『小林秀雄集』「一ツの脳髄」(大正十三年七月) 筑摩現代文学大系 43 メモ
小林秀雄集の「一ツの脳髄」を読む。
まずはじめに題を見て、「一つの脳髄」ではなく、「一ツの脳髄」という点に、細胞単位でまで考えられたような、そんな作者の遊び感覚に心地よさをもつ。
「一つの脳髄」ではどんよりとした感覚を受け、「一ツの脳髄」はアップテンポで、これから展開されようとする面白みに興味が、読者の心を引きずり込む。
小林秀雄はそのようなところまで計算されている人物なのかと、薄ぼんやりと感じる。
「一ツの脳髄」は難しく、一度読み流しても正直私にはわからない。
特徴的なのは、私の好きそうな比喩表現が多いこと。
「一ツの脳髄」から レトリックを抜き出し写すだけでも、相当な量になる。
レトリックが多すぎると悪文だと云う方もいらっしゃるが、小林秀雄や安部公房は的確なところで読者が心地よくなる言葉を操る言葉の持ち主だと感じた。
「一ツの脳髄」を読んで 小林秀雄の文で感心したこと
1 波、波動を詳しく書かれている。ここのレトリックも好きだ。
2 脳髄の比喩表現が好き
3 内容は難解で、私が小説で好む分野の一つ、分裂症(今でいう、統合失調症)気味であるように感じるが、読み間違いかもしれない。
4 カタカナと漢字の使い方の上手さ
5 繰り返しの上手さ
6 あえて濁音にする上手さ
、、、馬鹿馬鹿しい善良な顔が私を悩ました。、、、、私だだツ広いおでこの内側に駝鳥の卵のような、黄色い、イヤにツルツルした脳髄が入ってゐる事を想像した。女の喋る言葉が、次々にその中で想像されてゐるなどと考えた。、、、、、 (230)
、、、、、、、、
女中は床を敷きに来ると、「おやすみなさい」と丁寧にお辞儀をして障子を閉めた。---駝鳥の卵が眠る---私は、もう滑稽な気はしなかった。 【230)
友人のところへ行き、目の覚める薬をくれというと墓のような薬をくれた(要約)
、、、医者は「そんなものはもう止めたまえ。心臓を悪くする。眠らせたり、覚ましたり、君は自分の頭を玩具にしてゐるんだね。」と云った。(231)
(さほど重要な部分ではないかもしれないが、この医者の言葉に好意を持った)
、、、、、足元から見詰めて歩いて行く私の目には、脳髄から滲み出る水のように思はれた。水が浸む、と口の中に呟きながら、自分の柔らかい頭の表に、一足一束下駄の歯を差し入れた。、、、、脳髄に着いた下駄の跡と一つ一つ符号させようと苛立った。、、、、
茫然として据ゑた眼の末に松葉杖の男の虫の様な姿が私の下駄の跡を辿ってヒヨコヒヨコと此方にやって来るのが小さく小さく見えた。 (232−233)
『人と文学 小林秀雄』(細谷博著 勉誠出版)では以下のように書かれている。
「一ツの脳髄」は、自分の脳髄が異様な物質と感じられるまでに先鋭化した自意識のありようを、滑稽味さえともなった恐怖や不安とともに描き出している。 (31)
筑摩現代文学大系 43『小林秀雄集』「一ツの脳髄」(大正十三年七月)
『人と文学 小林秀雄』 細谷博著 勉誠出版
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