藤井もの ▼ 旧Twitter & Instagram

  ウクライナ,中東に平和を
  市民への攻撃を止めよ
  軍事力に頼らない平和を

フィクション:東洋からのエージェント(2)

2009-08-13 | フィクション:大物の交渉人

 トウは経済省に出勤すると直ぐに課長から声をかけられた。「トウも大物になったもんだ。局長が呼んでいる。30分後に部屋に行ってくれ」と課長は皮肉っぽく言った。課長の嫌味よりも、局長の呼び出しにトウは驚いた。初めてのことだった。一職員を局長が呼びだすことは異例だ。トウは何も心当たりがなかった。不況時に落ち込まずに仕事をしていたのは確かだが、景気を回復させるアイデアを発揮したわけではなかった。彼はそのことを自覚していた。

 褒められなければ、叱責か。だが失敗した覚えはなかった。そもそも、局長がいちいち職員の失敗を注意したりすることはないと思うと、トウは混乱し不安が押し寄せた。30分後と言われたが、トウは30分を控室で待った。秘書は5分前に声をかけてきた。部屋に入ると局長が「やあ、待たせたね。そこにいたんだって」と声をかけてきた。トウの緊張が僅かにとけ「御用はなんでしょう」と尋ねた。局長は座るようにすすめると「君は今度アメリカに行くときには交渉担当課長だ」と言った。トウは驚きと嬉しさで言葉を失い立っていた。

 局長は「そんなに喜んでもらえるとは思わなかったな」と言うと、言葉をつづけた。「君にはだいぶ頑張ってもらったからね、当然だ。我が国はアメリカと二国間協議を実現する必要がある。トウ、良い返事をもらうまで帰国は許さない」と言った。
 トウは「私が二国間協議の責任者ですか」と間抜けな応答をした。局長も浮ついているトウに苛立ったのか「お前が交渉の責任者ではない。アメリカに二国間協議を了解させて来い。交渉はそれからのことだ」とはっきり言った。

 「帰国できないのですか」とトウはさらに聞いた。「当たり前だ。我が国はアメリカの踏み台ではない。アメリカ国債を乱発して紙くずにする気だ。誰が本当の主人か教えてやる必要がある。G8なんて舞踏会で役立たずの集まりだ。どうせ何も決まらない」局長の言葉はにすごみを増していた。「トウよ、このことをオバム新政権の経済閣僚に必ず受け入れさせろ。お前の帰国など問題ではない。我が国の行く末の問題だ。お前はアメリカで龍(ロン)になり、アメリカを飲み込んでこい。これは国家命令だ」と言うと、局長は握手を求めてきた。

 トウに選択の余地はなかった。彼は密命を実行するエージェントに指名されたのだ。隣の部屋には国家秘密情報部員がいた。断ればこの建物、この部屋から生きて出られないと悟った。トウは無言で頷き、局長と固く握手した。局長は最後にこう言った「失敗すれば、お前も私も大龍に責任を問われる。我々がアメリカを飲み込むか、我々が大龍に飲み込まれるかだ」。

 隣の部屋の人物は、静かに二人のやり取りを聞いていた。話が終わるのを確かめると、彼はすっと椅子から音もなく立ち上がった。



杜人


コメント    この記事についてブログを書く
« フィクション:東洋からのエ... | トップ | フィクション:東洋からのエ... »

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。