騎が、我先にと雪崩込

んで来ます。漢朝軍はこれを見ると、早速に熱湯を流し始めました。厚い氷とは言え、

夥しい熱湯で氷は薄くなり、胡国の軍勢は、次々と氷を踏み割って、川に吸い込まれ行

きます。胡国の大将は、

「さても、無念なり。そもそも舟も通わぬ川であるから、ここを渡ることはできない。」

と、無理な進軍を諦めると、三十里(約120Km)上流の万里山(まんりさん)に迂

回して進軍させることにしたのでした。胡国軍は、囮(おとり)の軍勢を河岸に残して、

漢朝軍を引きつけて置いて、密かに三万騎を率いて山の迂回路へと向いました。

 

 さて、そのころ、漢朝の都では、大将シバイリュウが、まだ東雲の早朝に役所回り

をしていましたが、遙か向こうの山から、猪、兎などの様々な獣が群がって逃げ下りて

来るのを見つけました。

「これはおかしい。人を恐れる獣が、山を離れて都へ向かって逃げ来るとは。さては、

異国の軍勢が、万里山を回って攻め寄せて来たな。」

と、気が付くと、急いでシバユウと共に防御の手立てを考えました。万里山の手前五里

の所にある鉄山という山に軍勢を集結させて、石弓を大木に設置し、夷狄の襲来に備え

たのでした。案の定、胡国の軍勢がどっと攻め入ってきましたが、守る漢朝軍が見あた

りません。胡国軍は、さては漢朝軍は恐れをなして逃げたかと、更に勢いついて進軍し

た所に、漢朝軍の石弓が炸裂しました。先陣を切った胡国軍は悉く討ち滅ぼされてしま

いました。けれども、胡国の軍勢は、後から後から、入れ替え引っ替えて攻めて来たの

で、今は既に、互いに火水の如くに混戦となりました。その戦いの有様は凄まじいばか

りです。

 中にも胡国軍の万力(まんりき)という大力の者は、黄楊(つげ)の棒に鉄の鋲を打

った一丈余りの(約3m)棍棒を、軽々と振り上げて漢朝軍をなぎ倒します。これに対

して、漢朝側は、リクシという豪の者が、手鉾を持って応戦します。しばらく二人は、

渡り合って戦いましたが、互角の戦い。やがて互いにむんずと組み合うと、万力は、怖

ろしい力で、リクシの首をふっつと引き抜き、五町(約500m)ばかりも投げ捨てま

した。これを見たシバユウが、一矢報いて万力をようやく仕留めましたが、多くの味方

が討たれて、漢朝軍は劣勢です。胡国の軍勢は、切っても切っても押し寄せてきます。

そこで、シバユウは、

「このままでは、味方が危ない。この度は和睦をして、さらに軍勢を整えてから、次の

機会に討ち滅ぼしてやろう。」

と、提案しました。そこで、前漢の高祖の臣下であった樊 噲(はんかい)の子孫、ハ

ンリという一騎当千の兵(つわもの)が選ばれ、使いに立つことになったのです。

 ハンリは、一人、敵陣へと向かいました。胡国の大将の前に出るとハンリは、

「この度、このような大軍をもって押し攻め入ること、漢朝の帝王においては、少しも

覚えの無いこと。こちらは、防衛のために両将軍を差し向けたに過ぎない。意趣あるな

らば、詳しくお話下され。」

と、正々堂々と言いました。胡国軍の将軍は、感じ入って、

「この大軍の中に一人でやって来て、言葉も鮮やかに申すとは、なかなかあっぱれ。

それそれ、引き出物を与えよ。」

と言えば、畏まったと若武者七八人が、ようやく大の鉄棒を運んできて、ハンリの前に

置きました。ハンリは、これを軽々とおっ取り、二三度打ち振って、

「あっぱれ、究極の鉄棒かな。」

と、にっこり笑い、

「さて、ご返事は。」

と、差し向けました。胡国の両大将は、

「されば、この度の出陣は、国の望みではない。また、帝への宿意(しゅくい)でも無い。

ご存じの如く、我が韃靼国(だったんこく)には、見目良き女が居ないので、良い女

を奪い取り、我が国王の后とするためにやって来た。漢朝の后の中で、美人の女を一人

いただければ、軍を引き、和睦いたそう。」

と、言うのでした。漢朝側は、この和睦を受け入れました。喜んだ胡国の将軍は、使い

として、ヘンカイとチクリキの二人を漢朝軍とともに都へと送ったのでした。

誠に荒き夷だに

女に心優しける次第

ことわりとも中々例えぬ方も無し

つづく

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