藤井もの ▼ 旧Twitter & Instagram

  ウクライナ,中東に平和を
  市民への攻撃を止めよ
  軍事力に頼らない平和を

フィクション:東洋からのエージェント(3)

2009-08-14 | フィクション:大物の交渉人
 局長とトウの前に男は突然現れた。二人は凍りついた。トウは局長が驚くのを見て不安になった。局長もこの男を知らなかったのだろうか。
 男はトウに声をかけてきた。「トウ課長、昇進おめでとう。なかなか頼もしいな」。局長はやっと自分を取り戻していた。「チョウ党書記、驚かさないでください。出てこない約束でしょう」。この男が党書記、党書記には若いとトウは思った。男は「リュウ局長、申し訳ない。私も実は彼に話したいことがあるんだ」と笑顔で約束違反を誤魔化した。

 リュウ局長は憮然として言った「ただでさえ無理を聞いたのに、一体何の真似です」。「無理を聞いた、ですって」今度はチョウの顔色が変わった。「党の方針が、お気に召さないわけですね」とチョウは鋭く睨んだ。局長はすっかり黙ってしまった。これを見ていたトウは、この場から逃げたいと思ったが体がすくんで動けなかった。この男は、やはり国家機密員に違いないと思った。私が局長に呼ばれるなんてあり得ないことだ、どうして最初にやばいことだと気付かなかったんだろう。トウは意味なく悔み続けた。

 チョウは、再びトウを見て「驚かせてすまない。私は外務局に所属しているチョウです。よろしく」と正式に挨拶した。トウも小さく挨拶を返すと「あなたの目的はなんですか」と尋ねた。「トウ良く聞いてくれ。君の任務は第一に経済交渉だが、加えて外交も担ってもらいたい。大使館員に加えることにしている」とチョウ外務局員は答えた。「私が大使館員ですか。訳が分かりません。局長は御存じなのですか」トウは益々困惑した。

 リュウ局長が「今朝、彼から聞いた、それだけだ。聞いたろう、私の意見など必要ないそうだ」と言った。かなり不貞腐れていることを隠そうとしなかった。「困ったお方だ」とチョウは受け流した。もう標的を見据えて冷静を取り戻していた。「これから行うことは、我が国の経済にも、外交にも、必要欠くべからざる措置だ」と話し始めたが、一瞬間をとると「詳細はここでは話せない。後ほど外務局で説明しよう。大使館員の任命書も渡したい」と言った。トウは承諾するほかなかった。そしてチョウは付け足すように言った。「ああ、リュウ局長、あなたも同席していただきますよ。経済交渉の責任者として失敗は許されませんからね」。ぐさりと釘をさしてチョウは戻っていた。

 トウも期を逃さず、チョウを追うように部屋を出た。リュウ局長の心中は察しがついた。初めて会った若造から、身分が上だとしても、頭ごなしに命令され、約束を破られた。怒りよりも悔しさは計り知れない。最後は国策を盾に部下の前で説教までされた。あたりに暗く冷たい荒れた空気が広がり始めた。

 第一幕はこのように嵐で始まった。これで役者は揃いつつあったが、この作戦を指揮しているのはチョウ党書記兼外務局員ではなかった。外務局で待つ男がいた。国際社会の摩擦や歪と戦い続ける、耐える男が待っていた。



杜人


コメント    この記事についてブログを書く
« フィクション:東洋からのエ... | トップ | 映画「嗚呼 満蒙開拓団」の感想 »

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。