うさとmother-pearl

目指せ道楽三昧高等遊民的日常

殿様の牡丹と屏風がおいでと言う

2008年05月02日 | お出かけ
世の中はゴールデンウィーク。仕事柄、中途半端な休みしか取れないのだけれど、晩春とも、初夏とも思えるご陽気はお出かけを促す。日曜は、仕事がらみで名古屋に行かねばならず、どうせなら何かを見てきましょうと、徳川美術館に行くこととした。徳川美術館、たいていの場合ハズレはないし、牡丹の季節だし。開催中の企画展は、江戸絵画だし、焼け残った旧本館のエントランスは蒔絵調で近代建築っぽいし。そんな軽い気持ちで行った「桃山・江戸絵画の美」展。
初めて入った徳川園は、ちょいと整備されすぎている感はあるけれど、広大なすがすがしいお庭で、牡丹の咲き乱れる。
          

さて、「桃山・江戸絵画の美」
とにかく、疲れた。目やら脳やらの奥に濃密に質の高い絵画が積み重なって行き、いっぺんに見るにはもったいないほどだ。
切手になった「本多平八郎姿絵屏風」を初めとして、「相応寺屏風」「豊国祭礼図屏風」などなど、しかも、すべてとてもよく保存されている。
屏風の中では、恋文を渡したり、祭の列に踊り遊んだり、市で物色をしたり、笑ったり、囁いたり、怒鳴ったり。みんな色とりどりの、手の込んだ柄の衣装をつけ、さんざめく。
徳川美術館の特別展というと、初音の調度の時期と源氏物語絵巻の時期以外は、刀やら茶道具やらのような、いわゆる茶色な物が多かったように思う。隠し持っていらしたわけではなかろうが、絵の特別展は少なかった。それ故に、さして期待もせず、ふらりと立ち寄った中での見るしあわせは金粉を浴びるような気持ちだ。これだけの優品が、惜しげもなくたっぷりと展示されている。大きく宣伝されることもなく。本多平八郎のゆったりとした立ち姿のように、最高の御洒落。
ここで見た絵はどれもどれも、楽しかった。屏風の中のどの人も楽しくて、屏風を書く人も楽しく、楽しく書いていたのだろうと思える。
           

美のための美は、五月蝿い。自らの美を追い求める気持ちが重ったらしい。己の美への利己心が見え隠れしてしまう。どうだどうだ という気持ちが透けて見える。自分の美に平伏させようという心が、どうしてもそこに出てきてしまう。美はひれ伏すものだ。美のために作られたわけではないものに、美がある。

ゴールデンウィークのお出かけ、徳川美術館特別展「桃山・江戸絵画の美」、必見です。渾身のおすすめです。
わたし?も一回、尾張の殿様のもとへ参りますぞ。
コメント (2)
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