・わが生の四十年をへだたりて兵に苦しむ夢をまた見き 「消息」
川島喜代詩は、佐藤佐太郎の弟子。「運河の会」発足時の5人の歌人の一人である。佐太郎より、ただ一人、「外連味」を許されたと自称した歌人である。そのせいか作品には独特のユウモアの漂うものがある。特に飲食の歌にその特長が出ている。
「食べ物を詠むときは、旨そうに詠むんだよ。」は彼の口癖だった。(これは川島に直接指導された歌人から聞いた。)
だが川島は、自分の人生に、重い荷を背負っていた。それは戦争の記憶である。かれは兵士として出征した。当然戦闘場面に直面しただろう。あるいは川島の発砲で、命を落とした敵兵もいただろう。
「星座」の尾崎左永子主筆から、間接的に聞いた話では、川島は、戦争の当事者となったことを忘れられないと述べていたそうだ。
川島は饒舌な歌人ではなかった。だが戦争の苦しい記憶を作品に残している。「消息」は川島の第6歌集に当たる。
この「消息」には次の様な作品も収録されている。
・少年の弁当の飯熱線に灼(や)けてわかたぬものを見しむる
・セロリーを噛みつつゐたりこの国の永き平和に倦(う)むことなかれ
・新しき靴を買はんとわれの来(こ)しここの売場は兵の匂ひぞ
・竹煮草長(た)けて虚空に咲くときに絶ちがたきかな兵の記憶は
一首目は広島の原爆資料館に展示されている「熱線に焼かれた飯の入った弁当」である。二首目は「平和ボケ」と言う、知識人に読ませたい作品だ。憲法9条のよる「平和ボケ」のどこがいけないか。平和の有難さをもっと感じても良いのではないか。
三首目、四首目は、作者の心情が痛々しく伝わってくる。戦争は人間を狂気におとしめる。ベトナム戦争の派遣されたアメリカ兵、イラクに派遣されたアメリカ兵、日本の自衛隊員に、精神を病み、自殺する人も多い。
佐藤佐太郎の系統は、戦後「思想性がない」などと批判された。しかし佐藤佐太郎が「純粋短歌論」で書いたように、力ある歌人は現代の思想や社会を抒情詩として作品化している。
川島のこの様な作品は、戦争を自分に引き付けた作品として、もっと注目されても良いだろう。
