北京に着いた二月下旬は、気温18度だった。
寒いとふんで、コートを着ていた私たちは暑さに萎えた。
北京から山西省に向かう途中、左は日本人、右が韓国人用のマンションの群れがクッキリと住み分けされている風で、印象深い。
ガイドによると、意図的だという。
北京から山西省・大同へ行く道、バスの窓から万里の長城がくっきりと見えた。
やたら長く、宇宙から認められる道が納得できる。
息子が、一人でぶらりと中国を訪れた際、万里の長城もよかったといっていたことを思い出す。
但し、私、バスの中より眺めるばかりなり・・・一人旅の好きな息子には、いつも頭が上がらない・・・。
万里の長城は 北京側は新しく作り直されたそうだが、山西省側は当時のまま残っている部分があると、ガイドの説明。
古代中国では、外敵や異民族の侵入から国を防御するために万里の長城を作ったと、ガイドブックに説明がある。
約3,000kmもある万里の長城、個々に作られたが、秦の始皇帝によって、統一整備してつなげられた。
泥縄で調べた知識だが、わかったようなつもりになるから不思議だ。
山西省では少数民族の衣装を着た人を見る機会には、あまり恵まれなかった。
それでも二、三回は内蒙古自治区の人たち特有の衣装の方たちを見かけた。
万里の長城を隔てて内蒙古自治区があることを考え、以前見た映画『MUSA』
http://blog.goo.ne.jp/usuaomidori/e/5afc87451d01629c1d10c5236d9d14c5
を思い浮かべて、物思いにふけっていた。
バスの旅もなかなかいいものである。
万里の長城は驚くばかりの長さだった。
世界遺産に別れを告げた夕刻、山西省は肌寒い。
日も暮れたころは寒く、一旦脱いだセーターや上着を再び着た。
それでもとのがたは寒いらしく、ガイドに、暖房を入れるように願い出ておられた。
この日、万里の長城の長さと温度差によって、中国は広いと再度感じた次第である。