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マッカートニーII(スーパー デラックス エディション) |
ポール・マッカートニー | |
ユニバーサルインターナショナル |
そうか、これは1980年の作品になるのか。この時代っていうのは、ポール・マッカートニー師匠にとって、いろいろ大変な時代だったと思う。
バンドとして活躍していたウイングスは、日本公演に際して、麻薬所持という予想外の事件で、中止となり、ポールは、東京で身柄拘束されていたのだ。
そのとき、となりの犯罪者が、なにやら演歌かなにかを口ずさんでいたらしい、英語を話せる人だったらよかったのに、そうではなかった。
でも、自慢できるよね、
「その時、となりの部屋にはポールがいたんだぜ、あのビートルズのポール・マッカートニーだぜ!」って。
(後日、ポールのインタビューで明らかになったのだけれどもね。)
とにかくウイングスが日本に来られなかったのは、とても残念だった。
プロモーターのお偉いさんはインタビューで大泣きしていたと思う。そりゃそうだね。
ひどい損害であるが、ポール・マッカートニー側は、そのペナルティもサラッと払ったことも話題になっていた。
っていうか、この事件を機会にポールのバンド活動の方向性を変えたのは事実。
そんなこんな、ゴタゴタがあって出されたソロアルバム第二弾、ファーストから10年ぶりの作品は、80年代を反映する曲作りとなっている。
それは初めて日本のことをタイトルにした、「Frozen Jap 」にも如実に現れている。
気になるそのタイトル、原題は「冷たいジャップ!」っていう感じで、侮蔑的な表現になっていたのだ。これはないだろうって当時、物議をかもしたのだ。
でも日本版の日本語のタイトルはさらりと「フローズン・ジャパニーズ」に書き換えられていました。
この曲、西洋の音楽家が日本の音楽をどうとらえているかという感じの曲調です。
昔、NHKでポール・モーリアが登場して、まったく同じように聞こえる東洋の音楽を、国別にきちんと解釈して表現しているのに驚いた記憶があるが、この曲はポールの身柄拘束時に、隣の部屋の口ずさんでいたらしいおじさんの演歌?(ポールの再演はそんな感じだったから)からインスパイアされたのだろうか。
そして打ち込みオンパレードの音源。
これはYMOではないか!って思った。
その昔、マーティン・デニーなる巨匠がいて、その中にファイアー・クラッカー(花火)MARTIN DENNY / FIRE CRACKER http://www.youtube.com/watch?v=KiGwXlkpdiI&feature=relatedという曲がある。チャイニーズな曲なんだけれども、YMOがこれをカバーしている。
Yellow Magic Orchestra "Firecracker" (1979) http://www.youtube.com/watch?v=O7oa5A2LRj4&feature=related
西洋の人が東洋の音楽をフューチャーし、それを東洋の人がさらに咀嚼して、新しいものにする、要するにそういうプロセスをポール師匠は一人で遊んでいたような気がします。
もうひとつ思い出した。ウイングスツアーの途中、ハワイでバカンスを楽しんでいたポール・マッカートニー一家が当時の衛星中継で、日本の歌謡番組を見て、首を傾げていたというエピソード。
アイドル全盛の時代だったけど、ポールには摩訶不思議な音楽に感じたらしい。
ま、とにかくポール師匠あっての私の青春です。
しかし、この80年という年、12月にはジョン・レノン師匠が暗殺されてしまいます。それ以降、ポールは固定したバンド活動をしばらく休止してしまいます。そういう意味でも象徴的な作品です。
で、
今回のこの企画、英国のポール・マッカートニーのサイトで情報は知っていたけれど、本当にこの価格帯だったのですね。
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