日常

ベルサイユのばら

2009-03-22 00:52:05 | 
引っ越しの準備を着々と進めているのですが、思わず「ベルサイユのばら」(池田理代子)を読み始めたら、止まらなくなって最後まで読んでしまった。
おかげで、遅遅として引っ越し準備が進んでません。



「ベルサイユのばら」は、フランス革命前後が舞台の、言わずと知れた漫画古典の名作です。

○女性でありながら男として育てられた軍人オスカル。
○オーストリアからフランスのルイ16世に嫁いだ、フランス王妃マリー・アントワネット。
○スウェーデン貴族で、アントワネットとの禁断の愛に苦しむフェルゼン。

1755年の同時代に生まれたこの3人を軸に話が進む。基本的にフランス革命の史実を基にしています(所々創作があるようだけど)。

1972~1973年に『週刊マーガレット』(集英社)に連載されていたということで、自分が生まれる前に連載されていた漫画だけど、全く古さを感じない!


内容の粗筋を言うと面白くないのでそこは割愛。すごく面白い作品ですので一読をお勧めします。文庫本の全5巻なので、購入しても全然本棚にかさばりません(通販の販売人みたいな語り口調だけど)。


この「ベルサイユのばら」はいろんな要素が含まれていて、なかなか簡単には語り尽くせない奥深さがある。


それは、
女性でありながら男性として育てられ、その狭間で苦しむオスカルの存在であったり(→手塚治虫「リボンの騎士」とも通じるものがある)。

そんなオスカルももちろん気になるけど、オスカルの影のようにずっと寄り添っているアンドレの壮絶な人生や、ひたむきな愛にも涙することがあったり。

浮世離れしたマリー・アントワネットの異常な生活や金銭感覚であったり、そこに群がる人々との人間ドラマであったり(→市民が飢え死んでいるときに、税金で豪華絢爛な放蕩生活をしていたから、最後に処刑されてしまった。逆に、それだけ浮世離れした貴族・王族から見えた世界とはどんなもだったのかということにも興味が湧く。仕事も家事もなーんにもしなくていい遊ぶだけの生活っていうのも、心が空虚になり、結果として人は狂っちゃうのかもしれない)。

王族・貴族の、果てしない欲望にまみれた人間くさい権力争いの内情であったり。

断絶された身分制度の間での、生きているうちには絶対結ばれることのない愛の物語のことであったり。そしてそれは死によって成就されることがあったり。

歴史的事件であるフランス革命という、時代の大きなウネリの凄さやその壮絶さであったり。

人は何に命を燃やして、死にたいのかという、人間の生き様と死に様のことであったり。

愛というものが、強さや脆さや儚さや不条理さ、色んな側面を内在しているものと感じさせられることであったり・・・・

もう、色んな要素が凝縮されている漫画です。


確か高校生くらいのときに初めて読んだ気がするんですけど、当時は表層だけ読んでいたと、今更ながら気付く。
高校生当時は、「べるばら」は激しい情熱的な愛の物語としてだけ読んでいたような気もするけど(それはそれとして大きな軸であるのは間違いない。激しく燃え上がる漫画での愛の表現は、読んでいて強烈に心を揺さぶれるものがある)、今は他の要素にも一つ一つ気がついてしまう。
それは、性とかジェンダーの問題に始り、愛とか政治とか身分とか革命とか権力とか階級闘争とか・・・・・
自分の成長と共に少しずつその概念が分かりだした部分に反応したりします。


フランス革命時代の勉強にもなったし、アメリカ独立戦争とフランスの絡みとかも、世界史の勉強をしたいという意欲がわいてくる。不思議と漫画の時代背景に興味が湧いてしまいます。

漫画後半(4~5巻)の、1789年7月14日のバスティーユ牢獄から、怒涛のようにフランス革命へと突入していく部分は、本当に時間を忘れてグイグイと読まされてしまう。人の死もいっぱい出てきて胸をえぐられる思いがする。


フランス革命を支える理論基盤になったジャン=ジャック ルソーなんかも少し引用されているので、「社会契約論」「人間不平等起源論」「学問芸術論」なんかも、にわかに俄然読んでみたい!っていうモチベーションが高まってきた。今まで古典とか全く読む気も起きなかったのに不思議なもんです。



「フランス革命」という一言の中に込められてているもの。
それは、色々な人が色々な立場で色々な事を考えて生きて死んでいて、愛や友情や誇りや人間の尊厳や政治や身分制度や・・・色んなものが込められているっていう、その凝縮された時間の密度のようなものを漫画を通して感じることができた。
こうやって、歴史は自分にとって身近で切実なものへと、過去の遠いものというより、現在や未来の近いものへと変貌していくのかもしれませんね。


フランス革命が掲げた自由・平等・同胞愛という言葉。
今ではもう当たり前で新鮮味を感じないところもある。でも、その言葉がリアルに切実にギラギラと意味を持っていた時代があって、その言葉が必然的に立ち上がってこざるをえなかった、時代の大きな流れのようなものがあって、そういう歴史のダイナミズムを痛いほど感じることができる。


自由・平等・同胞愛という概念に命をかけないといけない時代が過去に間違いなく存在していて、まだ見ぬ未来に夢を託しながら命を捨てていった累々とした屍が実は存在していて、その彼らが想像すらできなかった「未来」という時間の立場に自分が存在しているということ。
そんなことにふと思いを馳せてしまう。


フランス革命の1789年っては、ほんの200年前のこと。そこまで遠くない。
「そうならなければならないなら」(2009-03-18)でも少し触れましたが、「過去を受け、今存在し、未来へ生きる」というような、絶え間なく連続している時間の流れの中に自分がいるのだと、ふと思いを馳せてみたりもする。



自由・平等・同胞愛に代表される「人間の理性」をあまりにも絶対視すると、そこから社会の改造や革命も正当化され、その手段である暴力すらも正当化されることがあったりする。その反動であまり極端に行き過ぎると別の問題を生んでしまう。

そんな振り子様の動きにも注意を向けながら、自分の中でバランスを取りつつ、フランス革命に命を賭して未来に賭けた人たちに、ふと思いを馳せてしまう。


「べるばら」は、1972~1973年の漫画っていうのが俄かに信じがたいほど、新しく瑞々しい感覚がある。

人間は、肉体はいくらでも他者により不自由にできるが、心は永遠に自由であって誰にも縛られることはない。自分の心を縛る存在はただ、自分だけである。

そんな真の心の自由を求めて、「自由・平等・同胞愛」という言葉のために命や人生をかけて戦っていた時代があって、そういう自己の強烈な生の意識の燃え上がりが、他者との燃えるような愛という概念を生んでいくのかもしれない。
そんな、ベルサイユ宮殿に咲いた色とりどりの美しく危険なバラの花のような人たちがいた漫画、それが「ベルサイユのばら」という漫画です。



生が時間として短縮されるために、結果として生の密度が高まり、そのことで他者との愛の密度も高まる。そうやって、名もなく死んでいった大勢の人がいる。


名作って、「過去」の作品のはずなのに、本質は常に「現在」の同時代に生きている感じがしますね。

本当にイイ漫画です。



【どうでもいい補足1】
7月14日はフランス革命の日ですが、そこで思い出しちゃうのが、7月14日をフランス語で言った「カトルズ・ジュイエ」っていう喫茶店。熊本の下通りにあって、母親が好きでよく行ってたのを思い出します。その後は我が母校の熊本高校近くに移転してきました。(かなりのローカルネタでスミマセン)
【どうでもいい補足2】
フランス革命は1789年ですが、「イナバクン」で暗記できます。中高の同じクラスの人はみんなこれで暗記してました。(←さらにドウデモイイ!)

6 コメント

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Unknown (さくりば)
2009-03-30 00:58:15

すごい作品ですよねつくづく、これ。

池田さんはこれで、フランスでレジョン・ドヌール勲章をもらったくらいですから、フランス人にも読まれてるということはうれしいことですね。

ちなみに、どうでもいいですが、外伝として収められている(よね?)、処女の血の風呂に入って永遠の美貌を保つ夫人の話は、気持ち悪くて怖かったです。
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1972年の作品っていうのがスゴイ (いなば)
2009-03-30 23:28:01
これが1972年っていう、自分が生まれるより前の作品とはなかなか信じがたいほど、重厚な作品ですね。漫画の幅広さを感じるし、学校の副読本として指定すればいいのにと思う。

フランス人にも読まれてるって嬉しいねー。
ここから宝塚なんかもLINKしているし、ジャパニーズオリジナルな文化の最たるものだと思いますね。確かに、あの外伝の話はかなり気持ち悪かったー。
そして、5冊目がかなり大幅に余ってて、それで無理やり外伝入ってるのも違和感あったけど。あれなら4冊でいいじゃん!って感じで。

Amazonで見たら、「ベルサイユのばら―完全版」ってのも復刊されてるけど、また少し追加されてたりするのかなぁー。

でも、本当にこれは名作ですねー。女性だけではなく男性にも楽しめる、少女マンガタッチの漫画だと思います。
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ベルばらラブ (MY@リヨン)
2009-04-08 07:13:04
ベルばら大好きです~!!
私は,愛蔵版という,紙質が悪いけれど教科書サイズより大きいくらいの分厚い2分冊で読みました。中学にあがる前の春休み,中学受験の合格発表を待ちながら猩紅熱にかかっていたときに(今時はヨウレン菌感染症とか言うらしいですけど,なんでそんな無粋な名前になっちゃったんですか?),なぜか母が買ってきてくれました。心身ともに極度に不安定な状態だったからかもしれませんが,感動して布団の中でぐしゃぐしゃに泣きながら読みました。なんかすごく強烈な読書体験で・・・。それから何度も読み直しました~

抗いがたい時代の波のなかで,必死に戦って,愛し合って,何かその時代やその人物の「宿命」みたいなものを感じさせる壮大な物語ですよね。主要な登場人物だけじゃなくて,靴をはいて喜ぶ兵隊の弟とか,そういう描写も好きでした。

革命ものだと,違う革命ですが,レ・ミゼラブルとかも大好きです(小説だけでなく,ミュージカルも!)。時代の熱気と怒りを感じます。いまでもパリには革命の名残が街中にたくさんありますし,普段はゆるーく生きている現代フランス人にも,不満があったら通りに出る!権利は勝ち取る!という熱い血が流れています。この国でたしかに革命は起こったし,この人たちなら今でも革命起こせるかもな,と思わせるものがフランスの首都にはあると思います。

ちなみに私はアンドレ派です!うーオスカルも捨てがたいですが・・・。って,別にそんな派閥ないですかね^^;
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本当に熱い!情熱的で大好き! (いなば)
2009-04-08 09:10:08
>>>>>>>>>>>MY@リヨン様

確かに、フランス在住のMYさんには、特に切実に感じれるかもしれないですね。
フランスって、広場とか通りに、過去の革命とか皇帝の名前とか、歴史が刻印されてますよね。
やはり国自体が全然違うし、国民性も全然違っちゃうんだろうなーと思うね。

本当にどうでもいい話なんだけど、猩紅って、中国の想像上の人面サルで、その血がすごく綺麗な赤だから、猩紅熱の発疹が赤いのとつなげてそういう意味不明なネーミングになったのよね。ていうか、どんな流れで誰がそんなネーミングを!って感じで面白いけどね。しかも、当時は原因不明だったし。 今はA群β溶血性連鎖球菌が原因だって分かったから、あまり「猩紅熱」って言葉自体使わないけど。


あの本って、でも実はかなり際どいこといっぱい書いてあるよねー!たぶん、親もちゃんと読んだことないからこそ渡したんだと思うけど、今この年齢で読むと、愛の表現とかめちゃくちゃ激しく燃えるような愛の表現で書いてあったり、性の問題含めて、実は際どい表現多し。
まあ小さい頃は素通りしちゃう可能性も多いけど、あれでいろんな性の問題に目覚める子供も出そうなほど、表現が熱いよね。
人間の感情って、こんなにも情熱的で燃え上がるように熱いのか!と改めて感じさせてくれる。


レ・ミゼラブル、読んだことないし見たことない!
こうやって、古典で見たことないのいっぱいあるなー。
皇居近くの帝国劇場でやってたりして、チケットもなかなか取れないのよね。


現代フランス人の「不満があったら通りに出る!権利は勝ち取る!」という熱い血は確かに感じるね。
そういう人間の尊厳とか、僕ら日本人は本当の意味ではちゃんと理解できてないと思う。
ああいうフランス革命のような歴史があるからこそ、彼らは切実に求めたんだろうし。
日本も、「自由・平等・同胞愛」とかに込められた意味を、深く学ばないといけないだろうね。



P.S.
あ、僕も男子なので、断然アンドレ派!オスカルと結ばれるとこなんて・・・泣ける。
アンドレが徐々に目が見えなくなって、それを周りに隠しながら・・・泣ける。
全然見えないのに、それでも革命の舞台に出て行って、そんな男の死場を歴史のウネリに任せるとこ・・・・泣ける。
たぶん、大人になったからこそ、アンドレのいぶし銀の存在感が見えるようになってきたんだと思う。
若いときだと、やっぱ主人公だけに目がいっちゃうものだからね。

周りを固めるキャラクターがすごく人間味があっていいからこそ、オスカル、マリー・アントワネット、フェルゼンの3本柱の存在も際立ちますよね。
宝塚のベルサイユのばらも、生で見てみたいなー!
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ほんと泣ける・・・。 (MY)
2009-04-10 05:14:17
ま,まず,猩紅熱って人面サル熱なんですか!がーん。私は,「猩紅熱」と言えば若草物語のベスがかかる病気,と思っていたので,お医者さんに「つまり昔の猩紅熱ですよ」と言われたときには,私死ぬの?!と焦りつつも,ちょっとそのロマンチックな響きが嬉しかったのですが・・・人面サルの血が赤いからって・・・没
さすがお医者様ですね,勉強になりました。笑

そう,ベルばらはもう,メラメラ・・という感じです。本当に!
オスカルとアンドレが結ばれるシーンは本当に感動しますよね。オスカルが「今夜,アンドレ・グラディエの妻に・・・」と言うけれど,「ああ,でも,こわい・・・!」ってなったときに,アンドレががしっとオスカルの腕をつかんで「もう離さない」みたいなシーンが(こんな感じでしたよね?),もう・・・!!本当にぐっときます!!オスカルの女性としての一面,アンドレの男らしさ,全てが凝縮したような刹那の描写・・・。確かに,こんな濃厚なシーンを,12歳のときの私はどういうふうに読んだんだろうって今は不思議に思います。

実はルイ16世もけっこう好きです。善良で,平凡で,平和な時代なら,そして王でさえなければ,きっと普通に幸せな人生を送れたであろう人が,大きすぎる運命を背負い,不器用に愚直に宿命を受け入れて歴史を刻む・・・
キャラの立ったベルばらの登場人物の中でルイ16世はもっとも凡人かもしれないですね。歴史上の人物には,彼のようにやむを得ず歴史の大舞台に立たされたこういう人もけっこういるんじゃないかなと思ってしまいます。なんかよくよく考えると,その人生にも胸が熱くなるものがありますよね。
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Unknown (いなば)
2009-04-11 00:01:15
ベルばらは、本当にメラメラのメラ・メラミ・メラゾーマですよ。イオナズンですよ。(こういうファミコンのドラゴンクエストネタは、流石にMYさんには伝わらんかな?)

オスカルとアンドレが結ばれるシーンは本当に燃えるような愛の表現だよね。
あれを見て、少女たちは愛の妄想をふくらますんだなーと思ったもんですよ。笑

マンガって、12歳であろうと大人であろうと、なんか勢いというか、漫画表現のすごさでグイグイ読ませる力があるよねー。
北斗の拳も、確かに今読むと残酷暴力漫画のように見える面もあるけど、当時はそんなことなんとも思ってなかったもんね。
映画での愛とか暴力のシーンは、実物の人間が演じているから、妙なリアリティーあるけど、そこが漫画の良さなんだと思いますね。

ルイ16世。僕もかなり好きです。
趣味が鍛冶と狩猟だったりして、少し時間あったら自分で自作の鍵や錠前を作ったりしてるんだよね。
本当に平凡で内気なおじさん。
でも、あんなになってもマリー・アントワネットを愛する家庭的な父なんだよね。
最後、処刑されるときも、誇り高いとことかは思わず涙します。

マリー・アントワネットも現実逃避していたけど、ルイ16世も逆向きの方向に現実逃避していたように見えますね。
自分が自分であるためには、あまりにも責任の大きい職務なんでしょうねー。
そういう意味では、名君と呼ばれる人は、人々に育てられたことで、自分の器が民衆を指導できるほどの大きい器になっていったんでしょうねー。
フランス革命という世界史でも必ず取り上げられる時代の大きなウネリ。
そこには色々な人間ドラマがあって、一人一人を丁寧に描くと更に面白く味わえる。
ベルばらは、奥深い作品ですねー。
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