いわき湯元。
ひなびた旅館が並ぶ風情ある温泉街の一角に、大衆浴場、さはこ湯はある。
冷たい雨の降る中、体を温めようとやってきた。
何度もきたこの温泉。相変わらず小さい駐車場。
券売機で入浴券を買う。
220円。素晴らしい。
あ、手が滑って小銭が一枚落ちた。
探すがどこにもない。
受付のおじちゃんも手伝ってくれ一緒に探すが、どうしても見当たらない。
まぁいいか。100円だったとしても、入浴料が330円になるだけだ。それでも安い。
浴場にはたくさんの爺さんたち。そこに混じって体を洗う。きれいに洗い流す。熱めの湯。
原子力発電所はここから30キロくらい北に行ったとこにある。この湯もきっと放射線が混じってるんだろうな。ふとそう思った。明日、行けるとこまで北に走ってみよう。
風呂を上がって帰り際、見つかりましたよと受付のおじちゃんが10円を渡してくれた。
相変わらず雨は降っている。
今日は金曜。いわきは日本でも三本指に入る稼げる町。
今夜歌えないのはかなり痛い。所持金も減ってきている。
どうにか歌える場所を探そうと、ネオンが点き始める田町の路地に向かった。
この町にはたくさんの知り合いがいる。
韓国居酒屋、クラブ、フィリピンパブ、スナック、呼び込みの兄さん。
来るたびに、久しぶりー!、お!今回は何日いるの?と笑顔で迎えてくれ、歌うときのイスを貸してくれたり、ご飯をご馳走してくれたり、朝まで飲み明かしたこともあった。
まったく知らない土地だったのに、足を運ぶたびに少しずつ馴染んでいった。
楽しい思い出ばかりがつまった、ネオンがひしめく細い路地。
世界一周に行くんだと言ったらみんなどんな顔するだろう。
やっぱ行くんだー!って笑ってくれる。そう、心を踊らせていたんだけどな。
韓国居酒屋の前にきた。
おのオモニがいた店先には、見たこともない飲み屋の看板がかかっていた。
うろたえながら隣にあったクラブ、金の星、の文字をビル看板の中から探した。美人ぞろいで、いわきでは名のしれたクラブ。でも何度探してもそこには見知らぬ店名しかなかった。
呆然と立ち尽くす俺の前を、タクシーで乗りつけた女たちが出勤していく。
そこに、その電信柱の横のタイルの上に、蜜月がこびりついている。
雨はみぞになっている。
明日は晴れるはず。
いい歌を歌いたい。あのころのみんなに届くように。