店主のつぶやき

カフェハンナの店主ウジキのつまらない独り言で綴る日記です。

今日は野球観戦 清原だ!

2006年08月29日 23時54分18秒 | baseball
今日はスカイマークスタジアムにオリックスバファローズVS西武ライオンズ戦を観に行きました。今季初めての野球観戦です。
昔から清原が好きな私としては、もう今年限りで引退する可能性が高い清原をひと目見ておこうと思い、スカイマークで試合がある日で仕事から早く帰れそうな日をと思っていたら今日になったのでした。初めは正規でチケットを買おうと思っていたのですが、何気にヤフオクを見たら、今日の試合のエグゼクティブシート(ネット裏の席)のペア券が安く出ていたので、落札して入手しました。
さて試合に方は・・・、
はっきり言って清原の打席以外見たいものもなく、試合内容もなんとなく淡白で見どころがなくてイマイチ。清原がオリックスの初ヒットを打って、それが得点につながったのはよかったけど。
オリックスが3-5で負けていた7回裏途中に突然雨が降り出し試合中断。けっこう長い中断で時間も遅くなり、再開したとしても試合終了はかなり遅くなりそうだし、明日の仕事のことを考えるとそんなに遅くまで見ていられないと思い、仕方なく帰途につきました。
・・・で、これを書いている間に延長11回裏清原がサヨナラホームランを打ったというニュースが入ってきました。一度でいいから生で清原のホームランを見てみたいと思って球場に行ったのに、なんと皮肉なことか・・・
でも、清原が試合を決めるホームランを打ったのは素直に嬉しいです。
まだまだ頑張ってくれ清原

冥王星が惑星でなくなる

2006年08月27日 00時49分46秒 | news
私は天文学者じゃないんですけどね(笑)。一応高校では理科で地学をとっていたので(?)この話題。

太陽系惑星 冥王星を除外 賛成多数で最終案採択 IAU

チェコのプラハで開かれている国際天文学連合(IAU)の総会で惑星の定義案を議決、1930年の発見以来76年間、第9惑星の座にあった冥王星を惑星から降格する最終案を賛成多数で可決しました。これで太陽系の惑星は一つ減って8個になりました。
かねてから本当に惑星として位置づけていいのかという議論があった冥王星。決議は妥当なものかなと思います。
かといって、小さい頃から惑星は「水金地火木土天海冥」と覚えてきた私たちにとってはちょっと寂しい気もします。
高校の地学でも惑星について「チチウス・ボーデの法則」などでちょっとは授業で触れた気はしますが、あまり覚えていません。ただその時に火星と木星の間にあるアステロイドベルト(小惑星帯)とその中にあるケレス(セレス)の存在を知りました。冥王星はそのケレスよりは大きいのですが、冥王星も海王星の外にあるエッジワース=カイパー・ベルトの中の天体の一つだと考えられるらしい・・・。
なんか話が難しくなってわけわかんなくなっちゃったけど、とにかく冥王星は惑星というには小さすぎるし、その軌道も独立性がないのです。
248年かけて太陽を1周する冥王星。発見されたから76年ですから、まだ4分の1周あまりで惑星の枠からはずされてしまいました。でも冥王星がなくなったわけではありません。いったい太陽系とはどうなっているのか?宇宙へのロマンはまだ続きます。

やはりサディスティック・ミカ・バンド復活

2006年08月25日 23時10分49秒 | music
3月にこのブログのエントリでとりあげたサディスティック・ミカ・バンドが復活することになりましたね。
カエラ迎え大乗り再結成「サディスティック・ミカ・バンド」
当初はラガーのCM限定の企画だったみたいですが、やはり本格的活動を望むファンが多かったみたいで、本当に復活することになったみたいです。いやいや私としても復活を心待ちにしていたので嬉しいです。
新アルバム発売は10月25日だとか。今から待ち遠しいです。いや待ちきれません!(笑)
ライブとかはやらないのかな? ライブがあったら絶対に行きたい!
木村カエラもかわいいけど、頑張ってるオヤジ達も見てみたいぞ!!

mamma mia cafe閉店

2006年08月20日 23時49分28秒 | cafe
私の地元垂水のmamma mia cafeが今日で閉店しました。

オープンしたのが一昨年の1月。うちの妹が見つけて「垂水にムジカの紅茶を出すお店が出来たよ」と教えられ、すぐに行ってみました。あたたかいそのお店の雰囲気が気に入り、それからちょくちょく通うようになりました。
私のホームページカフェハンナを作るきっかけになったのもmamma mia cafeのおかげだと思います。だってcafe Bachtea MUSICAのような全国的に有名なお店ばかりだったらあえて私が紹介する必要もありませんからね。地元にこんないいお店があるよと知らせたいという気持ちがHP作成につながったのです。

営業最終日の今日お店を訪れると、招き猫さん夫妻をはじめ常連さん達がたくさん集まっていて、さながら同窓会のようでした。今日で終わりなんていうしんみりした雰囲気はなく、みんないつもと変わらない笑顔。ゆるりとした時間を過ごしました。子供づれのお客さんも大勢訪れて、『子どもづれでも安心して入れるお店』というmamma mia cafeのコンセプトは最後まで生きていましたね。

常連さん達が帰る時、「またどこかでお会いしましょう」と言って別れました。このお店で出来た人の和(輪)はいつまでも行き続けると思います。

「私たちのmamma mia cafe ありがとうございました。」

彼女の実家へ出張カフェ

2006年08月17日 01時26分36秒 | cafe
昨日(15日)、今おつきあいしている彼女の実家に行きました。名目はウジキのお得意の出張カフェ。東京のカフェバッハからコーヒー豆を取り寄せ、私のコーヒー道具一式をかついで行って参りました。
ご両親とはすでに一度外で会食していて顔合わせをしているのですが、お宅におじゃまするのは初めて。・・・とはいえ、バツイチの私としてはこういうシチュエーションも慣れているというか(^^;あまり緊張することもなく、お邪魔させていただきました。
今回バッハから仕入れた豆は「インディアAPAA」と「ブラジル・ヴィラロポス」。それを元にメニューも作成し(図を参照)持っていきました。
メニューを眺めていたお父様は「アイスコーヒー(インディア)」をオーダー、お母様と彼女はホットの「ブラジル」をオーダー。他人の家のキッチンだとちょっと勝手が違って、ドリッパーをサーバーから離すタイミングが遅れてしまい、両方ともちょっと薄めのコーヒーになってしまいました。でも、どちらも「美味しい」「コーヒーじゃないみたい」と言って飲んでいただけました。
おかわりは逆で、お父様はホットの「ブラジル」をオーダー、お母様と彼女はホットの「インディア」をオーダー。今度はすぐにドリッパーが離せるように工夫したので、なんとかいい程度の濃さに淹れることができました。両方の味の違いは感じていただけたようで、とりあえずよかったのかな? メニューまで作って、ちょっとマニアックな演出だったので、ご両親は引いてしまったかもしれませんけど(笑)。
コーヒータイムが終わったら、お母様と彼女は夕食の準備にとりかかり、私とお父様はリビングのソファーでひと休み。するとお父様が何やら古い新聞のコピーを出してこられました。
実はお父様は精神科医さんなのですが、その古い新聞というのは明治時代の神戸の新聞で、その時代に精神病者(明治では「狂人」と表現)が新聞というメディアでどのように描かれていたか?などを研究されているらしく、それの一部を見せて下さったのでした。もちろんそれは、私が元PSW(精神科ソーシャルワーカー)だということをご存知だからなのですが、大事な研究の材料を紹介していただけたことで、なんとなく私を認めて下さっているのがわかり、うれしかったです。
図々しくも夕食もごちそうになってしまい、夜遅くまでお邪魔してしまいました。ご両親とも色々お話もできました。彼女がどんな家庭で育ってきたのかもなんとなくわかり、有意義な時間でした。
出張カフェ第2弾はあるのかないのかよくわかりませんが、またお邪魔させていただきたいなと思いました。 

とうとう自分のフットサルチーム旗揚げか?!

2006年08月15日 00時52分48秒 | futsal
今日(14日)は仕事はお盆休み。それをいいことに身近な人たちに声をかけ、午後2時~4時という炎天下の中、地元のフットサルコートを借りてフットサルをしました。
それにしても集まったメンバーがわけわからん(笑)。私の今付き合ってる彼女、私の従兄、元職場の元同僚、mamma mia cafeの常連仲間の夫妻、そして私が参加しているチーム・ザ・ビリーバーのメンバーの女の子とその義理の妹さんの8名。私お得意の分野の違う自分の知人を強引に引き合わせて会する、通称『異種格闘技戦』(笑)だったのです。
今日集まったメンバーのほとんどはフットサル未経験者なので、遊びを交えての基本練習をしながら最後は4人対4人でゲーム(試合)をしました。このクソ暑い真夏の昼間にフットサルをするなんてちょっと無謀だったのですが、みんなへばりながらもけっこう楽しんでくれたみたいなので、よかったかなと思います。
終了後、残ったメンバーでファミレスにお茶しに行ったのですが、「ユニフォーム作っちゃおうか?」「チームのボール作っちゃおうか?」なんていう冗談とも本気ともつかない話が出たりして、いやいやもしかしたら新チーム結成か?なんて盛り上がりでした。みんなそれなりにやる気になっているので、みんなの熱が冷めないうちに第2弾を企画したいですね。それで本当にみんながやる気になったら、新チーム結成も考えてもいいかなと思います。それにはもっとメンバーが必要ですね。これを読んで下さってる神戸近隣在住の方で「フットサルをやってみよう!」と思う方は、ぜひ私にご連絡下さい。
でも次からは夜の活動ですね。さすがにカンカン照りの中のフットサルはみんなにはきつかったようです。しかもオシム監督のようにみんなに『走るフットサル』を強要したので(笑)。
『考えて走るフットサル』までの道のりはまだ遠いです(笑)。

いまさらながらオシムジャパン初戦について

2006年08月13日 21時58分56秒 | football
書きたいと思いながら、忙しくて夜遅くなってしまい書けませんでした先日のオシムジャパンの初戦、トリニダード・トバコ戦について。
結果については確かに勝つに越したことはないものの、特に気にしてはいませんでした。オシム体制になってたった3日間の合宿を行っただけで、どれだけオシム監督の考え方や戦術が選手に伝わってるかわかりませんし、相手のトリニダード・トバコもどれだけ本気で戦ってくれるのかわかりませんでしたしね。
結果は2-0で日本の勝利。しかしその2点を入れたのは、古井戸メンバーの三都主だし・・・(苦笑)。4年後にはもういないだろ・・・という選手ですしね。
私は当日仕事で遅かったので試合の模様は見ることはできず、帰宅後に報道ステーションのニュースでダイジェストを見ただけなのでよくわからないのですが、全体的な動きとしてはよかったみたいですね。オシム監督の「考えて走れ」という教えが随所に見られたみたいです。
個人を見ると、山瀬が先発だったのいうのが意外というかなんというか。山瀬は札幌時代はいい選手が出てきたなと期待して見ていたんですよ。でもその後膝十時靭帯と怪我して、復帰したものの結局アテネ五輪メンバーには選ばれなくて、その後また怪我して・・・。で、その後どうなって最近は活躍しているのか私はよく知らなかったんですよ。でも先日の動きを見ると、彼の特徴でもある前線への飛び出しもけっこうあったみたいだし、体調は戻っているんだなと思いました。
それとボランチの鈴木啓太。彼もアテネ五輪のメンバーからもれた選手。たぶん今野の体調が万全だったら先発は今野だったかもしれないけど、啓太もよく頑張ってたみたいですね。私は彼がアテネ五輪本番のメンバーから漏れたことをずっと疑問に思っていたんですよ。だってその前の釜山のアジア大会、アテネ五輪予選とずっとキャプテンとしてチームを引っ張ってきたんですよ。谷間の世代と揶揄されたこのチームにおいて彼の存在は大きかったはず。彼を中心に五輪予選もなんとか勝ち抜いた。それなのに本番でメンバー外だなんて。
話がどんどんそれていくけど、アメリカW杯最終予選の時オフト監督は、Jリーグで怪我をして試合に出られない都並をドーハに帯同させました。普通なら試合に出られない選手を連れて行くなんて考えられないこと。でもオフト監督はチームの精神的支柱として都並を連れて行ったんです。結果はあの『ドーハの悲劇』であと一歩W杯に手は届かなかったけど、私はオフト監督の考え方は間違ってなかったと思うのです。
それとは逆に、W杯初出場を決めた岡田ジャパン。本番直前にカズをメンバーから外すという誰もが驚いた手に出ました。当時の日本代表においてのカズの存在は私が言うまでもないでしょう。確かに最終予選終盤から調子は落としていたものの、やはりチームの精神的な柱としてはカズは外すべきではなかったのではと思いました。実際、ずっとカズとともに戦ってきた井原やゴン中山のショックはかなりのものだったらしいですし。
それと同じように、やはりアテネの時に予選までキャプテンだった啓太を外してオーバーエイジの小野を入れたのは間違いだった気がするのです。確かに技術的な面だけを見れば小野の方が上だとは思いますけど、チーム全体の和というのを考えると、啓太がいればアテネの結果はまた違ったものになっていた気がするのです。
ま、素人の私の勝手な妄想ですけど。
とにかく啓太の活躍は嬉しかったです。彼の攻撃的な姿勢というのはチームに大きく作用していたと思います。

次のアジア杯予選イエメン戦のメンバーが発表されましたが、予想どおり巻や阿部勇樹らジェフのメンバー、遠藤や加地のG大阪のメンバーが入りました。今野(F東京)がはずれたのは残念ですが怪我なので仕方ないでしょう。彼の能力は高いので、早く治して代表で活躍してくれることを祈っています。

母親の膝の手術決まる

2006年08月10日 23時58分47秒 | Life
一昨日の夜の膝の痛みはそうとうショックだったらしく、これまで手術を勧めてもずっと嫌がっていた母親が、昨日兵庫県立総合リハビリテーションセンターリハビリテーション中央病院に行き、手術の予約をしてきたそうです。予約がいっぱいで手術の予定日は11月だとのこと。何故その病院に行ったかというと、近所の人でやはり膝が痛かった人がその病院で手術を受け、今は元気に歩いているからなんだとか。かといって紹介状なしにとびこみでそういう病院へ行ってしまうのが母親らしいのですが(苦笑)。
母親の膝が痛くなったのはもう十数年前からだそうです。震災後にひどくなってきたんだとか。今はもう正座は絶対に出来ません。階段もゆっくり片足から下りなくてはなりません。手術は嫌だと言いながら、あちこちの整形外科や接骨院、整骨院などドクターショッピングしてまわり、その場しのぎの治療で今まできました。そんなことをしたって治るはずないのに、ちょっと注射をしてもらったり、マッサージをしてもらって一寸楽になると、よくなるかもしれないと勝手に希望をもって通いつめ、結局医者のいいお客さんになっているのでした。そのくせ「やせればもっと楽になる」と医者に言われても、バカ食いはやめられず、やせることはできないのですけど・・・(苦笑)。
でもさすがに一昨日の痛みには恐怖を感じたらしく、手術を決断したようです。リハビリなどもあるので、2ヶ月くらいは入院しなければならないみたいですが、私もその方がよかったと思います。
母親は、「2ヶ月も入院しなきゃいけないんだったら○子(西表島にいる私の妹)を呼び戻さなきゃ」とまたしても子どもの意思を無視した勝手なことを言い出すのですが、「そんな必要ないでしょ。なんでせっかくやってる仕事辞めさせてまで呼び戻さなきゃいけないの」と諌めました。古い人間の母親にとって、炊事、洗濯などは女の仕事で、女がいないと生活ができないと思っているんでしょうね。母親はよく「女は大変だ」と嘆くのですが、なんでもかんでもきっちりやらなきゃいけないと思うからしんどいんであって、そんなことどうにでもなるのに。
ま、それはともかく、手術が成功して、母親自身が楽になることを祈っています。父親と男二人の生活でもなんとかなるでしょ。ちょっと気は重いけど・・・(苦笑)。


うちの家庭

2006年08月09日 00時45分35秒 | Life
風呂から出て、もう寝ようと歯を磨いていたら、寝たと思った母親がベットの脇にうずくまり泣き出した。
「ひざが痛いんだってよ」父親が吐き出すように言いながらトイレに出てくる。母はもう何年も前から膝の痛みに苦しんでいる。
「薬持ってきて!」と母親が叫ぶ。
でも薬がどこにあるのかわからず、イライラした父親は、「そんな足切り落とせ!」と怒鳴りつける。

これがうちの家庭の姿。『いたわり』なんて言葉はうちにはない。私も妹もこういう家庭で育ってきた。
私はあたたかい家庭にあこがれる。