ワニなつノート

てがみ(9)



アズは二人を見つめてつづける。
「あたし、ほんとに分からないんだ。
 Kちゃんてさ、ぜんぜんヘンな子でさ、
 勉強だってできないし、
 連絡帳だっていつもかなちゃんが書いてあげてるでしょ。
 朝だって、お母さんと一緒に来るんだよ。
 5年生なのに。
 それなのにさ、Kちゃんのお母さんは、いつも笑ってるでしょ」

二人がだまっていると、
アズはまた少し小さな声になった。

「あたしには、あの子が大事にされる理由が
 ひとつも分からないんだよ」

そう言ってアズはまた、八木先生を見る。
先生にも話は聞こえている。
でも、何も言わない。

やっぱり、Kちゃんのこと悪く言ったからかな。
アズは、ちょっと落ち着かない気持ちでつぶやく。

「あたし、ヘンかな?」

「ううん、そんなこと」
八木先生より早く、かなこが首をふる。

かなこも、Kちゃんと同じクラスになって
とまどっている自分を持て余していた。
はじめは、時々意味のないことをつぶやいたりするKちゃんを
ちょっと恐いと感じた。

そんな自分が落ち着かなかった。
今までKちゃんと同じクラスだったタツヤやコウタや友美は、
Kちゃんが一人でしゃべっていても気にしない。
ちょっと変わってるけど、恐いことなんかない。

それは分かっている。
だけど、やっぱり友美みたいには話せない。
だから連絡帳も、みんなが書き終わるころに
机のなかを探し始めるKちゃんに、
「私が書いたげる」って勝手に書いちゃうんだ。

だから、あとでおばちゃんに
「ありがとう」って言われると落ち着かない。
そんなんじゃないから‥。

この前スーパーで子どもの泣き声が聞こえて、
小さい子かと思ったらKちゃんだった。
そのとき、隣にいるおばちゃんの顔を見て、
かなこは声をかけないで通り過ぎた。
「やさしいんだな」
そう思った。

かなこは、アズに言う。
「あたしも。思ったことあるから‥。いいなって」


八木先生には意外だった。
アズがそんなふうに自分の弱さを話してくれること。
アズとかなこが、うらやましいという相手が
Kちゃんだということ。

Kちゃんがうらやましい?
それは意外なこと?
じゃあ、私はKちゃんをどんなふうに思っていたんだろう?

アズの言うとおり、
「Kちゃんは勉強もできないし、
 すぐにどこかにいなくなるし、
 確かにちょっとヘンな子」に違いない。

だから、そういうヘンな子をうらやましがる子などいない。
私はそう思っていた。

かわいそうと同情されることはあっても、
うらやましがられることなどない。
私は、そんなふうに思っていたんだ‥‥。

「あの子が大事にされる理由がひとつも分からない」というアズと、
「あの子を羨ましがる子などいない」と思っていた私と、
どこが違うんだろう。

そう思うと、八木先生は何も言えなかった。

「ごめんね、アズ。
 なんて言っていいのか、わからなくて‥」
八木先生はアズの目をまっすぐに見つめる。

アズは、先生が怒っているわけではないことにほっとする。


「そんなの、あたりまえじゃん」
机に置いたミサンガを手に取りながら、
友美がつぶやく。
「理由なんて、あるわけないんだから」

アズとかなこと先生が、いっせいに友美を見る。
友美はミサンガの糸を指でさぐりながらつぶやく。
「あれ、この糸、どっちにいくんだっけ?」
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