《手を差し伸べるトイレ》 (156)
後日、近所に住んでいた改装業者に頼んで、
トイレの工事をしてもらった。
私は一度このトイレに完敗したおかげで、
大体どこをどうすればいいかの見当がついていた。
便器に向かい合うようにして腰掛があり、
左右に手すりがあればうまくいくはずだ。
業者にそんな私のイメージを伝え、
取り付け工事をしてもらう。
改装後のトレイを見た瞬間、
私の体がもぞもぞと開かれるような感じで動いた。
…一度私を敗北へと追いやったトイレが、
今こうして私の動きを拾おうと手を差し伸べてきている。
私は新しくなったトレイを使ってみた。
時間はかかったものの、なんとか用を足すことができた。
こうして、私はトイレとつながることができた。
同じようにして、私はその後も、少しずつではあるが、
シャワールームとつながり、ベッドとつながり、
玄関とつながっていった。
□ □ □
熊谷さんは、この一人暮らしの経験をもとに、
「自分のモノとのつきあい方は、
人に教えてもらえるものではなく、
自分で、自分の体を使って、
自分で世界と向き合って見つけるしかない」と言います。
熊谷さんが書いているのは、
「脳性マヒ」の「自分の身体」の運動についてです。
「リハビリでは、トレイナーがあらかじめ、
《これが正しい動き》という正解のイメージを設定して」いたが、
それは使い物になりませんでした。
身体のリハビリでさえ、
その人が自分で「教師なし」で、
見つけなければならないものだとしたら、
様々な障害をもつ子どもたちが、
それぞれの「できないこと」
「苦手なこと」を抱えた自分のままで、
この世界でどう生きていくかを、
健常者である教師に「教える」ことなど
できるはずがありません。
「個別」で教えれば教えるだけ、
子どもにとっては、
『自分が何ができて、何ができないのかさえ
正確に知らなかった』まま、
社会に送り出すことになります。
子どもが、自分の子どもの体と子どもの心を使って、
「膨大な量の観察学習」と
「みんなと同じ場所、空気を共に生活すること」を大事にし、
子ども自身が「手をかりること」や「知恵をかりること」
を通して、自分を知っていくことが大事なのだと思います。
それができる場所を、普通学級といいます。
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