うさとmother-pearl

目指せ道楽三昧高等遊民的日常

春祭りをふたつ

2008年04月14日 | お出かけ
春はいいなあ。お祭がいっぱいだ。
この前の土曜4/12は、2年ぶりに美濃にわかに出かけた。うだつのあがる美濃の町は、電線も地中に埋められて、随所随所に提灯が提げられている。星の瞬く空が大きく見える。ぶらぶらと歩いていると、ゆっくりお神楽が近づいてくる。「わっち」「なも」との美濃言葉もゆかしくにわかが演じられ、また、神楽とともに去っていく。ちょいと前まで、この国の多くの人は、鼓やら太鼓やら笛やら三味線やらを演じることができていて、「わっち」やらのようなお国の言葉は何も恥ずかしがることなく話されていて、壮年の人老年の人は若者と祭の準備をしていた。大人になっても、年寄りになっても、「ちゃん付け」で呼ばれ続けていたのだ。

先週4/5は初めて、犬山祭に行った。
近くに住んでいて、これまでに一度も出かけたことがないなんて、本当に惜しいことだったと思う。宵祭に合わせて行ったため、からくりを見ることはできなかったけれど、ろうそくをつけ、引き回される山車は、それは豪壮だった。
   
        

日が落ちてくると町の若衆がこどもを肩車しながらやってくる。

                 
こどもたちは町のおにいさん、おじさんに担がれて、誇らしげに絢爛な衣装をつけてやってくる。この子らもお神楽を山車の中で演じるのだ。そこに細かな桜の花びらがいくつもいくつも舞い落ちる。夢の中でも見たことのないような、美しさだ。そうして、「民俗芸能」とか「保存」とかとは全く関係もなく、そこに「町」があり、町の営みがある。今そこに在る町の子と、今そこに在る町の大人が、毎日の暮らしの中で何百年も続いた祭を通して、繋がっている。
          

犬山は、本当にいい町だ。美濃は本当にいい町だ。
犬山を犬山と、美濃を美濃としているものが祭であるのかもしれない。いい町であり続けさせているものが祭だろう。多分、犬山も美濃も祭の都合に合わせて町並み作りがされている。それ故に、高層の建物や効率的な施設が作れないかもしれない。しかし、その効便を捨てて余りあるものが、そこにはきっとある。その町に住むと言うことは、その町の祭の中に入るということなのだろう。
古い町並みが観光資源として注目され、多くの地方がそれによる集客を目指しているけれど、ただ、それを装っているだけではないかと思われる所は興ざめで詰まらない。町も祭りも、観光の人のものだけでなく、住む人のものでなければ似非に成り下がってしまう。
そうして、町には祭が必要だ。春宵の町家の路地の上で考えた。町が観光だけを目指し、祭を殺せば町もきっと死んでしまうのだろう、とね。
コメント (4)
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