ワニなつノート

嫌われる子どもの研究(その4)

嫌われる子どもの研究(その4)


『嫌われ、恐がられ、いやがられて』の中に、
「赤いべべ」という話があります。

遠い昔といえば、遠い昔ですが、
私の子どものころの話です。


この本には、「座敷牢」とか
「畜生道に陥る」という言葉があちこちに出てきます。
大昔の言葉のような錯覚を覚えますが、
私が子どものころ、普通に耳にしてきた言葉です。

この国の、この社会を作ってきた大人は、
この「時代」の空気を幼いころにたっぷり吸い込み、
体の芯までしみ込んでいるのを、忘れてはいけません。

インクルージョンとか「特別支援」とか、
耳障りのいい言葉で語られているけれど、
その中身は、子どもが座敷牢に閉じ込められ、
就学猶予免除されるのが当たり前だった時代と、
その子どもたちへのまなざしは、
何一つ変わっていないと思うのです。


□     □     □


《赤いべべ》

数年前に、止揚学園の近くの村で、
六歳になる重い知恵遅れの女の子どもが急死しました。


…その一年半ほど前、その女の子どもの村から
ご婦人の方が五十人ほど見学に来られて、私の話を聞いた後に、
「先生、私の家の近くにも、
五歳になる重い知恵遅れの女の子どもがいて、
先日も、私の知らない間に家に入ってきて、
おひつのふたをとって、手づかみでごはんを食べていました。
びっくりして、『T子ちゃん』って呼んだら振り返った顔が、
はなやよだれがいっぱい流れて服の前がジュックリ濡れて、
ご飯粒が身体中についていました。
先生、それを見た時、思わずゾッとしました。
ああいう子どもは、畜生道に陥っている子どもなんですね」
と一人の奥さんが言われました。

私は、いろいろな話をする中で、
「畜生道に陥るということは、人間ではないということなんです。
私に言わせれば、そういう冷たい話を平気でする
あなたたちの方が、畜生道に陥っているように思えてなりません」
と言って話を終えたのですが、
一度、その子どもを訪ねてみたいと思っていました。

機会があって訪ねました。
大小便たれ流し、手づかみ食べ、
てんかんをもった重い知恵遅れの子どもで、
おむつをしていましたから、側に寄ると異臭がしていました。

私はその母親にいろいろな話をしました。
3時間ほどしたら、お母さんが、
「良くわかりました。一度、止揚学園へ
この子どもの相談に行きます」とおっしゃったので、
喜んで帰ってきました。

待っていました。
一ヶ月たっても、二ヶ月しても、
お母さんは来られませんでした。

3ヶ月した時、急にそのお母さんが来られ
私の顔を見て涙をボロボロ流されました。

「どうしたんですか」と尋ねると、
「この子どもに教育を受けさせようと思ったら、
『お前は冷たい母親だなあ、
よくぞこの子どもを手離すことができるな』と言って、
親戚や近所の人から責められ、
その中でこの子どもに教育を受けさせることが
できないんです」と言われるのです。


私は厳しく叱り、励まし、なぐさめました。
お母さんは「皆をもう一度説得してみる」
そう言ってお帰りになりました。

T子ちゃんに最後に出会ったのは、
その子どもが死ぬ二ヶ月ほど前でした。


T子ちゃんが入園してくるというので、
保母たちが靴箱に名札をはったり、
歯ブラシを下げたり、いろいろと準備を始めました。

しかし、T子ちゃんは、待っても待っても学園に来ないので、
私は心配になり、T子ちゃんの家を再び訪ねたのです。

ちょうどその日は、近くにある親戚の結婚式ということで、
T子ちゃんの家はごった返していました。

6歳になっていたT子ちゃんとお母さんは
結婚式に出ていました。

私が行くと、お母さんがT子ちゃんをつれて出てこられました。
T子ちゃんは真っ赤なきれいなべべを着ていました。

私はそのきれいなべべの赤さの中で、
母親のT子ちゃんに対する思いをしみじみと感じていました。

そして、その時流される涙の中で、
教育を受けなければ「畜生道に陥った子」だと悪口を言われ、
教育を受けさせようとすれば「冷たい母親だ」と言われる、
その苦しい6年間の歴史を感じ、何も言えませんでした。


二カ月後に、その子どもがよちよち歩いて
石油ストーブをひっくり返し、
焼け死んでしまったのです。


…お葬式に出ました。

その時、ある奥さんが
「福井さん、心配しなくていいですよ。
あの家は保険がかかっているから、すぐにきれいに建ち直ります。
そして、今まであの子どものために、
あの家は苦労してきたけれども、
これからは楽になりますよね」と言われました




『嫌われ、恐がられ、いやがられて』 福井達雨
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