名田庄との試合を終えると、高浜戦までの間にわずかな休憩が取られた。
ベンチで応援していた保護者も、とりあえず力を抜く。
また、木陰から応援してくれていた低学年やその保護者も一旦その場から離れる。
私は、昨晩の事を思い返していた。
ろうきん杯初日を終えた晩の事である。
歩夢を連れてバッティングセンターへ行った。
すると、駐車場には見慣れた車が1台停車していた。
母親に連れられた貴悠だった。
車中で待つ母親。
貴悠は、誰もいない場内で一人黙々とボールを打っていた。
貴悠の様子を眺め、歩夢も打ち始める。
すると、車から降りた母親も貴悠の様子を見にやってきた。
誤解をされやすい子だが、貴悠は人想いの優しい子だ。
貴悠が小さな頃からそれを見てきている。
「かぁくんとたかちゃん、負けたら終わりやし可哀想やな」
歩夢は、数日前からこう口にしていた。
「そう思うんやったら、2人の為にも頑張らなあかんな」
夫婦でそう答えた。
貴悠を野球に誘ったのは、他ならぬ私と雄介だった。
秀美さんとは、保育所の本部役員を一緒にした仲だった。
「いつからでもいいし、気楽に来たらええで」
本部役員の慰労会の場で気軽な気持ちから伝えた。
すると翌日、秀美さんに連れられて貴悠はやってきた。
-13時17分-
最後になる高浜クラブとの試合が始まる。
整列でも分かったが、相手の身体はかなり大きい。
先攻・若狭和田マリナーズ。
歩夢や柾樹のような小柄が上位に名を連ねても太刀打ちはできない。
だが、これがチームの現状だ。
前の試合で5イニングを投げ切った和貴。
この試合でも先発マウンドに上がった。
だが悲劇は早速と訪れる。
二番・尚史から五番・晏大朗までの4人で3本の本塁打と1本の三塁打を浴びる。
しかも会心の当りばかりだ。
何も出来ないのは承知だったが、あれほどの打球が幾度も飛び交うと唖然とするしかなかった。
初回から6失点。
同じ時期のあの日のことが、かすかに脳裏を過る。
2年前のろうきん杯予選の初日のことである。
長男坊の蒼空が満を持して挑んだ最後の大会。
この大会の初日に対戦したのが高浜クラブだった。
当時、高浜に6年生はおらず、4・5年生だけのチームだった。
勝負に手加減はない。
容赦なく挑んだ。
不思議な縁を感じる。
2年前、蒼空や星輝に挑んできた高浜の4年生達。
そして2年が経ちこの子達が6年生となる。
今回、そこに挑んだのが4年生の歩夢や未夢。
当時、スタンドから応援していた弟妹が4年生となり、彼らに挑もうとする。
勝負とは、こうした縁が繰り返されるのか。
2回表になると歩夢がピッチング練習を始めた。
金網越に尋ねてみると、3回から投げると言う。
だが、2回までに10点を奪われ、3回の攻撃で点を奪えなければ、必然と歩夢の登板はなくなる。
-歩夢には投げてもらいたい-
今後の為にも、私はそう願った。
2回を終えたところで11失点。
3回の攻撃で2点を奪わなければ、コールド負けとなる。
この回から相手ピッチャーは変わる。
4年生の女の子だ。
ブルペンでの投球から眺めていたが、とても4年生には思えない。
キレイなフォームからいいボールを投げ入れる。
だが、悠久のフォアボールから海翔が三塁打を放って1点を返す。
ここからフォアボールが続く。
-あと1点-
満塁になった時点でピッチャーが元に戻る。
7球の投球練習をする間、私は三塁側に廻って三塁走者の海翔の元へ駆けつけた。
そして、ただ一言だけ伝えた。
「分かっとるな。一瞬のスキを狙え」
海翔は、首を縦に振った。
プレイのコールが掛かった直後だった。
捕手から投手に返球するタイミングで海翔はホームを狙った。
頭から滑り込んだ走塁はセーフとなる。
これで9点差。
何とか繋がった。
2年前、この子達を相手にして蒼空は堂々と受けて立った。
そして2年が経ち、今度は歩夢がこの子達に堂々と挑ませてもらう。
3回裏、歩夢はマウンドに上がった。
だが、15球目を投じたところで1点を奪われ、試合は終わった。
試合後、木陰に入って最後のミーティングが行われた。
これで終わったという実感のない6年生達。
ここで、この日を以って竹内コーチからユニフォームを脱ぐ事が告げられる。
太良は大粒の涙をこぼした。
4戦全敗。
苦い思い出だけを残し、しばらくしてから青葉の地を立ち去った。
-2018年8月27日(月) 18時-
「歩夢の夏休みの自由研究はどうするんやって!!」
昨日、一昨日で日焼けした顔が痛むというのに、帰宅するなりうるさい女だ。
「カブトムシやって」
私は小声で言ってやった。
「歩夢は、カブトムシの観察を毎日しとるんか!?」
そんなもん、するはずはない。
あまりにもうるさいので、外に出て2人でカブトムシを眺めていた。
すると歩夢がこう言ってきた。
「かぁくんとたかちゃん、また練習に来るかな・・・」
一呼吸をおいて答えようとした時だった。
心地良い風が通り抜けて行った。
それが和貴と貴悠の過ごしたマリナーズが通り過ぎて行ったようにも思えた。
そう、夏疾風と共に。
おわり
ベンチで応援していた保護者も、とりあえず力を抜く。
また、木陰から応援してくれていた低学年やその保護者も一旦その場から離れる。
私は、昨晩の事を思い返していた。
ろうきん杯初日を終えた晩の事である。
歩夢を連れてバッティングセンターへ行った。
すると、駐車場には見慣れた車が1台停車していた。
母親に連れられた貴悠だった。
車中で待つ母親。
貴悠は、誰もいない場内で一人黙々とボールを打っていた。
貴悠の様子を眺め、歩夢も打ち始める。
すると、車から降りた母親も貴悠の様子を見にやってきた。
誤解をされやすい子だが、貴悠は人想いの優しい子だ。
貴悠が小さな頃からそれを見てきている。
「かぁくんとたかちゃん、負けたら終わりやし可哀想やな」
歩夢は、数日前からこう口にしていた。
「そう思うんやったら、2人の為にも頑張らなあかんな」
夫婦でそう答えた。
貴悠を野球に誘ったのは、他ならぬ私と雄介だった。
秀美さんとは、保育所の本部役員を一緒にした仲だった。
「いつからでもいいし、気楽に来たらええで」
本部役員の慰労会の場で気軽な気持ちから伝えた。
すると翌日、秀美さんに連れられて貴悠はやってきた。
-13時17分-
最後になる高浜クラブとの試合が始まる。
整列でも分かったが、相手の身体はかなり大きい。
先攻・若狭和田マリナーズ。
歩夢や柾樹のような小柄が上位に名を連ねても太刀打ちはできない。
だが、これがチームの現状だ。
前の試合で5イニングを投げ切った和貴。
この試合でも先発マウンドに上がった。
だが悲劇は早速と訪れる。
二番・尚史から五番・晏大朗までの4人で3本の本塁打と1本の三塁打を浴びる。
しかも会心の当りばかりだ。
何も出来ないのは承知だったが、あれほどの打球が幾度も飛び交うと唖然とするしかなかった。
初回から6失点。
同じ時期のあの日のことが、かすかに脳裏を過る。
2年前のろうきん杯予選の初日のことである。
長男坊の蒼空が満を持して挑んだ最後の大会。
この大会の初日に対戦したのが高浜クラブだった。
当時、高浜に6年生はおらず、4・5年生だけのチームだった。
勝負に手加減はない。
容赦なく挑んだ。
不思議な縁を感じる。
2年前、蒼空や星輝に挑んできた高浜の4年生達。
そして2年が経ちこの子達が6年生となる。
今回、そこに挑んだのが4年生の歩夢や未夢。
当時、スタンドから応援していた弟妹が4年生となり、彼らに挑もうとする。
勝負とは、こうした縁が繰り返されるのか。
2回表になると歩夢がピッチング練習を始めた。
金網越に尋ねてみると、3回から投げると言う。
だが、2回までに10点を奪われ、3回の攻撃で点を奪えなければ、必然と歩夢の登板はなくなる。
-歩夢には投げてもらいたい-
今後の為にも、私はそう願った。
2回を終えたところで11失点。
3回の攻撃で2点を奪わなければ、コールド負けとなる。
この回から相手ピッチャーは変わる。
4年生の女の子だ。
ブルペンでの投球から眺めていたが、とても4年生には思えない。
キレイなフォームからいいボールを投げ入れる。
だが、悠久のフォアボールから海翔が三塁打を放って1点を返す。
ここからフォアボールが続く。
-あと1点-
満塁になった時点でピッチャーが元に戻る。
7球の投球練習をする間、私は三塁側に廻って三塁走者の海翔の元へ駆けつけた。
そして、ただ一言だけ伝えた。
「分かっとるな。一瞬のスキを狙え」
海翔は、首を縦に振った。
プレイのコールが掛かった直後だった。
捕手から投手に返球するタイミングで海翔はホームを狙った。
頭から滑り込んだ走塁はセーフとなる。
これで9点差。
何とか繋がった。
2年前、この子達を相手にして蒼空は堂々と受けて立った。
そして2年が経ち、今度は歩夢がこの子達に堂々と挑ませてもらう。
3回裏、歩夢はマウンドに上がった。
だが、15球目を投じたところで1点を奪われ、試合は終わった。
試合後、木陰に入って最後のミーティングが行われた。
これで終わったという実感のない6年生達。
ここで、この日を以って竹内コーチからユニフォームを脱ぐ事が告げられる。
太良は大粒の涙をこぼした。
4戦全敗。
苦い思い出だけを残し、しばらくしてから青葉の地を立ち去った。
-2018年8月27日(月) 18時-
「歩夢の夏休みの自由研究はどうするんやって!!」
昨日、一昨日で日焼けした顔が痛むというのに、帰宅するなりうるさい女だ。
「カブトムシやって」
私は小声で言ってやった。
「歩夢は、カブトムシの観察を毎日しとるんか!?」
そんなもん、するはずはない。
あまりにもうるさいので、外に出て2人でカブトムシを眺めていた。
すると歩夢がこう言ってきた。
「かぁくんとたかちゃん、また練習に来るかな・・・」
一呼吸をおいて答えようとした時だった。
心地良い風が通り抜けて行った。
それが和貴と貴悠の過ごしたマリナーズが通り過ぎて行ったようにも思えた。
そう、夏疾風と共に。
おわり
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